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第33話 被害者三人組②

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(まずは一人潰す……)

 剣の柄を右手で握ると疾風で一気に加速した。まだ三人が油断している今なら、一番ひ弱な魔法使いをやれる。

「速すぎっ、がはぁっ!」

 5メートル程度の間合いならば、二歩も走ればゼロに出来る。反応が遅れた黒髪魔法使いの顎下を、鞘から引き抜いた柄頭を打ちかまして、野次馬の壁に吹き飛ばした。

「テメェー! いきな——」

 金髪の槍使いが先制の不意打ち攻撃にブチ切れているようだけど、関係ない。これはスポーツでも試合でもない。殺し合いだ。魔法使いの顎を打ち抜くと、そのまま流れるように引き抜いた剣の刀身の峰を、金髪ボウズの右肩に振り下ろした。

「ぐぁっ! いてぇ~!」

 流石に戦士系は頑丈だ。左手で右肩を押さえて痛そうに顔を歪めるだけで倒れない。まあ、こっちも鎧を着た相手を一撃で倒せるなんて思っていない。

「あぐっ! テメェ…やめっ!」

(これは腹パンチの分だ!)

「あふっ!」

 左腰、右膝、左肩、右腕と反撃させる隙など一切与えずに連続攻撃で地面に叩きのめした。でも、念の為にあと数発は必要かもしれないな。

「酷えぇ……倒れている相手に普通、あそこまで攻撃するか」

「やっぱり彼氏の方も鬼畜なんだよ」

 素人どもが、何とでも言えばいい。戦場では敵に情けをかけた奴から死んでいく。もちろん、戦場なんか一度も駆け抜けた事はないけれど、つまりはこういう事なのだろう。

 石畳の上にうつ伏せで倒れている金髪の槍使いの銀色の金属鎧は、ボコボコに凹んでいる。おそらく、中身も無事ではないだろう。骨の数本にヒビぐらいは入っているかもしれない。でも、正当防衛なので問題ない。

「兄さん……どういうつもりだ? この女に守る価値はないぞ」

 渋顔の大剣使いが不思議そうに聞いてきた。倒した二人は説得が難しいと思ったから倒したけど、この人なら話し合いで戦いを回避できるかもしれない。

「そんなの言われなくても分かっていますよ。守る価値どころか、殴る価値もない女だ。関わろうとするだけ不幸になる。あんたこそ、この女からやっと離れられたんだから、もう関わり合いになろうとしない方がいい。その方が絶対に幸せになれる」

「ふっふふ。愚かなのは自分でも分かっているさ。それでも美しい花に近づきたい衝動は抑えられないんだよ。例えその花が近づくものを灰に変える炎だとしてもな。それが愛なんだ」

 その気持ち……何となく分かるよ。我が身を犠牲にしてでも貫くのが真実の愛だ。でも、こんなのは真実の愛じゃない。真実の愛は誰も傷つけたりしない。

「キモっ! 何が、花よ、愛よ。要するに私が可愛い過ぎるから、いつまでも未練タラタラで付き纏っているだけじゃない! あっ~あ、キモい!」

「キモくない! お前みたいに人を愛した事がない人間が愛を語るんじゃない! 大体、お前の事を一度も可愛いと思った事なんかないんだからな。このブス!」

 我慢出来ずに馬鹿女に向かって、怒鳴ってしまった。三人の被害者達から守ってやれば、少しは反省するし、機嫌も良くなるかと思ったけど、何でこんな奴の為に戦わないといけない。もう我慢の限界だ。この女の顔面をボコボコにして、醜い心と同じようにしてやればいい。そしたら、もう馬鹿な被害者は増えたりしない。

「おい、クソガキ……今、俺のスゥたんにブスって言ったのか? あゔっ~!」

 渋顔の大剣使いがいきなりブチ切れて攻撃してきた。

「…うおっと⁉︎」

 即死級の首を狙った大剣の薙ぎ払いを地面にしゃがんで緊急回避した。確かに僕達は敵同士かもしれない。けれども、あの女を嫌いだと言う一点だけでは仲間同士のはずだったぞ。何故、攻撃する⁉︎

「何避けてんだよ? あゔっ~! 俺のスゥたんをブス呼ばわりしやがって……その汚ねぇ脳味噌、地面にぶち撒けてやろうかぁ! あゔっ~!」

 スゥたん? 渋い顔を鬼の形相に変えて、聞き覚えのあるドスの利いた声で品のない言葉を次々と打つけてくる。どう考えても、あの女の影響を強く受けているか、この男の影響をあの女が受けたとしか思えない。

「気をつけた方がいいわよ。そいつ、超が付くほど嫉妬深いから」

 教えてくれて、どうもありがとう。つまりはお前の男版だろ。

「はぁ…はぁ…ねぇ、スゥたん? 俺、中級冒険者になったんだよ。一緒に暮らそうよ。稼いだ金は全部スゥたんに上げるからいいよね?」

 鼻息を荒くしながら、渋顔、改め、キモがステラに近づいて行く。どう見ても、小さい子供に悪戯しようとしている大男だ。まだ、この女の事を愛しているのは十分に分かった。けど……。

