上 下
8 / 56

第8話 鉤爪の運搬

しおりを挟む
 プロトスクスの足から鉤爪を取る作業は、まずは足から指を切るところから始まる。これが出来るのは剣を持っていて、さらに指を叩き切る力がある者だけだ。つまりは三人で作業する事になる。鉤爪は全部で十八本なので、一人六本切れば作業終了だ。

「ヤァ! ……ヤァァ! ……ヤァァァ!」

 剣を振り下ろして、後ろ足の指に叩きつける。けれども、一撃で切断する事は出来ない。何度も何度も振り下ろして、やっと一本目が終わった。残りは五本になるが、身体能力が強化されている二人の戦士には簡単な作業だったようだ。もう三本目に突入している。お前達はもう剣を使わずに素手で剥ぎ取ればいいんだ。

「ふぅーー、疲れたぁ~!」

 10分程度で無事に鉤爪の解体作業が終わると、少し休憩する事になった。解体の最後まで残っていたのは僕だった。そんな疲れ果てた僕が地面に座っていると、モニカさんが近づいてきて話しかけてきた。

「ご苦労様。お互い身体能力が低いと苦労するわね」

「ええ、まあ……でも、戦士職と一緒で、剣士職も身体能力強化は習得できるみたいなんで、それまでの辛抱ですよ」

「そうなるといいわね。私も次の試験で魔力強化が習得できれば、中級でもまだまだ活躍出来そうなんだけど、なかなか欲しい力は手に入らないのよねぇ」

「その気持ち分かります。実際、そうなんですよねぇ」

 レベッカとの件で何か話があるのかと思ったけど、どうも違ったみたいだ。ただ世間話をしたいだけなのか、中級冒険者になるのが不安で誰かと話したいのか、それとも僕の人となりでも調べようとしているのか……その理由は分からない。けれども、おそらくこれが……普通の婚活パーティー中のクエストで男女がやる事なのだ!

「この一番長い爪が銀貨3枚。後ろ足の短い爪は銀貨1枚になるから、折らないように気をつけてね。短過ぎると商業ギルドが買取らないから」

「へぇー、結構なお金になるんですね」

「そうね。あとは牙は防具に使われるし、尻尾は意外と高級食材として売れるのよ」

「なるほど、なるほど……」

 意外にもモニカさんはモンスター素材の知識が豊富なようだ。これは勉強になる。短い爪が八本、長い爪が十本なので、モニカさんの説明通りなら、爪だけで買取り合計金額は金貨3枚と銀貨8枚になる。今日はタダ働きだと思ったけど、上手くいけば思わぬ臨時収入が手に入るかもしれない。

「マリク、ここは男の俺達が長い方を五本ずつ持ち運ぶべきだよな? そう思うだろう?」

「えっ? んんっ~? まあ、そうするべきかもしれないけどさぁ」

 地面に寝っ転がっていたマリクに強く聞いた。黙って、「うん」と頷けば、銀貨15枚を手に入れる事が出来るというのに、まったく歯切れの悪い答えだ。これは鉤爪じゃない、金の延棒なんだ。お前も金の延棒なら短い四本よりも、長い五本の方がいいはずだ。
 
「一本2キロぐらいなんだから、男なら三時間ぐらいは背負って運べるよな?」

「いや、4キロはあるから」

 くだらない心配だ。重さ10キロぐらいに大した違いはない。長鉤爪五本の重さが10~20キロだとしても、装備と荷物を合わせても、総重量30~40キロ程度にしかならない。そんなの10歳ぐらいの子供の体重と一緒だ。結婚したら奥さんをお姫様抱っこ、子供が出来たら肩車ぐらいするんだから、この機会に両方とも練習すればいいんだよ。

