信心深い吸血鬼と罪深い淫魔

7ズ

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4:脅威が多い吸血鬼



『シャッ、シャッ……』
「よし。出来た」

 代えの十字架を準備すると言って二週間が経つ。
 アディエルは、やっと納得がいく出来の木製十字架を掘る事が出来た。

「コレのコーティングかい?」
「頼めるかな」
「問題ない。お袋の同僚だし、まけてやるよ」
「ありがとうございます」

 仕事仲間の息子が家具作りの職人だった為、木製十字架の補強コーティングを依頼する事にした。

「お手製の十字架か。お兄さん、教会で買う金ねえの? いや、木製なんて何処でも売ってる。手作りしなくても良いのに、わざわざ」
「……上京して金がないけど、贈り物はしたいんです。男のプライドに傷付けないで下さよ」
「おっと、悪い悪い」

 わざわざ手作りしなくてもいいものだが、アディエルはわざわざ作った。
 特別な思い出が宿る銀の十字架の代替品だから、出来る限り特別な思いを込めた十字架を渡したい……それだけでは、自己満足だ。手作りである本当の理由は、セルの体調を気遣う優しさ。

「(安売りされてる十字架でも、制作工程で聖水を振りかけられたり、祈りを込められ神聖さを纏ってる。俺みたいな淫魔の作った十字架には神聖さなんてない。コレならアイツを傷付けない)」

 吸血鬼にとって十字架に宿る神聖さは、肉体に不調を齎す。銀の十字架は、銀の性質と相まって、目に見える大火傷を負うほどの危険物だ。
 木製の十字架であっても、随分とマシになるが無害ではない。
 なんの憂いも無く持たせられる物は神聖さの欠片もないアディエルお手製の十字架だった。

「セル。これ」
「……十字架」
「遅くなって悪かったな」
「アディエルさん……ありがとうございます」

 セルはアディエルがわざわざ作ってくれた十字架である事を知っている為、なんの躊躇うもなく銀の十字架から木製の十字架へ付け替えた。

「そんなあっさり……」
「アディエルさんの手作りですから」
「知ってたのかよ……恥ずぅ」
「恥じる事など何もありません。ふふ、なんだかあったかい。お日様の匂いですかね?」
「よくわかるな。日に当てて作ってたんだ。お前が太陽を感じられるようにってな」

 日の光を浴びた木製の十字架は太陽の温もりを感じる程の温度を持っている。アディエルの優しい温もりにセルは無防備な笑みを見せる。それは純粋な子供の様な笑顔だ。大人びていた彼の幼い表情を見た事で、胸の奥がキュッとする様な痛みと共に、ドクンと鼓動が高まる。

「私の為に……」
「気にするな。それより身体の調子どうだ?」
「……少し、体が軽いです」

 寂しそうに十字架を素手で握る。
 銀の十字架を身体から離すと、気怠げな症状の改善が見られる。

「…………私は神父失格です」
「……おいおい、信仰心は物で示すもんじゃねえだろ。お前は行動で信仰を示してきた。そう落ち込むな」
「悪魔に信仰を説かれるとは……私は一体……何をしているんだ」
「励ましてんのに、ムカつく。元気出せよ」

 自身のチグハグさに葛藤するセルをアディエルは苦い顔をしながらも、嬉しくて仕方ない様子で身を寄せる。

「お前の優しさは美徳だ。それに悪魔の俺に十字架を彫らせたんだぞ? セルはすごい神父だよ」
「……あなたは本当に優しいですね」
「お前にだけだ」
「淫魔のその言葉を信じる神父はいません……私以外」
「はは」

 新しい十字架を首から下げて、いつもの教会へ向かう。
 アディエルは邪魔にならぬように、教会の外で待つのが当たり前になっていた。

「(今日はいつもより長いだろうな)」

 身体にかかる負担が軽くなったら、教会に居る時間が伸びるだろうとアディエルは踏んでいたが予想通り、いつも以上に長い滞在時間となった。

「……そろそろか」

 二時間程経過したあたりで、中に入ろうと動いた時……目の端で何かが揺らめく。
 それは、暗い色のローブ。夜に紛れるのにうってつけのものだ。
 いつの間にかローブを纏った存在がアディエルの隣に移動していた。

