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4章:南のエルフ
別れ
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フレイ王自ら、国境まで見送りに出た。
「ここまでで」
ドンナトールの言葉にフレイは冷たく厳しい表情で頷いた。青白い石畳は終わり土に変わる。これより先は東のエルフの地ではない。
「旅が無事に終わることを願っている」
フレイはそれだけ言うと背を向け、兵士と共に来た道を戻っていった。その背を見送り8人は先を見た。
「ここからが正念場だ」
アルロの言葉にベレヌス、ダグザ、ドルドナ、カムロス、ミーミル、ドンナトールが頷いた。
「草原の国を抜け、ヴォンダール山を抜けるぞ」
ドンナトールは地図を広げそういった。目指す場所は最北の地。まだまだ先だ。
「今日はこの森を抜け切る前に、休むことになりそうですね」
ミーミルは地図を指さした。その提案に誰も反対せず、行程は決まった。
予定通り森を抜け切る前に、日が傾き薄暗くなった。ドワーフたちは岩を背に座り込みブーツを脱ぎ、足をもみ始めた。小さな足は踵や足先に血がにじんでいた。
「大丈夫か」
ベレヌスが軟膏を渡しながら聞いた。ダグザはそれを受け取り礼を言った。
「これくらいは怪我にはならん。それよりエルフは森の道とか得意なのはわかる。お前さんにしろ、アルロ、ましてやドンナトールが涼しい顔をしているのがなぁ」
ダグザは関心と情けなさを含んだ声でそういい、軟膏をドルドナに手渡した。
「まぁ、森で戦うこともあったから。慣れだと思う」
ベレヌスは今までの戦いを思い出し、答えた。暴れ出した動物や盗賊、ゴブリン、オーク等、様々なものと戦ってきた。否応なしに慣れるしかない。
「そうか。わしも慣れんとな」
ダグザはブーツを再び足に戻し、飛び跳ねた。少し顔を歪めたダグザにベレヌスは小さく笑った。
「無理はするな。軟膏はまだあるから、それは持っててくれ」
それだけ言うとベレヌスはその場を離れた。
「さてと、今日はわしが不寝番だったな」
ドルドナはそういうと立ち上がり、体を伸ばした。すっかり日は沈み暗い夜が始まっていた。ダグザの「頼んだぞ」という言葉にドルドナは手を挙げ答え、岩の上に上った。
今夜は赤い月が世界を照らす。血で塗れた美しく恐ろしい月の色。その色は起こることを暗示しているかのようだった。
月が西に沈む頃、高く澄んだ角笛の音が響き渡った。
ドルドナは角笛の音に立ち上がり、腰に付けた角笛を吹き鳴らす。低く血を響かせる音は休む5人の耳に届いた。
「どうした!?」
アルロが一番に駆け付け、ドルドナに尋ねる。ドルドナは厳しい顔であたりを見渡している。
「わからん! エルフの角笛がなった。あの双子のどっちかが鳴らしたはずだ」
ベレヌスは暖を取るために焚いていた火に砂をかけ、地面に耳を付け音を探る。軽い、するかしないかわからない足音はエルフのもの。そして、騒々しく、品位のない群る足音は味方ではないとすぐにわかった。
「何かが向かってきている。かなりの数だ!」
ベレヌスは立ち上がると双剣を抜き去り、構えた。ほかの仲間もそれぞれ獲物を構え、ベレヌスが見るほうを睨みつけた。
「オークだ!」
カムロスの声が上から降ってきた。
「数は!」
アルロが問い返す。
「30!真っ直ぐこっちに向かってきている」
「ばれたのか」
ベレヌスはカムロスの言葉に恐れていたことが起きたのかと眉をひそめた。
