自愛の薔薇には棘がある

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2・食事

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「食事ですか?」
「いつも助けてくれてるので、お礼をしたいんです」
「あーー……伊織さんって明日休みですか?」
「はい」
「それじゃ、今から行きましょうか」

 勢いでその日に清水さんと二人きりで食事をする事になった。
 今日の清水さんの服装は黒いセーターと白い膝丈スカート、黒タイツにハイヒール。清楚な長身女性そのものだ。
 こんな美人を居酒屋に誘うなんて、下心があるみたいじゃないか。ただのお礼なのに。

「個室の居酒屋って初めてで……僕よくわかってないんですよね」
「俺も。でも、普通の居酒屋と変わらないんじゃないですか?」
「そうだといいね」

 不安に思いながらも目的地の居酒屋に到着した。

「いらっしゃいませ。二名様、ご案内します」

 店員さんに案内された先は奥の座敷個室だった。花金という事で混み合ってるようだ。

「ご注文の際は呼び出しベルをお願いします。メニューコチラになります」
「あ、ありがとうございます」

 お冷と手拭き、メニューを置いて店員さん暖簾を潜って別の場所にせかせかと去って行った。

「伊織さんはお酒飲みますか?」
「うーん、今日は飲んじゃおうかな。清水さんなら大丈夫そうだし」
「?」
「飲み会で酔っ払った時、ベタベタ触られたり脱がされかけたりしたから、それからお酒は家でしか飲んでなかったんです」
「その会社大丈夫ですか!?」

 ただの酔っ払いの悪ノリだ。飲み会じゃよくある事だ。触れるのも脱がそうとするのも僕に限っちゃ話じゃない。佐々木さんもやられかけてたし。
 酔っ払ってたら上手く受け流せ無くなるからあまり飲まなくなった。

「大丈夫大丈夫。男衆の飲み会ノリは下ネタも多いし変な絡みも多いだけですから。ただのノリ」
「そうですか? 伊織さん、小さいから心配です」
「そこまでチビじゃないんで……本当、大丈夫ですから」

 気を遣わせてしまった。
 けれど、信頼しているからこそだ。
 
「さぁ、今日は僕の奢りですよ。いっぱい食べてください」
「……はい」

 とりあえず生ビール二つと枝豆、唐揚げ、串鳥いろいろ適当に頼んだ。
 料理が来るまで僕がどれだけ助けられているのか伝える事にした。

「君が側に居てくれるようになってから、僕の心が随分軽くなりました。本当にありがとうございます」
「ちょっと大袈裟ですよ」
「大袈裟なんかじゃないですよ……週二で済んでるんですから」
「は?」
「?」

 僕は感覚がバグっていた。何度も痴漢に遭遇するのは、普通の事じゃない。

「あの、まさかとは思いますけど……月火水木金の通勤退勤、毎日痴漢に遭ってました?」
「流石に毎日ではないですよ。最低で週四、多くて週八って感じです」
「……っ…………はぁ~~~~……」

 頭を抱えて盛大に溜息を吐かれた。

「……え、何ですか?」
「俺、守れてません。全然、伊織さんの事、守れてない」
「そんな! 充分過ぎるぐらい助けてもらって……」
「俺は……伊織さんを守りたいです」

 真っ直ぐ真摯に見詰められて、そんな事を言われたらドキッとしてしまう。
 
「週二をマシだなんて思わないでください。痴漢は性犯罪です。そもそも、貴方が嫌な目に遭う事が、俺は嫌なんですよ」

 拳を握り込んで搾り出された声に、僕が昔抱えていた怒りそのもの。
 僕自身の自己も意志も無視して自分勝手で理不尽な性欲を押し付けてくる他者に対する怒りだ。
 
「どうして、そんなに僕の事大切にしてくれるんですか?」

 こんなに綺麗でカッコ良くて優しい彼が、僕みたいな人間に構ってくれる事の意味が、全く解らない。親切にしては行き過ぎている気がする。
 彼は困ったように笑う。その表情を見たら何故か胸の奥がホッと息を吐くように緩んでいく。