 ♢♦︎♢♦︎♢

「あっ~~あ、重い! 早く中級冒険者になりたい!」

「ふぅ…ふぅ…気持ちは分かるけど、急がないと帰るのは夜になるからな」

 マリクが早くも不満げに大声を上げた。説得の説得を重ね、鉤爪は男二人が全部運ぶ事になった。それにまだ歩き始めて一時間しか経っていない。転移ゲートはまだまだ先にある。残り二時間。お前も僕のように根性で九本の爪を運ぶべきなんだ。

「あんた達、本当にゲートまで体力持つの? それ、絶対に30キロ近くあるわよ。荷物と装備を合わせたら成人男性一人分よ」

「ふぅ…ふぅ…お構いなく。俺達、男ですから」

「そう……」

 レベッカが心配して声をかけてきた。優しい一面もあるようだ。レベッカ達もプロトスクスの重い素材を運んでいるというのに、僕達の心配をしてくれている。でも、大丈夫だ。男ならば負傷した相棒を背負って街ぐらいまでは歩いて行ける。これはその時の予行練習みたいなものだ。

(辛い、重い、投げ出したい、見捨てたい。でも、駄目だ! 頑張れ、頑張れ、死ぬんじゃないぞ……街はもうすぐだ)
 
 鉤爪解体後の10分間の小休憩中、何とか三人の説得に成功して、尻尾と牙の解体もする事になった。そして、男二人は十八本の鉤爪、女性二人は尻尾と牙八十本をそれぞれ持ち運んで売る事で決着が付いた。流石に鱗の付いた皮を剥ぎ取るのは無理だったけど、この長短の鉤爪九本を売れば、金貨1枚と銀貨9枚になる。アリサも大喜びだ。

「そんなこと言ってもよぉー。何で初級冒険者には発信機を貸してくれないんだよ? ケチケチせずにクエストを受ける冒険者全員に持たせるべきなんだよ。そうですよね、レベッカさん、モニカさん?」

 これはマリクがいつも言っている冒険者ギルドへの不満だ。そして、僕のさっきの塩対応が気に入らなかったのか、わざわざレベッカとモニカさんに聞き直している。本当に面倒な奴だ。
 
 発信機とは、スイッチを押す事で、転移ゲート付近で待機している運び屋に、自分達の現在地を教える事が出来る小型の機械である。発信機には『運搬用』と『緊急用』の二つのスイッチがあり、運搬用の青いスイッチを押す事で、運び屋に倒したモンスターの運搬を依頼する事が出来る。

 次に緊急用の赤いスイッチは死にそうな時に押すスイッチだが、そんな危険な場所には運び屋は誰も来ない。他の腕利き冒険者が救援に来るまでの数時間、数日を頑張って生き延びなければならない。そして、一番の大問題がある。それは運搬用と緊急用のどちらも有料だという事だ。

「そうね。そうした方がいいけど、無理でしょうね。モンスターの運び屋をする人よりも、冒険者の数の方が多いから手が足りなくなるのよ」

「そうそう。一番人数が多い初級冒険者に少ない人員を回すよりは、中級や上級冒険者を優遇した方がギルドの稼ぎになるでしょうからね」

「ですよねぇ~。俺もそう思います」

「……」

 マリク、お前には自分の意思というものがないのか? それとも、若い女性と話したい年頃なのか? 女性冒険者と一緒だから浮かれている気持ちは分かるけど、もう少し自分の考え方も主張するべきだぞ。女の言いなりになる男なんて、つまんないだけなんだからな!