「エルフの里に向かうつもりだったみたいなんだ。でも匂いでここがばれたみたいだ」
ミーミルも戻ってきた。
「逃げても追いかけられそうだな」
ダグザが嫌そうな声でそういった。
「戦うしかないようじゃの」
ドンナトールは杖を構え、先に光を灯した。ベレヌスはその姿にすかさず言葉を放った。
「ちゃんと唱えてくださいよ」
「わかっておる。Διασπάστε(散)」
ドンナトールは口を尖らせ、呪文を唱えた。その呪文にベレヌスは「何をわかっているんだ」と言いたかった。
ドンナトールから放たれた魔法は真っ直ぐ前に飛び去り、破裂した。あたりを光で染めあげ、木々を粉々にした。飛び散る木片に交じり肉片、血、金属が飛んでいた。
「わぁお!」
カムロスの関心した声のみ、その場に響いた。呆れたミーミル、ベレヌス以外は目を点にしていた。
「あと3分の1しかやれなんだわい」
至極、残念そうな声を出すドンナトールをベレヌスは睨みつけた。その視線にドンナトールは長く白い髭を指ですき、誤魔化した。魔法を放たれたオークたちは飛び散った仲間の死体に怒りの咆哮を上げた。その咆哮に8人は気持ちを引き締めた。荒れ狂った足音、咆哮と共に現れたオークたち。3体の巨大なオークを先頭に皆が血走った目をしていた。その額に黒い模様を宿していた。
ベレヌスが真っ先に切りかかった。巨大なオークが振り降ろす棍棒を避け、足の間を滑り抜ける。滑り抜けた先の岩に足をかけ、体の軸を直し剣を横に薙ぎ払った。ベレヌスの動きについて行けなかった後ろのオークは2体倒れていた。
ベレヌスは振り返ろうとする巨大なオークの足の間を潜り抜け、足に剣を通す。巨大なオークが地面を揺らしながら倒れ込んだ。
—グァァアアアアア!
—ニンゲン!
一斉にオークたちが突撃を開始した。入り乱れる8人とオーク。肉片と血、木の葉と土が舞い上がる。8人は次々とオークを倒していく。アルロがオークを切り伏せた時、後ろに影が現れた。振り返り、反撃しようとしたアルロは放たれた声に動きを変えた。
「右に飛べ!」
ベレヌスの鋭い声の指示通り、アルロは右に飛ぶ。後ろから振り降ろされたのは棍棒ではなく、巨大な斧だった。アルロは冷や汗を流した。「受け止めていれば怪我では済まなかった」とアルロは思う。
アルロは巨大な斧を持つ巨大なオークを正面に捉え、剣を構える。この巨大なオークは動きが大きく隙はあるが、タイミングを間違えば勢いに殺される。アルロはタイミングをはかる。
オークが一番上に振りかぶる少し前が狙い目。巨大な斧が頂点を捉える前にアルロは前に出た。身を低くし、鼬のように素早く出る。オークはすぐに巨大な斧を振り降ろそうとするがその前にアルロは巨大なオークの体の前にある。振り降ろしたところで斧はアルロにあたることはない。アルロは飛び上がり、オークの眉間に剣を突き刺した。ふらふらとした後、オークは地面に仰向けに倒れた。
どういう偶然か、倒れるオークの手がアルロの腰をかすめた。
—コ―ン
金属の音が高く澄んだ音を立てて石にはねた。音を立て、跳ね転がった箱は神の剣が入った金箱。アルロはすぐに手を伸ばすが、傾斜の地面に転がった。そしてアルロが飛んで伸ばした手より先に金箱に触れた手があった。
「助かった! ゴヴニュ!」
アルロは感謝した。
その声にベレヌスは目を見開き、目の前のオークを勢いで切り伏せ振り返った。
金箱を片手に立ち尽くすゴヴニュの姿が、いつか見た予知と重なった。
「ゴヴニュ!」
ベレヌスはゴヴニュに届いてほしいと声を上げ走った。
