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後半
第86話
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「お父さん! 今日は仕事中に居眠りしないでくださいよ!」
作業着を着た昨日の小父さんが、作業着を着た綺麗な小母さんに怒られています。こっちは顔も言葉使いも綺麗です。でも、二人は血縁者です。長男と六女の夫婦です。年の差は11歳です。
「母ちゃん、ごめんだべぇ。でも、夢にしては痛かったんだべぇな」
「何をくだらない事を言ってるんですか。さっさとデブゴンの所に今日の餌を持って行ってください」
「はいよぉ~」
長男の嫁に選ばれた事で六女は強制的に王妃です。長男は結婚と同時に国王の地位を譲られます。つまり、国王トバイアスが25歳の時に六女はまだ14歳でした。変態兄貴と無理やりに結婚させられたのです。一生こき使わないと怒りが収まりません。
そんな二人の元に昨日の豚さんが忍び寄っています。デブゴンが誰の事を言っているのか分かりませんが、城から何処かに向かうのは分かります。
「徒歩ですか……遠くではなさそうですね」
トバイアスは王妃に急かされて、ロープの繋がれた10頭の牛を引っ張って行きます。時折り地面に餌を撒いているので、嫁と一緒で牛にも懐かれていないようです。ついでにウェインにも懐かれていません。唯一の楽しみは乳牛から作るチーズと豚の燻製肉だけです。
剥き出しの地面が続きます。城から少し離れると草原ではなくなるようです。なんだか傾斜もキツくなっています。少し遠くに馬鹿デカい山脈が見えるので、山道を登っているのかもしれません。「はぁ、はぁ」とアリエルもちょっと疲れて来ました。牛に乗って付いて行けばよかったです。
「手塩に育てたお前達とも今日でお別れだべぇ。ドラゴンさんに美味しく食べられるんだべぇよ。逃げ回って、ドラゴンさんに迷惑かけたら駄目なんだべぇよ」
丸々太った牛一頭ずつに別れの挨拶をしています。そうです。この牛達はドラゴンの餌です。
服を着た豚が付いて行けば、『あれあれ? 今日は牛の日だったのに豚が付いて来てしまったんだべぇ。しょうがねぇ奴だべぇ。一緒に食べられるんだべぇ』と置き去りにされてしまいます。
けれども、アリエルは豚ではなく、人間です。人間の言葉を理解できます。牛に向けて話すトバイアスの一方的な会話を盗み聞きして、自分が何処に向かっているのか分かりました。
「この先にドラゴンがいるんですね。まさか、本当にいるとは……」
完全にウェインの言う事は信じていませんでしたが、この先にドラゴンがいるならば事情は変わります。悪の親玉だと思っていたウェインが、実はただの手下になってしまいます。ボスを倒しても、裏ボスがいるなら問題は解決しません。
「まずは話し合いですね。肉食系ドラゴンから草食系ドラゴンになってくれないか話し合いです」
相手は伝説の最強生物ドラゴンです。パンチやキックで倒せる相手じゃありません。雑草を食べてくれるならば、ソヴリス王国各地から刈り取った雑草を集めれば、十分に足ります。ドラゴンの食費は大幅に減少します。貧乏から脱却できそうです。
作業着を着たヤバい小父さんに見つからないように、牛の大きな身体に隠れてアリエルは山道を登って行きます。今日の昼ご飯までは厨房で盗んできました。でも、晩ご飯は用意していません。なんだかドラゴンの炎で焼いた牛の丸焼きが食べたくなってきます。
「さぁ~て、この辺でいいんだべぇ。お前達、最後の晩餐だぁ。うぅ~~んとお食べぇ」
作業着の小父さんは地面に持っていた餌を全てばら撒くと、チリンチリンと持っていたベルを大きく鳴らしました。そして、「ほぉ、ほぉ、ほぉ」と城に向かって、ランニングで帰って行きます。坂道は下りの方が実は足に負担がかかるんですよ。スピードの出し過ぎで転ばないでくださいね。
「……トウモロコシですか」
作業着の小父さんがいなくなったので、牛達が食べている物を確認します。乾燥させたトウモロコシです。食べたら口の中がパサパサします。とりあえず、ドラゴンが来る前にやる事があります。地面にしゃがむと確認です。間違いありません。乳牛です。
お腹に下に潜り込むと、乳牛に最後の仕事をやってもらいます。牛の乳首を四本の指で優しく握ると、乳搾り開始です。
「モオゥ~、モオゥ~」
「ごくごく…ごくごく…」
時には優しく、時には激しく……この雌牛は当たりのようです。たまにハズレがいるので要注意です。さらっとした喉越しの生乳です。山登りで渇いてしまったアリエルの喉を潤してくれます。
喉が潤ったら今度は食事です。厨房にチーズと焼いた薄切りベーコンがあったので持ってきました。まるで、盗んで食べてくれと言っているように、テーブルの上にパンと一緒に置かれていました。パンはその場で食べてきました。
