狼さんの眼鏡~Wild in Blood番外編~

まりの

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 しばらく沈黙が続いたので、内緒にしておくはずだったもう一つの接点も話すことにした。
「……私ね、実は七年も前からあなたの事を知ってるんですよ」
「えっ? 七年って……」
 七年前……そう、まだこの人が牙の無い普通の人間だった頃。
「勿論、直接話した事もありませんし、近くに寄ったことすらありません。でも短い間でしたが私、あなたと同じ大学にいたんですよ。私はまだ学生でしたけど。あなたの講義を受けたこともあります」
「それは……でも専攻が同じなのだからありえるね」
 世界的に見てもA・Hの研究では有名な所だったから。人類初のA・Hが誕生した場所だ。それゆえ彼も研究の場に選んだのだろうし、私も選んだ。そして、彼もまた人類初の例になった場所。
 当時から大学生よりも若い博士ということで、女の子にすごく人気があった。まだ顔にはあどけなさが残っていた。でもあまりにも有名で、ちゃんと彼女もいるようだったので近づく子はいなかった。
 そして私の生みの親であるキリシマ博士が亡くなり……実は博士は先に起きた成体再改造の情報漏洩事件をうけて、開発者である彼に会いに行く途中で亡くなったのだという事は知られていないし、彼に話すつもりも無いが……狼に自らを改造して、彼は大学からも学会からも姿を消した。もし博士が彼を止めていたなら、今ここに彼はいなかっただろう。こんなに近くに。私の隣に。
「ちなみに私はあなたよりひとつ年上です」
「ごめん、もっと下かと思ってた……ちっちゃくて可愛いから」
「十代のあなたも可愛かったですよ。今はずいぶんと印象が変わりましたけどね」
「どのへんが?」
「そうですね。大人の男らしくなった……かな?」
「今日はとても強い女に助けられた情け無い男だけどね」
「それはもう言わないでくださいっ!」
 外はもう夕闇が迫って来た気配。そろそろ私の、彼の眼鏡としての役目も終わる。
「今度、今日のお詫びに何かご馳走しますね。甘いものがいいですか?」
「じゃあブルーベリーのパイで許してあげるよ」
 くすくすっと小さく笑った彼の顔は、やっぱり昔とそう変わらなかった。
「迎えが来たようだよ。お邪魔虫がね」
 そう彼が言った数秒後、私にも聞こえた。
「ディーン! 探したよ」
 元気よく走ってくる、子犬のように可愛らしい姿。飛びつくように彼に抱きつく様も子犬みたいだ。
「こら、フェイ。痛い」
「だって、急に僕だけ自室待機とか言われて連絡も取れなかったし! ひどい怪我して眼鏡も壊れたって聞いたからびっくりして。もうっ、なんでもっと早く呼んでくれなかったの!」
 こらこらフェイ君、それはあの女医さんのせいだよ……。
「なにこれ? 利き腕じゃない! 一体何があったのか聞かせてくれる? それに最近すごく目が悪いから困ったでしょ? どうしてたの?」
「いや……その……」
 すごく心配してたんだろうが、そんなに一度に言われても困るわよね。しかも私の前では言い辛いだろうし……でもいいなぁ。そんなに自然にくっついて、いつも傍にいられるなんて……
「あっ」
 やっと私の存在に気がついて、フェイが彼から離れた。
「……彼女が俺の眼鏡と手の代わりをしてくれてたから」
 そもそも怪我をさせたのも眼鏡を壊したのも私なんだけどね~。たらり。
「マルカネッタさん?」
 黒い綺麗な目がまっすぐ私を見た。ちょっと首を傾げる仕草が本当に可愛い。背も結構高いし、声も可愛い。私がこんな風に生まれたかったという、まさに見本みたいな子。
「私の事、知ってるの?」
 まさかこの子の耳にまであの噂が? だとしたら大人げ無さ過ぎるわよ、みんな……そう思ったが、それは違ったらしい。それ以上に意外な言葉が返ってきた。