その目は銀に輝いていた。
ゴヴニュの少し後ろで戦っていたドルドナはベレヌスの様子に気が付き、何が起きているか察した。ドルドナも様子のおかしいゴヴニュのことを心配していたから、理解できた。
「それをアルロに渡すんだ!」
ドルドナはゴヴニュが持つ箱を握った。片手で持っているとは思えない力でゴヴニュは掴んでいた。放さないゴヴニュにドルドナが怒鳴りつける。
「これは俺のだ」
小さく暗い声がゴヴニュからこぼれた。
戦いの最中であることも忘れドルドナは殴りつけようとした。
「あぶないぞ!」
ドンナトールの声が聞こえた時、ドルドナとゴヴニュは突き飛ばされていた。突き飛ばしたのはベレヌスで、近くには錆びた矢が地面に刺さっていた。アルロは近寄ってくるオークを切り伏せ、地面に転がる3人に駆け寄ろうとした、その時。
闇の底から響くような禍々しい声が聞こえてきた。
『それは神の剣か。それに憎きヴォルバ!』
その声は続けた。
『闇の子らよ!その小さく毛にまみれた固まり2つとそこの銀の目を持つものを捕らえよ!』
ベレヌスは声のする方に剣を投げた。
ーキャキャキャキャ
耳障りな音と共にくすんだ羽をもつ黒い鳥が赤い目を見開き落下した。ベレヌスは顔をしかめ、ゴヴニュを睨みつける。ゴヴニュはただ呆然と膝をついていた。
「アルロ!」
ドルドナは呆けたゴヴニュから箱を奪い取りアルロに投げた。アルロは受け取り、腰にしっかり取り付ける。
周囲からどんどん気配が近づいてくる。
「どうするの」
ミーミルが焦ったように、オークに矢を放ちながら近寄ってきた。オークの目に矢を突き刺すカムロスも厳しい表情だ。
「逃げるのじゃ!」
ドンナトールの鋭い指示が飛んだ。それに全員が頷き、迫りくるオークに背を向け森を走り出した。
ドルドナは走りながら横を見た。未だに呆けた顔をしているゴヴニュ。
このままでは迷惑をかけてしまうとゴヴニュの手首を力強く握る。ゴヴニュはドルドナを虚ろな目で見た。
「別れるぞ」
小さなドルドナの声にゴヴニュは頷きで返した。ゴヴニュも分かっていた。このままでは本当に仲間に迷惑をかけて誰かを死なせてしまう。
2つの足音が方向を変えたことに双子はすぐに気が付いた。誰がいないかもすぐに分かった。
「ドルドナとゴヴニュが別の方角に走ってる」
カムロスの声にアルロ、ベレヌス、ダグザ、ドンナトールは足を止める。本当に2人の姿はなく、ベレヌスはすぐに地面に耳をつけて音を探った。地面を揺らす甲冑の音はどんどん離れていく。ドルドナとゴヴニュが囮になったということだ。ベレヌスは地面から耳を離し、その方向を見つめた。
「先に進もう」
誰も何も言わない中、ダグザがそう言った。その言葉にアルロとベレヌスがダグザを凝視する。
「助けなければ!」
アルロはダグザの肩を掴む。しかし、ダグザは首を横に振った。
「神の剣を運ぶことが先だ」
「しかし」
「ゴヴニュの罪だ。ドルドナには悪いが」
ダグザは目をつむり、長い間一緒だった仲間を思った。森の外から赤い月が6人を照らす。心まで赤く染め上げたかのように赤く照らす。
ベレヌスが閉じていた目を開けた。
「アル、別れよう」
ベレヌスの言葉に皆がベレヌスを見た。
「俺が助けに行くのが一番だと思う。それに俺が一緒にいれば危険度が増すだろう」
ベレヌスは殺した鳥が放った言葉を反芻しながら言った。
—憎きヴォルバ
—捕らえよ
「囮になるつもりじゃな」
ドンナトールが静かに厳しい声でベレヌスを問うた。ベレヌスは肩をすくめた。その仕草にアルロはだめだと立ち上がった。
