湯けむりキラキラ冬日記

北大路京介

文字の大きさ
1 / 1

湯けむりキラキラ冬日記

しおりを挟む
深い雪に包まれた山あいに、ひっそりと佇む蓬莱旅館。その若女将である早苗は、一人でロビーの薪ストーブに火をくべていました。

かつては湯治客で賑わったこの宿も、今では建物の古さが目立ち、客足は途絶えがちです。早苗は、祖父から受け継いだこの場所をどうにか守りたいと、冷え切った指先をさすりながら、経営の帳簿を見つめて溜息をつきました。

「はぁ……。せめて、この寒さを吹き飛ばすような明かりがあればいいのに」

その時でした。誰もいないはずの脱衣所から、パシャリと水のはねる音が聞こえたのです。

早苗が慌てて駆け寄ると、そこには湯気の中にぽつんと座り込む少女、サナがいました。サナは現代的な服を着ていながら、どこか古風で透き通るような空気を纏っています。

「早苗。あんたの溜息で、せっかくの温泉が冷めちゃうよ」

サナはそう言うと、いたずらっぽく笑い、ふっと息を吹きかけました。すると、立ち上る湯気が窓から差し込む月光を浴びて、ダイヤモンドダストのようにキラキラと七色に輝き始めたのです。

「綺麗……。あなた、一体誰なの?」 「サナだよ。この宿の古い友達。あんたがあんまり一生懸命だから、ちょっと手伝いに来たの」

翌日から、早苗とサナの不思議な日々が始まりました。

早苗は、宿泊客のために心を込めて立ち働きました。地元の野菜をたっぷり使った熱々の汁物を作り、客の冷えた体を芯から温めます。その傍らで、サナは不思議な力を振るいました。客が一口食べて「美味しい」と微笑むたび、サナが指を鳴らすと、宿の廊下に飾られた氷細工が内側からポウと光を放つのです。

「ほら、早苗。この宿にキラキラが戻ってきた」

サナに励まされ、早苗はがむしゃらに動きました。不器用で、時には転んで雪まみれになりながらも、その瞳には力が宿り始めます。

ある夜、都会での生活に疲れ果ててやってきた女性客が、窓の外の光景を見て涙を流しました。雪の結晶が空中で静かに静止し、まるで星屑を散りばめたような輝きが、古びた蓬莱旅館を包み込んでいたからです。

「こんなに温かい光、初めて見ました」

その言葉を聞いた瞬間、早苗の胸の奥が熱くなりました。サナがもたらす魔法の光は、客たちの笑顔という火種があってこそ、より強く輝くものだったのです。

しかし、冬至の夜が深まる頃、サナは露天風呂の縁で寂しげに夜空を見上げていました。

「早苗、宿が元気になれば、私は役目を終えて土に帰る。それが決まりなんだよ」 「そんなの嫌よ。サナがいなきゃ、この輝きに意味なんてないわ」

早苗は、サナの冷たい手をぎゅっと握りしめました。それは、厳しい冬を乗り越えようとする、力強く、情に厚い手でした。

「あんたは、この宿の守り神じゃない。私の、大切な家族なんだから」

早苗の真っ直ぐな言葉が響いた瞬間、宿全体を突き抜けるような眩い閃光が走りました。雪の一粒一粒が宝石のように光り、湯気は天に昇る龍のような光の帯となって、冬の夜空を埋め尽くしました。

翌朝、早苗が目を覚ますと、隣にサナの姿はありませんでした。 けれど、不思議と悲しくはありません。早苗が鏡を見ると、自分の頬がかつてないほど健康的に赤らみ、瞳にはどんな宝石よりも強い意志の輝きが宿っていたからです。

早苗は深く息を吸い込み、玄関の重い扉を開けました。 そこには、新しい朝の光を反射してキラキラと輝く、どこまでも白い雪景色が広がっていました。

「いらっしゃいませ。蓬莱旅館へようこそ」

若女将の明るい声が、冬の澄んだ空気の中に溶けていきました。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

