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翼蛇の章 後編
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しおりを挟む朝起きて、隣にルイがいないのがちょっと寂しかった。昨夜はフェイが連れて帰ったから。
だが、顔を洗って鏡を見た時、ルイがこの場にいなくて正解だったと感謝する事になった。
「マジ? ……オレもかよ」
頬にあの印が!
不覚にも全く気がつかなかった。そういや、気がついたのはイヌ科のA・Hだけだな。その辺の感覚の違いがあるのかもしれない。
しかし嫌な場所に……惜しいほどの顔でもないし、多分弾けたところで死にはしないだろう場所だけど。
「さて、どうしたものかな」
考えてみりゃ、他の者でなくて良かったのかもしれない。自分なら心置きなく実験が出来るってもんだ。覚悟を決めたらオレは行動は早いぞ。
大きく深呼吸した後、思い切り自分の頬を自慢の爪でひっ掻いて印をめくった。ぽたぽた血が落ちたものの、弾けはしなかった。
「い……って……ぇ」
案外表面だけなんだな。こんなに深く爪立てなくても良かったな。爪を見ると自分の皮膚と一緒に微かにきらっと光る物あった。小さすぎて形は見えないが、ひょっとしなくてもコイツか。とりあえずサンプルとして研究部に渡そう。
馬鹿みたいに思い切り引っ掻いたので、後で気が遠くなるくらい痛くなって来て、血が止まらなくて、氷を包んだタオルで押さえてフラフラで出勤した。かなり怖い見た目だったのか、皆無言で道を開けてくれた。
「じ、自分で剥ぎ取ったんですか?!」
研究部に行くと思いっきり引かれた。引くわな、そりゃ。しかも血だらけだし。空き瓶に入れた皮膚が手土産って、正気の沙汰じゃないと自分でも思うよ。
「ちょっと形は残ってないかもしれないけど、なんか光るものが見えたから、そいつを調べてくれ。後は超音波あててみて。体に繋がって無きゃ調べやすいだろ?」
医局でも思い切り呆れられた。
「あんた……馬鹿だとは知ってたけど、ここまでお馬鹿だったとは」
お馴染みのコワイ女医さんが溜息をついてる。
「そこまで言わなくてもいいだろ。医者だろ、この超痛いの早く何とかして」
「酷い跡が残るわよ?」
「いいよ。男なんだし」
余談だが、先生の言葉通りこの顔の傷は一生残った。
縫合してもらって、顔半分を覆う馬鹿でかいガーゼを当てられて、ぐりぐり包帯を巻かれて、痛そうな男前の完成だ。珍しく麻酔もしてくれたから痛みは引いたけどな。
オレが廊下に出たのと、棟の奥のICUからフェイとルイが出てきたのは同時だった。
「カイ! どうしたのその顔!」
フェイがオレの有様に驚いている。
「ん? ネコにひっ掻かれただけだよ」
「にいちゃんイタイ?」
ルイが心配そうにオレに手を伸ばしている。抱き上げてふんわりした感触を確かめると、思い切って良かったと思った。アレを付けたままではコイツを抱っこ出来ない。
その時だった。
「あなたの推測通りでした! やはり超音波に反応しました!」
研究部の若いのが走って来た。おい! ここにはフェイもルイも……。
「どういうこと?」
フェイが首を傾げる。
まあ、いずれは話さなきゃいけない事だけど……。
「ルイ、兄ちゃんはママと話があるんだ。誰かと遊んで待っていてくれるか?」
「うんわかった~」
いい子だな、素直で。
「……そんな……」
オレはこの傷のことも、ウォレスさんの印が弾けた原因も、すべてフェイに話した。
残酷かもしれないが、話しておかないといけない。他から聞いた時の方が、フェイにはショックが大きいと思ったのだ。
「お前は、それでもルイを可愛がる事が出来るか?」
「出来るよ。ママだもの」
フェイはきっぱり言った。でも、その目には涙が浮かんでた。
「ゴメンな」
