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第3章 笑顔の仲間達〔北野先生の視点〕
12 第3話 僕達の羅針盤
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その日の放課後、僕は職員室で花村先生に褒められちゃった。
「北野先生、よく子供達を見ていたわね。あのね、私、自己紹介できないんじゃないかと思ってドキドキしたわよ。よく、アレ、思いついたわね。前から計画していたの?」
「あ、いいえ、……実は何も考えてなかったんです。ただ、心に残る出会いにしたいなあとは、思っていたんですけど、自己紹介ぐらいしか思いつかなくて」
「それにしても、みんないい笑顔していたわよね」
「あら、それ、私も見たいな」と、横で聞いていた早央里先生が、嬉しそうに話に入ってきた。
「もちろん、いいですよ。後で大きくプリントしますので、是非見てください」
「うん、楽しみにしてるわ。あ、そうだ、鎌田先生はもう学級目標作ったのよね」
「はい、僕はいつも、始業式の日には完成させますので。この1年間の学級経営の基本ですから、どんな時でも子ども達の気持ちの拠り所になるようなものを考えています」
「『気持ちの拠り所』かあ……じゃあ、北野先生もその写真で学級目標考えてみたら? みんなの笑顔が『拠り所』なんて、ステキじゃない! 絶対、子ども達、喜ぶわよ!」
「え?……」
早央里先生、何を言っているんですか? 写真を使って? 学級目標ですよ。そんなの無理ですよ……僕は、心の中では言い返していたけど、何か難しい宿題を出されたような気がして、しばらく考え込んでしまった。
鎌田先生のようにたくさんのアイディアをもっている訳じゃないし、せっかくの写真は、絶好のチャンスかもしれない。……けど僕が初めて考える学級目標……簡単じゃないなあ……こりゃ今夜は眠れないかも……。
その日、僕は家に帰ってからが、またひと仕事だった。学級通信作りだ。今は、パソコンで作るとはいえ、なかなか難しい。
殆どの先生は、A4用紙の裏表印刷1枚の通信なんだ。僕に果たして作れるだろうか?早央里先生から参考の学級通信をもらった。早央里先生が以前に5年生を受け持った時の学級通信だ。
印刷は白黒だけど、写真をたくさん使いながら、学級の様子を楽しく伝えているんだ。読んでいても面白いし、指導の意味や段階も書かれているので、学校での子供の成長がよく分かる。
日常の様子を書くので、メモをとっておけばいいと先輩の先生に教わるけど、まだ僕にはそんな余裕はない。その時のことで精いっぱいなんだ。
書けたら書いたで、いろいろ頭を悩ますんだ。保護者にうまく伝わるだろうか? 学級の子供達を公平に扱って記事にしているだろうか? 不適切な言葉を使っていないだろうか? など、とっても気を使う。
今日は、学級開きだし、自分の自己紹介も書きたい。でも一番書きたいのは、子供達のあの写真に写った笑顔だ。花村先生からカメラのデータは、もらったんだ。改めて画面で見てみた。本当にみんないい笑顔をしている。
普通の学級通信は、保護者向けに書くんだ。でも、今回は、どうしても子供達に向けて言葉を届けたい。いや、この笑顔の意味を届けたいと思った。
僕は、夜中まで、試行錯誤を続けたんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
次の日の朝、出来上がった学級通信をすぐに学年主任である早央里先生に見せた。
教員は、よく対外的な文書を作る。公文書と呼ばれるものだ。保護者宛だったり、他の学校の先生宛だったり、いろいろな見学先への依頼文書だったりする。
『お前達、しっかりと常識的な対応をするんだぞ』と教育大学のゼミの教授にはよく言われた。学校以外へ発送する文書も『常識外れ』にならないように、大抵は管理職が確認してくれる。
ところが、毎週発行される学級通信は、慣れてしまうと誰も確認しないまま発行してしまいがちになる。そして、後日、些細なミスが見つかることはよくある。ただ、保護者からのクレームに発展する場合もあるので、誰もが気を付けたいとは、思っているんだ。
気の利いた学年主任は、毎週発行する学級通信や時間割は事前に確認してくれる。そして、そっと間違いなども訂正してくれる。
早央里先生も、そうやって若い先生の指導にあたってくれるんだ。だから、僕は学級通信を見てもらった。
「いいわね、この学級通信。大きな写真に子供達の笑顔と黒板に書かれたメッセージが、とてもよく学級の雰囲気を表しているわ」
早央里先生は、しみじみと学級通信を見て、感想を言ってくれた。
「ありがとうございます」
「それに、最初の出会いだというメッセージも書いてあるし、だからといって余計な説明をくどくど書いているわけでもない。本当に簡潔明瞭なのね」
「昨夜、僕は見本で頂いた学級通信のように保護者向けに書こうとしたんです。でも、この写真は、保護者に見せるというよりは、どうしても子供達に見せたくなってしまったんです。……いや見せるというより、とっておいてほしくなったんです。だから、この学級通信は、保護者宛てじゃなくて、子供達宛てになってしまいました」