松野井奏
児童書・童話
月とぼうやは眠れぬ夜にお話をします。

手ぶくろ

はまだかよこ
児童書・童話
バレンタインデイ 真由の黒歴史 いいもん、しあわせだもん ちょっと聞いてね、手ぶくろのお話し

おっとりドンの童歌

花田 一劫
児童書・童話
いつもおっとりしているドン(道明寺僚) が、通学途中で暴走車に引かれてしまった。 意識を失い気が付くと、この世では見たことのない奇妙な部屋の中。 「どこ。どこ。ここはどこ?」と自問していたら、こっちに雀が近づいて来た。 なんと、その雀は歌をうたい狂ったように踊って(跳ねて)いた。 「チュン。チュン。はあ~。らっせーら。らっせいら。らせらせ、らせーら。」と。 その雀が言うことには、ドンが死んだことを(津軽弁や古いギャグを交えて)伝えに来た者だという。 道明寺が下の世界を覗くと、テレビのドラマで観た昔話の風景のようだった。 その中には、自分と瓜二つのドン助や同級生の瓜二つのハナちゃん、ヤーミ、イート、ヨウカイ、カトッぺがいた。 みんながいる村では、ヌエという妖怪がいた。 ヌエとは、顔は鬼、身体は熊、虎の手や足をもち、何とシッポの先に大蛇の頭がついてあり、人を食べる恐ろしい妖怪のことだった。 ある時、ハナちゃんがヌエに攫われて、ドン助とヤーミがヌエを退治に行くことになるが、天界からドラマを観るように楽しんで鑑賞していた道明寺だったが、道明寺の体は消え、意識はドン助の体と同化していった。 ドン助とヤーミは、ハナちゃんを救出できたのか?恐ろしいヌエは退治できたのか?

このせかいもわるくない

ふら
絵本
以前書いた童話「いいとこ探し」を絵本にリメイクしました。 色んなソフトを使ったりすれば、もっと良い絵が描けそうだったり、未熟な点は多いですが、よろしくお願いします。

傷ついている君へ

辻堂安古市
絵本
今、傷ついている君へ 僕は何ができるだろうか

はるたんぽ

こぐまじゅんこ
児童書・童話
はるたんぽ ってなんだと思う? はるたんぽ は湯たんぽみたいなんですが、お湯を入れなくてもいいんです。 はるたんぽは……。

【親子おはなし絵本】ドングリさんいっぱい(2~4歳向け(漢字えほん):いろいろできたね!)

天渡 香
絵本
「ごちそうさま。ドングリさんをちょうだい」ママは、さっちゃんの小さな手に、ドングリさんをのせます。 +:-:+:-:+ ドングリさんが大好きな我が子ために作った絵本です。 +:-:+:-:+ 「ひとりでトイレに行けたね!」とほめながら、おててにドングリさんを渡すような話しかけをしています(親子のコミュニケーションを目的にしています)。 +:-:+:-:+ 「ドングリさんをちょうだい」のフレーズを繰り返しているうちに、子供の方から「ドングリさんはどうしたらもらえるの?」とたずねてくれたので、「ひとりでお着がえできたら、ドングリさんをもらえるよ~」と、我が家では親子の会話がはずみました。 +:-:+:-:+ 寝る前に、今日の「いろいろできたね!」をお話しするのにもぴったりです! +:-:+:-:+ 2歳の頃から、園で『漢字えほん(漢字が含まれている童話の本)』に親しんでいる我が子。出版数の少ない、低年齢向けの『漢字えほん』を自分で作ってみました。漢字がまじる事で、大人もスラスラ読み聞かせができます。『友達』という漢字を見つけて、子供が喜ぶなど、ひらがなだけの絵本にはない発見の楽しさがあるようです。 +:-:+:-:+ 未満児(1~3歳頃)に漢字のまじった絵本を渡すというのには最初驚きましたが、『街中の看板』『広告』の一つ一つも子供にとっては楽しい童話に見えるようです。漢字の成り立ちなどの『漢字えほん』は多数ありますが、童話に『漢字とひらがなとカタカナ』を含む事で、自然と興味を持って『文字が好き』になったみたいです。

【もふもふ手芸部】あみぐるみ作ってみる、だけのはずが勇者ってなんなの!?

釈 余白(しやく)
児童書・童話
 網浜ナオは勉強もスポーツも中の下で無難にこなす平凡な少年だ。今年はいよいよ最高学年になったのだが過去5年間で100点を取ったことも運動会で1等を取ったこともない。もちろん習字や美術で賞をもらったこともなかった。  しかしそんなナオでも一つだけ特技を持っていた。それは編み物、それもあみぐるみを作らせたらおそらく学校で一番、もちろん家庭科の先生よりもうまく作れることだった。友達がいないわけではないが、人に合わせるのが苦手なナオにとっては一人でできる趣味としてもいい気晴らしになっていた。  そんなナオがあみぐるみのメイキング動画を動画サイトへ投稿したり動画配信を始めたりしているうちに奇妙な場所へ迷い込んだ夢を見る。それは現実とは思えないが夢と言うには不思議な感覚で、沢山のぬいぐるみが暮らす『もふもふの国』という場所だった。  そのもふもふの国で、元同級生の丸川亜矢と出会いもふもふの国が滅亡の危機にあると聞かされる。実はその国の王女だと言う亜美の願いにより、もふもふの国を救うべく、ナオは立ち上がった。

処理中です...