自愛の薔薇には棘がある

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1・出会い

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 小学生の頃から、女々しいヤツだとイジられてきた。
 別に趣味が女の子っぽいわけでも、服が女の子向けなわけでもない。
 僕自身が女の子っぽい顔と仕草をしていたから。
 頑張って男らしく振る舞おうとしても、逆に女の子っぽいところが浮き彫りになるばかり。
 中学生になると身体はしっかり成長したけど……嫌な目を向けられるようになった。
 
伊織いおり のぞみ……君で、いいんだよね?」
「ふっく……ぅう……はい」
「怖かったね。もう大丈夫だからね」

 電車に乗ると高確率で痴漢に遭うようになった。
 助けられる度に学校にも連絡が行く。
 その連絡が何処で漏れたか痴漢に遭った事を揶揄うクラスの男子にお尻に触られることも多かったのも辛かった。
 抵抗したらしたで余計に面白がるだけ。女々しいヤツだと笑われる。
 ぶん殴ってやりたかった。けれど、僕が怒れば怒る程事態は悪化するだけ。
 そんな日々が続く内に僕は、学校を休みがちになってしまった。
 両親に理由を話せば、そんな碌でも無い場所に行かなくていいと言ってくれた。
 男なんだから逃げるな! とか、尻触られたぐらいで落ち込むな! とか……一切言ってこなかった。
 性犯罪に遭った息子を性犯罪の真似事で揶揄うどうしようもないヤツが居る。
 学校へ直々に電話もかけて、主犯格の生徒の親にも話をしに行った。
 両親が僕のことを心の底から愛してくれて、大切にしている事がヒシヒシと伝わってきた。
 だからこそ、親には心配かけたくない。黙っていたけど、身体の成長と共に日に日に酷くなる痴漢も学校でのクラスメイトの悪ふざけ行為。
 中学3年の頃だったか……僕は、放課後の教室で数人に身包みを剥がされた。
 主犯格曰く、いつもコソコソ体操着に着替えてるからマジで女の子なんじゃねえかって思って、確認の為に剥いだと言う。
 馬鹿じゃないのか。水泳の授業もある学校なのに今更確認の必要ないだろ。
 縮こまる僕の腕を掴んで強引に身体を伸ばし上げて、下着さえも脱がそうとしてきた。
 あの時のボクの身体を見下ろすみんなの目は爛々としていて、気持ち悪かった。
 けれど、全裸にされる寸前で先生が怒鳴り声を上げて教室に入ってきた。
 先生から逃げようと僕の側をバッと離れて出口の扉に殺到するが、扉は開かなかった。誰かが押さえているようだ。
 先生が泣きじゃくる僕と僕の状態を確認して、スーツの上着を肩にかけてくれた。
 
 その後の記憶は曖昧で、酷いショックで僕はその日から卒業まで学校へは行かなかった。
 僕を襲った男子達は退学処分を下されていた。先生達は駅員や警察の連絡で僕が痴漢によく遭う事を知っている。
 担任の先生は、僕の進学の為に志望校に掛け合って別室での入学試験の了承をもぎ取ってくれた。
 そのお陰で僕は志望校に無事入学でき、新たなスタートを切った。
 学校は楽しかった。友達も沢山出来た。
 けど、やはり……僕に向けられる嫌な目は減る事が無かった。



 そして社会人になって幾年月……今日も、帰宅ラッシュの満員電車の中で、学生時代と同じような目に遭っている。
 大人になって背も伸びて、背広も着てるし、女の子っぽく見えないように髭も生やしたと言うのに……それでも痴漢に遭うなんて……そこまで僕は、痴漢にとって魅力的なのか?

「(……触り方、気持ち悪い……揉みしだかれて、凄く不快だ)」

 背後からお尻を撫で回す手つきが非常に気持ち悪い。
 慣れなどしない。AVみたいに感じたりなんて一切無い。
 恐怖と羞恥と屈辱で毎度毎度吐き気がする。
 こんな中年に差し掛かった僕を痴漢してくる人達は何を考えながら触っているんだろう。
 ……あぁ、もうダメだ。涙が出てきた。どうして僕はこんなにも男らしくなれないんだろう。

『ガッ』
「!」
「ッ!?」

 突然、背中側から衝撃を受けて僕のお尻を撫で回していた手が離れた。
 思わず振り返ると、腕を掴まれるサラリーマンと腕を掴み上げて凄い形相で睨み付けている女性が居た。
 女性は、僕よりも身長が高かった。
 綺麗に切り揃えられた艶のある黒髪と吊り上がった大きな目。見惚れる程綺麗で、本当にかっこよかった。

「次の駅で降りな」

 けれど、発せられたドスの効いた低い声にビクッと僕とサラリーマンの身体が硬直した。
 それから唖然とする僕と痴漢と彼女(彼)は次の駅へ降りて、駅員と警察官にお世話になった。
 通勤電車で通る各駅で僕はお世話になっているから、顔見知りになってしまっている。
 またかって顔してテキパキと動き、痴漢男性の誤解だって言葉もサラッと流され、微物検査へ回されていった。
 僕は、彼女(彼)に向き直って頭を下げた。