「そっか、だからなんだわ。……うん! 本当にこの写真は、みんなにとっての『とっておきの1枚』になったのね。そして、それは、あなたが子供と真剣に向き合った結果で、あなたの努力の証だと思うの。自信をもって、これからもがんばってね」
早央里先生は、嬉しそうにぼくの学級通信をしばらく眺めていた。なんだか僕も嬉しかった。みんなの笑顔が写っている学級通信、これが僕の最初の学級通信になったんだ。
「よし!」
僕は、急いでその学級通信を印刷機に掛けた。配布する学級児童数と職員分を印刷したんだ。修正が無かったので、ものの数分で完成した。
先生達への回覧や教頭先生への提出を済ませ、後は児童への配布分だけを持って教室へ急いだ。
よし、今日こそは、決めるぞ……。僕は、学級目標作成に向けて、気持ちを高めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「さあ、学級通信を配るよ………」
「わああ、先生! 写真、もうできたんだね」
「ああ、きれいに撮れているだろう。実は、昨日この学級通信を作っているときに、この写真を見ていたら、とっても嬉しくて、楽しくて、もったいなくて、なんて言ったらいいかな……、自慢したくなって、こんなに大きな写真にしちゃったんだ」
「さすが、北野先生、やる―」
「大きいから、見やすい!」
「このまま、部屋の壁に貼れる」
「そっかー。貼ってくれるかー。ますます、嬉しくなるなー」
「先生、そんなに嬉しいの?」
「ああ、嬉しいよー」
「じゃあさ、もっと嬉しくしてやるよー」
「え? どんなことするんだい?」
「みんなで、これからもっともっと、楽しいことをいっぱいすればいいんだよ」
「どうしてだい?」
「そうすれば、みんながニコニコの顔になるだろう」
「先生は、みんなのニコニコの顔を見たら嬉しいでしょ?」
「ああ、そうだな。……そうだ! よし!決めた。この5年3組の学級の目標は、『あの笑顔をもっと増やそう!』にしよう」
「え? あの笑顔って?」
「これさ、この学級通信に映っている笑顔さ!」
「そっか……ねえ、そうすると先生も嬉しくなる?」
「もちろん、嬉しいさ。きっと、こんな笑顔が毎日できたら、この学級は楽しくなるし、いい学級になるんじゃないかなあ。どうだい? みんな賛成してくれるかな?」
「「「 うん、いいよ!! 」」」
「じゃあ、この1年間あの笑顔をたくさん見ることができるように、何をすればいいか、みんなでよく考えながらがんばっていこう!」
「「「…おーーーー!…」」」
子供達の元気な声が、教室に響き渡ると同時に、僕達の学級の羅針盤が、進む方向を示し始めた瞬間だったんだ。
(つづく)
「北野先生、よく子供達を見ていたわね。あのね、私、自己紹介できないんじゃないかと思ってドキドキしたわよ。よく、アレ、思いついたわね。前から計画していたの?」
「あ、いいえ、……実は何も考えてなかったんです。ただ、心に残る出会いにしたいなあとは、思っていたんですけど、自己紹介ぐらいしか思いつかなくて」
「それにしても、みんないい笑顔していたわよね」
「あら、それ、私も見たいな」と、横で聞いていた早央里先生が、嬉しそうに話に入ってきた。
「もちろん、いいですよ。後で大きくプリントしますので、是非見てください」
「うん、楽しみにしてるわ。あ、そうだ、鎌田先生はもう学級目標作ったのよね」
「はい、僕はいつも、始業式の日には完成させますので。この1年間の学級経営の基本ですから、どんな時でも子ども達の気持ちの拠り所になるようなものを考えています」
「『気持ちの拠り所』かあ……じゃあ、北野先生もその写真で学級目標考えてみたら? みんなの笑顔が『拠り所』なんて、ステキじゃない! 絶対、子ども達、喜ぶわよ!」
「え?……」
早央里先生、何を言っているんですか? 写真を使って? 学級目標ですよ。そんなの無理ですよ……僕は、心の中では言い返していたけど、何か難しい宿題を出されたような気がして、しばらく考え込んでしまった。
鎌田先生のようにたくさんのアイディアをもっている訳じゃないし、せっかくの写真は、絶好のチャンスかもしれない。……けど僕が初めて考える学級目標……簡単じゃないなあ……こりゃ今夜は眠れないかも……。
その日、僕は家に帰ってからが、またひと仕事だった。学級通信作りだ。今は、パソコンで作るとはいえ、なかなか難しい。
殆どの先生は、A4用紙の裏表印刷1枚の通信なんだ。僕に果たして作れるだろうか?早央里先生から参考の学級通信をもらった。早央里先生が以前に5年生を受け持った時の学級通信だ。
印刷は白黒だけど、写真をたくさん使いながら、学級の様子を楽しく伝えているんだ。読んでいても面白いし、指導の意味や段階も書かれているので、学校での子供の成長がよく分かる。
日常の様子を書くので、メモをとっておけばいいと先輩の先生に教わるけど、まだ僕にはそんな余裕はない。その時のことで精いっぱいなんだ。
書けたら書いたで、いろいろ頭を悩ますんだ。保護者にうまく伝わるだろうか? 学級の子供達を公平に扱って記事にしているだろうか? 不適切な言葉を使っていないだろうか? など、とっても気を使う。