『ファサ』
「お待たせしましたぁ。生ビールと枝豆、唐揚げになります」
「ありがとうございます」

 暖簾を潜って店員さんが料理を運んできて会話は中断された。取り皿に唐揚げを分けて二人で乾杯する。
 ジョッキの生ビールを一口飲む。喉を通る炭酸の刺激、苦味。鼻から抜けるホップの香り。
 歳を重ねる度に美味しく感じられるようになったな。
 枝豆をつまみながら生をグイグイ飲み干していく清水さんは豪快で爽やかだ。

「あーーっ 生き返る~」

 仕事終わりで疲れ切ったおじさんのような感想を漏らしていた。
 ジョッキに薄らと口紅が付いていて妙な色っぽさが滲んでいる唇に目が奪われそうになる。
 不思議な魅力を持つ人だ。男女の良いとこ取りしたような……それで居て男前でもある。顔はどちらかと言えば中性的だけれど、芯のある瞳、姿勢が良い、所作も丁寧だけど男らしさはある。

「どうしました?」
「いえ……凄い良い飲みっぷりですね」
「ふふ、そうですか?」
「清水さんって普段どういう仕事してるんですか?」
「女装喫茶です。大学時代からバイトで入ってたんですけど、卒業してからそのまま従業員として働いています」

 女装喫茶。清水さんの所作の丁寧さは給仕仕事が長いからか。

「その趣味は昔から?」
「いえ、高校からです。文化祭のメイド喫茶でメイド服着て化粧してウィッグ着けた時にめちゃくちゃしっくりきて」
「自分を見つけたんですね」
「そう。正に、ソレです」

 クラスメイトの女子に化粧をしてもらい、手芸部が百均素材で縫い上げた男子用のメイド服に袖を通して、ウィッグを着けた自分の姿がピシャリと型に嵌ったと言う。
 
「写真あります?」
「はい。えーっと、コレです」
「わぁ……美人」

 スマホの写真にはロングヘアの美少女が写っている。
 清楚で落ち着いた印象だが、凛とした雰囲気がある。
 周りで盛り上がっている丸坊主の男子達と化粧道具をウル◯゛ァリンスタイルで構える女子とウィッグで貞子スタイルの女子に囲まれて居た。

「賑やか……青春ですね」
「伊織さんは高校時代は文化祭で何かしました?」
「…………まぁ、同じ……です……」

 僕も高校の文化祭の出し物は飲食店だったけど、なんで世代関係無くメイド喫茶って人気なんだ。悪ふざけが凄かった。
 しかも、メイドをしていた僕の所為で同級生の父親が職員室に連行されるという最悪の事態になった。
 スカートの中に手を突っ込んで尻を鷲掴んでこられたら誤魔化しようがないじゃん。なんであんな事したのか未だにわからない。

「……伊織さんって、本当に苦労されてるんですね」
「………………そう……かも」

 他人に指摘されると余計自覚が出てしまう。勝手に心労も苦労も向こうからやってくる。

「俺と居れば、少しは風除けになりますから、たまには一緒にお出かけしましょうか」
「!」
「もっと伊織さんの事知りたいですし」
「……僕と居ても、面白くないですよ」
「面白いとかじゃなくて、ただ一緒に居たいだけですよ」
『コチーン』

 中身が半分になったビールジョッキがぶつけられる。

「……あ、変な意味じゃないですよ?」
「はは、わかってますよ」

 同僚の佐々木さんと同じように気安い会話が出来る。何気ない会話が出来る存在は僕には貴重だ。
 上京して地元の友達とは疎遠になってしまったから。

「……僕も、もっと清水さんの事知りたいです」
「勿論」

 それから僕達は飲み屋で色々な話を聞かせてもらった。
 学生時代の部活動の話、好きな音楽、最近見た映画、オススメの漫画。
 清水さんは、とても聞き上手で話しやすかった。相槌もあって、目もずっと優しい。
 話していると楽しくて、心地良くて、時間を忘れていた。