「危険すぎる!」
「危険なことに変わりはない。より善い選択をすべきだ。アル、わかっているはずだ」
ベレヌスの言い聞かせる言葉にアルロは目を伏せる。ベレヌスは微笑み、母にもらった耳飾りを外しアルロの手に握らせた。
「これは」
アルロはベレヌスを見る。穏やかな目がアルロを見つめ返していた。
「お守りだ。持って行ってくれ」
「しかし、はぁ。分かった。必ず返す」
アルロは一度、耳飾りを握り絞めると耳につけた。
「僕もベレヌスと共に行くよ」
「カムロス?」
突然のカムロスの言葉が信じられない。カムロスはミーミルに笑いかけた。
「これからの旅は隠密。人数より質、戦力より知識だと思う。そうでしょ、ドンナトール」
カムロスの問いにドンナトールは頷いた。
「だから、僕よりミーミルのほうが適任だ。それにベレヌスひとりじゃ、かわいそうでしょう。不安だし」
カムロスのあんまりな言葉にベレヌスは苦笑を浮かべた。ミーミルはなおも不安に目を揺らす。カムロスはミーミルを抱きしめた。
「また会えるさ、兄弟」
「わかった」
ミーミルもカムロスを抱きしめた。次があるかもわからない。それでも、会えることを信じて進むしかない。
「髪を」
「そうだね」
双子は互いの横髪を小刀で切り取ると交換し合った。同じ色を宿すきらめく髪を互いにブローチに納め、首にかけた。互いが互いを守るように願いを込めて。
「ベレヌス、カムロス、また会おう」
アルロの辛そうな声が絞り出される。その横でダグザが拳を握り絞めている。ダグザは自分が助けに行きたいと思っていた。しかし、アルロとドンナトールへの恩義、そしてクヴァシル卿への恩義を返すため神の剣の旅を選ぶ。
「奴らを頼む」
「無理しないでね」
「気を付けるんじゃぞ」
ベレヌスとカムロスは大きく頷いた。
「そちらも気を付けて」
「また会おう」
赤い月が山の向こうに見える頃、仲間の影は3つに分かれた。1つは1つを追いかけ、1つは先に進む。
別れた仲間は互いにまた会えることを信じ、道を分かれた。
「ここまでで」
ドンナトールの言葉にフレイは冷たく厳しい表情で頷いた。青白い石畳は終わり土に変わる。これより先は東のエルフの地ではない。
「旅が無事に終わることを願っている」
フレイはそれだけ言うと背を向け、兵士と共に来た道を戻っていった。その背を見送り8人は先を見た。
「ここからが正念場だ」
アルロの言葉にベレヌス、ダグザ、ドルドナ、カムロス、ミーミル、ドンナトールが頷いた。
「草原の国を抜け、ヴォンダール山を抜けるぞ」
ドンナトールは地図を広げそういった。目指す場所は最北の地。まだまだ先だ。
「今日はこの森を抜け切る前に、休むことになりそうですね」
ミーミルは地図を指さした。その提案に誰も反対せず、行程は決まった。
予定通り森を抜け切る前に、日が傾き薄暗くなった。ドワーフたちは岩を背に座り込みブーツを脱ぎ、足をもみ始めた。小さな足は踵や足先に血がにじんでいた。
「大丈夫か」
ベレヌスが軟膏を渡しながら聞いた。ダグザはそれを受け取り礼を言った。
「これくらいは怪我にはならん。それよりエルフは森の道とか得意なのはわかる。お前さんにしろ、アルロ、ましてやドンナトールが涼しい顔をしているのがなぁ」
ダグザは関心と情けなさを含んだ声でそういい、軟膏をドルドナに手渡した。
「まぁ、森で戦うこともあったから。慣れだと思う」
ベレヌスは今までの戦いを思い出し、答えた。暴れ出した動物や盗賊、ゴブリン、オーク等、様々なものと戦ってきた。否応なしに慣れるしかない。
