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翼蛇の章 前編
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「くそっ!」
オレは拳を壁に思い切り叩き付けた。
酷い、酷すぎるじゃないか、こんなのって!
何が免罪符だ。何が理想郷だ。これじゃ地獄への烙印じゃないか。
ルイが、ウォレスさんが何をした? こんな親子の対面ってあるかよ!
気がついていながら……あれの危険性を知っていながら、オレは何をしてたんだ? こんな悲劇を止める事だってできたはずなのに。自分を呪ってしまいたい程の罪悪感に押し潰されそうになっていたオレの肩に、そっと置かれた手があった。
「カイ、ルイちゃんをお願い」
医局の女医さんが、抱いていたルイをオレに渡す。
全身に血しぶきを浴びて真っ赤に染まったまま、言葉も発せず、表情も変えずに固まったままだったルイが、声を上げて泣き出したのは一時間以上経ってからだった。今は着替えさせてもらってぐっすり眠っている。
「あまりに可哀想なんで眠らせたけど……*PTSDの心配もあるわ。誰かが抱きしめてやってないと。あなたにはとても懐いてるから」
「ルイ……」
「フェイはもうしばらくディーンの傍に置いておいてやって。あの子の声なら届くかもしれないわ。また……前みたいに」
女医さんの悲しい声が耳に残る。
場所が本部内であったのがせめてもの救いだろうか。ウォレスさんは生きてはいる。
だが今は完全に昏睡状態だ。ガラスの棺桶みたいに見える救命医療ポッドの中で、静かに横たわる彼の横を、フェイは離れようとしなかった。
「脳波は微弱ながらあるから。大丈夫、ディーンは何度も死ぬ目を乗り越えてきたのよ。きっと今度も目を覚ますわよ。その時はちゃんとルイちゃんを抱けるわ」
「そうですね……」
オレはとりあえずルイを連れて医局を後にした。軽くて小さな体は心なしか震えていた。
「カイに~ちゃん」
目を開けると、小さな顔が覗き込んでいた。
昨夜はルイと一緒に寝た。一人にするとフラッシュバックが起きるかもしれないと女医さんが心配していたので、オレの部屋に連れて帰ったのだ。
「おっ、早起きだなぁルイ」
「あさごはんだよぉ」
「え?」
ちょっとコゲっぽいが、そこそこ美味しそうな匂いがする。見るとキッチンに椅子が置かれていた。届かないから踏み台にでもしたんだろう。
テーブルの上に、焦げて黄身のつぶれた目玉焼きらしきものと、トースト、グラスに入ったミルクが二人分置かれていた。
「お前が用意したの?」
「うん」
「やけどしなかったか?」
「だいじょぶ。なれてるから」
お前、この歳でどんな生活してきたんだよ。母親を補うように、早くにしっかりするように育ったんだろうな。
「ありがとうな、ルイ」
「えへへ」
あ、笑った。このまま一生笑わなかったらどうしようと思うくらい、ルイは昨日は人形みたいに無表情だった。それでも完全に立ち直ったわけではないだろう。こっちが気を使いすぎても逆にこの子を苦しめる。だからなるだけ普通に接してやろうと思う。
「いただきま~す」
コゲっぽい目玉焼きは、ちょっとしょっぱい堪えた涙の味がした。
「カイ、話がある」
間一日おいて、オレに本部長の声が掛かった。
ルイをカフェのウエイトレスの女の子達に預けて、本部長のオフィスに行く。
おそらく一昨日の件だろう。ウォレスさんに蛇の印があるのを知っていて、止められなかったことを責められる覚悟は出来ていた。
「あの……」
「先日の件なら君のせいでは無い。むしろ早急に動かなかったこちらの責任だ」
オフィスのソファ―に掛けるなり、先回りで本部長に言われた。
「事件前、ウォレスさんは何も言わなかった」
「よくあるキーワードによる音声解除では無い事が裏づけられた。かといって時限式でも遠隔操作でも無い。第一、研究班の解析によると爆発物らしきものが仕掛けられていた形跡も無いそうだ。それは君も目視しているから知っているだろう。考えられるのは、ナノマイクロレベルの指向性物質による化学反応だそうだ。あの刺青のように見える部分だけが損傷を受けているのはそのためだろう……すまんな、後手に回ってしまって。早くにわかっていれば……」
本部長が頭を抱える。罪悪感を抱いているのはオレだけじゃ無かったようだ。
だが、皆で後悔ばかりしていても仕方が無い。本部長も言ったように、キーワードでも遠隔操作でも無いと裏づけがとれた事は、むしろ進展であり、これからの被害を食い止める策を講じるための重要な材料だ。その機会を呈した本人には気の毒だし、こういうのに一番詳しそうな人間がその本人なのが皮肉な話ではあるのだが。
本部長がオレを呼んだ用件を切り出した。
「そこで、この件に係わりの深い君に調査をしてもらいたいのだ」
「破裂の原因をですか?」
「そう。何らかのきっかけが無いと化学反応は起きない。今までの被害者の共通点を調べれば答えが出ると思う。すでに二件をその場で目撃している君が適任かと」
そうだな。オレに科学的な知識はないが、確かにこれはオレにしか出来ない仕事だと思う。ここまで来たら他の奴に任せられても困る。だが―――。
「今すぐにでも調査に行きたいくらいなのですが、その……フェイが……」
G・A・N・Pの隊員は基本二人一組での行動が鉄則だ。信頼できるパートナーと一緒で無いと任務に出られない。オレのパートナーはフェイだ。
「ああ、わかっている。フェイも精神的にかなりダメージを受けてるから、長期休暇の手続きとった。しばらく外まわりの仕事は休ませてやってほしい」
「じゃあ別のパートナーと組めと?」
黒猫(オレ)と組んだ奴は皆不幸になる……昔のジンクスが戻ってきたみたいだ。
本部長の返答。
「ルイ君を連れて行ったらどうだね?」
一瞬、オレの耳がどうかしたのかと思った。
「はぁ? あの、もう一度お願いします」
「だから、ルイ君を連れていきたまえ」
「いや、あの本部長。真顔で冗談を二回も言わないでください」
「最初から聞えとるじゃないか。それに冗談ではない」
しーん。
何だ? このヘンテコな間は。
「トーキョーでの功績、また地上での反響測定という特殊な能力も優れた聴覚もある。その他の事情も鑑みて、彼の身柄は正式にG・A・N・Pが預かることになった。行政機関および条約機構にも認証済みだ」
ちょ、ちょっとまてぃ!
「でもルイはまだ三歳にもなってないんですよ?」
「能力的には問題ない。フェイだって七歳から仕事をやっているし、就学年齢がくればちゃんと教育も受けさせる」
フェイってそんなに子供の時から……でも三歳と七歳は随分違うぞ。
「引き取ると言った父親がああなった今、誰があの子の面倒を見るんだね?」
「そりゃ、そうですが……」
「それに、気を紛らわすわけではないが、連れて歩いてやった方が、あの子も寂しい思いをしなくて済むのではないかね」
「……まあ」
「君に一番懐いてるし」
とどめの一撃。
こうして二歳十ヶ月の史上最年少G・A・N・P隊員が誕生した。
登録名、ルイ・キリシマ・ウォレス。タイプはDsD。パートナーはオレ。
*PTSD=心的外傷後ストレス障害。
オレは拳を壁に思い切り叩き付けた。
酷い、酷すぎるじゃないか、こんなのって!
何が免罪符だ。何が理想郷だ。これじゃ地獄への烙印じゃないか。
ルイが、ウォレスさんが何をした? こんな親子の対面ってあるかよ!
気がついていながら……あれの危険性を知っていながら、オレは何をしてたんだ? こんな悲劇を止める事だってできたはずなのに。自分を呪ってしまいたい程の罪悪感に押し潰されそうになっていたオレの肩に、そっと置かれた手があった。
「カイ、ルイちゃんをお願い」
医局の女医さんが、抱いていたルイをオレに渡す。
全身に血しぶきを浴びて真っ赤に染まったまま、言葉も発せず、表情も変えずに固まったままだったルイが、声を上げて泣き出したのは一時間以上経ってからだった。今は着替えさせてもらってぐっすり眠っている。
「あまりに可哀想なんで眠らせたけど……*PTSDの心配もあるわ。誰かが抱きしめてやってないと。あなたにはとても懐いてるから」
「ルイ……」
「フェイはもうしばらくディーンの傍に置いておいてやって。あの子の声なら届くかもしれないわ。また……前みたいに」
女医さんの悲しい声が耳に残る。
場所が本部内であったのがせめてもの救いだろうか。ウォレスさんは生きてはいる。
だが今は完全に昏睡状態だ。ガラスの棺桶みたいに見える救命医療ポッドの中で、静かに横たわる彼の横を、フェイは離れようとしなかった。
「脳波は微弱ながらあるから。大丈夫、ディーンは何度も死ぬ目を乗り越えてきたのよ。きっと今度も目を覚ますわよ。その時はちゃんとルイちゃんを抱けるわ」
「そうですね……」
オレはとりあえずルイを連れて医局を後にした。軽くて小さな体は心なしか震えていた。
「カイに~ちゃん」
目を開けると、小さな顔が覗き込んでいた。
昨夜はルイと一緒に寝た。一人にするとフラッシュバックが起きるかもしれないと女医さんが心配していたので、オレの部屋に連れて帰ったのだ。
「おっ、早起きだなぁルイ」
「あさごはんだよぉ」
「え?」
ちょっとコゲっぽいが、そこそこ美味しそうな匂いがする。見るとキッチンに椅子が置かれていた。届かないから踏み台にでもしたんだろう。