「助けていただき、ありがとうございます……」
「いえ……コチラも、もう少し、冷静に行動すべきでしたね。目立たせてしまって……すみません」
「そんな! あなたが謝ることではありませんよ!」

 僕が痴漢されなければ……彼女(彼)だって目立つことも無かった。

「そうですよ。痴漢と声を上げて被害者を助け出す勇気は誇れる事です。恥ずかしい、めんどくさい、もしかしたら勘違いかもって踏み留まる方が多い中で、貴方は一人の性犯罪を抑えて、一人の男性を助け出したんですから」

 駅員さんが彼女(彼)を宥めてくれて、その間に検査結果が出て、手がぶつかってただけだと言う痴漢に、彼女(彼)が顔と手つきを確認出来る動画を提示してくれて、痴漢は警察に引き取られて行った。
 彼女(彼)と駅に戻り、ホームでお礼の缶コーヒーを奢った。

「今はコレで……また今度、しっかりとお礼させてください」
「……大丈夫ですか?」
「へ?」
「手、震えてますよ?」

 缶コーヒーのプルタブが開けられないと思ったら、手が震えているからだと言われて気付いた。
 今更、自分が女々しい事を実感してしまう。強がれない。平然と出来ずに、弱さを晒す。
 俯いてなんとか震えを止めようと力んでいると、不意に大きな手が僕の手を包むように重ねられた。

「!?」
『カシュ』
「はい、開きましたよ」
「……ありがとう」
「いえいえ」

 開けられた缶コーヒーの飲み口から香ばしい香りが夜風に巻かれる。

「き、君は、男の子、ですか?」
「ぁはい。男ですよ。格好は趣味です」
「そっか。かっこいいですね」
「!」
「自分の好きな姿で堂々としてる。すごくかっこいい」

 羨ましい。
 彼女の……彼の姿に僕は、思った事を素直に伝えた。
 
「初めて……言われました」
「そうなの? 綺麗でかっこいいなんて、見ればわかるのに。あ、見ればわかるから口に出さないだけか」
「は、ははは……貴方、俺の事口説いてます?」
「うぇ!? ち、違います!? 僕はただ、本当に思った事を言っただけで……ぁあ、ごめんなさい。気持ち悪いですね、急にこんなこと言われたら。ごめんなさい、忘れてください」

 慌てて訂正すると、彼はクスリと笑みを浮かべた。
 笑うと目尻が下がって可愛らしい印象を受ける。
 
「冗談ですよ。少しドキッとしましたけど……」
「恩人に無礼を……」
「そんな落ち込まないでください」

 ポンポンと肩を叩かれて慰められる。
 なんて優しくて器のデカい人なんだ。
 僕が、彼に抱いた第一印象はそれだった。
 それから数日後……僕は、彼と偶然の再会を果たした。
 全く同じシチュエーションで。

「ぅ、うっ……ありがとうございます」
「いえ、お気になさらず」

 今日も今日とて、痴漢に遭ってしまった。
 仕事終わりに満員電車に乗り込んで帰宅ラッシュの時間帯で押し潰されて……また、触られた。今回は尻の割れ目の奥に触れるようにグリグリと……その感触に背筋に悪寒が走り、全身に鳥肌が立ち、気持ち悪くて泣きそうになったところを、またも女装の人に助けてもらった。
 今日は特に不快で恐ろしかった。いい歳してポロポロと泣く中年男性に呆れる事なく、駅員も警察も彼も僕に優しかった。
 
「もしかして……貴方、痴漢によく遭うんですか?」
「は、はい……ぐすっ、なぜか、触られるんです。僕、このなりですし……可愛いはずもないのに、こんな事ばっかり」
「…………あの、お名前をお聞きしても、いいですか?」
「? 伊織、希、です」
「俺は、清水しみず 麗華うららかです」

 麗華……可愛い名前だ。男の子ではあまり聞かない珍しい名前。

「伊織さんって駅って何処から何処までですか?」
「……恵比寿から大塚です」
「渋谷、新宿、池袋も通るんですか!?」
「は、はい……」

 何故かすごい驚かれてしまった。
 そういえば、その三駅到着後によく痴漢に遭うな。山手線は次の駅までの時間は短いから人の入れ替わりも激しい。二、三分の間にサラッと痴漢される事が多い。

「俺、だいたいこの時間で原宿から目白の移動なので、よかったら壁になりますよ」
「え!? そ、それは流石に……君に迷惑が掛かるから」
「居合わせた時だけですよ」
「いやでも、見ず知らずの男にそんな……」
「嫌な思いをするのは伊織さんでしょ。それにもう既に何回も痴漢に遭ってるんだし……これ以上痴漢されたくなければ俺の言うこと聞いておいた方がいいですよ」

