29 / 38
28:家族の平穏
しおりを挟む各大陸、各国の街に噂が流れていた。
魔族の姿になってしまう病が流行している。その病に侵されてしまえば、心まで魔族になってしまい、他の人間を害する。最悪食い殺されるらしい。
治す手段が無く、死ぬまでそのままだと。
感染拡大を防ぐ為に、病の発生した地域の家畜用魔族の殺処分と奴隷や家族に魔族が居る場合は国に魔族を明け渡すようにと国からおふれが出された。
その魔族の行く末は、家畜と同じく殺処分だ。
「いやぁ、あなた!」
「ニイヤ! なぁ頼む! 妻を連れてかないでくれ!」
「コレは国の取り決めだ。病原菌を持つ魔族を野放しには出来ん」
町外れで平穏に暮らしていた夫婦が引き裂かれる。三毛猫獣人の妻が兵士に連行され、夫は泣き崩れた。
各地で同じような悲劇が起きていた。
だが、その悲劇は噂のようには広がらなかった。
「最終段階に入って日が経ったが、影響がで初めてるな」
「全世界で殺処分に及んだ国は十五ヶ所だ。コレからもっと増えていく」
「各地の避難所は」
「現在は七ヶ所。人間の家族を持った者達は、二ヶ所の専用避難所で家族諸共匿っている」
「各国の内戦はどうだ?」
サラッとセリアスが物騒な事を聞くと、デジィは特に躊躇することなく告げる。
「激化している。噂が出回る前に魔族化した人間達の命を理不尽に奪い続けたのもあり、迫害に反旗を翻して人間同士で殺し合っている。生まれた子どもの殆どが駆除対象の病に侵されていれば、我が子を守る為に家族が戦うのは当然の事だ」
「国の王族共は悉く私を嫌っているからな。私の面影がある角や鱗は、きっと国民の声があっても排除したがるだろう」
黒光龍人とハーピー達の活躍により、触手の溶け込んだ雨を全世界で降らす事に成功している。生活用水に使われ、魔族化は爆発的に広がった。
そして、精霊とホブゴブリンが開発した魔法薬は触手の浸透力を向上させるだけでなく、計画の要である蓄積という能力も遺憾なく発揮し易くしている。
体内に触手の遺伝子を蓄積し、妊っていれば胎児を魔族化させる。蓄積している人物が子作りをした場合、魔族化した子どもしか産まれない。
繁殖に特化した触手ベースの遺伝子が蓄積すれば、どこに影響を与えるかなど想像に難くない。
次世代潰しは理想的な走り出しだった。
「根気良く行くか」
『テチテチ』
「まおうさま」
「ルギィ、いつの間に」
デジィとセリアスの会議に割り込んだのは、青と黒の鱗を持つ二人の子供であるルギィであった。
「マギィのさんぱつ終わったよ」
「伝えに来てくれたのか。ありがとう」
セリアスがルギィを抱き上げて、散髪を終えたという弟のマギィの元へデジィと共に向かう。
『サラサラ……』
黒髪をセットされ、さっぱりとしたマギィと同じ特徴を持つ子どもが椅子に座って船を漕いでいた。
エルフの女性が床に散った髪を刷毛で拾い、一等大切な物を扱うように箱に集めていく。
「マギィ~」
「んぁ……ぁ?」
「拘束して悪かったな。終わったから遊びに行っていいぞ」
「あーい」
一歳児ほどの大きさのマギィがまだまだ覚束ない足取りで子ども達の笑い声が響く洞窟の外へ出ていった。
子ども達は魔王城の残骸の隙間を縫って鬼ごっこをしている。
「子ども達の爪や髪で賄えてるのは不思議だ。もっと指などの自切が必要なのかと」
「あの子達の手や足を捥げるか?」
「……無理だ」
触手が他種族に擬態する理由は、油断させるのとは別に、命に関わる傷を負いにくくするという、相手の心理を利用する為でもある。その触手の心理にまんまと嵌っているセリアスは、子ども達の肉体ではなく髪や爪を切り、それを雨の材料にしていた。
それだけでもヘルクラスとの子ども達のおかげもあり、十分に魔族化に至る内容量に達していた。
「この森だけじゃもう手狭だ。銃や弓矢や魔法に怯えず、草原を走り回れるようにしてやらないと」
「私も気合を入れて、務めなければ」
「セリアス様~デジィさーん、お昼~!」
「おっと、もうそんな時間か」
ホープから声が掛かり、タスクやヘルクラスを筆頭にドワーフや鬼、ホブゴブリンや精霊達が昼食の準備をしていた。
「魔王様、少々よろしいか?」
「ん? どうした?」
ドワーフの長に声をかけられて膝をついて目線を合わせるセリアス。
スッと差し出されたのは、大きさの違う複数個の指輪であった。紐が通され、首飾りに出来そうだ。
「コレは?」
「龍人には馴染みのない文化だろうが、結婚したら配偶者に贈るウエディングアクセサリーってもんがある」
「そうなのか。精霊の花冠や鬼の短刀のようなものか?」
「鬼の短刀は継承なので若干意味合いが違うが、精霊の花冠とは同じです」
「……して、コレは?」
ドワーフの長がニッコリと笑って、セリアスの番である四人に目を向けた。
「大切な家族に贈る物なのか」
