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第29話「鏡越しの対話」
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カットが終わり、シャンプーの時間になった。
亜由美は、いつもよりも丁寧に、信幸の髪を洗った。
「気持ちいいですか」
「はい」
信幸は、目を閉じていた。
「久しぶりです、この感覚」
「そうですね」
亜由美は、信幸の頭皮をマッサージした。
「信幸さん、今、何をしてるんですか」
「仕事は、少しずつ再開しています」
「そうですか」
「でも、以前のような働き方はしていません」
信幸は、目を開けた。
「週に三日だけ。それ以外は、自分の時間」
「いいですね」
「はい。こんなに、時間があるの、初めてかもしれません」
信幸は、少し笑った。
「でも、悪くないです」
「何をしてるんですか、自分の時間に」
「散歩とか、読書とか」
信幸は、考えながら答えた。
「あと、料理も始めました」
「料理?」
「はい。意外と、楽しいんです」
「そうなんですね」
亜由美は、微笑んだ。
「信幸さん、変わりましたね」
「変わりました?」
「はい。いい意味で」
「ありがとうございます」
信幸は、亜由美を見上げた。
「あなたのおかげです」
「私?」
「はい。あなたが、僕を拒絶してくれたから」
信幸の目は、穏やかだった。
「あの時は、つらかったです。でも、今は、感謝しています」
「感謝?」
「はい。あなたが僕を拒絶してくれなかったら、僕は、もっと深みにはまっていた」
亜由美は、何も言えなかった。
「だから、ありがとうございます」
「いえ」
亜由美は、シャンプーを流した。
「私こそ、ごめんなさい」
「謝らないでください」
「でも」
「もう、過去のことです」
信幸は、微笑んだ。
「今は、お互い、前を向きましょう」
「はい」
二人は、顔を見合わせて、笑った。
セット面に戻り、亜由美はドライヤーで髪を乾かした。
「篠塚さん」
「はい」
「晴夏ちゃんは、元気ですか」
「はい。元気ですよ」
「よかった」
信幸は、安心したように言った。
「あの時は、怖がらせて、ごめんなさい」
「もう、大丈夫です」
亜由美は、髪を整えながら言った。
「晴夏も、少しずつ、忘れていってます」
「そうですか」
「でも、時々、聞かれるんです」
「何を?」
「『のぶゆきは、元気?』って」
信幸は、驚いた顔をした。
「本当ですか」
「はい」
亜由美は、微笑んだ。
「心配してるみたいです」
「晴夏ちゃんは、優しいですね」
「あなたに似て」
「え?」
「優しいところは、あなたに似たのかなって」
亜由美は、冗談っぽく言った。
でも、信幸は真剣な顔をした。
「僕は、優しくなかったです」
「そんなこと」
「いえ、本当に」
信幸は、鏡の中の自分を見つめた。
「僕は、あなたたちを、苦しめました」
「でも、今は違うでしょ」
「今は、違います」
信幸は、頷いた。
「今は、人を大切にすることの意味が、分かります」
「どういう意味ですか」
「相手の幸せを、願うこと」
信幸は、亜由美を見た。
「たとえ、自分がその幸せに含まれなくても」
亜由美の胸が、熱くなった。
「信幸さん」
「だから、僕は、あなたの幸せを願います」
「ありがとうございます」
「そして、晴夏ちゃんの幸せも」
「はい」
二人は、鏡越しに微笑み合った。
カットが終わり、亜由美はクロスを外した。
「お疲れ様でした」
「ありがとうございました」
信幸は、鏡で自分の髪を確認した。
「完璧です」
「よかったです」
信幸は、立ち上がった。
「次は、いつ来ればいいですか」
「一ヶ月後、でいいですか」
「はい」
信幸は、頷いた。
「じゃあ、一ヶ月後」
「お待ちしています」
信幸は、レジで料金を払った。
今回は、お釣りを受け取った。
「では、また」
「はい。また」
信幸は、扉を開けた。
でも、出る前に振り返った。
「篠塚さん」
「はい」
「今日、ありがとうございました」
「いえ」
「また、会えて、嬉しかったです」
「私も、です」
信幸は、微笑んで、店を出た。
亜由美は、扉が閉まるまで見送った。
そして、大きく息を吐いた。
終わった。
本当に、終わった。
あの執着も、狂気も、全て。
そして、新しい関係が始まった。
客と、美容師の。
でも、それ以上でもなく、それ以下でもない。
ちょうどいい、距離感。
亜由美は、鏡の前に立った。
鏡の中の自分は、少し疲れていたが、笑顔だった。
「お疲れ様」
