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第2話 25歳の女性冒険者二人組
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「ア、アベル⁉︎ おい、お前も引き止めろよ。俺達の力をクエストで見せてやろうぜ! なぁ?」
レベッカさんの腰にしがみ付いて引き摺られている、お前の見っともない姿を見せれば、僕達の実力はもう見せたようなものだ。これ以上は他の冒険者の皆さんのご迷惑になるし、女性の身体に許可なく抱きつくのはセクハラだぞ。さっさと会場と僕の目の前から消えろ。
「ねぇ、レベッカ。ちょっとぐらいは付き合ってあげましょうよ? ここまで必死に引き止めるんだから、それなりの実力があると思った方がいいんじゃないの?」
「また、そういう事を言って……どうせ魔法使いが珍しいだけよ。あんた達、言っておくけど……この子は『クォーター』よ。それでもいいの?」
「えっ⁉︎ クォーターなの!」
何やってたんだよ。せっかく、モニカさんがチャンスをくれたのに、彼女がクォーターだと聞いて、あからさまにショックを受けている。魔法使いには血統というものがあり、両親ともに魔法使いの『ピュア』、両親の片方だけが魔法使いの『ハーフ』、両親のどちらも魔法使いではない『クォーター』がいる。
そして、クォーターは魔法使いの中では下級に分類される。理由は身体に蓄積できる魔力量が少ないからだ。少ない魔力では強力な魔法は使えないし、魔法を使える回数も制限される。戦士で例えると、筋肉も体力も人並み以下といった感じだろうか。お前がガッカリする気持ちは少しは分かるけど、顔には出すなよ。
「ほら、コイツのこの顔見なさいよ。あんたがクォーターだと知って、ガッカリしているわよ。こんな口だけのカス男は放っておいて行くわよ」
「うん……そうねぇ」
「あっ! あっーー、今のは違うから⁉︎ これはガッカリしたんじゃなくて……俺の嬉しい時の顔なんですよ!」
「ハァッ? 知るか!」
どう見てもガッカリした奴の顔だった。でも、今は後悔している顔になっている。今回は縁がなかったと、このまま放置してもいいけど……せっかく、マリクが頑張って手に入れたチャンスだ。僕だけ何もしないでいられない。
「申し訳ありません。僕の仲間が二人に嘘を吐いて、失礼な態度を取った事は謝ります——」
「退いて、邪魔よ」
レベッカの前に立ち塞がると、素直に頭を下げて謝罪した。僕が謝罪するような事は一つもしてないけど、友の為、友の代わりに謝罪した。けれども、彼女はまったく聞く耳持たなかった。レベッカにも意地があるようにも、僕にも友として、男としての意地がある。簡単には引き下がれない。
「退きません。確かにこのマリクは嘘吐きでどうしようもないカス男です。でも、冒険者としての実力は確かです。そこは俺が保証します。だから、もう一度だけチャンスをください。お願いします」
「アッちゃん♪」
「「……」」
また二人に向かって頭を下げた。今度は謝罪ではなく、お願いだ。冒険者ならば口ではなく、冒険者としての腕で、誠意を証明するべきだ。こんな事をしても女性二人の心には届かないかもしれない。でも、カス男の心には届いたようだ。うっとりとした、気持ち悪い顔で僕の方を見つめている。こっちを見るな。お前は今すぐに土下座しろ。
「ふっふ、分かったわ。そこまで言われたら仕方ないわね。二人掛りでいいから掛かって来なさいよ! この剣で相手してやるわ!」
「えっ! いや、えっ?」
「さあ、遠慮しないで掛かって来なさいよ!」