「……まぁ、そうですね。特別な結婚指輪です。どうかお納めください」
「いいのか? なかなか上等な物に見えるが……うーむ」
「魔王様の番だと示す印となるので変な虫は付きませんよ」
「ありがたく頂戴しよう!」
箱に収められた四つの指輪ともう一箱渡される。
「こちらが魔王様用の物です」
「私の……おお」
箱に入っている指輪とペアになっている四つの指輪が一つの紐に通されていた。
そして、セリアスはフッとある事を思いついた。
「贈ってもらったそばからすまないが、注文を一つしていいか?」
「なんなりと」
些細な贈り物をしようとセリアスはドワーフの長に一つ、頼み事をした。
「(指輪を贈るのは、それが出来上がってからにするか)」
有り難く受け取った指輪のセットを大事に収納し、皆で昼食を摂った。
その日の夜、思った以上に早くドワーフの長から物が納品された。
「早過ぎないか?」
「小さいもんなんで」
「……素晴らしい。後で報酬を渡させてくれ。要望があれば出来る限り叶えよう」
「はは、なら酒を頼もうか」
「わかった。用意しよう」
ドワーフの長の仕事の速さに感服しながら、セリアスは子ども部屋へ向かった。
「皆いるか?」
「しぃーー……今寝てますから」
「……すまない」
子ども達を寝か付けた四人が口に指を当ててセリアスを出迎えた。
ストールはまだ擬態に至っていない触手達の側で揺籠を揺らしていた。
「ふぅ……タスク、こちらへ」
「え? ぁ、はい」
呼ばれて、セリアスの前に行くとスッと何かを首にかけられた。
「タスク、いつも支えてくれてありがとう」
「……コレ……ぁ、指輪」
「家族の証だ」
「…………家族」
唐突な贈り物に唖然としているタスクの顎を掬って、軽く唇を合わせる。
「っ……」
「愛してる」
「ッーーーー!?」
フワフワな耳元で囁かれ、体を硬直させてしまったタスクの頭を撫でてから、ホープの前へ歩み寄る。
「屈めるか?」
「はい」
『チャリ』
「……輪っか」
「ホープ、いつまでも元気で居てくれ。愛してるぞ」
「あ、え、あっあっ……僕も大好きです!」
火照る頬を包んでキスをする。
嬉し恥ずかしと縮こまるホープに微笑んでから、デジィの前へ。
前二人がされた仕打ちを見て、デジィは既にガッチガチに緊張していた。
「デジィ」
「……こ、こんな、皆の前で」
「ぐだぐだ言ってないで頭を出せ。ほら」
「我だけ雑じゃないか?」
角に引っかからないように首にかければ、黒い鱗の上に銀の輪が飾られる。
「この先も共に考え、悩み、ぶつけ合える関係でいてくれ」
「んっ……勿論だ」
「愛してる」
「…………ぁぁ」
顔を真っ赤にしてそっぽを向いたデジィの肩を叩いてから、セリアスは最後の一人に目を向けた。
「ヘル」
「ひゃい!」
「たくさん仕事を任せてすまないな」
スルッと指輪を首にかけ、今にも失神しそうなヘルクラスの額に口を付けた。
「ぁう」
「側にいてくれ。ずっとずっと愛してるからな」
「っ……はぃ、はい」
龍人よりも遥かに長寿なエルフ。いずれ必ず来るであろう別れに涙が浮かぶ。
溢れる前にセリアスが指で拭う。
「皆で長生きしよう」
「はい、ぅ…うう……」
セリアスは、ヘルのクラス背を撫でてから……先程届いた物を手に声をかける。
「ストール」
《わた、私も!?》
「お前も私の家族だからな。ココまで来れたきっかけは、お前達のおかげだ」
自分の胸に手を当ててストールに語りかける。
「これらも共に歩んで欲しい。受け取ってくれ」
《……ま、魔王様ぁ》
滝のような涙を流すストールに授けられたのは、セリアスの鱗を模した青く薄い石が嵌められたイヤーカフのような作りの銀の輪。
「うん。よく似合っている」
《うわぁぁぁ……幸せ過ぎて溶けるぅ》
「溶けるな溶けるな」
なかなか泣き止まないストールを両手で包み、優しく撫で続ける。
「今夜はみんなで一緒に寝よ」
「俺、ホープの隣は嫌だ。潰れる」
「ええぇ」
「ははは。そうだな。今夜は皆で寝るか」
ホープの提案にのり、セリアスは愛しい家族と共に床に着いた。
「(……懐かしい)」
幼い頃の記憶は、家族と一族が惨たらしく殺された光景に他の記憶が焼き尽くされていた。
だが、不意に思い出す。家族と寝床を共にした夜の事を。
なにも特別ではない日常の一幕を。
「(ああ……私は、この瞬間をずっと取り戻そうとしていたのかもしれない)」
家族との平穏を取り戻したい。あの頃に戻りたい。
心の奥底で、セリアス自身も気付けなかった野望のトリガー。
「(今度こそ守らなければ)」
セリアスは改めてそう心に誓った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
90
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる