神の剣~ミスガルド11世紀の戦い~

ジロ シマダ

文字の大きさ
15 / 33
3章:エントの森

エントの森の夜

しおりを挟む
 どこに視線を向けても暗い緑が目に入る。下を見ればさらに暗い緑、赤、黒、茶が目に入る。体制を崩さないように注意しながら8人は山道を進む。
「なぁ、川で襲ってきたやつは追いかけてこんのか」
 ダグザがすたすたと進む人間、エルフの背中に問いかける。先頭を歩いていたアルロは「おそらく」とだけ答えた。襲ってこない確証はない。しかし、襲うのであれば岸まで追いかけてきたことだろうと判断していた。

「なぜじゃ」
「あれはたぶん小人族だよ。小人族は基本縄張りを出てまで戦ったりしないんだ」
続くダグザの問いにカムロスが振り向き答える。カムロスはそのままダグザのほうに体を向け、後ろ向きに歩き続ける。
「小人族だと」
「そうだよ」 
「小人族は好戦なやつだろ」

 ゴヴニュの小さく低い声がつぶやかれた。その言葉をカムロスは否定した。
「好戦的じゃないよ。ただ気が立っているんだと思う」
カムロスは口元に手を添えて、鳥や木々から聞いたことを思い返す。

ー闇が近いよ
ー小さい人が慌ててるよ
ー小さい人が怖いよ
ー小さい人が歌ってくれないよ

「小人族はそもそも温厚で明るい種族なんだ」
「違う!」
ゴヴニュだけでなく、ダグザやドルドナまでもが大きな声で否定した。少ししか見えない肌を激昂の色に染めて。
 ドワーフが否定するのは当然だった。太陽暦7世紀に小人族に襲われ、多くの同族と住処であった鉱山を追われていた。
きらめく鉱石を採掘し煌びやかで美しい装飾品を生み出し、富を手にしたドワーフ住まう山ヴォンダール山。
 かつて、そう呼ばれた山にドワーフはいない。各地に飛び散り、細々と生活しているものが多い。その山にはドワーフの代わりに小人族が住み着いているといわれている。本来、温厚で愉快な種族である小人族の行動はいまだに謎が多い。ただはっきりしていることは、関わるべきではないということだ。


 カムロスは大きな否定の叫びに眉をひそめ、体の向きに前に戻した。その様子にドワーフ3人は悪いことをしてしまった、と顔を見合わせた。しかし、偏屈ぞろいのドワーフが素直に詫びや訂正をできるはずもない。
「くっそ」
ドルドナが小さくそう、ぼやくと飛ぶように走りカムロスの横についた。何かを言いあう2人をダグザもゴヴニュも目を丸くして見ていた。
「仲が良いな、あの2人は」
後ろを歩くベレヌスに声をかけられ、目線を上げれば楽しそうな目で前を見る顔があった。ダグザも見る。カムロスに肩を組まれ、怒鳴るドルドナ。ならばと脇に抱えられ、さらに暴れる短い手足を笑い飛ばすカムロスがいる。

「ベレヌス、ドワーフとエルフが肩を寄せ合うなど考えもせん」
ダグザの心なしか疲れたような乾いた声にベレヌスは苦笑を浮かべた。おそらく、3人で旅をしている間にいろいろなことがあったのだろうことは想像がついた。
「ドルドナは頭が柔らかい」
ゴヴニュの言葉にダグザが大きく頷くのを見て、問題はこのゴヴニュではないかとベレヌスは察した。
(寡黙な男だとはわかっているが、かなり頭が固いドワーフの中のドワーフなのではないか)
ベレヌスは少し先を行く諦めたドルドナを脇に抱えたカムロスたちをみて、すぐ前のゴヴニュをみる。

ー燃える森の中、ゴヴニュが1人立っている
ーその手にあるのは
「ーやめろ!」

ベレヌスはかすんだ中に見えた景色から意識を戻した。足を止めていたのか、ダグザとゴヴニュとの距離があいていた。
 進まなければと思うベレヌスの足は気持ちと反して動かない。視線はゴヴニュに固定されたままだ。ベレヌスは息を深く吸い込み、一度ため込むと肺を殻にするかのように息を吐きだした。
「なにしてるの? ベレヌス」
先の先にいるカムロスとミーミルが振り向きベレヌスを振り返った。ベレヌスはなんでもないと、手を挙げると軽快に7人の後ろへと急ぐ。
 何を見たのかわからない。ただゴヴニュへの警戒心がこの時、ベレヌスの中にわずかに生まれた。仲間であるゴヴニュを警戒しなくてはならないことにベレヌスは悲しみと罪悪感を覚えた。