 有無を言わせない眼差しと口調で言い切られた。
 
「清水さんの方が嫌な思いするかもしれないのに……」
「俺、この背丈なんでされた事ないですよ」
「ええ?」

 やっぱり僕が小さいからなのか? 納得いかないけど、確かに清水さんみたいな身長なら被害には遭わないかも……。

「……じゃ、居合わせたらお願い、します」
「はい」

 女装姿という事さえ忘れてしまいそうな程、凛々しくてかっこいい清水さんがボディーガードをしてくれるようになった。

 そうは言っても満員電車で居合わせるなんて早々出来ないと思ったのに。

「こんばんは」
「こん、ばんは」

 驚くべき頻度で遭遇するようになった。
 ストーカーみたいな痴漢が居るから僕は乗る位置をいつも場所をズラしている。
 なのに、清水さんとはよく会っている。
 週三で会っている気がする。

「…………」
「どうかしましたか?」
「い、いや、なんでも……」
「……?」

 僕の顔を不思議そうに見つめてくる。
 化粧の事もあって綺麗な顔が間近にあると緊張してしまう。
 完璧な女装姿にばかり目がいくけど、普通に男の人で声とか話し方で男だとわかる。
 でも、女装姿は本当に女の子にしか見えない。

「……もしかして、見惚れてます?」
「そ、そんな……ぅぅ……はい」
「そんなに恥ずかしがらないでくださいよ。お互い様です」

 お互い様? 清水さんの視線は僕にずっと向けられている。恥ずかしくてつい顔を逸らした。
 けど、なんだろう。いつも向けられてた嫌な感じの目じゃない。

『ガタン』
「……っ!」

 あ、まずった。電車が揺れて、僕は咄嵯近くにあった棒へ手を伸ばしたが掴み損ねて体勢が崩れた。
 倒れかけたところを、目の前にいた清水さんに抱き止められて支えられる。

「大丈夫ですか?」
「ご、ごめん、ありがとう」

 ぎゅっと彼の服を掴み、身体を支えたままお礼を言う。彼は僕より身長が高くて、少しだけ上を見上げる形になった。

「掴まっててください」
「はい」

 僕は清水さんの肩に手を置き、なんとか体幹を保てる姿勢に戻そうと踏ん張っていたのだが、不意に脇腹に彼の手が触れ、ゾクッとした感覚が襲う。
 擽ったいだけなのに、嫌な記憶が滲んできて冷や汗が噴き出る。
 清水さんはすぐに察してくれたのか脇腹に触れていた手を引っ込めてくれた。

「……ごめんなさい」
「擽ったかっただけ、だから……大丈夫」

 申し訳なさそうに謝ってくれる彼を見て、逆にこっちが悪い事をしてしまった気分になる。
 善意の接触に、敏感になり過ぎる自分が嫌になる。
 気不味い雰囲気になってしまったが、清水さんの目的地に着いたのでスッと離される。

「それでは、また明日」
「はい。ありがとうございました」

 別れの挨拶をしてホームへと降りていく背中に頭を下げて見送った。
 また明日、という言葉に胸が温かくなる。僕なんかと話をして、心配して、助けてくれて……帰りは殆んど痴漢に遭わなくなった。
 心労が大分減って、清水さんに会える日が待ち遠しくなって、仕事も捗るようになってきた。

「伊織、コレ頼んだ」
「わかりました」

 仕事中に部長から渡された資料に目を通してExcelで纏め上げていく。

「相変わらず早いなお前は」
『パンパン』
「いちいちお尻触んないでください」
「男同士なんだからこれくらい、いいだろ?」
「セクハラですって」
「細けえな……」

 おちょくってくる上司は放っておいて、僕は黙々と仕事を熟す。
 女性社員達は優しいけど、男性社員の視線が妙に鋭くなる時がある。
 けれど、基本みんな良い人だ。

「どうだ? 最近も痴漢されてんの?」
「帰りは時々友達がボディーガードしてくれてるようになったから週に二回ぐらいになった」
「へぇ……週八で痴漢されてたのに、大分減ったな。ボディーガード様様じゃん」

 昼休みに同僚の佐々木さんと雑談で僕の痴漢の話になった。
 行きと帰りの痴漢遭遇率は異常だったが、清水さんのお陰で通勤時で時々痴漢に遭うだけで帰りはほぼ皆無になっていた。

「何かお礼してんの?」
「……いや、一回缶コーヒー奢ったぐらい」
「は? 伊織、ダメだろそりゃ。食事とか物とかでお礼しないと、善意でやってても見返りの旨味ないとそんな事続けられねえよ」
「でも、何が良いんだろう……若い子にどんな物奢れば良い?」
「新大久保に個室のいい店があるから行けば? ほれ」

 佐々木さんに店の名刺を貰ってスマホで検索する。
 うん、個室の居酒屋だ。確かにこういう所ならお互い人目も気にせず落ち着いて話も出来る。

「ありがとう。今度誘ってみる」
「ふふ、食事と一緒に食われんなよ」
「そんな人じゃないから」

 何だか意味深な言い方をする佐々木さんに笑いながら否定する。
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