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第7話 子供人質

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 ♦︎道重・視点♦︎

「Xxx!」
「XX!」

 フワフワの短い赤髪の子供が転んだ。
 母親が慌てて助け起こしているが、どう見ても子供二人は足手まといだ。
 自分だけ逃げた方がいいが、その場合は母親を捕まえればいい。
 子供の足では逃げられない。

「はぁ、はぁ……くぅっ!」

 冷静に考えた結論だが、自分でイラついてしまった。
 俺がこんな血も涙もない人間だとは思わなかった。
 母子との距離はもう二十メートルもない。もう追い付く。
 クリーム色の長い金髪の母親に右腕を伸ばして、細い首を締め上げた。

「XX! XXX、XXXXX!」
「うっ、ぐぅ、くっ、動くな……動くと撃つぞ!」

 暴れる母親を羽交締めにして、子供二人から無理矢理に引き離していく。
 母親の後頭部や肘が身体に当たって痛いが、我慢するしかない。

「XXXxX! XXx、XXxー!」
「XXー、XXー! XXxー!」

 赤髪と黒髪の子供が泣き叫んでいる。
 汚れたイラストが描かれた白いTシャツ、水色のジーンズを着た母親の身体が触れる。
 胸や尻が想像以上に柔らかい。性別が違うだけで、ここまで違うとは知らなかった。

 岩と砂、火と水、塩と砂糖、男と女でまったく違う。
 きめ細やかな砂が肌を撫で、冷たい水が身体に入り込み、甘い砂糖が脳を溶かそうとする。
 この女は思考力を奪い取る危険な薬物だ。
 欲望と狂気が混ざり合い、目的を見失わせようとする。

「うっ、くあああ!」
「XxX!」

 言葉の通じない母親を投げるように突き放すと、子供達に向かって走った。
 このまま南に進んで、道路まで母親を引き摺っていくのは無理だ。
 子供二人の方がまだ楽に連れていける。

 大きめのシャツを重ね着している、赤髪の子供の頭頂部に銃口を押し当てた。
 左手の黒鞘に入ったままの刀を、黒髪の子供の首に押し当てた。

「XXX!」
「stop!」

 取り乱した母親が向かってきたが、右手を突き出して、英語で止まれと命令した。

「no! please、no!」

 母親が慌てて立ち止まると、両手を合わせて、英語でやめてとお願いしてきた。
「英語は喋れるのか?」と英語で尋ねてみたが、どうやら無理そうだ。

「no、sorry。please、my、change。my、life、you」

 この島で覚えたような英語と身振りを使ってきた。
 英語は喋れない、自分が子供と交代する、私の命をあなたにあげる。
 おそらくこんなことを言っている。多少の意思疎通は出来るようだ。
 
「no、change。no、life。you、you、you、go。no、go、no、life」

 首を左右に振って人質交代を断ると、子供と母親に順番に銃を向けて、南に行くように命令した。
 行くのが嫌なら、全員の命はないと最後に警告した。

「yes、go。please、help、life」
「yes、ok。you、you、you、help、life。go、go」

 行くから、命は助けて欲しい、母親の言っている言葉の意味をそう理解した。
 さっきと同じ方向を指差すと、大人しく歩けば、三人の命を助けると約束した。
 母親が分からない言葉で子供二人に話すと、子供二人は泣き止んで頷いた。

「はぁ、はぁ……キツイな」

 母親を先頭に歩き始めた。母親が何度も後方を振り返って、子供の無事を確認してくる。
 三人以外にも、別の住民が背後から襲ってこないか、警戒しないといけない。
 喉が渇いて、どうしようもない。不安が増して、方位磁石も信用できなくなりそうだ。
 少しだけ休みたいと、両足が訴えてくる。

「手錠があれば、三人を繋げられたんだがな」

 住民を捕まえる予定はなかった。
 タオルはあるが、手錠やロープは持っていない。
 いつでも抵抗できる人質を連れ歩くのは不安だ。
 子供二人は逃して、母親だけ連れていけば楽になる。

 でも、それだと母親が言うことを聞かなくなる。
 逆に子供だけ連れていくのもどうかと思う。
 車の中で泣き叫ぶ子供の姿しか想像できない。

「あと少しだな」

 雑草の茂みが見えてきた。ここを抜ければ道路に出られる。
 十字路が待ち合わせ場所だ。俺を降ろした場所と十字路の間を、車は往復する予定だ。
 撫子に何も問題が起きてなければ、道路に待っていればやって来る。

「stop。no、go」
「yes……」

 雑草の茂みを抜けて道路に出た。地面を指差して母親に動かないように命令した。
 一回頷いて、イエスと言ったから理解できたようだ。あとは車を待つだけでいい。

「food、you」

 ズボンに入っていたチョコレートを子供二人に渡して、噛む仕草で食べるように伝えた。
 毒入りだと警戒しているが、俺が半分に割って食べると食べ始めた。

「XXXX! XXXX!」
「XXXX! XXXX!」

 何と言っているのか分からないが、喜んでいるのは分かる。
 この辺は日本にいる普通の子供と一緒だ。
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