何を勘違いしたのか、レベッカは意気揚々と左腰から片刃直刀の『サーベル』を引き抜いた。サーベルは刀身が長くて軽いのが特徴で、刺すよりも振るう攻撃に優れている……と冷静に武器の分析をする暇はない。早く誤解を解かないと、二人揃って病院送りにされてしまう。
「違います⁉︎ 違います⁉︎ 一緒にクエストに行きたいだけです!」
「ハァッ? 何で私達がそんな面倒で意味のない事をしないといけないのよ? 剣で戦うのが嫌なら、私は拳でやってもいいんのよ!」
「おい、お前も黙ってないで——」
なんてこったい⁉︎ 隣にいたはずのチャラ男の姿が消えている。あの野郎! この女が剣を引き抜いた瞬間に僕を置いて逃げやがった。今度、街中で見かけたら、容赦なく後ろから斬り掛かってやる。
♢♦︎♢♦︎♢
「さあ、さあ、さあ! 男なら掛かって来なさいよ!」
両拳を持ち上げて、レベッカは僕に向かって、拳をシュシュと突き出してくる。僕は絶対にやりたくないが、レベッカはやりたいようだ。戦士系は身体能力を強化する技を習得している確率が高い。剣士である僕が戦士と殴り合いをしたら、一方的に殴られて終わる……どんな手段を使っても構わない。戦いを回避する。
「俺にはそんな事出来ません! レベッカさんの綺麗な顔を殴れるわけないでしょう!」
「はぁ、はぁっ⁉︎ あ、あんた⁉︎ 何言ってんのよ⁉︎ 私を舐めているのなら、ブン殴るだけじゃ済まないわよ!」
「嘘じゃありません! 本当に綺麗だから、綺麗だと言っただけです!」
「もう怒った! その舐めた口、二度と利けないようにしてやるわ!」
「ちょ、ちょっと、待って⁉︎」
女性は綺麗だと言われると嬉しい作戦。最初の綺麗な顔は効果覿面、レベッカさんは動揺しながらも確かに口元は嬉しそうに緩んで、頬はちょっぴり赤くなっていた気がする。けれども、綺麗の連続使用は劇薬だったらしい。耳まで真っ赤に染めると、腕を振り上げて、カンカンに怒って向かって来た。
「ねぇ、レベッカ。もうこの子と一緒にクエスト行こうよ」
僕の絶体絶命のピンチに、チャラ男もギルド職員も他の冒険者も助けに来なかった。けれども、モニカさんという救世主が現れた。彼女の言葉に反応して、レベッカは殴り掛かろうとしていた右手をピタッと止めた。そして、相棒の魔法使いに向かって振り返った。
「ちょっと、モニカ⁉︎ 何言ってるの? 私達はコイツらと違って遊びに来たんじゃないのよ。本気で結婚相手を探しているの。あんたも25歳なんだから、そろそろ本気で探さないとヤバイのよ。分かってるの?」
モニカさんは同い年かと思っていたけど、2つ年上の25歳なのか。確かに女性冒険者は年齢が25歳を過ぎると、少しずつ結婚率が低下していくというデータがある。でも、年上熟練女性冒険者が年下新米男性冒険者とパーティーを組んで、そのうちに結婚するという話もよくある。そこまで相手を選ばなければ、年齢は関係ないはずだ。
「うん……そうだけど、レベッカが大騒ぎを起こしたから、今日はもう誰も近寄って来ないと思うのよ」
「「?」」
レベッカと同じように僕も周囲の人達を見て回った。明らかに誰も彼も目が合うと視線を逸らしていく。ああっ、もう今日は婚活パーティーではなく、バイキングに来たと思うしかない。出来るだけ沢山食べてから家に帰ろう。
「なぁっ⁉︎ チッ! あんた、よくもやってくれたわね! タダじゃおかないんだから!」
「ええっーー⁉︎」
完全に八つ当たりだ。こっちは唐揚げ食べて我慢するのに……そもそも、デカい声で剣を抜いて騒いでいたのはお前だ。まあ、僕も立ち去ろうとしていたお前達の前に立ち塞がってしまったから、半分ぐらいは騒ぎの責任はあるかもしれないけど……。
