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第1話 横領解雇される日
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清々しい朝、私は真っ赤な浮遊式オープンカーを走らせて、高層ビルの間を抜けて会社に向かっている。
この世界には二つの職業がある。それは営業職とそれ以外の職業だ。そして、私は勝ち組だった。
高級ビジネススーツを見に纏い、自慢の金髪はオールバックにして、薄っすらと口髭と顎髭を浮かび上がらせている。
営業とは全ての職業の頂点に立つ百獣の王だ。まさに私は王に相応しい威厳に満ちた姿をしている。
「七時二十三分か……少し早いな」
私はミスリル製の高級腕時計の針をチラッと見た。出社時間の八時にはまだ余裕がありそうだ。
馴染みのパン屋に寄って、出来立てのクロワッサンとブラックコーヒーでも頼むとしよう。
愛車を路上に止めると、パン屋で素早く買い物を済ませて車に戻った。
そして、熱いコーヒーを飲みながら、今朝、妻から手渡された娘の手紙に手を伸ばしてみた。
「ふん、くだらん。どうせ仕送りでも頼んできたのだろう」
十八歳になる娘のケイトは三年前に家を飛び出した不良娘だ。
営業という選ばれし道とコネ入社という道を放棄して、廃都でゴミ拾いをすると言い出した馬鹿娘だ。
まあいい。ケイトには期待していなかった。それに素直で出来の良い弟のランディがいる。
あいつは営業という仕事をペコペコと頭を下げて、「ありがとうございます」「申し訳ありませんでした」としか言わない仕事だと馬鹿にしていた。
営業とは取り引き相手の趣味、嗜好を完全に把握して、更に適切な対応をしなければいけない万能職だ。
文武両道、容姿端麗、八方美人を兼ね揃えた完璧超人のみに許された選ばれし者の職業だ。
凡人がやろうとしても、出来るものではない。あいつには、その資格が無かった。
それが分かって家から逃げ出したのだろう。
「んっ? 中古のキャンピングカーを買っただと? しかも、女三人でその車に住んでいるだと? 何だ、この手紙は?」
開いた娘の手紙には、中古のキャンピングカーを購入して、女友達と一緒に住んでいると書かれていた。
仕送りの手紙ではなかったが、ご丁寧に白い車の前で不良娘達と一緒に記念撮影した写真まで付いている。
どう見ても、私への嫌がらせの手紙にしか見えない。
「ふん、住所不定のゴミ共め。犯罪を犯して私に迷惑をかけるなよ」
私は黒革の手帳を開くと、手紙と写真を挟んで閉じた。
取引先との話のネタぐらいには使えそうだ。
ケイトのくだらない近況報告などどうでもいい。
「さて、本物の仕事をしようか」
私は会社の駐車場に車を駐めると、車から降りた。
サイドミラーでスーツ、ネクタイ、髭の剃り残し、笑顔をチェックする。今日も百二十点満点だ。
階段をタンタンタンと駆け上がり、二階にある営業課の部屋に入る。
同僚達と挨拶していると、すぐに六つ年上の営業課の部長に呼び止められた。
「ギルバート君、ちょっといいかな?」
「おはようございます、部長! 何でしょうか?」
相変わらず葬式帰りのような冴えない面をしている。
たまたま大口の取引先と契約できただけで、営業部長になれたラッキーボーイだから仕方ないか。
「……ちょっと、ここでは話しにくい事なんだ……静かな所で話をしようか」
「は、はい?」
周囲を警戒する部長の表情は真剣で声も小声だ。重要な話である事は間違いない。
私は同僚達の注目を集めながら、部長の後に続いた。
この雰囲気は大口の取引先との接待ではなさそうだ。
なるほど、私も四十歳。昇進の話はまだかまだかと期待していた。
おそらく、そういう事なのだろう。
私が勤める会社は、業務用から一般家庭まで幅広い分野で活躍できる製品を製造、販売する有名な会社だ。
現時点でも十分な勝ち組だが、更に上のランクの仲間入りをしなくてはいけないらしい。
当然、ただの平社員に拒否権はないので、業務命令だと思って素直に受け入れるしかない。
「まあ、座ってくれ」
「はい、失礼します」
会社の地下二階にある暗い個室に連れて行かれると、部長は一人用の質素な椅子に座るように言ってきた。
薄暗い照明がついた部屋には机が一つ、椅子が二つだけしかない。
こんなショボイ場所で重大発表が行なわれるのだろうか?