 薄暗い森を8人は歩く。時折舞い散る木の葉にまみれ、目印なき森をひたすら歩いた。
一枚の地図とドンナトールの記憶を頼りに歩く8人。最初のほうは見慣れない植物や見慣れない生物に変化を感じていた。しかし、どんどんと同じものばかり見ているような気がしてくる。進めど進めど、あるのは緑のみ。気がおかしくなりそうな感覚を覚える。
「今日はここまでとするかの」
 ドンナトールが腰に手を当てて大きな木を見上げる。根元に大きな穴をこさえた木は立派なものだ。その根元にダグザたちドワーフが尻餅着くように腰を下ろした。全体的に短い分、ほかの5人よりも疲労は大きい。
「今どのあたりですか」
ベレヌスはドンナトールが広げる地図を覗き込む。
「ここじゃ」
「明日つくか微妙ですね」
ドンナトールが指示した点は岸と目的地の丁度、中間。明日も同じ速度で進むことができれば、夕方につける。しかし、そのような確証はない。
「そうじゃの。しかしなるべく早く中央に向かい、森を抜けねば水が底をついてしまう」
「たしかに」
ベレヌスはドンナトールの心配の声に腰に下げた水筒を揺らした。今は大きく揺れと水量を感じるが明日には尽きるだろう。ベレヌスは、川はないのか、と地図に目を走らせる。川や湖等は中央よりも東側にあるようだった。
「なんとか明日、中央につきたいですね」
「ドワーフたちにはがんばってもらわねばの」
「ですね」
 ブーツを脱ぎ捨てたドワーフたちは腕と足を大きく広げ敷物のように休んでいる。上を向く顔についている口から音が漏れるのも時間の問題だ、とベレヌスは思った。
「エントはいないのか」
アルロがあたりを見渡しながらベレヌスとドンナトールのもとに来た。ベレヌスは首を傾げてアルロを輪に招いた。
「いたじゃないか」
「いたのか!?」
「俺は3体しか気が付かなかったが」
ベレヌスはそう言いドンナトールに目を向ける。ドンナトールは来た道を思い出しながら指を折って数える。5本の指が折れ、また真っ直ぐに戻されていく。アルロはそんなにいたのかと、何度も折って、伸び手を繰り返すドンナトールの左手を見続けた。
「21かの」
「29だよ」
ドンナトールの答えの後に若い声が続いた。双子のエルフが大きな木の上から軽やかに舞い降りる。長く色素の薄い髪をなびかせながら降りる様は、まさにエルフ。
「そんなにいたのか」
「そうだよ。ベレヌスもまだまだだね」
「私なんかまったくわからなかった」

口をとがらせ不服そうなベレヌスの横で、アルロは肩を落とす。これでは危険すぎると、先行きが危ういと感じずにはいられない。肩を落とす隣の男にベレヌスはフォローを入れた。
「アルはエントを見たことないのだろう。見たことないものを見つけるなんて至難の業だ。エントはほとんど木と変わらない。気配もほとんどないんだ」
「ベレンはどうやって判断するんだ」
「顔がありそうな場所をみるんだ。少しでも幹に変化があればエントだ。あの木で言えば、あの苔の少し上あたりが顔になるな」
ベレヌスは巨木の大分上を指さした。アルロは指さす場所をみて、全体を確認する。下から3分の2の位置に顔があるのだろうと検討をつける。

「だったらあの木で言えば、鳥の巣穴の下くらいが顔なのか」
「そうだ」

アルロはなるほどと頷き、周りに生える木々を観察し始めた。その様子を面白くなさそうに見つめる目が4つあった。
「なんで僕に聞かないの」
「そうだよ」
双子がアルロに肩をかけもたれかかる。アルロはたたらを踏む。
「じゃあ、カムロスとミーミルはどうやって見分けるんだよ」
ベレヌスは双子を見る。双子は得意げにのたまった。
「見たらわかる」「勘」
ベレヌスとアルロは目を合わせてから揃ってため息をついた。身体能力と自然把握能力に長けたエルフの助言はあてにならない。

「さぁさぁ、今日は僕たちが不寝番だよ。早く寝ないとだめだよ」
 いつの間にかアルロから離れた双子はベレヌスの頭にポンポンと手を載せて軽やかにどこかへ消えた。
「子供扱いしやがって」
組んだ腕をそのままにベレヌスは双子が消えた先を睨みつけた。
「エルフからしたら子供なのかもしれないぞ」
近寄りながらそういうアルロを恨めしい目で睨みつけた。
「じゃあアルも同じ目に合えばいい」
「私は大人だ」
まさかの返しにベレヌスはパッとアルロを見れば、意地悪な顔をしていた。その表情にベレヌスは顔をしかめる。
「俺が子供だと」
「私の方が年上だ」
片方の口角だけを器用に上げたアルロは双子と同様にベレヌスの頭に手を置いた。
「3歳だけだろ!」
 ベレヌスは納得できないと拗ねたような声を出した。その声に巨木に歩くアルロは笑い声をあげて答えた。納得できない心を表すかのようにベレヌスは力強い歩みで、巨木もとに向かう。ドワーフたちはいびきを鳴らし、ドンナトールは鼻歌を鳴らし、アルロとベレヌスを迎えた。静かな森に聞こえる音は仲間の音。
しかし、本当は違う。

ーヤナ ケハイスル
ーキケンダ キケンダ
ードウスル ドウスル
木々が風に揺られざわめく音の中に、かすかに混じる音があった。その音を誰も気が付かない。エルフである双子さえも気が付かない。
月照らす深い森が不自然に動いている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

犬の散歩中に異世界召喚されました

おばあ
ファンタジー
そろそろ定年後とか終活とか考えなきゃいけないというくらいの歳になって飼い犬と一緒に異世界とやらへ飛ばされました。 何勝手なことをしてくれてんだいと腹が立ちましたので好き勝手やらせてもらいます。 カミサマの許可はもらいました。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...