テーブルの上に、焦げて黄身のつぶれた目玉焼きらしきものと、トースト、グラスに入ったミルクが二人分置かれていた。
「お前が用意したの?」
「うん」
「やけどしなかったか?」
「だいじょぶ。なれてるから」
お前、この歳でどんな生活してきたんだよ。母親を補うように、早くにしっかりするように育ったんだろうな。
「ありがとうな、ルイ」
「えへへ」
あ、笑った。このまま一生笑わなかったらどうしようと思うくらい、ルイは昨日は人形みたいに無表情だった。それでも完全に立ち直ったわけではないだろう。こっちが気を使いすぎても逆にこの子を苦しめる。だからなるだけ普通に接してやろうと思う。
「いただきま~す」
コゲっぽい目玉焼きは、ちょっとしょっぱい堪えた涙の味がした。
「カイ、話がある」
間一日おいて、オレに本部長の声が掛かった。
ルイをカフェのウエイトレスの女の子達に預けて、本部長のオフィスに行く。
おそらく一昨日の件だろう。ウォレスさんに蛇の印があるのを知っていて、止められなかったことを責められる覚悟は出来ていた。
「あの……」
「先日の件なら君のせいでは無い。むしろ早急に動かなかったこちらの責任だ」
オフィスのソファ―に掛けるなり、先回りで本部長に言われた。
「事件前、ウォレスさんは何も言わなかった」
「よくあるキーワードによる音声解除では無い事が裏づけられた。かといって時限式でも遠隔操作でも無い。第一、研究班の解析によると爆発物らしきものが仕掛けられていた形跡も無いそうだ。それは君も目視しているから知っているだろう。考えられるのは、ナノマイクロレベルの指向性物質による化学反応だそうだ。あの刺青のように見える部分だけが損傷を受けているのはそのためだろう……すまんな、後手に回ってしまって。早くにわかっていれば……」
本部長が頭を抱える。罪悪感を抱いているのはオレだけじゃ無かったようだ。
だが、皆で後悔ばかりしていても仕方が無い。本部長も言ったように、キーワードでも遠隔操作でも無いと裏づけがとれた事は、むしろ進展であり、これからの被害を食い止める策を講じるための重要な材料だ。その機会を呈した本人には気の毒だし、こういうのに一番詳しそうな人間がその本人なのが皮肉な話ではあるのだが。
本部長がオレを呼んだ用件を切り出した。
「そこで、この件に係わりの深い君に調査をしてもらいたいのだ」
「破裂の原因をですか?」
「そう。何らかのきっかけが無いと化学反応は起きない。今までの被害者の共通点を調べれば答えが出ると思う。すでに二件をその場で目撃している君が適任かと」
そうだな。オレに科学的な知識はないが、確かにこれはオレにしか出来ない仕事だと思う。ここまで来たら他の奴に任せられても困る。だが―――。
「今すぐにでも調査に行きたいくらいなのですが、その……フェイが……」
G・A・N・Pの隊員は基本二人一組での行動が鉄則だ。信頼できるパートナーと一緒で無いと任務に出られない。オレのパートナーはフェイだ。
「ああ、わかっている。フェイも精神的にかなりダメージを受けてるから、長期休暇の手続きとった。しばらく外まわりの仕事は休ませてやってほしい」
「じゃあ別のパートナーと組めと?」
黒猫(オレ)と組んだ奴は皆不幸になる……昔のジンクスが戻ってきたみたいだ。
本部長の返答。
「ルイ君を連れて行ったらどうだね?」
一瞬、オレの耳がどうかしたのかと思った。
「はぁ? あの、もう一度お願いします」
「だから、ルイ君を連れていきたまえ」
「いや、あの本部長。真顔で冗談を二回も言わないでください」
「最初から聞えとるじゃないか。それに冗談ではない」
しーん。
何だ? このヘンテコな間は。
「トーキョーでの功績、また地上での反響測定という特殊な能力も優れた聴覚もある。その他の事情も鑑みて、彼の身柄は正式にG・A・N・Pが預かることになった。行政機関および条約機構にも認証済みだ」
ちょ、ちょっとまてぃ!
「でもルイはまだ三歳にもなってないんですよ?」
「能力的には問題ない。フェイだって七歳から仕事をやっているし、就学年齢がくればちゃんと教育も受けさせる」
フェイってそんなに子供の時から……でも三歳と七歳は随分違うぞ。
「引き取ると言った父親がああなった今、誰があの子の面倒を見るんだね?」
「そりゃ、そうですが……」
「それに、気を紛らわすわけではないが、連れて歩いてやった方が、あの子も寂しい思いをしなくて済むのではないかね」
「……まあ」
「君に一番懐いてるし」
とどめの一撃。
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