「ほら、何してんだい! さっさとクエストを探しに行くわよ!」
「はいぃ⁉︎」
レベッカが両手で力一杯、僕の右腕を掴んできた。このままへし折られるのかと覚悟したけど、予想外の言葉が聞こえた気がする。
「はいぃ? ……じゃないわよ! あんたの所為で今日の婚活パーティーの参加費が無駄になったんだから。クエストの報酬でしっかりと払いなさいよ!」
「そんなぁ~‼︎」
冒険者ランクGで受けられるクエスト報酬は簡単なクエストで銀貨3枚、難しいクエストで金貨1枚だ。女性冒険者の婚活パーティー参加費は、男性冒険者の半額で銀貨4枚だから、頑張れば女性二人分の銀貨8枚ぐらいは僕一人でも用意できる。けれども、僕はタダ働きになってしまう。婚活パーティー参加費に銀貨8枚も使って、さらにタダ働きなんて絶対したくない。
「どうしたの君? さっき冒険者の実力を見せたいから一緒にクエストに行こうと誘ったのは君だよ。今さら嘘でしたとか言わないよね?」
「えっ! ちょ、ちょっと⁉︎」
何とかレベッカの手を振り解いて逃げようとするが、もう手遅れになってしまった。スッと隣に現れたモニカさんによって、僕の左腕まで捕まってしまった。
「そうよ。あんたが誘ったんだから。さっさとクエストボードに行くわよ! チャチャと歩きなさい!」
「ちなみに逃げたら、燃やすから」
「ええっ~~‼︎」
両腕を女性冒険者二人に掴まれて、嫌々、クエストボードに連れて行かれる。二人からは女性特有の石鹸のいい匂いがしてくる。朝、お風呂に入ってから、気合を入れて婚活パーティーにやってきたのだろう。でも、ほとんど強制連行だ。この状態は絶対に両手に花じゃない。両手に手錠だ。
♢♦︎♢♦︎♢
「ほら、さっさと選びなさい!」
「ううっ……」
受付の裏側にある大きなクエストボードまで連れて行かれると、レベッカに急かされる。この三人で行くなら、少しぐらいは強いモンスターでもいいかもしれない。けれども、無理はよくない。
『レッドウルフ、十五頭の狩猟。火山。銀貨3枚』
『ギガースビートル、七匹の狩猟。森林。銀貨3枚』
『ワイルドボア、十頭の狩猟。火山。銀貨3枚』
『キメラ、一頭の狩猟。古代遺跡。金貨1枚』
『ストーンゴーレム、一体の狩猟。古代遺跡。金貨1枚』
『プロトスクス、一頭の狩猟。森林。金貨1枚』
冒険者ランクGで受けられるクエストは大体こんな感じのものしかない。小型モンスターをたくさん倒して手堅く稼ぐか、大型モンスターを1匹倒して楽に稼ぐかだ。もちろん、大型モンスターは強いので実力の低い冒険者では楽には倒せない。
「とりあえず、レッドウルフとワイルドボアを倒したいんですけど……いいでしょうか?」
一応は二人に聞かないといけない。場所は火山地帯なので鉱物資源が豊富だ。モンスターの狩猟報酬と、そのモンスターの素材、あとは採掘した鉱物の売り上げを合わせれば、銀貨8枚ぐらいは楽に稼げる。僕の冒険者としての実力を見せるなら、二人の力を期待してはいけないはずだ。
「あぁ~、そこだと相性最悪ね。モニカは火と風の魔法を使うから、火耐性が高い火山地帯のモンスターとは相性最悪なのよ。別の場所にしてくれない」
「うっ……」
いきなり失敗した。ここで、「僕が一人で倒すから問題ないですよ」とか言っても意味はない。レベッカの性格なら、「だったら一人で行ってくれば。私達は待っているから」とか言ってくる。というよりも絶対に言う。
「あのぉ~、ちなみに二人のレベルはどのくらい何ですか? まだ聞いてませんでしたよね?」
火山が駄目なら、古代遺跡か森林に行くしかない。どちらも大型モンスターの狩猟をしないといけないので、僕一人では難しい。三人で戦う事になるので、レベルの確認は大事な事だ。