「キモっ!」

 ステラが言う前に言ってしまった。だって、キモかったんだもん。

「あんたと暮らす訳ないでしょう! それに気持ち悪い胸板とか腹筋とか見せないでよ。身体を鍛える前に、その気持ち悪い喋り方どうにかした方がいいわよ。ガチムチど変態野朗!」

「はぁ…はぁ…スゥたん。酷いよぉ~。俺、泣いちゃうよ。お願いだから、前みたいに優しくしてよ。優しくしてくれたら、お金もいっぱい稼いで来るからさぁ~」

「嫌って言ったら、嫌なのよ! しつこいわねぇー! それ以外、近づいたらその気持ち悪い腹筋、ズタズタに斬り裂いて、もっと気持ち悪くするわよ!」

 このまま邪魔者は退散して、下衆カップルを二人っきりにしてあげてもいいけど……あの女が中級冒険者相手に勝てるとは思えない。放っておいたら強引にキモの家に連れて行かれて、同棲生活スタートだ。二人で末長くお幸せに、とは冗談でも言えない。

「おい、ガチムチ。その女は俺の女だ。欲しけりゃ、まずは俺を倒してから連れて行けよ」

 我ながら、お人好しだ。こんな事を言えば、キモが僕を殺すつもりで襲って来る。でも、アリサと同じぐらい年の女の子を助けないのは気分が悪い。

「あゔっ~! テメェー、ブッ殺すぞ。スゥたんは誰のものでもない。俺だけのアイドルなんだよ。手足バラバラにすんぞっ!」

 予想通りにステラに向かっていた足を止めて、こっちを振り向いた。本当に嫉妬深いようだ。

「そう思っているのはお前だけだぞ。昨日の夜も、夜中までずっとこの女と一緒にいたのは俺だ。左頬が少し腫れているのも俺がビンタしたからだ。ロープで手足を縛って、かなり楽しかったぞ。ステラ、お前も楽しかったよな?」

「ハァッ? ブッ殺すわよ! 殴られて、タックルされて、楽しい訳ないでしょうがぁ!」

「テメェ~~! スゥたんに何をしたぁ~~!」

 予想通りにキモがブチ切れて襲って来た。勘違いしているようですけど、ロープで縛って、お説教しただけです。

(使えるのは疾風と地嵐だけか……)

 飛び道具の飄風はキモに避けられたら、野次馬に被害が出てしまうので、この技は使えない。スピードを活かした戦いで攻めるしかない。けれども、もう移動スピードが速い事も知られている。決定打が足りない。

 それに対して、こっちが知っている事は、キモが刀身140センチ近い両刃の大剣を軽々と振り回せるという事だけだ。

「オラッ、セイヤァー!」

「…フッ……チッ⁉︎」

『『ギャーン!』』

 ただのジャンプ斬りかと思ったら違った。後方に軽く退がって一振り目は回避したのに、予想外の二振り目が襲ってきた。空中で『回転斬り』を使って、無理矢理に二連撃にしたようだ。

(危ないなぁ……)

 回避が間に合わなかったので、剣の刀身を盾に、右後方に弾かれるように飛ばされた。僕じゃなかったら、左肩から右脇まで真っ二つにされていた。まさか、本気で殺すつもりだったとは……。

 愛が人を狂わせるのは知っている。けれども、この女なの? この女にそこまでの魅力はないでしょう。そっちはスゥたんの為に命を懸けるつもりはあるようだけど、こっちはあの女の為に懸ける命はまったくない。

「今のを避けるとは、流石はスゥたんのお友達だ。でもなぁ~、俺のスゥたんは誰にも渡さねぇー!」

 余程自信があるようだ。キモはまったく警戒もせずに、また真正面から向かって来た。

「残り二つか……」

 警戒するのは残り二つの技のうち、一つだけだ。身体能力向上、回転斬りの二つの技を習得しているのは分かった。レベル40の時に習得した技は、おそらく攻撃系の技で威力が段違いに高いはず。使われる前に出来れば倒したい。

「俺はスゥたんが冒険者になった時から付き合ってんだよ! 俺がスゥたんの初めての男なんだ。俺が…俺が……」

 泣きながらキモは大剣を振り回してくる。多分、男女の関係は一切無い。おそらく、冒険者になったばかりのステラの指導員にキモがなっただけだ。そして、Iランクのレベル11になった時に捨てられたのだろう。可哀想な奴だ。あんな女の出会わなければ幸せになれただろうに。

「終わりにしてやる。お前のその想い……俺がこの剣で粉々に砕いてやる」

 鞘に剣を仕舞うと、向かって来る男に構えた。『風林火山の型。山太刀居合い・土煙つちけむり』——

 ♢♦︎♢♦︎♢

 

 

 

 





 
 


 

 

 

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