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後半

第79話

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 レヴィ盗賊団の洞窟アジトは、兵士達によって調査されているようです。地面に盗賊の死体が並べられていますが、じっくりと見たいものじゃありません。コルトンはウェインに守られながら、アジトの前に放置されていた公爵家の馬車に素早く乗り込みました。懐かしい馬車の座席に座われて、ホッと一安心です。

「本当にありがとうございます。まさか、第一王子であるウェイン様が、このような危険な場所に、わざわざ助けに来てくれるとは…」

 コルトンは頭を下げてお礼を言いました。ウェインは馬車の外に立って、馬車と馬を繋ぐように兵士達に指示したりと忙しいそうです。コルトンはソヴリス王国国王の顔と王妃の顔は見た事がありますが、王子の顔は一度も見た事がありません。
 ウェインは母親似の整った顔立ちに、父親よりは若々しい若草色の緑髪をしています。王子だと言われれば、そうかもしれないと思える程度に二人の面影があります。

「いえ、国を預かる者として当然の事です。それに信用できる人間がいないのは、私の落ち度です。国境を警備する兵士には、王太子妃様の使者の方が来られた場合は、丁重に謝罪するように伝えています。本当に申し訳ありません」
「いえいえ! 盗賊達の前で金を持って騒いでいたら誘拐されて当然です! 全ては私達の落ち度です!」

 一国の王子が爺さん如きに頭を下げて謝るなんて、とんでもない事です。コルトンはウェインに向かって、ペコペコと何度も頭を下げて、逆に謝り続けます。どこかの我儘令嬢に、この好青年の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいぐらいです。

「それで逃げた盗賊達は北のエナの町を目指すと話していたんですね?」
「ええ、そこに手紙を送るように言っていました。手紙が届くまでは町にいると思います」
「そうですか……分かりました。とりあえず、コルトンさんだけでも、城に保護させていただきます。それで構いませんね?」

 二、三質問したい事があると、ウェインはコルトンに盗賊達の足取りや身体的な特徴を聞きました。ある程度、聞き終わるとコルトンは用済みです。あとは誘拐されないように城で保護すれば問題ありません。でも、それではコルトンは困ります。
 コルトンはただの爺さんです。それを言ったら、アリエルもただの平民で、今は豚ですが、城で保護されるような高い身分でもなければ、貴重な人材でもありません。歩いて喋る豚を育てられると思われているのならば、早く誤解を解かないと大嘘吐きとして、処罰されてしまいそうです。

「出来れば、豚のビクトリアの捜索と保護を優先して欲しいのですが…」

 爺さんが無事に保護されたとしても、それを喜んでくれるのは妻のビクトリアと家族ぐらいです。豚のアリエルが死体で発見されれば、コルトンは二度と故郷に戻れないと覚悟しています。家族にしか愛してもらえない爺さんよりも、沢山の人に愛されている豚の保護を優先して欲しいのです。

「それはもちろんです。こちらとしても、隣国の王子が大切にしている豚を見過ごす事は出来ません」
「ありがとうございます! 盗賊達は豚が北に進んでいる痕跡があると言っていました。賢い豚です。町の宿屋に泊まっているかもしれません」

 コルトンは豚を見つける為の情報提供を惜しむつもりはありません。呪いをかけられた人間という以外の情報ならば、ウェインに話すつもりです。

「そうですか……ですが、結婚式でお話したジェラルド王子はどう見ても、豚を愛するような趣味を持っているとは思えないのです。申し訳ない。コルトンさんが嘘を吐いているとは疑いたくないのですが、王太子妃様の関係者だという確認作業が終わらなければ、いたずらに兵を動かす事が出来ないのです」
「えっ…と、それはどういう事でしょうか?」
「はい。この馬車の天井に描かれている紋章は、エルミア公爵家の紋章で間違いありません。ですが、それだけなのです。おそれながら、身分を証明する物をお持ちではないでしょうか?」
「そんな事を急に言われても…」

 コルトンは非常に困っています。ウェインは捜索はしたいけど、貴重でもない豚に兵士は動かせないと言っているのです。
 盗賊のアジトから運び出された品物の中には、身分を証明するような物はありませんでした。それもそうです。そんな物は最初からありません。王家に関係するような物はアリエルが持って逃げています。残る手段は盗賊達が養豚場を買う為に一部の装飾品を換金したので、それを調べてもらうしかありません。