「私は38で、モニカは39よ。知っての通り、レベル41以上は中級冒険者だから、あんたとは冒険者としての格が違うのよ。格がね」
「でも、まだ僕と同じランクGの下級冒険者ですよね?」
「ハァッ? 同じ? レベル31と38は全然違うわよ。やっぱり、この拳で身体に教えてやるしかないようね」
また、レベッカが両拳を胸の位置に構えて、僕に向かってファイティングポーズを取った。
はぁー、格と言われても困る。ゲームのようにレベルが上がれば、ステータスとかいう身体能力が上がるわけじゃない。レベルはあくまでも、冒険者ギルドが今まで達成したクエストの報酬金額の合計額で決めるものだ。レベルとはギルドへの貢献度が高い人であって、レベルが高い=強い人にはならないのだ。
まったく、僕を一度ボコボコにさせないと話が進みそうにないぞ。嫌だけど。
「レベッカ、喧嘩は駄目。これ以上騒いだら出禁になっちゃうから」
「チッ、命拾いしたわね」
「ふぅ~……」
モニカさんに言われて、レベッカは嫌々ながらも拳を下ろした。どう考えても、この二人が同じパーティーを組んで冒険しているのが信じられない。好戦的な性格と乱暴な言葉遣いを直せば、レベッカはそこそこ可愛い顔をしている。本気で結婚したいのなら、婚活パーティーに参加する前に、まずはそこを直してから来て欲しいものだ。
「ごめんね。レベッカは裏表がないから、思っている事を直ぐに言っちゃうのよ」
「はぁ……」
本当にこんな優しそうな笑顔の女性が、何で乱暴なレベッカと一緒にいるんだろう? そういえば、普段大人しい子ほど、裏では凄い事をやっていると聞くけど……もしかすると……。
「どうしたの? 早く決めないと誰かに取られちゃうよ?」
「はい! えっーと、これとこれにします!」
気がつけば、隣にいるモニカさんが漆黒の瞳で、僕の顔を心配そうに覗き込んでいた。頭の中から良からぬ推測を慌てて追い出すと、クエストボードから二枚のクエスト用紙を急いで引き剥がして、彼女に手渡した。モニカさんはそういう人じゃないはずだ。
「ふぅ~ん、ギガースビートルとプロトスクスか……確かに、あんたの実力と私達の実力を見せるにはピッタリのクエストね。モニカもこれでいいでしょう?」
レベッカがこのクエストでいいと言うのなら、ほぼ決定だ。僕とモニカさんは反対していない。あとは受付に行って、登録すれば、冒険の準備をして出発するだけだ。
「うん、私はいいけど、三人だとちょっと厳しいかもしれない。だから、さっき逃げたチャラ男も入れた方がいいかも。その方が安全だと思う」
「まあ、確かにあんなのでも、いないよりはいた方がいいわね。あんたの仲間なんだから連れて来なさいよ! きっと、何処かのテーブルの下に隠れているから」
まったく、猫じゃないんだから、大の男がテーブルの下なんかに隠れない。受付のブレアさんにマリクが付けていた『16』のストラップが返却されていないか聞けば、会場の中にいるのか、家に逃げ帰ったかは直ぐに分かる。さっさと調べて連れて来よう。
「分かりました。一応、会場の中と外を探して来ます。家に帰っているようなら、アイツのことは諦めましょう」
「あっ、一応言っておくけど、逃げたり、遅かったりしたら、二人とも見つけて殺すわよ。分かったわね?」
「……はい、すぐに見つけて来ます」
別に見つけられなくてもいい。そんな甘い気持ちで探そうと思っていたら、ドスが利いた声でレベッカに警告されてしまった。おそらく、これは警告ではない。宣告だ。30分だ。カス男が家に帰っていようと、30分以内にここに連れて来てやる!
