アヒルを抱いて、君を撃つ

北大路京介

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アヒルを抱いて、君を撃つ

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その日、銀行を訪れた女、東野美紅は孤独という名の金色のコートを纏っていた。 彼女が自動ドアを開けると、冷たい空気が店内に流れ込む。右手に握られているのは、あまりにも場違いなピンクのアヒル型水鉄砲。銃口からは、まるで彼女の行き場のない涙のように、水がひとしずく床に落ちた。

「動かないで……。これ、引き金が重いの。私の罪と同じくらいに」

美紅の低く、しかし凛とした声がフロアに響く。 カウンターの奥で椅子から滑り落ち、床に伏せたのは北山樺乃だ。彼女は震える指先を床に這わせ、まるで何かに祈るように美紅を見上げた。

「ひっ……!そ、それは……アヒル・ザ・ディストラクションのプロトタイプ……!?」

樺乃の瞳は、恐怖を通り越して陶酔に満ちていた。 美紅は戸惑う。これはただの、安物のおもちゃだ。

「ええ……。そうよ。一滴浴びたら、あなた、もう元の自分には戻れないわ。服だって濡れるの。心まで濡れるのよ」

美紅が震える声でそう告げると、樺乃はまるで救済を求めるかのように身を乗り出した。

「濡れるなんてレベルじゃない!細胞レベルでリラックスさせ、戦意を喪失させる伝説の聖水が装填されている。そうでしょう!?ああ、浴びたら浄化されてしまう……!いっそ、私という存在を消して……!」

樺乃は絶叫し、床を激しくのたうち回る。それは美しく、そしてあまりにも滑稽な魂の叫びだった。美紅は、自分より深い孤独を抱えた人間を目の当たりにした気がして、威嚇のために引き金を引いた。 ピュッ、ピュッ。 頼りない音が二回。放たれた水は、空中で放物線を描き、樺乃の額をかすめた。

「ああああ!マイナスイオンが!脳内に、直接光が差し込んでくる!」

樺乃は痙攣するように震え、その後、穏やかな表情で天井を見上げた。 美紅はだんだんと、自分が何を奪いに来たのか分からなくなってくる。金か。それとも、誰かに自分を見つけて欲しかっただけなのか。

「ちょっと……。あなた、大丈夫なの?」

「嫌なわけありません!むしろ、早く……!早くその銃で私を撃ち抜いて、そして……融資をしてください!この汚れた現実を、その聖水で洗い流して、私の人生に新しい帳簿をつけさせて……!」

樺乃は跪き、両手を広げて美紅を仰ぎ見る。 美紅は、手の中のアヒルの瞳を見つめた。アヒルは何も言わず、ただ無機質な黄色い笑顔を浮かべている。

「……神様が書いたプロットにしては、あまりに悪趣味な悪戯ね」

美紅は独り言のように呟き、アヒルの頭を優しく撫でた。窓の外では、何も知らない太陽が、ただ無情に銀行のロビーを照らし続けていた。
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