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前半
第13話
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ララノアは部屋に戻ると、ベッドの上に飛び込んで、今まで我慢していた涙をその青い瞳から一気に溢れさせていきます。
「うぅっ…ぐっす…うぅぅ…」
「やっぱり我慢できません! ララノア様! 一緒に王子様を一発殴りに行きましょう! 大丈夫です。二人掛かりでやれば一発ぐらいは殴れますから!」
アリエルは左右の拳を右に左に、下から上に突き上げるように素早く動かして、泣いているララノアに訊ねます。
ララノアが許してくれるならば、街で何人もの暴漢達を撃沈させた急所蹴りを使っても構わないぐらいです。
「いいの。ジェラルド様の仕事を邪魔した私が悪いの。ジェラルド様は何一つ悪くはないわ」
「でも、あの態度は酷いです! 確かにララノア様が無実の私を牢獄に送ろうとしたのは事実ですけど、それはそれです! さっきの仕事とは関係ない話です! 私には王子様が自分よりも仕事が出来るララノア様に嫉妬したようにしか見えませんでした!」
「ありがとう。確かにジェラルド様が言った通り、あなたは優しいのね。私にはその他人を思いやる優しさが足りないからジェラルド様に嫌われてしまったんでしょうね……うぅっ…」
アリエルの言葉で少しは元気になったと思ったら、ララノアはまた王子の言葉を思い出して泣き始めてしまいます。面倒臭い女ですが、アリエルはそんなララノアの姿を見たくはありません。
ララノアはいつも部屋でアリエルと二人っきりの時は、王子との思い出話を幸せそうに話してくれます。それを聞いてアリエルはなんて素敵な王子様なんだろうと思い、そんな二人の結婚を心から憧れ、祝福していました。
でも、さっきの王子の態度は近所の酔っ払いが、自分の奥さんを口汚く罵っているのと同じです。思い出しただけでムカムカしてきます。だから、思い出すのをアリエルはやめました。
ベッドの側にしゃがみ込むと、ララノアに優しく囁くように話しかけます。
「だったら、今からでも優しくなればいいじゃないですか?」
「えっ? 無理よ」
「無理じゃありません。ララノア様は王子様に対しては優しいじゃないですか。それと同じ事を他の人にもすればいいだけです」
「そんなの無理よ。ジェラルド様や国王様や王妃様には優しく接する事は出来ても、私は使用人に優しくする事なんか出来ないわ。身分が上の者が、身分が下の者に優しくしようものなら舐められるだけよ。それこそ、誰も貴族の言う事なんか聞かなくなる……貴族に生まれた者に必要なのは優しさではなく、厳しさよ」
「はぁ……」
平民には平民の悩みがあるように、貴族には貴族の悩みがあるのだろう、そうアリエルは思いました。けれども、納得できる答えたではなかったようです。
「よいしょ。ララノア様は極端なだけです。優しさも厳しさも加減が分からないから、過剰にやってしまって疲れるんです。もっと肩の力を抜いてください」
「ちょっと、何をやっているんですか! やめなさい!」
「いいから、いいから。ララノア様は体調が悪いのですから、そのまま寝ていてください」
アリエルはベッドの上に腰掛けると、優しくララノアの両肩を揉み始めました。
側仕えのアリエルが同性とはいえ、主人にこのような真似をするのは無礼な行為です。普段のララノアなら絶対に許さない行為です。でも、ララノアは少しだけ抵抗すると、あとはアリエルに身を任せる事にしました。
マッサージならば、もっと上手い専属の使用人がいます。わざわざ下手な側仕えにやってもらう必要はありません。マッサージも下手、不味いお茶しか淹れらない、この側仕えの不満を言い出したら止まらないぐらいです。でも、この使用人だけは今までの使用人達と違いました。
今まで辞めさせた使用人は、誰も彼も姿形が違うだけで中身は全て同じ人のようでした。どんなに優秀だとしても、ララノアにとっては中身が空っぽな人間にしか見えませんでした。
