ノンストップ・インスピレーション

セレナ

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1997年の世界へ

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「……丈…夫?」
遠くから声が聞こえる。真奈は深い眠りに沈んでいるようで、すぐには目を覚ませなかった。何度も誰かに揺さぶられ、やっと意識が浮上してきた。

目を開けると、空がぼんやり見えた。地面に寝転がっているらしい。体を起こして周りを見回す。公園の近く、さっきまでいた場所と変わらない風景。一戸建てやアパートが並び、信号がチカチカしている。でも、特に違和感は感じなかった。疲れすぎて頭がぼーっとしているせいか、いつもと変わらない日常の景色にしか見えない。

「あ、あの…大丈夫?」
少し高い声が聞こえて、真奈は顔を上げた。目の前にいたのは、自分と同い年くらいの男の子だった。声変わり前なのか、ちょっと頼りなげなトーンが目立つ。学ランを着ていて、手をオロオロさせながらこちらを見ている。真奈は慌てて自分の体を見回した。車にぶつかったはずなのに、なぜか傷一つない。服も汚れていない。 

「えっと…うん、大丈夫みたい。ありがとう。私、車にぶつかったと思ったんだけど…何があったか見てた?」
猛烈な痛みを確かに感じていた。あんな衝撃で無傷なわけがない…。 

「え、えっとね、僕、ちょうどそこ歩いてたんだけど…キミが突然、道の方から飛ばされてきて、僕にぶつかってきたんだ。車には当たってなかったよ。びっくりして…どっかから落ちてきたのかと思った…。」
男の子は少し慌てたように学ランの袖を叩いて、目をキョロキョロさせながら言った。 

「あ、そっか…。ありがとう、助かったよ。私、真奈って言うんだ。よろしくね!タメで真奈って呼んでいいよ。」
真奈が笑顔で言うと、男の子はホッとしたように口元を緩めた。
「う、うん、わかった。僕、悠って言うんだ。えっと、真奈って呼んでいいなら…僕も悠でいいよ。」
そう言って、悠は地面に落ちていた四角い機械を拾い上げた。イヤホンがついているけど、真奈には見覚えのないものだった。 

「ねえ、それ何?音楽でも聴くやつ?」
真奈が興味津々に聞くと、悠は少し照れくさそうに笑った。
「うん、これ、MDウォークマンだよ。いま流行ってるんだ。僕、お小遣い貯めてやっと買えたから…ちょっと嬉しいんだ。」 

真奈は「MDウォークマン」という言葉に引っかかりを覚えた。そういえば、最近生産終了のニュースを見た気がする…。
「へえ、流行ってるんだ。でもさ、音楽聴くならスマホで良くない?」 

「え?スマホ…?何それ?」
悠が目を丸くして首を傾げる。真奈は眉をひそめて、ちょっと不思議そうに聞き返した。
「えっと、スマホって…普通にみんな使ってるものだと思ってたんだけど。」 

悠は少し困ったように頭をかいて、「ご、ごめん、僕、そういうの全然知らなくて…。スマホってどんなの?」と聞いてきた。 

真奈は一瞬、言葉に詰まった。何かおかしいと感じ始めていたけど、まだはっきりとはつかめない。
「スマホはね、インターネットに繋がったり、音楽聴いたり、写真撮ったり…なんでもできるやつだよ。でも、そんな珍しいものでもないし…。」 

悠は目をパチパチさせて、「えっと、インターネットってパソコンでやるやつだよね?外で音楽聴くなら、カセットとかCDとか…僕みたいにMDウォークマン使うのが普通じゃない?」と、少し自信なさげに笑った。 

真奈の頭にモヤモヤが広がった。「これって…何が起きてるの?私、車にぶつかって、気付いたらここにいたんだけど…。」 

悠は真奈の戸惑いに気づいて、少し焦ったように手を振った。
「あ、あの、大丈夫だよ!僕もよくわかんないけど…一緒にいるから、なんか考えようよ。」
そう言って、悠はポケットからくしゃっとした紙を取り出した。少しくたびれた雑誌の切り抜きだった。真奈の目に、「1997年」と大きく記された日付が飛び込んできた。 

「ねえ、それ何?」
真奈が気になって聞くと、悠はちょっと嬉しそうに紙を広げた。
「僕が好きなグループの記事なんだ。昨日のテレビでライブやっててさ、かっこよかったよ。ほら、見てみて。」 

そこに写っていたのは、真奈は母親が好きなので知っていたglobeのメンバーだった。1990年代の雰囲気そのものの写真。そして、記事の片隅には「新曲『FACE』大ヒット中!」という文字が踊っていた。 

「これ、本物?」
真奈は少し震えた声で聞き返した。悠は不思議そうに笑って、「うん、本物だよ。こんなの偽物にする意味ないし。」と答えた。 

真奈は記事をじっと見つめた。「1997年3月」と記された日付。それが現実だと理解した瞬間、胸に衝撃が走った。慌てて周りを見回す。さっきまで気づかなかった違和感が急に浮かんだ。信号の形、少し錆びた電灯のデザイン、通り過ぎる自転車の古めかしい形…。確かに、どこか自分の知っている世界とは違う。 

真奈は自分の手を握ってみた。「でも…生きてるよね?」と呟いて、腕を軽くつねる。痛い。息もしてる。でも、頭の奥で何かが疼く。あの瞬間——公園の近く、青信号を渡ってたときの衝撃。エンジン音、飛ばされた感覚、地面に叩きつけられた痛み…。「あれ、普通じゃないよ…。」フラッシュバックが断片的に蘇り、心臓がドキドキしてきた。「私…車にぶつかって…死んだような痛みだった…。もしかして…2025年で死んじゃったのかな…?」
目が熱くなり、涙がこぼれた。「死んじゃってタイムスリップして…嫌だよ…家族に会えないの…?」膝を抱えてうずくまる。  
「え、えっと、真奈ちゃん!?」
悠が慌てて近づいてきた。声が上ずってて、手を伸ばしかけて引っ込め、オドオドしながらウロウロする。「な…泣いてる…!?気分悪いの!?大丈夫…?」
真奈は顔を上げられず、小さく呟いた。「私…車にぶつかって…何かおかしいんだ…。」  
悠は目をパチパチさせて、「え、車!?ぶつかった!?えっと…それで…?」と焦りながら頭をかく。「あの…真奈ちゃん、色々あって混乱してるのかな…。その、もしかして怖いこととかあった…?」とたどたどしく聞く。言葉がまとまらないみたいだけど、真奈を放っておけない気持ちが伝わってくる。  
真奈は鼻をすすって、悠のオドオドした顔を見た。「うん…私、車にぶつかって…そしたら急にここにいて…。」涙がまた溢れる。
悠は「怖い!?え、えっと…!」と手をバタバタさせて、「僕、わかんないけど…その、ほら、真奈ちゃん、ここにいるよ!生きてるよ…ね!?」と必死に言う。顔が真っ赤で、目がキョロキョロしてる。  
真奈は少しだけ息をついて、「うん…そうだね。生きてる…のかな。でも、ぶつかった時のこと思い出して…。」と震える声で言う。
悠は「う、うん…!その、ぶつかったって…もう少し詳しく知りたい…僕、聞けるよ…その、話したいなら…!」と慌てながらも、なんとか真奈を落ち着かせようとする。  
真奈は膝を抱えたまま、ちょっと笑った。「悠、ありがとう。…じゃあ、話すよ。私、変なことになっちゃってて…。あと…ちゃん付けじゃなくてタメで良いよ…。」
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