「そうか。わしも慣れんとな」
ダグザはブーツを再び足に戻し、飛び跳ねた。少し顔を歪めたダグザにベレヌスは小さく笑った。
「無理はするな。軟膏はまだあるから、それは持っててくれ」
それだけ言うとベレヌスはその場を離れた。
「さてと、今日はわしが不寝番だったな」
ドルドナはそういうと立ち上がり、体を伸ばした。すっかり日は沈み暗い夜が始まっていた。ダグザの「頼んだぞ」という言葉にドルドナは手を挙げ答え、岩の上に上った。
今夜は赤い月が世界を照らす。血で塗れた美しく恐ろしい月の色。その色は起こることを暗示しているかのようだった。
月が西に沈む頃、高く澄んだ角笛の音が響き渡った。
ドルドナは角笛の音に立ち上がり、腰に付けた角笛を吹き鳴らす。低く血を響かせる音は休む5人の耳に届いた。
「どうした!?」
アルロが一番に駆け付け、ドルドナに尋ねる。ドルドナは厳しい顔であたりを見渡している。
「わからん! エルフの角笛がなった。あの双子のどっちかが鳴らしたはずだ」
ベレヌスは暖を取るために焚いていた火に砂をかけ、地面に耳を付け音を探る。軽い、するかしないかわからない足音はエルフのもの。そして、騒々しく、品位のない群る足音は味方ではないとすぐにわかった。
「何かが向かってきている。かなりの数だ!」
ベレヌスは立ち上がると双剣を抜き去り、構えた。ほかの仲間もそれぞれ獲物を構え、ベレヌスが見るほうを睨みつけた。
「オークだ!」
カムロスの声が上から降ってきた。
「数は!」
アルロが問い返す。
「30!真っ直ぐこっちに向かってきている」
「ばれたのか」
ベレヌスはカムロスの言葉に恐れていたことが起きたのかと眉をひそめた。
「エルフの里に向かうつもりだったみたいなんだ。でも匂いでここがばれたみたいだ」
ミーミルも戻ってきた。
「逃げても追いかけられそうだな」
ダグザが嫌そうな声でそういった。
「戦うしかないようじゃの」
ドンナトールは杖を構え、先に光を灯した。ベレヌスはその姿にすかさず言葉を放った。
「ちゃんと唱えてくださいよ」
「わかっておる。Διασπάστε(散)」
ドンナトールは口を尖らせ、呪文を唱えた。その呪文にベレヌスは「何をわかっているんだ」と言いたかった。
ドンナトールから放たれた魔法は真っ直ぐ前に飛び去り、破裂した。あたりを光で染めあげ、木々を粉々にした。飛び散る木片に交じり肉片、血、金属が飛んでいた。
「わぁお!」
カムロスの関心した声のみ、その場に響いた。呆れたミーミル、ベレヌス以外は目を点にしていた。
「あと3分の1しかやれなんだわい」
至極、残念そうな声を出すドンナトールをベレヌスは睨みつけた。その視線にドンナトールは長く白い髭を指ですき、誤魔化した。魔法を放たれたオークたちは飛び散った仲間の死体に怒りの咆哮を上げた。その咆哮に8人は気持ちを引き締めた。荒れ狂った足音、咆哮と共に現れたオークたち。3体の巨大なオークを先頭に皆が血走った目をしていた。その額に黒い模様を宿していた。
ベレヌスが真っ先に切りかかった。巨大なオークが振り降ろす棍棒を避け、足の間を滑り抜ける。滑り抜けた先の岩に足をかけ、体の軸を直し剣を横に薙ぎ払った。ベレヌスの動きについて行けなかった後ろのオークは2体倒れていた。
ベレヌスは振り返ろうとする巨大なオークの足の間を潜り抜け、足に剣を通す。巨大なオークが地面を揺らしながら倒れ込んだ。
—グァァアアアアア!
—ニンゲン!