まるで取調べ室だ。
「ギルバート君、キミが営業一筋で二十年間頑張っていてくれた事は私も知っている。だから、こんな日が来るとは夢にも思わなかったよ……」
「は、はぁぁ……」
私が椅子に座ると、部長もゆっくりと椅子に座って、話し辛い重苦しい雰囲気で話し始めた。
無駄な雰囲気は作らないで、さっさと呼び出した用件を言ってほしいが、そういう訳にもいかないようだ。
それにこの雰囲気は明らかに重大発表で間違いない。
部長は額から大汗を吹き出しながら、ハンカチで拭き取っている。
ようやく、係長か課長になれるかと思ったが、どうやら、それ以上の可能性もありそうだ。
となると、営業部長である部長の上だ。
だとしたら、各部の部長を束ねる本部長の椅子しかない。
つまりはこのショボイ椅子から、本革高級座椅子に座れるというギャップ狙いという訳だ。
「ギルバート君、キミには会社から出て行ってもらいたい」
「んっ? えっ……」
確かにこれから取引先に営業に出かけるので、会社から出て行く。
でも、そんな事を言う為にこんな場所に連れて来る訳がない。
会社から出て行くという言葉で考えられるのは、転勤、出張……そして、解雇だ。
出張を言う為に、わざわざこの暗い部屋に連れて来るはずがない。
まず出張は違う。
となると答えは決まっている。
そして、答えが分かった途端に、今度は私の額からはダラダラと嫌な汗が吹き出してきた。
解雇される理由に心当たりがあった。
「キミが会社に対して重大な裏切り行為を行なっていた事が発覚した。私も嘘だと信じたかったが、間違いないようだ。何故、会社の金を横領したんだ?」
「…………」
部長の質問に私の頭の中は真っ白になった。
まさか、こんなにも早く気づかれるとは思っていなかった。
定年までの残り二十年間の勤務で、少しずつバレずに返済するつもりだった。
だが、私にはそのチャンスも与えられなかった。
私は横領の罪で会社を解雇されてしまった。
♢
この世界には二つの職業がある。それは営業職とそれ以外の職業だ。そして、私は勝ち組だった。
高級ビジネススーツを見に纏い、自慢の金髪はオールバックにして、薄っすらと口髭と顎髭を浮かび上がらせている。
営業とは全ての職業の頂点に立つ百獣の王だ。まさに私は王に相応しい威厳に満ちた姿をしている。
「七時二十三分か……少し早いな」
私はミスリル製の高級腕時計の針をチラッと見た。出社時間の八時にはまだ余裕がありそうだ。
馴染みのパン屋に寄って、出来立てのクロワッサンとブラックコーヒーでも頼むとしよう。
愛車を路上に止めると、パン屋で素早く買い物を済ませて車に戻った。
そして、熱いコーヒーを飲みながら、今朝、妻から手渡された娘の手紙に手を伸ばしてみた。
「ふん、くだらん。どうせ仕送りでも頼んできたのだろう」
十八歳になる娘のケイトは三年前に家を飛び出した不良娘だ。
営業という選ばれし道とコネ入社という道を放棄して、廃都でゴミ拾いをすると言い出した馬鹿娘だ。
まあいい。ケイトには期待していなかった。それに素直で出来の良い弟のランディがいる。
あいつは営業という仕事をペコペコと頭を下げて、「ありがとうございます」「申し訳ありませんでした」としか言わない仕事だと馬鹿にしていた。
営業とは取り引き相手の趣味、嗜好を完全に把握して、更に適切な対応をしなければいけない万能職だ。
文武両道、容姿端麗、八方美人を兼ね揃えた完璧超人のみに許された選ばれし者の職業だ。
凡人がやろうとしても、出来るものではない。あいつには、その資格が無かった。
それが分かって家から逃げ出したのだろう。
「んっ? 中古のキャンピングカーを買っただと? しかも、女三人でその車に住んでいるだと? 何だ、この手紙は?」
開いた娘の手紙には、中古のキャンピングカーを購入して、女友達と一緒に住んでいると書かれていた。
仕送りの手紙ではなかったが、ご丁寧に白い車の前で不良娘達と一緒に記念撮影した写真まで付いている。
どう見ても、私への嫌がらせの手紙にしか見えない。