そう、自分に言った。
そして、店の掃除を始めた。
明日からも、続いていく日常。
それが、愛おしかった。
亜由美は、いつもよりも丁寧に、信幸の髪を洗った。
「気持ちいいですか」
「はい」
信幸は、目を閉じていた。
「久しぶりです、この感覚」
「そうですね」
亜由美は、信幸の頭皮をマッサージした。
「信幸さん、今、何をしてるんですか」
「仕事は、少しずつ再開しています」
「そうですか」
「でも、以前のような働き方はしていません」
信幸は、目を開けた。
「週に三日だけ。それ以外は、自分の時間」
「いいですね」
「はい。こんなに、時間があるの、初めてかもしれません」
信幸は、少し笑った。
「でも、悪くないです」
「何をしてるんですか、自分の時間に」
「散歩とか、読書とか」
信幸は、考えながら答えた。
「あと、料理も始めました」
「料理?」
「はい。意外と、楽しいんです」
「そうなんですね」
亜由美は、微笑んだ。
「信幸さん、変わりましたね」
「変わりました?」
「はい。いい意味で」
「ありがとうございます」
信幸は、亜由美を見上げた。
「あなたのおかげです」
「私?」
「はい。あなたが、僕を拒絶してくれたから」
信幸の目は、穏やかだった。
「あの時は、つらかったです。でも、今は、感謝しています」
「感謝?」
「はい。あなたが僕を拒絶してくれなかったら、僕は、もっと深みにはまっていた」
亜由美は、何も言えなかった。
「だから、ありがとうございます」
「いえ」
亜由美は、シャンプーを流した。
「私こそ、ごめんなさい」
「謝らないでください」
「でも」
「もう、過去のことです」
信幸は、微笑んだ。
「今は、お互い、前を向きましょう」
「はい」
二人は、顔を見合わせて、笑った。
セット面に戻り、亜由美はドライヤーで髪を乾かした。
「篠塚さん」
「はい」
「晴夏ちゃんは、元気ですか」
「はい。元気ですよ」
「よかった」
信幸は、安心したように言った。
「あの時は、怖がらせて、ごめんなさい」
「もう、大丈夫です」
亜由美は、髪を整えながら言った。
「晴夏も、少しずつ、忘れていってます」
「そうですか」
「でも、時々、聞かれるんです」
「何を?」
「『のぶゆきは、元気?』って」
信幸は、驚いた顔をした。
「本当ですか」
「はい」
亜由美は、微笑んだ。
「心配してるみたいです」
「晴夏ちゃんは、優しいですね」
「あなたに似て」
「え?」
「優しいところは、あなたに似たのかなって」
亜由美は、冗談っぽく言った。
でも、信幸は真剣な顔をした。
「僕は、優しくなかったです」
「そんなこと」
「いえ、本当に」
信幸は、鏡の中の自分を見つめた。
「僕は、あなたたちを、苦しめました」
「でも、今は違うでしょ」
「今は、違います」
信幸は、頷いた。
「今は、人を大切にすることの意味が、分かります」
「どういう意味ですか」
「相手の幸せを、願うこと」
信幸は、亜由美を見た。
「たとえ、自分がその幸せに含まれなくても」
亜由美の胸が、熱くなった。
「信幸さん」
「だから、僕は、あなたの幸せを願います」
「ありがとうございます」
「そして、晴夏ちゃんの幸せも」
「はい」
二人は、鏡越しに微笑み合った。
カットが終わり、亜由美はクロスを外した。
「お疲れ様でした」
「ありがとうございました」
信幸は、鏡で自分の髪を確認した。
「完璧です」
「よかったです」
信幸は、立ち上がった。
「次は、いつ来ればいいですか」
「一ヶ月後、でいいですか」
「はい」
信幸は、頷いた。
「じゃあ、一ヶ月後」
「お待ちしています」
信幸は、レジで料金を払った。
今回は、お釣りを受け取った。
「では、また」
「はい。また」
信幸は、扉を開けた。
でも、出る前に振り返った。
「篠塚さん」
「はい」
「今日、ありがとうございました」
「いえ」
「また、会えて、嬉しかったです」
「私も、です」
信幸は、微笑んで、店を出た。
亜由美は、扉が閉まるまで見送った。
そして、大きく息を吐いた。
終わった。
本当に、終わった。
あの執着も、狂気も、全て。
そして、新しい関係が始まった。
客と、美容師の。
でも、それ以上でもなく、それ以下でもない。
ちょうどいい、距離感。
亜由美は、鏡の前に立った。
鏡の中の自分は、少し疲れていたが、笑顔だった。
「お疲れ様」
そう、自分に言った。
そして、店の掃除を始めた。
明日からも、続いていく日常。
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