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15:上下左右に転び続ける人生……END
しおりを挟む「はひゅ、ゲホ……腹、いっぱいなのに、腹減った」
「朝もお昼も抜きましたからね。はい、あ~ん」
「ん」
ベッドの上でピロートークと食事を兼ねた休憩をしていた。
ちゃちゃっと作ってくれたおじやが身体に染み渡る。
食べ終わると抱き寄せられて、颯太に口付けられる。
「もう、絶対離しませんからね」
「ん……俺も、もう離れたくない」
颯太は嬉しそうに笑って、俺の身体を強く抱き締めた。
「…………後処理」
「お風呂もこのまま済ませちゃいましょうか」
勿論、後処理だけで済む事はなかったが、それはそれで良い。
一回のデート(未完走)で俺は自分が思っている以上に、調教を施されていた。
優しくされるのが、とても心地良くて甘えてしまう。
「颯太、コレ恥ずかしい……」
「あれ? デート後に着た時は特に気にしてませんでしたよね?」
「アレは余裕がなかったから……手袋とブーツだけって……馬鹿恥ずい」
全裸より、手袋とブーツを身に付けたまま壁に背を預けている。颯太に壁ドンされている状態だ。
颯太は、モジモジする俺の身体を上から下までじっくりと眺めている。
手と足にしっかりとした着用の感覚。それだけではなく、妙にソワソワとした恥ずかしさ。パンツだけだった時にも感じた事はない。
「……?」
「手袋とブーツって、基本外出時にしか身に付けない物なんですよ。だから、手足にガッツリ着用感あると、外出モードに脳が切り替わって剥き出しのその他をより知覚出来るんです」
「なんで、そんな事……」
「逆バニー好きとしては、興奮理由をしっかり追求したくて」
真面目なムッツリスケベめ。知識を性癖に応用してきたな。
「……やっぱり、引きます?」
「いや、呆れただけだ。そんで惚れ直した。俺の知らない羞恥の領域だ」
颯太は俺の知らない世界を教えてくれた。
優しいセックスでも、激しさに勝る強みがある事。愛し愛される温もりを。
外での羞恥プレイも、颯太とじゃないと一生知らなかっただろう。
アレを経験したら、もうダメだ。颯太じゃないとダメ。
だからだろうな。
「ん? なんだその目」
「…………」
再び俺の前へ現れた男に対して、もう震える事はない。
迎え入れたが、玄関で侵入を留めた。
「大和、もうそろそろ微温湯は飽きただろ? 俺のところに戻って来いよ。また愛でてやるから」
『ペシ!』
「……俺はもう、お前のペットじゃない」
俺の頬に触れる男の手を払い落とすと、首輪の鎖を掴まれて床に押さえ付けられた。
「ぐっ!」
「畜生の分際で人のような事を言うな。お前は俺のモノだ。どう扱おうが、俺の自由だ」
「っ……」
「それに、お前だって求めているだろ? この身体は、乱暴に暴かれて屈辱と恥辱で愛されたいと疼いている筈だ。また可愛がってやる」
「俺は、もうお前の元には戻らない」
『ジャラン』
鎖を引っ張られて、無理矢理上体を起こされる。そして男は俺の顎を掴んで顔を近付けてきた。
「強情な奴だ。もう一度その体に思い出させてやろうか?」
「…………」
あれほど胸が高鳴っていた罵倒に、脈拍が全くブレない。
冷静になっていたら、男の必死さがやっと見えて来た。
颯太には悪いが、少しわからせてやらなければならない。
『パァン、パチュ』
玄関の廊下で俺を抱く男の瞳が動揺で揺れ動いている。
「……気が済んだらさっさと帰れよ」
「不感症にでもなったのか?」
「ちーがーう。お前のじゃもう気持ち良くならねえだけだ。雑に激しいだけのお前のセックスより、“恋人”とのセックスの方が何億倍も気持ちいい」
「…………はぁ? 恋人?」
「ああ、ご主人様でも、飼い主でもねえ。対等な恋人だ。俺を見下すお前にはぜってえ無理な領域だ」
犯されても、全くと言っていいほど感じなかった。ガツガツと前立腺を擦り上げられても、快感はあるが勃たなかった。罵詈雑言を浴びせられても、薄っぺらくて、滾らなかった。
スパンキングも痛いだけ。身体に数発と顔にも派手に一発打ち込まれたが、恐怖心は湧かなかった。
むっすりと仏頂面で、萎えきった性器と反応しない身体。赤面も発汗もほぼない。
「……もういいだろ。お前だって、わかっただろ」
「何を」
「俺達はお互いを何も知らずに、ただ自分に酔ってただけだ」
『ガンッ』
「う!」
男の脇腹を蹴り飛ばして、下着を引き上げる。近くに置いていたズボンと上着を羽織って、隅っこで疼くまる男の前にしゃがむ。
「勘違いしてた。ずっと。いずれ一線越えて殺されるって思ってた。弱い者虐めしてたし。よく聞くじゃん。殺人鬼は小動物から殺し始めて、いずれ人を殺めるって」
「ゲホ……何が、言いたい」
「あーー……なんつーか。もういいんだ。お前はただ、暴力的な自分が好きなだけだ。俺じゃなくても、上手くやってける。虐待してたけど、野良の犬猫一匹も殺してない。虐待は良い事じゃねえけど」