♢♦︎♢♦︎♢
レベッカさんの腰にしがみ付いて引き摺られている、お前の見っともない姿を見せれば、僕達の実力はもう見せたようなものだ。これ以上は他の冒険者の皆さんのご迷惑になるし、女性の身体に許可なく抱きつくのはセクハラだぞ。さっさと会場と僕の目の前から消えろ。
「ねぇ、レベッカ。ちょっとぐらいは付き合ってあげましょうよ? ここまで必死に引き止めるんだから、それなりの実力があると思った方がいいんじゃないの?」
「また、そういう事を言って……どうせ魔法使いが珍しいだけよ。あんた達、言っておくけど……この子は『クォーター』よ。それでもいいの?」
「えっ⁉︎ クォーターなの!」
何やってたんだよ。せっかく、モニカさんがチャンスをくれたのに、彼女がクォーターだと聞いて、あからさまにショックを受けている。魔法使いには血統というものがあり、両親ともに魔法使いの『ピュア』、両親の片方だけが魔法使いの『ハーフ』、両親のどちらも魔法使いではない『クォーター』がいる。
そして、クォーターは魔法使いの中では下級に分類される。理由は身体に蓄積できる魔力量が少ないからだ。少ない魔力では強力な魔法は使えないし、魔法を使える回数も制限される。戦士で例えると、筋肉も体力も人並み以下といった感じだろうか。お前がガッカリする気持ちは少しは分かるけど、顔には出すなよ。
「ほら、コイツのこの顔見なさいよ。あんたがクォーターだと知って、ガッカリしているわよ。こんな口だけのカス男は放っておいて行くわよ」
「うん……そうねぇ」
「あっ! あっーー、今のは違うから⁉︎ これはガッカリしたんじゃなくて……俺の嬉しい時の顔なんですよ!」
「ハァッ? 知るか!」
どう見てもガッカリした奴の顔だった。でも、今は後悔している顔になっている。今回は縁がなかったと、このまま放置してもいいけど……せっかく、マリクが頑張って手に入れたチャンスだ。僕だけ何もしないでいられない。
「申し訳ありません。僕の仲間が二人に嘘を吐いて、失礼な態度を取った事は謝ります——」
「退いて、邪魔よ」
レベッカの前に立ち塞がると、素直に頭を下げて謝罪した。僕が謝罪するような事は一つもしてないけど、友の為、友の代わりに謝罪した。けれども、彼女はまったく聞く耳持たなかった。レベッカにも意地があるようにも、僕にも友として、男としての意地がある。簡単には引き下がれない。
「退きません。確かにこのマリクは嘘吐きでどうしようもないカス男です。でも、冒険者としての実力は確かです。そこは俺が保証します。だから、もう一度だけチャンスをください。お願いします」
「アッちゃん♪」
「「……」」
また二人に向かって頭を下げた。今度は謝罪ではなく、お願いだ。冒険者ならば口ではなく、冒険者としての腕で、誠意を証明するべきだ。こんな事をしても女性二人の心には届かないかもしれない。でも、カス男の心には届いたようだ。うっとりとした、気持ち悪い顔で僕の方を見つめている。こっちを見るな。お前は今すぐに土下座しろ。
「ふっふ、分かったわ。そこまで言われたら仕方ないわね。二人掛りでいいから掛かって来なさいよ! この剣で相手してやるわ!」
「えっ! いや、えっ?」
「さあ、遠慮しないで掛かって来なさいよ!」
何を勘違いしたのか、レベッカは意気揚々と左腰から片刃直刀の『サーベル』を引き抜いた。サーベルは刀身が長くて軽いのが特徴で、刺すよりも振るう攻撃に優れている……と冷静に武器の分析をする暇はない。早く誤解を解かないと、二人揃って病院送りにされてしまう。
「違います⁉︎ 違います⁉︎ 一緒にクエストに行きたいだけです!」