今日は、学級開きだし、自分の自己紹介も書きたい。でも一番書きたいのは、子供達のあの写真に写った笑顔だ。花村先生からカメラのデータは、もらったんだ。改めて画面で見てみた。本当にみんないい笑顔をしている。
普通の学級通信は、保護者向けに書くんだ。でも、今回は、どうしても子供達に向けて言葉を届けたい。いや、この笑顔の意味を届けたいと思った。
僕は、夜中まで、試行錯誤を続けたんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
次の日の朝、出来上がった学級通信をすぐに学年主任である早央里先生に見せた。
教員は、よく対外的な文書を作る。公文書と呼ばれるものだ。保護者宛だったり、他の学校の先生宛だったり、いろいろな見学先への依頼文書だったりする。
『お前達、しっかりと常識的な対応をするんだぞ』と教育大学のゼミの教授にはよく言われた。学校以外へ発送する文書も『常識外れ』にならないように、大抵は管理職が確認してくれる。
ところが、毎週発行される学級通信は、慣れてしまうと誰も確認しないまま発行してしまいがちになる。そして、後日、些細なミスが見つかることはよくある。ただ、保護者からのクレームに発展する場合もあるので、誰もが気を付けたいとは、思っているんだ。
気の利いた学年主任は、毎週発行する学級通信や時間割は事前に確認してくれる。そして、そっと間違いなども訂正してくれる。
早央里先生も、そうやって若い先生の指導にあたってくれるんだ。だから、僕は学級通信を見てもらった。
「いいわね、この学級通信。大きな写真に子供達の笑顔と黒板に書かれたメッセージが、とてもよく学級の雰囲気を表しているわ」
早央里先生は、しみじみと学級通信を見て、感想を言ってくれた。
「ありがとうございます」
「それに、最初の出会いだというメッセージも書いてあるし、だからといって余計な説明をくどくど書いているわけでもない。本当に簡潔明瞭なのね」
「昨夜、僕は見本で頂いた学級通信のように保護者向けに書こうとしたんです。でも、この写真は、保護者に見せるというよりは、どうしても子供達に見せたくなってしまったんです。……いや見せるというより、とっておいてほしくなったんです。だから、この学級通信は、保護者宛てじゃなくて、子供達宛てになってしまいました」
「そっか、だからなんだわ。……うん! 本当にこの写真は、みんなにとっての『とっておきの1枚』になったのね。そして、それは、あなたが子供と真剣に向き合った結果で、あなたの努力の証だと思うの。自信をもって、これからもがんばってね」
早央里先生は、嬉しそうにぼくの学級通信をしばらく眺めていた。なんだか僕も嬉しかった。みんなの笑顔が写っている学級通信、これが僕の最初の学級通信になったんだ。
「よし!」
僕は、急いでその学級通信を印刷機に掛けた。配布する学級児童数と職員分を印刷したんだ。修正が無かったので、ものの数分で完成した。
先生達への回覧や教頭先生への提出を済ませ、後は児童への配布分だけを持って教室へ急いだ。
よし、今日こそは、決めるぞ……。僕は、学級目標作成に向けて、気持ちを高めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「さあ、学級通信を配るよ………」
「わああ、先生! 写真、もうできたんだね」
「ああ、きれいに撮れているだろう。実は、昨日この学級通信を作っているときに、この写真を見ていたら、とっても嬉しくて、楽しくて、もったいなくて、なんて言ったらいいかな……、自慢したくなって、こんなに大きな写真にしちゃったんだ」
「さすが、北野先生、やる―」
「大きいから、見やすい!」
「このまま、部屋の壁に貼れる」
「そっかー。貼ってくれるかー。ますます、嬉しくなるなー」
「先生、そんなに嬉しいの?」
「ああ、嬉しいよー」
「じゃあさ、もっと嬉しくしてやるよー」
「え? どんなことするんだい?」
「みんなで、これからもっともっと、楽しいことをいっぱいすればいいんだよ」
「どうしてだい?」
「そうすれば、みんながニコニコの顔になるだろう」
「先生は、みんなのニコニコの顔を見たら嬉しいでしょ?」
「ああ、そうだな。……そうだ! よし!決めた。この5年3組の学級の目標は、『あの笑顔をもっと増やそう!』にしよう」
「え? あの笑顔って?」
「これさ、この学級通信に映っている笑顔さ!」
「そっか……ねえ、そうすると先生も嬉しくなる?」
「もちろん、嬉しいさ。きっと、こんな笑顔が毎日できたら、この学級は楽しくなるし、いい学級になるんじゃないかなあ。どうだい? みんな賛成してくれるかな?」
「「「 うん、いいよ!! 」」」
「じゃあ、この1年間あの笑顔をたくさん見ることができるように、何をすればいいか、みんなでよく考えながらがんばっていこう!」
「「「…おーーーー!…」」」
子供達の元気な声が、教室に響き渡ると同時に、僕達の学級の羅針盤が、進む方向を示し始めた瞬間だったんだ。
(つづく)
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