「んんっ……少しこのベーコン、塩辛いですね」
ベーコンの味付けが濃い過ぎたようです。ここに作業着の小父さんがいたら、『文句があるなら食うんじゃないべぇ!』と激怒していたでしょう。でも、小父さんのミスではありません。料理をしたのは嫁である王妃です。
そろそろ小父さんにはいなくなってもらわないと困るからです。ウェインは今年で21歳です。4年後には国王になります。今の国王には塩分をたくさん摂ってもらい、『脳卒中、心筋梗塞』などなどになってもらいます。晴れて未亡人デビューです。
王妃はまだまだ40代です。家畜の世話以外にも人並みの人生を送りたいのです。その為の邪魔者を、塩分と憎悪たっぷりの料理で排除中です。
「……んっ? 地面が揺れているんですか?」
食事が終わったので地面に寝転がって休んでいると、地面を走る振動がアリエルの身体に伝わります。何かがやって来るなんて馬鹿な事は考えません。やって来るのはドラゴンしかいないからです。でも、盗賊の話ではドラゴンは空を飛べるはずです。わざわざ地面を歩く理由が分かりません。
「振動が続いています。空を飛ばずに歩いて来ているのでしょうか?」
とりあえず、考えるのは後でも出来ます。アリエルは牛の群れから離れました。一緒にいれば、ドラゴンに一飲みにされるかもしれません。話し合いの前に食べられる訳にはいきません。
「な、何ですか、あれは?」
しばらく隠れられる場所のないホリミオンの山肌で待っていると、地面を揺らす振動の正体がやって来ました。赤い鱗に覆われた巨大な身体に、胴体には四本の足と大きな翼が二枚生えています。長い尻尾は鞭のようにしならせています。
でも、アリエルが驚いているのはボロ城並みに馬鹿デカいドラゴンの身体ではないです。その容姿です。
「あんなの全然カッコよくないです! レッドデブゴンじゃないですか!」
現れたレッドドラゴンは町のデブ猫のように胴体だけがパンパンに膨らんでいました。明らかに太り過ぎで、空を飛べなくなっています。腹を地面に擦り付けて見っともなく歩いています。「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」とここまで来るだけで瀕死の重傷です。
カッコいいお見合い写真を見せられた後に現れた、中年ハゲ親父並みにアリエルはガッカリしています。こんなの詐欺です。
作業着を着た昨日の小父さんが、作業着を着た綺麗な小母さんに怒られています。こっちは顔も言葉使いも綺麗です。でも、二人は血縁者です。長男と六女の夫婦です。年の差は11歳です。
「母ちゃん、ごめんだべぇ。でも、夢にしては痛かったんだべぇな」
「何をくだらない事を言ってるんですか。さっさとデブゴンの所に今日の餌を持って行ってください」
「はいよぉ~」
長男の嫁に選ばれた事で六女は強制的に王妃です。長男は結婚と同時に国王の地位を譲られます。つまり、国王トバイアスが25歳の時に六女はまだ14歳でした。変態兄貴と無理やりに結婚させられたのです。一生こき使わないと怒りが収まりません。
そんな二人の元に昨日の豚さんが忍び寄っています。デブゴンが誰の事を言っているのか分かりませんが、城から何処かに向かうのは分かります。
「徒歩ですか……遠くではなさそうですね」
トバイアスは王妃に急かされて、ロープの繋がれた10頭の牛を引っ張って行きます。時折り地面に餌を撒いているので、嫁と一緒で牛にも懐かれていないようです。ついでにウェインにも懐かれていません。唯一の楽しみは乳牛から作るチーズと豚の燻製肉だけです。
剥き出しの地面が続きます。城から少し離れると草原ではなくなるようです。なんだか傾斜もキツくなっています。少し遠くに馬鹿デカい山脈が見えるので、山道を登っているのかもしれません。「はぁ、はぁ」とアリエルもちょっと疲れて来ました。牛に乗って付いて行けばよかったです。
「手塩に育てたお前達とも今日でお別れだべぇ。ドラゴンさんに美味しく食べられるんだべぇよ。逃げ回って、ドラゴンさんに迷惑かけたら駄目なんだべぇよ」
丸々太った牛一頭ずつに別れの挨拶をしています。そうです。この牛達はドラゴンの餌です。
服を着た豚が付いて行けば、『あれあれ? 今日は牛の日だったのに豚が付いて来てしまったんだべぇ。しょうがねぇ奴だべぇ。一緒に食べられるんだべぇ』と置き去りにされてしまいます。
けれども、アリエルは豚ではなく、人間です。人間の言葉を理解できます。牛に向けて話すトバイアスの一方的な会話を盗み聞きして、自分が何処に向かっているのか分かりました。
「この先にドラゴンがいるんですね。まさか、本当にいるとは……」