「ハァッ? 何で私達がそんな面倒で意味のない事をしないといけないのよ? 剣で戦うのが嫌なら、私は拳でやってもいいんのよ!」
「おい、お前も黙ってないで——」
なんてこったい⁉︎ 隣にいたはずのチャラ男の姿が消えている。あの野郎! この女が剣を引き抜いた瞬間に僕を置いて逃げやがった。今度、街中で見かけたら、容赦なく後ろから斬り掛かってやる。
♢♦︎♢♦︎♢
「さあ、さあ、さあ! 男なら掛かって来なさいよ!」
両拳を持ち上げて、レベッカは僕に向かって、拳をシュシュと突き出してくる。僕は絶対にやりたくないが、レベッカはやりたいようだ。戦士系は身体能力を強化する技を習得している確率が高い。剣士である僕が戦士と殴り合いをしたら、一方的に殴られて終わる……どんな手段を使っても構わない。戦いを回避する。
「俺にはそんな事出来ません! レベッカさんの綺麗な顔を殴れるわけないでしょう!」
「はぁ、はぁっ⁉︎ あ、あんた⁉︎ 何言ってんのよ⁉︎ 私を舐めているのなら、ブン殴るだけじゃ済まないわよ!」
「嘘じゃありません! 本当に綺麗だから、綺麗だと言っただけです!」
「もう怒った! その舐めた口、二度と利けないようにしてやるわ!」
「ちょ、ちょっと、待って⁉︎」
女性は綺麗だと言われると嬉しい作戦。最初の綺麗な顔は効果覿面、レベッカさんは動揺しながらも確かに口元は嬉しそうに緩んで、頬はちょっぴり赤くなっていた気がする。けれども、綺麗の連続使用は劇薬だったらしい。耳まで真っ赤に染めると、腕を振り上げて、カンカンに怒って向かって来た。
「ねぇ、レベッカ。もうこの子と一緒にクエスト行こうよ」
僕の絶体絶命のピンチに、チャラ男もギルド職員も他の冒険者も助けに来なかった。けれども、モニカさんという救世主が現れた。彼女の言葉に反応して、レベッカは殴り掛かろうとしていた右手をピタッと止めた。そして、相棒の魔法使いに向かって振り返った。
「ちょっと、モニカ⁉︎ 何言ってるの? 私達はコイツらと違って遊びに来たんじゃないのよ。本気で結婚相手を探しているの。あんたも25歳なんだから、そろそろ本気で探さないとヤバイのよ。分かってるの?」
モニカさんは同い年かと思っていたけど、2つ年上の25歳なのか。確かに女性冒険者は年齢が25歳を過ぎると、少しずつ結婚率が低下していくというデータがある。でも、年上熟練女性冒険者が年下新米男性冒険者とパーティーを組んで、そのうちに結婚するという話もよくある。そこまで相手を選ばなければ、年齢は関係ないはずだ。
「うん……そうだけど、レベッカが大騒ぎを起こしたから、今日はもう誰も近寄って来ないと思うのよ」
「「?」」
レベッカと同じように僕も周囲の人達を見て回った。明らかに誰も彼も目が合うと視線を逸らしていく。ああっ、もう今日は婚活パーティーではなく、バイキングに来たと思うしかない。出来るだけ沢山食べてから家に帰ろう。
「なぁっ⁉︎ チッ! あんた、よくもやってくれたわね! タダじゃおかないんだから!」
「ええっーー⁉︎」
完全に八つ当たりだ。こっちは唐揚げ食べて我慢するのに……そもそも、デカい声で剣を抜いて騒いでいたのはお前だ。まあ、僕も立ち去ろうとしていたお前達の前に立ち塞がってしまったから、半分ぐらいは騒ぎの責任はあるかもしれないけど……。
「ほら、何してんだい! さっさとクエストを探しに行くわよ!」
「はいぃ⁉︎」
レベッカが両手で力一杯、僕の右腕を掴んできた。このままへし折られるのかと覚悟したけど、予想外の言葉が聞こえた気がする。