「ふん、住所不定のゴミ共め。犯罪を犯して私に迷惑をかけるなよ」
私は黒革の手帳を開くと、手紙と写真を挟んで閉じた。
取引先との話のネタぐらいには使えそうだ。
ケイトのくだらない近況報告などどうでもいい。
「さて、本物の仕事をしようか」
私は会社の駐車場に車を駐めると、車から降りた。
サイドミラーでスーツ、ネクタイ、髭の剃り残し、笑顔をチェックする。今日も百二十点満点だ。
階段をタンタンタンと駆け上がり、二階にある営業課の部屋に入る。
同僚達と挨拶していると、すぐに六つ年上の営業課の部長に呼び止められた。
「ギルバート君、ちょっといいかな?」
「おはようございます、部長! 何でしょうか?」
相変わらず葬式帰りのような冴えない面をしている。
たまたま大口の取引先と契約できただけで、営業部長になれたラッキーボーイだから仕方ないか。
「……ちょっと、ここでは話しにくい事なんだ……静かな所で話をしようか」
「は、はい?」
周囲を警戒する部長の表情は真剣で声も小声だ。重要な話である事は間違いない。
私は同僚達の注目を集めながら、部長の後に続いた。
この雰囲気は大口の取引先との接待ではなさそうだ。
なるほど、私も四十歳。昇進の話はまだかまだかと期待していた。
おそらく、そういう事なのだろう。
私が勤める会社は、業務用から一般家庭まで幅広い分野で活躍できる製品を製造、販売する有名な会社だ。
現時点でも十分な勝ち組だが、更に上のランクの仲間入りをしなくてはいけないらしい。
当然、ただの平社員に拒否権はないので、業務命令だと思って素直に受け入れるしかない。
「まあ、座ってくれ」
「はい、失礼します」
会社の地下二階にある暗い個室に連れて行かれると、部長は一人用の質素な椅子に座るように言ってきた。
薄暗い照明がついた部屋には机が一つ、椅子が二つだけしかない。
こんなショボイ場所で重大発表が行なわれるのだろうか?
まるで取調べ室だ。
「ギルバート君、キミが営業一筋で二十年間頑張っていてくれた事は私も知っている。だから、こんな日が来るとは夢にも思わなかったよ……」
「は、はぁぁ……」
私が椅子に座ると、部長もゆっくりと椅子に座って、話し辛い重苦しい雰囲気で話し始めた。
無駄な雰囲気は作らないで、さっさと呼び出した用件を言ってほしいが、そういう訳にもいかないようだ。
それにこの雰囲気は明らかに重大発表で間違いない。
部長は額から大汗を吹き出しながら、ハンカチで拭き取っている。
ようやく、係長か課長になれるかと思ったが、どうやら、それ以上の可能性もありそうだ。
となると、営業部長である部長の上だ。
だとしたら、各部の部長を束ねる本部長の椅子しかない。
つまりはこのショボイ椅子から、本革高級座椅子に座れるというギャップ狙いという訳だ。
「ギルバート君、キミには会社から出て行ってもらいたい」
「んっ? えっ……」
確かにこれから取引先に営業に出かけるので、会社から出て行く。
でも、そんな事を言う為にこんな場所に連れて来る訳がない。
会社から出て行くという言葉で考えられるのは、転勤、出張……そして、解雇だ。
出張を言う為に、わざわざこの暗い部屋に連れて来るはずがない。
まず出張は違う。
となると答えは決まっている。
そして、答えが分かった途端に、今度は私の額からはダラダラと嫌な汗が吹き出してきた。
解雇される理由に心当たりがあった。
「キミが会社に対して重大な裏切り行為を行なっていた事が発覚した。私も嘘だと信じたかったが、間違いないようだ。何故、会社の金を横領したんだ?」
「…………」
部長の質問に私の頭の中は真っ白になった。
まさか、こんなにも早く気づかれるとは思っていなかった。
定年までの残り二十年間の勤務で、少しずつバレずに返済するつもりだった。
だが、私にはそのチャンスも与えられなかった。
私は横領の罪で会社を解雇されてしまった。
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