一斉にオークたちが突撃を開始した。入り乱れる8人とオーク。肉片と血、木の葉と土が舞い上がる。8人は次々とオークを倒していく。アルロがオークを切り伏せた時、後ろに影が現れた。振り返り、反撃しようとしたアルロは放たれた声に動きを変えた。
「右に飛べ!」
ベレヌスの鋭い声の指示通り、アルロは右に飛ぶ。後ろから振り降ろされたのは棍棒ではなく、巨大な斧だった。アルロは冷や汗を流した。「受け止めていれば怪我では済まなかった」とアルロは思う。
アルロは巨大な斧を持つ巨大なオークを正面に捉え、剣を構える。この巨大なオークは動きが大きく隙はあるが、タイミングを間違えば勢いに殺される。アルロはタイミングをはかる。
オークが一番上に振りかぶる少し前が狙い目。巨大な斧が頂点を捉える前にアルロは前に出た。身を低くし、鼬のように素早く出る。オークはすぐに巨大な斧を振り降ろそうとするがその前にアルロは巨大なオークの体の前にある。振り降ろしたところで斧はアルロにあたることはない。アルロは飛び上がり、オークの眉間に剣を突き刺した。ふらふらとした後、オークは地面に仰向けに倒れた。
どういう偶然か、倒れるオークの手がアルロの腰をかすめた。
—コ―ン
金属の音が高く澄んだ音を立てて石にはねた。音を立て、跳ね転がった箱は神の剣が入った金箱。アルロはすぐに手を伸ばすが、傾斜の地面に転がった。そしてアルロが飛んで伸ばした手より先に金箱に触れた手があった。
「助かった! ゴヴニュ!」
アルロは感謝した。
その声にベレヌスは目を見開き、目の前のオークを勢いで切り伏せ振り返った。
金箱を片手に立ち尽くすゴヴニュの姿が、いつか見た予知と重なった。
「ゴヴニュ!」
ベレヌスはゴヴニュに届いてほしいと声を上げ走った。
その目は銀に輝いていた。
ゴヴニュの少し後ろで戦っていたドルドナはベレヌスの様子に気が付き、何が起きているか察した。ドルドナも様子のおかしいゴヴニュのことを心配していたから、理解できた。
「それをアルロに渡すんだ!」
ドルドナはゴヴニュが持つ箱を握った。片手で持っているとは思えない力でゴヴニュは掴んでいた。放さないゴヴニュにドルドナが怒鳴りつける。
「これは俺のだ」
小さく暗い声がゴヴニュからこぼれた。
戦いの最中であることも忘れドルドナは殴りつけようとした。
「あぶないぞ!」
ドンナトールの声が聞こえた時、ドルドナとゴヴニュは突き飛ばされていた。突き飛ばしたのはベレヌスで、近くには錆びた矢が地面に刺さっていた。アルロは近寄ってくるオークを切り伏せ、地面に転がる3人に駆け寄ろうとした、その時。
闇の底から響くような禍々しい声が聞こえてきた。
『それは神の剣か。それに憎きヴォルバ!』
その声は続けた。
『闇の子らよ!その小さく毛にまみれた固まり2つとそこの銀の目を持つものを捕らえよ!』
ベレヌスは声のする方に剣を投げた。
ーキャキャキャキャ
耳障りな音と共にくすんだ羽をもつ黒い鳥が赤い目を見開き落下した。ベレヌスは顔をしかめ、ゴヴニュを睨みつける。ゴヴニュはただ呆然と膝をついていた。
「アルロ!」
ドルドナは呆けたゴヴニュから箱を奪い取りアルロに投げた。アルロは受け取り、腰にしっかり取り付ける。
周囲からどんどん気配が近づいてくる。
「どうするの」
ミーミルが焦ったように、オークに矢を放ちながら近寄ってきた。オークの目に矢を突き刺すカムロスも厳しい表情だ。
「逃げるのじゃ!」
ドンナトールの鋭い指示が飛んだ。それに全員が頷き、迫りくるオークに背を向け森を走り出した。
ドルドナは走りながら横を見た。未だに呆けた顔をしているゴヴニュ。
このままでは迷惑をかけてしまうとゴヴニュの手首を力強く握る。ゴヴニュはドルドナを虚ろな目で見た。
「別れるぞ」
小さなドルドナの声にゴヴニュは頷きで返した。ゴヴニュも分かっていた。このままでは本当に仲間に迷惑をかけて誰かを死なせてしまう。
2つの足音が方向を変えたことに双子はすぐに気が付いた。誰がいないかもすぐに分かった。
「ドルドナとゴヴニュが別の方角に走ってる」
カムロスの声にアルロ、ベレヌス、ダグザ、ドンナトールは足を止める。本当に2人の姿はなく、ベレヌスはすぐに地面に耳をつけて音を探った。地面を揺らす甲冑の音はどんどん離れていく。ドルドナとゴヴニュが囮になったということだ。ベレヌスは地面から耳を離し、その方向を見つめた。