「はいぃ? ……じゃないわよ! あんたの所為で今日の婚活パーティーの参加費が無駄になったんだから。クエストの報酬でしっかりと払いなさいよ!」
「そんなぁ~‼︎」
冒険者ランクGで受けられるクエスト報酬は簡単なクエストで銀貨3枚、難しいクエストで金貨1枚だ。女性冒険者の婚活パーティー参加費は、男性冒険者の半額で銀貨4枚だから、頑張れば女性二人分の銀貨8枚ぐらいは僕一人でも用意できる。けれども、僕はタダ働きになってしまう。婚活パーティー参加費に銀貨8枚も使って、さらにタダ働きなんて絶対したくない。
「どうしたの君? さっき冒険者の実力を見せたいから一緒にクエストに行こうと誘ったのは君だよ。今さら嘘でしたとか言わないよね?」
「えっ! ちょ、ちょっと⁉︎」
何とかレベッカの手を振り解いて逃げようとするが、もう手遅れになってしまった。スッと隣に現れたモニカさんによって、僕の左腕まで捕まってしまった。
「そうよ。あんたが誘ったんだから。さっさとクエストボードに行くわよ! チャチャと歩きなさい!」
「ちなみに逃げたら、燃やすから」
「ええっ~~‼︎」
両腕を女性冒険者二人に掴まれて、嫌々、クエストボードに連れて行かれる。二人からは女性特有の石鹸のいい匂いがしてくる。朝、お風呂に入ってから、気合を入れて婚活パーティーにやってきたのだろう。でも、ほとんど強制連行だ。この状態は絶対に両手に花じゃない。両手に手錠だ。
♢♦︎♢♦︎♢
「ほら、さっさと選びなさい!」
「ううっ……」
受付の裏側にある大きなクエストボードまで連れて行かれると、レベッカに急かされる。この三人で行くなら、少しぐらいは強いモンスターでもいいかもしれない。けれども、無理はよくない。
『レッドウルフ、十五頭の狩猟。火山。銀貨3枚』
『ギガースビートル、七匹の狩猟。森林。銀貨3枚』
『ワイルドボア、十頭の狩猟。火山。銀貨3枚』
『キメラ、一頭の狩猟。古代遺跡。金貨1枚』
『ストーンゴーレム、一体の狩猟。古代遺跡。金貨1枚』
『プロトスクス、一頭の狩猟。森林。金貨1枚』
冒険者ランクGで受けられるクエストは大体こんな感じのものしかない。小型モンスターをたくさん倒して手堅く稼ぐか、大型モンスターを1匹倒して楽に稼ぐかだ。もちろん、大型モンスターは強いので実力の低い冒険者では楽には倒せない。
「とりあえず、レッドウルフとワイルドボアを倒したいんですけど……いいでしょうか?」
一応は二人に聞かないといけない。場所は火山地帯なので鉱物資源が豊富だ。モンスターの狩猟報酬と、そのモンスターの素材、あとは採掘した鉱物の売り上げを合わせれば、銀貨8枚ぐらいは楽に稼げる。僕の冒険者としての実力を見せるなら、二人の力を期待してはいけないはずだ。
「あぁ~、そこだと相性最悪ね。モニカは火と風の魔法を使うから、火耐性が高い火山地帯のモンスターとは相性最悪なのよ。別の場所にしてくれない」
「うっ……」
いきなり失敗した。ここで、「僕が一人で倒すから問題ないですよ」とか言っても意味はない。レベッカの性格なら、「だったら一人で行ってくれば。私達は待っているから」とか言ってくる。というよりも絶対に言う。
「あのぉ~、ちなみに二人のレベルはどのくらい何ですか? まだ聞いてませんでしたよね?」
火山が駄目なら、古代遺跡か森林に行くしかない。どちらも大型モンスターの狩猟をしないといけないので、僕一人では難しい。三人で戦う事になるので、レベルの確認は大事な事だ。
「私は38で、モニカは39よ。知っての通り、レベル41以上は中級冒険者だから、あんたとは冒険者としての格が違うのよ。格がね」