潮時だとわからせる。
「俺はお前の事、別に好きじゃなかったし。俺は無様な自分に酔いしれてただけだ。利害の一致。それ以下でも以上でもない」
「……大和」
俺は惨めな自分に酔っていた。罵倒される相手は誰でも良かった。惨めな気持ちにさせてくれるなら。
けど、颯太に対して惨めな自分を求めて強請る事はない。心の底から颯太を求めたら、いつの間にか惨めな姿を晒している。
意識的と無意識の間には天と地の差が出来ている。自然体を引き出せる颯太に天秤が傾くのは当然の事だ。
「諦めてくれよ。もう、俺は人間なんだ。犬猫には戻れない。お前の言葉には、もう何も感じない」
「……ならッ! もういっぺん、一から叩き込んでやる!」
『ジャラン!』
改心するとは思ってなかったけど、やっぱり諦めねえかぁ。
『スポッ』
「は?」
監禁されてんのに首輪が外れるなんて馬鹿みたいな事、普通はあり得ない。けど、俺と颯太に関しちゃあり得る話だ。
「へへ、じゃーな」
『ガチャ!』
俺はつっかけを履いて外へ飛び出した。
勿論、相手も扉を開けて勢いよく走り出てきた。
まぁ、俺は扉の横にしゃがんでいただけでヤツが走り出た隙に中へ戻った。
『ガチャ。チャリン』
「なっ!!」
俺は犬猫じゃないけど、小狡いところは颯太に似たのかもな。
鍵とチェーンロックを掛けて、いそいそと首輪を拾って鎖を仕舞う。
あとは……颯太に連絡して──
「すみません。一発ぶん殴っても良いでしょうか?」
「気持ちはわかりますが、抑えてください。職務上見逃せませんので」
「思ったより大事になった」
「大事ですよ! 顔腫れちゃってますし」
颯太から警察に連絡してもらって、俺の顔やら扉殴り続けてる奇行の物証で男は現行犯逮捕された。しかも、ズボンの前を寛げてたから余計にタチが悪い。
警察沙汰になった事で職場から駆け付けてくれた颯太は、俺の顔見てめちゃくちゃキレてた。初めてこんなに怒ってるとこ見た。前にレイプされた時だってそんなに怒ってなかったのに。
警察に連行される男が口汚く俺達に何か言っていたが、気にしていられない。
その場で事情聴取を受けたが、相手はストーカーと言うシンプルな話だ。
「大和さん、他に何かされませんでしか? 殴られただけですか?」
「ちょっといろいろあったけど、怪我はコレだけだから、大丈夫。大丈夫だから」
颯太を宥めて、警察と別れたが……颯太は俺を抱きしめたまま離さなかった。
ひとまずソファに座って、落ち着かせる。頬と身体には湿布が貼られているから薬臭い。
「前は恋人になる前だったので、嫉妬や憤怒に駆られる権利は僕には無いと思ったんです。けど、今は……ハラワタが煮えくり返って吐きそうです」
「よしよし。ごめんな。ちょっと考えなしだった」
まさか颯太がここまで怒るとは思わなかった。
「……引っ越しましょう」
「え?」
「また来ますよ。きっと」
「来るだろうけど……仕事先の事あるだろう? 場所は、今から探すのか?」
「ああ、目星は付けてあります」
「え?」
颯太曰く、二人暮らし用のマンションへの引っ越しを前々から考えていたらしい。
通勤退勤の電車内で調べていたとか……今が良い機会というわけだ。
「相談しようと思ってたんですけ、あまり時間はかけられないので」
「……はぁ、いいよ。俺は颯太が居れば何処だって」
「大和さん……っ」
その日の夜は激しかった。
けれど、どうして……颯太の激しさはちゃんと気持ち良くて、優しかった。
ああ、好きだ。
「監禁くっそ下手だったのに、俺の扱い上手すぎ。なんでだよ」
「貴方は説明書のある家電でも、規則的な習性のある動物でもない。僕は、ただ大和さんの喜んでくれる事を脳内ファイリングして行動にアウトプットしてるんです」
「家電はお前だろ。優秀な人間はやっぱ器用だなぁ」
「……気持ち悪くないんですか?」
「は? なんで?」
不安そうな表情で俺を抱き締める颯太。
「相手を情報データとして見てるみたいって言われた事あって」
「そう言われても無理はないだろ」
「き、気持ち悪いなら辞めます」
「別に気持ち悪くはねえよ。俺の事知ろうとして、喜ばせようと頑張ってるって事じゃねえか。純粋に嬉しいよ」
好きを知れば嫌いな事も知っていくだろう。それ以外も。
それを知っても俺の側に居てくれる。愛っていうのは、そういうものなんだろう。
「…………貴方を監禁して良かった」
「おお……すげえ事言ってる。けど、同意しかねえ」
「ふふ、へへへ……僕、とっても幸せです」
「……俺も」
まさかこんな風に心安らかに、優しさを受け入れて眠れる日がくるとは思わなかった。
けれど、これが日常になっていくんだろう。
「(…………人生どう転ぶかわっかんねえなぁ)」
END
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