「知ってるも何も。同じ研究所生まれだから僕のお姉さんみたいなものじゃない」
「え……」
「嬉しいな。いつも僕達は出てるし、あなたは研究室にいるから、なかなか会えなくてお話出来なかったけど、僕、ずっと会いたかったんだ」
「あなたを……がっかりさせちゃうから……」
 黒い瞳から思わず目を逸らした。
「僕が小さいとき、父さんがいつも自慢してた。ここで生まれた子の中でも、赤毛の女の子は、それは綺麗で素晴らしい力を持ってる傑作だった。その上頭もいい子だったから鼻が高いって。お前も見習えよって言われてたから、ずっと憧れてたんだ」
「嘘……」
 うそ。絶対嘘だ。そんなはず無いじゃない。博士の最高傑作と言われている、能力も見た目も素晴らしいこの子にそんな事を言われても……。
「内緒にするまでも無かったじゃないか」
 ぽん、と彼の右手が私の肩に乗った。
「でも!」
「フェイは絶対に嘘はつかないよ」
 確かに、そんな気の利いた嘘を言えるような子じゃない。真っ直ぐな瞳は無垢そのものだ。
 でも……だったら……私は一体何を思って生きて来たのだろう?
 心の中の氷が一気に溶け出したみたいだった。
「いいな~ずるいなディーン。僕の憧れのこんな綺麗なお姉さんと一緒だったなんて」
「羨ましいだろ? ……といっても、残念ながらあんまり見えないから」
「あ、それなら……」
 フェイがポケットから取り出したもの。
「そろそろ困ってるだろうから渡してやってくれって、さっき医局のリズ先生に頼まれた」
 え? えええ~~~っ!? ええええ~~~~!!
「め……眼鏡?ウォレスさん用の?」
「うん」
「そ……そんなぁ……」
 思わず二人同時にため息をついた。フェイが不思議そうに首をかしげている。
 ヒドイ! 酷すぎる! やっぱりあの先生は真性のドSだわっ! こんなものがあるんだったらH・Kが出てきた時だって、さっきまでのあの遺伝子情報の読み上げだって……あんなに苦労しなくてすんだのに! 第一、この人の怪我が酷くなる事も無かったでしょうがっ!
 なんだったのよ、一体。
 でも……ちょっとだけ感謝。
 勘違いか余計な気遣いだったのかは定かでは無いけど、おかげで何時間もずっと憧れだった彼と過ごせた。そして、自分が役立たずなんかじゃないとわからせてくれた。博士とフェイの事はまだ心の整理がつかないけど……。
「おお、やっと見える」
 クールな瞳で女性を固まらせた超イケメンは、三十パーセント値引き位のいつもの姿に戻った。
「ちゃんと見たかったんだよ。有名な羚羊れいようの幻の美脚。うん、なるほど」
 そこかいっ!
「……結構エッチなんですね」
「でもその脚に蹴られたんだぜ? 被害者には犯行の凶器を見る権利があると思う」
 ……なんだか性格までも三十パーセント以上引かれたような気がする。さっきまでの
あのクールでかっこいい人間コンピューターと同じ口から出る言葉じゃないぞっ!
 さあ、私の役目も終わったしいい加減帰らないとユーリに貧相な牙で噛み付かれる。
 寂しいけどね……ま、同じ敷地内にいるんだし……。
「じゃあ、私はそろそろ研究室に戻ります。薬が出来たら試してください。今日は本当に色々とすみませんでした。それから―――」
 まだ今日は終わってないからいいよね?
 私は背伸びして、高い首に両手をかけた。
 彼の右手がフェイの目を覆った。
「みえない~~!」
「…………」
 さっきよりも深くて長いキス。唇ごしに牙の感触が伝わってきた。
「……ごめんね」
「いいって言ったろ?」
 やっぱり、私の憧れの人は眼鏡をかけてるほうがいい。
「ブルーベリーパイでしたね!」
 手を振る二人を背に、自慢のステップで私は研究棟へ走った。

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