「でも、まだ僕と同じランクGの下級冒険者ですよね?」
「ハァッ? 同じ? レベル31と38は全然違うわよ。やっぱり、この拳で身体に教えてやるしかないようね」
また、レベッカが両拳を胸の位置に構えて、僕に向かってファイティングポーズを取った。
はぁー、格と言われても困る。ゲームのようにレベルが上がれば、ステータスとかいう身体能力が上がるわけじゃない。レベルはあくまでも、冒険者ギルドが今まで達成したクエストの報酬金額の合計額で決めるものだ。レベルとはギルドへの貢献度が高い人であって、レベルが高い=強い人にはならないのだ。
まったく、僕を一度ボコボコにさせないと話が進みそうにないぞ。嫌だけど。
「レベッカ、喧嘩は駄目。これ以上騒いだら出禁になっちゃうから」
「チッ、命拾いしたわね」
「ふぅ~……」
モニカさんに言われて、レベッカは嫌々ながらも拳を下ろした。どう考えても、この二人が同じパーティーを組んで冒険しているのが信じられない。好戦的な性格と乱暴な言葉遣いを直せば、レベッカはそこそこ可愛い顔をしている。本気で結婚したいのなら、婚活パーティーに参加する前に、まずはそこを直してから来て欲しいものだ。
「ごめんね。レベッカは裏表がないから、思っている事を直ぐに言っちゃうのよ」
「はぁ……」
本当にこんな優しそうな笑顔の女性が、何で乱暴なレベッカと一緒にいるんだろう? そういえば、普段大人しい子ほど、裏では凄い事をやっていると聞くけど……もしかすると……。
「どうしたの? 早く決めないと誰かに取られちゃうよ?」
「はい! えっーと、これとこれにします!」
気がつけば、隣にいるモニカさんが漆黒の瞳で、僕の顔を心配そうに覗き込んでいた。頭の中から良からぬ推測を慌てて追い出すと、クエストボードから二枚のクエスト用紙を急いで引き剥がして、彼女に手渡した。モニカさんはそういう人じゃないはずだ。
「ふぅ~ん、ギガースビートルとプロトスクスか……確かに、あんたの実力と私達の実力を見せるにはピッタリのクエストね。モニカもこれでいいでしょう?」
レベッカがこのクエストでいいと言うのなら、ほぼ決定だ。僕とモニカさんは反対していない。あとは受付に行って、登録すれば、冒険の準備をして出発するだけだ。
「うん、私はいいけど、三人だとちょっと厳しいかもしれない。だから、さっき逃げたチャラ男も入れた方がいいかも。その方が安全だと思う」
「まあ、確かにあんなのでも、いないよりはいた方がいいわね。あんたの仲間なんだから連れて来なさいよ! きっと、何処かのテーブルの下に隠れているから」
まったく、猫じゃないんだから、大の男がテーブルの下なんかに隠れない。受付のブレアさんにマリクが付けていた『16』のストラップが返却されていないか聞けば、会場の中にいるのか、家に逃げ帰ったかは直ぐに分かる。さっさと調べて連れて来よう。
「分かりました。一応、会場の中と外を探して来ます。家に帰っているようなら、アイツのことは諦めましょう」
「あっ、一応言っておくけど、逃げたり、遅かったりしたら、二人とも見つけて殺すわよ。分かったわね?」
「……はい、すぐに見つけて来ます」
別に見つけられなくてもいい。そんな甘い気持ちで探そうと思っていたら、ドスが利いた声でレベッカに警告されてしまった。おそらく、これは警告ではない。宣告だ。30分だ。カス男が家に帰っていようと、30分以内にここに連れて来てやる!
♢♦︎♢♦︎♢
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