「申し訳ない。このような無駄な話は早くやめて、豚の捜索を開始した方がいいのは分かっているのですが、兵を動かすにはそれなりの理由がいるのです。何か、王太子妃様の側近でしか知らないような情報はないでしょうか?」
「そう言われましても……」

 パッと思い出したのは、ララノアが日常生活で着るドレスの色は赤、青、紫、ピンクの四色で、葬式などでは黒色を着る事ぐらいです。極秘情報と言われるレベルの内容ではありません。となると、身長とか体重、スリーサイズぐらいになります。でも、乙女の極秘情報は話さなくてもよさそうです。コルトンが閃きました。

「あっ! ちょっとお待ちください! ララノア様はつい最近までこの馬車に乗っていました。金色の綺麗な長い髪が一本ぐらいは落ちているはずです。結婚式でララノア様を見たのならば、髪の色と長さがピッタリのはずです!」

 座席から急いで立ち上がると、コルトンは馬車の床や隙間に髪が落ちていないか探し始めました。無駄な努力です。金色の髪の人間はララノア以外にもいます。なんの証明にもなりません。その証拠にウェインが髪の捜索をやめさせました。

「コルトンさん、申し訳ないのですが、髪の毛を見ても、その髪が王太子妃様のものだと私が分かりません。それよりも黒髪の少女の情報を教えてくれませんか? その少女が王子暗殺未遂の犯人なんですよね?」
「えっ? ああっ、アリエルの事ですか……平民の癖に王子に愛されていると勘違いした馬鹿女です。南のガリンダンに逃亡しているみたいなんで、そのうちに捕まるでしょう」

 髪の毛を探すのをやめるとコルトンは座席に座り直して答えました。アリエルの情報ならば確かに詳しいです。何でも聞いて来いです。嘘と真実を上手く混ぜ合わせて答えられる自信があります。
 
「時間がないので、表向きの情報は結構ですよ。黒髪の少女の手配書は拝見しました。逃亡先が判明しているのに、近隣全ての国に手配書を配る必要はありませんよね? 本当の逃亡先が分かっていない証拠です。何処にいるんでしょうねぇ…」
「いやぁ…私にそう言われましても困りますなぁ…」

 逃したい相手の本当の逃亡先を教える馬鹿はいません。それに十分な旅行費を渡して、牢獄の看守アデリンに南のガリンダンに向かって、大型の護送車を走らせました。今頃は何処か町で第二の人生を始めている頃です。
 それにアリエルが今何処にいるか聞かれても、本当に分からないので答えられません。コルトンは知らぬ存ぜぬの態度で、ウェインの質問をかわしました。

「そうですね。確かに逃亡先がわからないのは、コルトンさんの所為ではありません。問題は王子の愛豚と根も歯もない噂がある事です。城の使用人に黒髪の少女の話を聞いても何も答えてくれませんでしたが、それ以外は答えてくれました。王子が豚を飼っているという話は誰からも聞きませんでした。つもりはそういう事です。詐欺師に協力は出来ません」
「はいぃ? 私は本当に——」
「うるせい! 詐欺師は黙ってろ!」
「ひいぇぇぇ!」

 豹変したウェインがコルトンの胸ぐらを掴んで馬車の壁にガンガン激しく打つけています。神対応はもう我慢の限界のようです。これからは悪魔のような対応が始まります。まずは往復ビンタからです。

「へぶっ、ぼぉふっ、はふぅっ!」
「王子が豚なんて飼っていないのは分かってんだよ! 何が王太子妃付きの使用人だ。この大嘘吐きの屑詐欺師が! よくも俺の国の国民を騙して遊びやがったな! おい、白い天使を持って来い!」
「ハッ! 大至急持って来ます!」
「へぶっ!」

 コルトンは激しい往復ビンタで意識が飛びそうになっています。一国の王子が善良な爺さん相手にやる行為ではありません。それに、こんな風に顔を殴られ続けると喋りたくても喋れません。

「チェイスさま、白い天使をお持ちしました」
「くっくっく。おい、詐欺師の爺さん。最後のチャンスだ。この産地直送の白キノコは不味いうえに食べたら最後、一週間の間、激痛に襲われ続けて死ぬという猛毒キノコだ。食べる前に言うか、食べた後に言うか選ばせてやるよ」
「はぐっ、うっえっ、あうぅぅ…」

 チェイスは兵士から白い天使と呼ばれるキノコを受け取ると、もうコルトンの口に押し付けています。だから、こんな事をされたら喋りたくても喋れないのです。

 

 
 

 


 
 
 
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