「ふぃ~~~……飲み過ぎました……」
「ちょっとクラッときますね。靴、低いのにしよう」
「うぇ? 替えの靴、鞄に入れてるんですか?」
「はい。ヒールが折れたり、踵痛いなって時用の予備です」

 鞄からローファーを取り出す清水さん。しっかりしてるな。

「名残惜しいですけど、そろそろお開きですね。ラストオーダー時間ですし」
「そうですね。よっと……ゔ」
「伊織さん!」

 立ち上がろうとしたら、一気に酔いの弊害が来たらしくよろめいてしまった。咄嵯に清水さんが腕を回して後頭部の強打を防いでくれた。

『ドタン』
「大丈夫ですか?」
「ご、ごめんなさい……はは、本当に飲み過ぎました」

 僕に覆い被さるよな形で抱き止めてくれた清水さんを見上げる。
 照明の逆光で顔に影が落ちているが心配してくれているのがわかるぐらい近い距離だ。こんな近くで顔を見たのは初めてだ。
 顔に似合わない喉仏がセクシーだな。

「伊織さん?」
「んぅ……ごめんなさい。ちょっとボーっとしちゃっいました」

 身体を起き上がらせて、気を取り直して会計へ向かった。
 財布を取り出す清水さんよりも交通ICで素早くタッチ決済で奢った。

「は、速い」
「キャッシュレスの強みですよ」

 硬貨や紙幣よりカードや電子マネーは慣れれば取り扱いやすい。
 
「ご馳走様でした……次は割り勘にしましょうね」
「考えときます」
「考えといてください」

 二人でふらふらと駅まで辿り着いた。
 山手線はいつでも混んでいる。ラッシュ時よりはマシだが、今の時間でも座席には座れそうにない。
ホームで待つ間も清水さんとの話題は尽きない。次々話題を振ってくれるから飽きる事が無い。本当に楽しい時間を過ごせた。

「あ、そう言えば、伊織さん」
「はい」
「連絡先、交換しましょう」
「ああ、忘れてました」

 スマホを取り出して、QRコードを読み取ってもらい、連絡先の交換をした。

「…………」
「…………」

 そろそろ今日はお別れになる。
 “名残惜しい”と大人っぽく言い換えても実際は子どもじみた寂しさだ。
 どうしようもない楽しい時間の終わりに駄々を捏ねている。
 電車なんて来なければ……なんて、本当に、子どもみたいなワガママが溢れそうだ。

『ガタン……ゴトン…………キィーー……』
「着ましたね」
「……はい」

 僕の心情なんて全く関係無く、電車は時間通りに到着した。
 ドアが開くと車内の人が駅へ流れてくる。
 それが収まってから共に乗車する。
 清水さんはいつものように、僕の壁になってくれていた。

「おお、ねえちゃんでっけぇな」
「ども」
「そんだけでけぇと、こっちもデカかったりするのか?」

 酔っぱらいのおじさんが胸の前で膨らみのジェスチャーをする。
 デリカシーが無い云々のどころではない。僕もああならないように気を付けよう。

「おじさん、僕のツレにセクハラしないでくらさい」
「悪い悪い。綺麗な姉ちゃんだったからついつい」

 ひょっこり顔を出して注意すれば謝りながら吊り革を握りに動いた。

 
「……ありがとうございます」
「これぐらいしか出来ませんけど」

 次の駅で更に乗客が増えて混雑具合が増した。僕達はほぼ密着状態になって、酒気帯びの吐息がかかる。
 サラリと清水さんの黒髪が頬に当たる。
 
「苦しくないですか?」
「平気」
『プシュー』

 清水さんの目的地の駅に着いた。

「それでは、お気をつけて」
「そっちも、足元気を付けて帰ってくださいね」

 手短に別れを済ませて、人の流れに合わせて降りた。振り返ると既に彼は改札口へ向かっていた。
 扉が閉まって電車が動き出す。
 今日は楽しかった。
 次は何を食べに行こう。
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