これからもこの先もきっとそうなのだと思うぐらいに……。
「もういいわ。下手くそにマッサージされても気持ち良くないから……それよりも優しさの加減について教えてくれるかしら。具体的に私が使用人にどのように優しくすれば、ジェラルド様は喜ぶのかしら?」
でも、変わらないといけない、変わらなければならない。ララノアは王子の為に変わる事を決意しました。このまま変わらなければ、王子にとって、自分も空っぽな人間だと思われて嫌われてしまう。
もしかすると、今までずっと空っぽの婚約者だと王子に思われていたのかもしれない。そう思うと少しだけ怖くなります。
「そこです! ララノア様はいつも王子様中心に物事を考えているからいけないんです! 若い女性の使用人が別の若い男の使用人に好意を持っているとします。その若い男には既に恋人がいた場合、ララノア様はその男に好意を持つ使用人を牢獄に送りますか?」
「送るわけないでしょう。そんなの私にはどうでもいいことよ」
「そういう事です! では、ララノア様は王子様以外の男の人に好きだと告白されたら受け入れますか? 王子様以上にカッコいい人ですよ!」
「そんな……ジェラルド様よりもカッコいい人なんている訳ないし、でも、それでも……いえ、断ると思うわ! 10年以上も想いを寄せている人から別の人に乗り換えるなんて、私には出来ません!」
アリエルの質問にララノアはしっかりと自分の気持ちを確認して答えていきます。この使用人は今までの使用人達と違って、中身が新鮮で不思議な魅力がある。だからこそ、王子に気に入られたのかもしれない。
ララノアは王子が気になる使用人がアリエルだと、既に気づいています。でも、牢獄に送らないのはそんな事をしても王子に嫌われると分かっているからです。そんな事をするよりも彼女のどこを王子が気になるのか知る方がいいからです。
王子がアリエルの優しいところが好きならば、自分も優しくなろう。不味いお茶が好きならば、自分も不味いお茶を淹れられるように練習しよう。王子が望むならば、自分は何色にも変わってみせよう。王子への一途な愛。それがララノアがアリエルに勝てる最大の武器でした。
「うぅっ…ぐっす…うぅぅ…」
「やっぱり我慢できません! ララノア様! 一緒に王子様を一発殴りに行きましょう! 大丈夫です。二人掛かりでやれば一発ぐらいは殴れますから!」
アリエルは左右の拳を右に左に、下から上に突き上げるように素早く動かして、泣いているララノアに訊ねます。
ララノアが許してくれるならば、街で何人もの暴漢達を撃沈させた急所蹴りを使っても構わないぐらいです。
「いいの。ジェラルド様の仕事を邪魔した私が悪いの。ジェラルド様は何一つ悪くはないわ」
「でも、あの態度は酷いです! 確かにララノア様が無実の私を牢獄に送ろうとしたのは事実ですけど、それはそれです! さっきの仕事とは関係ない話です! 私には王子様が自分よりも仕事が出来るララノア様に嫉妬したようにしか見えませんでした!」
「ありがとう。確かにジェラルド様が言った通り、あなたは優しいのね。私にはその他人を思いやる優しさが足りないからジェラルド様に嫌われてしまったんでしょうね……うぅっ…」
アリエルの言葉で少しは元気になったと思ったら、ララノアはまた王子の言葉を思い出して泣き始めてしまいます。面倒臭い女ですが、アリエルはそんなララノアの姿を見たくはありません。
ララノアはいつも部屋でアリエルと二人っきりの時は、王子との思い出話を幸せそうに話してくれます。それを聞いてアリエルはなんて素敵な王子様なんだろうと思い、そんな二人の結婚を心から憧れ、祝福していました。
でも、さっきの王子の態度は近所の酔っ払いが、自分の奥さんを口汚く罵っているのと同じです。思い出しただけでムカムカしてきます。だから、思い出すのをアリエルはやめました。
ベッドの側にしゃがみ込むと、ララノアに優しく囁くように話しかけます。
「だったら、今からでも優しくなればいいじゃないですか?」
「えっ? 無理よ」