完全にウェインの言う事は信じていませんでしたが、この先にドラゴンがいるならば事情は変わります。悪の親玉だと思っていたウェインが、実はただの手下になってしまいます。ボスを倒しても、裏ボスがいるなら問題は解決しません。
「まずは話し合いですね。肉食系ドラゴンから草食系ドラゴンになってくれないか話し合いです」
相手は伝説の最強生物ドラゴンです。パンチやキックで倒せる相手じゃありません。雑草を食べてくれるならば、ソヴリス王国各地から刈り取った雑草を集めれば、十分に足ります。ドラゴンの食費は大幅に減少します。貧乏から脱却できそうです。
作業着を着たヤバい小父さんに見つからないように、牛の大きな身体に隠れてアリエルは山道を登って行きます。今日の昼ご飯までは厨房で盗んできました。でも、晩ご飯は用意していません。なんだかドラゴンの炎で焼いた牛の丸焼きが食べたくなってきます。
「さぁ~て、この辺でいいんだべぇ。お前達、最後の晩餐だぁ。うぅ~~んとお食べぇ」
作業着の小父さんは地面に持っていた餌を全てばら撒くと、チリンチリンと持っていたベルを大きく鳴らしました。そして、「ほぉ、ほぉ、ほぉ」と城に向かって、ランニングで帰って行きます。坂道は下りの方が実は足に負担がかかるんですよ。スピードの出し過ぎで転ばないでくださいね。
「……トウモロコシですか」
作業着の小父さんがいなくなったので、牛達が食べている物を確認します。乾燥させたトウモロコシです。食べたら口の中がパサパサします。とりあえず、ドラゴンが来る前にやる事があります。地面にしゃがむと確認です。間違いありません。乳牛です。
お腹に下に潜り込むと、乳牛に最後の仕事をやってもらいます。牛の乳首を四本の指で優しく握ると、乳搾り開始です。
「モオゥ~、モオゥ~」
「ごくごく…ごくごく…」
時には優しく、時には激しく……この雌牛は当たりのようです。たまにハズレがいるので要注意です。さらっとした喉越しの生乳です。山登りで渇いてしまったアリエルの喉を潤してくれます。
喉が潤ったら今度は食事です。厨房にチーズと焼いた薄切りベーコンがあったので持ってきました。まるで、盗んで食べてくれと言っているように、テーブルの上にパンと一緒に置かれていました。パンはその場で食べてきました。
「んんっ……少しこのベーコン、塩辛いですね」
ベーコンの味付けが濃い過ぎたようです。ここに作業着の小父さんがいたら、『文句があるなら食うんじゃないべぇ!』と激怒していたでしょう。でも、小父さんのミスではありません。料理をしたのは嫁である王妃です。
そろそろ小父さんにはいなくなってもらわないと困るからです。ウェインは今年で21歳です。4年後には国王になります。今の国王には塩分をたくさん摂ってもらい、『脳卒中、心筋梗塞』などなどになってもらいます。晴れて未亡人デビューです。
王妃はまだまだ40代です。家畜の世話以外にも人並みの人生を送りたいのです。その為の邪魔者を、塩分と憎悪たっぷりの料理で排除中です。
「……んっ? 地面が揺れているんですか?」
食事が終わったので地面に寝転がって休んでいると、地面を走る振動がアリエルの身体に伝わります。何かがやって来るなんて馬鹿な事は考えません。やって来るのはドラゴンしかいないからです。でも、盗賊の話ではドラゴンは空を飛べるはずです。わざわざ地面を歩く理由が分かりません。
「振動が続いています。空を飛ばずに歩いて来ているのでしょうか?」
とりあえず、考えるのは後でも出来ます。アリエルは牛の群れから離れました。一緒にいれば、ドラゴンに一飲みにされるかもしれません。話し合いの前に食べられる訳にはいきません。
「な、何ですか、あれは?」
しばらく隠れられる場所のないホリミオンの山肌で待っていると、地面を揺らす振動の正体がやって来ました。赤い鱗に覆われた巨大な身体に、胴体には四本の足と大きな翼が二枚生えています。長い尻尾は鞭のようにしならせています。
でも、アリエルが驚いているのはボロ城並みに馬鹿デカいドラゴンの身体ではないです。その容姿です。
「あんなの全然カッコよくないです! レッドデブゴンじゃないですか!」
現れたレッドドラゴンは町のデブ猫のように胴体だけがパンパンに膨らんでいました。明らかに太り過ぎで、空を飛べなくなっています。腹を地面に擦り付けて見っともなく歩いています。「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」とここまで来るだけで瀕死の重傷です。
カッコいいお見合い写真を見せられた後に現れた、中年ハゲ親父並みにアリエルはガッカリしています。こんなの詐欺です。
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