「っ……」
「失礼。怪しい通り魔ではございません。警備の者です。こんな深夜に教会で何を?」
「……ダチを待ってんだよ」
「外で?」
「俺は無宗教なもんでね」

 声からして男だろう。警備員を名乗る男は疑わしそうな目を向けながらジリジリと距離を詰めてくる。

「……最近この辺りで吸血鬼が目撃されているんです。貴方のように教会付近を歩く人間ばかりを狙っているとか。夜道には充分注意してください」
「ご忠告どうも」

 サラッと警備の忠告を流して教会の中へ入ると、セルは神父と和やかに対話していた。

「(祈ってただけじゃ無かったのか。まぁ、人間と吸血鬼だが神父同士。セルも話しやすいだろう)」

 対話中に割り込むのは悪いと思うが、これ以上はセルの身体が持たないと判断したアディエルはセルに呼びかけた。

「セル、帰る──」
『ヒュン!』

 突如、アディエルは横切る影を視認した。そして、一気に感情が燃え上がる。

「ああ、アディエ」
『ドシュ』
「!?」
「な、なんですか?」

 先程まで話していた神父の困惑の声をアディエルの腕の中で聞いているセルは、現状を理解出来ず瞬きを繰り返す。

「て、めぇ……“牙狩り”か」
「まさか君のご友人が吸血鬼とは……うっかり見逃すところだった」

 警備の男が銀製のナイフを、セルに突き立てようと突進したのを間一髪アディエルが手で受け止めたのだ。
 鮮血が教会の床に散る。

「吸血鬼は教会に入れないと思い込んでいたが……根性あるヤツもいるんだな」
『ギチギチ』
「アディエルさん……手が」
「自分の心配してろ馬鹿。相手は天敵の牙狩りだ」
「きば、がり?」
「吸血鬼を狩る特殊傭兵だ」

 牙狩り……吸血鬼専門の駆除業者。アディエルは目の前の男を睨み付け、セルを守る為には、殺すしかないと悪魔の思考を巡らせるが、意外な待ったがかけられた。

「お待ちください牙狩り様」
「!」
「……神父さん、目標が居るんです。止めないでいただきたい」
「いえ、止めさせていただきます」

 セルと話していた神父が、牙狩りのナイフを持つ手を掴む。

「被害が出てるんですから、見逃せません」
「この方は被害を出している吸血鬼とは異なる存在です」
「「!?」」
「……違うと言う証拠はあるんですか?」

 神父は、アディエルの腕にいるセルを一瞥して、堂々と返答する。

「今すぐ私が示せる物はございません。ですが、ココにお祈りに来た事自体が証拠になりませんか?」
「…………」
「……はぁっ、ケホッ、ゴホゴホ!」
「ぅ、話しは外でさせてくれ、もう限界だ」
「ゲホ、ゴホッ」
「……いいだろう。吸血鬼であろうと、教会で殺生など、バチが当たりそうだからな」

 ナイフを掴み続け、お互い睨み続けながら教会の外へ出る。
 
「ごめんなさい……話の腰を、折ってしまって」
「だからっ、自分の心配してろっての」
「ふむ……なるほど。その吸血鬼は元神父か」
「今も神父だ」

 神父服に身を包むセルをジロジロと眺め、それからアディエルに視線を戻す。

「さっきの様子じゃ、お祈りに来てたってのは本当らしいな」
「神父が嘘付くわけないだろ」
「確かに。けど、騙されている可能性もある。鵜呑みには出来ない」
「……どうすりゃあ納得する。コイツが無害だって」
「ソイツが人を襲わない根拠は無いし、目標ではなくとも吸血鬼に変わりない」

 牙狩りは、逡巡する様子もなく任務を遂行する気だ。

「(ココで殺しても、別の牙狩りが来るだけだ……どう解決すれば良い)」
「君の吸血鬼が本当に無害だと言うのなら、事件を起こしてる吸血鬼捕まえてみろ。ソイツの処遇は、その後で決めてやる」
「!」

 それは、任務の協力を求める提案であった。
 牙狩りからの延命措置だが、猶予は確実に出来る。

「……わかった」
「…………」

 牙狩りがナイフを引き、二人へ指を向ける。

「一日やる」
「わかった」
「随分な自信だな」
「やるしかねえだろ」

 アディエルは、牙狩りが自分を人間だと誤認して舐めた提案していると察し、強がりな口調で対応する。
 その晩は、お互い身を引いた。
 セルは、アディエルに支えられながら庇ってくれた神父に頭を下げる。

「神父様、ありがとうございます」
「良かったんですか? 神父が吸血鬼庇って」
「ええ、私は主に恥じぬ行いをしたと信じております」
「そうですか。本当にありがとうございます。それじゃあ、俺達はこれで」
「はい。おやすみなさい。良い夜を」
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