「無理じゃありません。ララノア様は王子様に対しては優しいじゃないですか。それと同じ事を他の人にもすればいいだけです」
「そんなの無理よ。ジェラルド様や国王様や王妃様には優しく接する事は出来ても、私は使用人に優しくする事なんか出来ないわ。身分が上の者が、身分が下の者に優しくしようものなら舐められるだけよ。それこそ、誰も貴族の言う事なんか聞かなくなる……貴族に生まれた者に必要なのは優しさではなく、厳しさよ」
「はぁ……」
平民には平民の悩みがあるように、貴族には貴族の悩みがあるのだろう、そうアリエルは思いました。けれども、納得できる答えたではなかったようです。
「よいしょ。ララノア様は極端なだけです。優しさも厳しさも加減が分からないから、過剰にやってしまって疲れるんです。もっと肩の力を抜いてください」
「ちょっと、何をやっているんですか! やめなさい!」
「いいから、いいから。ララノア様は体調が悪いのですから、そのまま寝ていてください」
アリエルはベッドの上に腰掛けると、優しくララノアの両肩を揉み始めました。
側仕えのアリエルが同性とはいえ、主人にこのような真似をするのは無礼な行為です。普段のララノアなら絶対に許さない行為です。でも、ララノアは少しだけ抵抗すると、あとはアリエルに身を任せる事にしました。
マッサージならば、もっと上手い専属の使用人がいます。わざわざ下手な側仕えにやってもらう必要はありません。マッサージも下手、不味いお茶しか淹れらない、この側仕えの不満を言い出したら止まらないぐらいです。でも、この使用人だけは今までの使用人達と違いました。
今まで辞めさせた使用人は、誰も彼も姿形が違うだけで中身は全て同じ人のようでした。どんなに優秀だとしても、ララノアにとっては中身が空っぽな人間にしか見えませんでした。
これからもこの先もきっとそうなのだと思うぐらいに……。
「もういいわ。下手くそにマッサージされても気持ち良くないから……それよりも優しさの加減について教えてくれるかしら。具体的に私が使用人にどのように優しくすれば、ジェラルド様は喜ぶのかしら?」
でも、変わらないといけない、変わらなければならない。ララノアは王子の為に変わる事を決意しました。このまま変わらなければ、王子にとって、自分も空っぽな人間だと思われて嫌われてしまう。
もしかすると、今までずっと空っぽの婚約者だと王子に思われていたのかもしれない。そう思うと少しだけ怖くなります。
「そこです! ララノア様はいつも王子様中心に物事を考えているからいけないんです! 若い女性の使用人が別の若い男の使用人に好意を持っているとします。その若い男には既に恋人がいた場合、ララノア様はその男に好意を持つ使用人を牢獄に送りますか?」
「送るわけないでしょう。そんなの私にはどうでもいいことよ」
「そういう事です! では、ララノア様は王子様以外の男の人に好きだと告白されたら受け入れますか? 王子様以上にカッコいい人ですよ!」
「そんな……ジェラルド様よりもカッコいい人なんている訳ないし、でも、それでも……いえ、断ると思うわ! 10年以上も想いを寄せている人から別の人に乗り換えるなんて、私には出来ません!」
アリエルの質問にララノアはしっかりと自分の気持ちを確認して答えていきます。この使用人は今までの使用人達と違って、中身が新鮮で不思議な魅力がある。だからこそ、王子に気に入られたのかもしれない。
ララノアは王子が気になる使用人がアリエルだと、既に気づいています。でも、牢獄に送らないのはそんな事をしても王子に嫌われると分かっているからです。そんな事をするよりも彼女のどこを王子が気になるのか知る方がいいからです。
王子がアリエルの優しいところが好きならば、自分も優しくなろう。不味いお茶が好きならば、自分も不味いお茶を淹れられるように練習しよう。王子が望むならば、自分は何色にも変わってみせよう。王子への一途な愛。それがララノアがアリエルに勝てる最大の武器でした。
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