「それはそうと、今日はこのまま解散でもいいかもしれないわね。ギガースビートルは夜中から早朝にかけて大木の樹液を吸うから、このままだと早朝までの朝帰りコースになるわ。流石にひとっ風呂浴びてからベッドで寝たいわね」

 レベッカの言動がかなり小父さん臭いけど、僕としては一旦街に帰って、家で晩ご飯を食べてから夜中に出発でも構わない。わざわざ一日休憩してから、翌日の早朝に出発するのは面倒そうだ。

 それに早朝に出発したら、目的地に到着する頃にはギガースビートルはいない。だとしたら、明日の夜集合という事だろうか? こっちはそんなにのんびりとクエストをやるつもりはないだけどなぁー。

「俺はこのままクエストを続けても問題ないですよ。何なら俺達二人でこのクエストやっておきましょうか?」

「まあ、それは助かるけど、二人ともそんな体力残っていないでしょう?」

「いえいえ、余裕っすよ♪」

「……」

 いやいや、そんなに今すぐやりたいなら一人でやればいい。お前は身体能力強化で楽して、ちょっとは軽いかもしれないけど、こっちは重たいままだ。三時間も成人男性を運んだんだから、少なくとも家で四時間はゆっくり休憩する。ていうか誰が何と言おうと絶対にする。

「マリク、女性の前だからって無理しなくてもいいんだぞ。俺は反対だからな。運び屋をさっきの場所に案内してから、大木が多く生息している西側に移動してたら、到着は午後11時ぐらいになる。疲労が溜まった状態で、睡魔を抑えて捜索するのは得策じゃない。それに夜行性の肉食モンスターもいる。銀貨3枚の報酬の為に危険を冒す必要は何処にもないぞ」

 マリク、僕の丁寧な説明でもう分かったな? 今は自分の考えは主張しなくていい時だから、お願いだから空気を読んでくれ。今日はゆっくり休んで明日出発でもいいじゃないか。明日は筋肉痛で明後日になるかもしれないけど、もう金貨1枚と銀貨9枚に入ったんだ。これで今日の稼ぎは十分なはずだ。無理はよくないぞ。

「じゃあ、ギガースビートルを倒す人と、トカゲの所に案内する人で分かれようよ! それなら時間短縮も出来るし、疲れている人は案内した後にそのまま帰ればいいじゃん!」

 んんっー? お前には空気は読めなかったか。確かに二チームに分かれる案は良いけど、その場合、狩猟班はモニカさんを抜いた三人になりそうだ。到着予定時間は午後6時ぐらいになるから、少しは休憩できる。

 でも、マリクが考えた案が本当に良いのだろうか? やっぱり、このまま行くのは危険な気がする。女性二人の体力は分からないけど、僕の体力は転移ゲートに到着する頃にはからになりそうだ。

「そうね、それもいいわね。でも、今日は疲れたから休みたいの。決定事項よ」

「えっ! でも——」

「マリク、そういう事だ。だいたい血の付いた防具で歩くのは肉食モンスターを誘き寄せているだけだぞ。綺麗にしてから明日、出直した方がいいんだ」

 ここが畳み掛けるチャンスだった。レベッカが疲れているのなら、モニカさんも疲れているという事だ。そして、僕も疲れている。三人が疲れているのなら、もう休むしかないのだ。そういう事だ、マリク。大人になれ。

「はいはい、分かりましたよ。分かりました」

 おい、何だその態度は! 不満な気持ちは分かるけど、顔と態度に出すべきじゃないだろう。僕のように本当は嬉しくても、残念そうな顔をすればいいんだ。

 それに男として女性に疲れたと言われたら無理をさせる訳にはいかないだろう? 防具の血の臭いは消臭剤を塗れば簡単に誤魔化せるけど、僕は疲れているんだ。そんなにやる気があるなら、運び屋を案内する仕事はお前に任せるから頑張れよ。
 
「ちぇっ……これだから女は……」

「おい、聞こえたら殴られるぞ」

「別にいいんだよ。今日一日の付き合いで済むと思っていたのに、明日もかよ。しんどいわぁー!」

 何が、しんどいだ。疲れている人間はクエストを連チャンしようとはしない。まったく、女性がいるから張り切っているかと思ったけど、ただ面倒な事を早く片付けたかっただけか。女性とはそもそも面倒な生き物なんだから、さっさと諦めろ。

 ♢♦︎♢♦︎♢

 

 

 

 


 
 

 
しおりを挟む

処理中です...