「先に進もう」
誰も何も言わない中、ダグザがそう言った。その言葉にアルロとベレヌスがダグザを凝視する。
「助けなければ!」
アルロはダグザの肩を掴む。しかし、ダグザは首を横に振った。
「神の剣を運ぶことが先だ」
「しかし」
「ゴヴニュの罪だ。ドルドナには悪いが」
ダグザは目をつむり、長い間一緒だった仲間を思った。森の外から赤い月が6人を照らす。心まで赤く染め上げたかのように赤く照らす。
ベレヌスが閉じていた目を開けた。
「アル、別れよう」
ベレヌスの言葉に皆がベレヌスを見た。
「俺が助けに行くのが一番だと思う。それに俺が一緒にいれば危険度が増すだろう」
ベレヌスは殺した鳥が放った言葉を反芻しながら言った。
—憎きヴォルバ
—捕らえよ
「囮になるつもりじゃな」
ドンナトールが静かに厳しい声でベレヌスを問うた。ベレヌスは肩をすくめた。その仕草にアルロはだめだと立ち上がった。
「危険すぎる!」
「危険なことに変わりはない。より善い選択をすべきだ。アル、わかっているはずだ」
ベレヌスの言い聞かせる言葉にアルロは目を伏せる。ベレヌスは微笑み、母にもらった耳飾りを外しアルロの手に握らせた。
「これは」
アルロはベレヌスを見る。穏やかな目がアルロを見つめ返していた。
「お守りだ。持って行ってくれ」
「しかし、はぁ。分かった。必ず返す」
アルロは一度、耳飾りを握り絞めると耳につけた。
「僕もベレヌスと共に行くよ」
「カムロス?」
突然のカムロスの言葉が信じられない。カムロスはミーミルに笑いかけた。
「これからの旅は隠密。人数より質、戦力より知識だと思う。そうでしょ、ドンナトール」
カムロスの問いにドンナトールは頷いた。
「だから、僕よりミーミルのほうが適任だ。それにベレヌスひとりじゃ、かわいそうでしょう。不安だし」
カムロスのあんまりな言葉にベレヌスは苦笑を浮かべた。ミーミルはなおも不安に目を揺らす。カムロスはミーミルを抱きしめた。
「また会えるさ、兄弟」
「わかった」
ミーミルもカムロスを抱きしめた。次があるかもわからない。それでも、会えることを信じて進むしかない。
「髪を」
「そうだね」
双子は互いの横髪を小刀で切り取ると交換し合った。同じ色を宿すきらめく髪を互いにブローチに納め、首にかけた。互いが互いを守るように願いを込めて。
「ベレヌス、カムロス、また会おう」
アルロの辛そうな声が絞り出される。その横でダグザが拳を握り絞めている。ダグザは自分が助けに行きたいと思っていた。しかし、アルロとドンナトールへの恩義、そしてクヴァシル卿への恩義を返すため神の剣の旅を選ぶ。
「奴らを頼む」
「無理しないでね」
「気を付けるんじゃぞ」
ベレヌスとカムロスは大きく頷いた。
「そちらも気を付けて」
「また会おう」
赤い月が山の向こうに見える頃、仲間の影は3つに分かれた。1つは1つを追いかけ、1つは先に進む。
別れた仲間は互いにまた会えることを信じ、道を分かれた。
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クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
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バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
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バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
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「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
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