「なんでカイが謝るの? 誰も悪く無いじゃない。自分でそんな痛い思いまでして突き止めたんでしょ? これで他の人が助かるでしょ。ルイだって悪気も何も無かったじゃない。事故でしょ? もうこれであの子が誰かを傷つけてしまう事も無いじゃないか。だから――――」
「じゃあ、何で泣く?」
答えのかわりに、細くて柔らかい腕がオレの首に回った。ぎゅっと抱きしめられて、息が止まりそうだった。
「……すぐに割り切れなんて言わない。思い切り泣いたっていい。でもフェイ、ルイの前では泣くな。知ったらきっとあの子の方が辛いだろう」
「カイは優しいね」
そんな声で言われると、頬より胸のほうが痛くなるよ……。
「どこの誰か知らねぇが、こんなことをした奴をオレは絶対に許さない。きっと探し出して、この頬より深く引っ掻いてやるからな」
誓うよ。お前達を守るって。もう悲しい思いをしなくてもいいように。たとえオレは第三者で、他人で、弱くても、心がこっちを向いてくれなくてもいいから。
ガーゼの上に軽くキスされたのはその時だった。
「痛いのが飛んで行くおまじない」
……ありがとうな。きっとよく効くよ。
起爆の原因が掴めたので、そこからのG・A・N・Pの行動は早かった。
例の小さな光るものは一ミリにも満たない極小のチップで、人の体液に反応して皮膚に特殊な薬剤を染み込ませ、あの図形を浮かび上がらせるようプログラムされていることがわかった。
十一万Hz以上の超高周波数の音を当てると、青い薬剤の分子が分解されて、人体に元々ある鉄や亜鉛、水素の元素と結合して爆発する……ってか、難しすぎてよくわからないけど、これを作った奴は相当の天才だという研究班の見解には頷ける。
オレがこっそり研究部に頼んであったものも完成したので、世界中の支部に連絡をとって手分けして配布する事になった。
超音波を遮断するシール。印の現れた者を探し出し、こいつをその箇所に貼る。とりあえず弾けるのだけは防げるって寸法だ。
ルイにもこっそり仕掛けをしてもらった。
「似合うよ。これはね、おりこうさんになる魔法なんだよ」
フェイに言われて納得したルイは、これを気に入ったようだ。
眉間にちいさな赤い点。インドの人のビンディみたい。こいつと、細工した眼鏡の二点セットで無意識に出す超音波を阻害する。眼鏡が無い時は本人も困るし、折角の特殊能力なのでこういう分散方式にしてもらったのだ。
「さて、これで応急処置は済んだけど、根を絶たなきゃいけない。誰が何のためにこんな事をやってるのかを、どうやったら掴めるか……」
こいつが難問だ。印のある者にG・A・N・Pも条約機構も警察も総掛かりで聞き込みを行ってはいるんだが……。
しかし、二日ほど経った夜、案外あっさりオレはその張本人と出会う事になった。
探し出すんじゃなく、相手から現れるとは思いもよらなかったけど。
この日も、蛇の印の件の対応以外は目だった事件もなく終わったし、傷の痛みも少し引いてきた。フェイとルイに誘われて、また一緒に夕食に出た時だった。
腹が満たされて、ルイはフェイに抱かれたまま寝てしまった。
「いいなぁ、暢気で」
「寝る子は育つって言うじゃない」
「まあな、こいつも絶対背が高くなるぜ」
そう言ってから、またやっちまったと後悔。G・A・N・Pの本部で最も背が高かったのがウォレスさんだ。極力彼を思い出させる言葉は避けてるのに……。
「父親に似たら大きくなるよね、この子も」
やっぱりフェイの顔がちょっと翳った。
「ウォレスさん、あれからどう?」
「……変わらない。今機械を止めたら、多分数分ももたないって」
「なら止めなきゃいいじゃん」
「正直……迷ってる。ずっとあのままじゃ余計に可哀想な気がしてきて」
「馬鹿! お前がそんな事言ってどうするんだよ! 諦めて!」
思わず大声を出してしまい、口を押さえた。ルイを起こしてなくてよかった。
「オレは諦めないぞ。先生言ってた。今度だって必ず目を覚ますって。そしたらちゃんとルイを抱っこできるって。だからもうそんなこと絶対に言うな。頼むから……」
「カイ……」
「あの人は強い。いつまででもいい、信じて待っていよう。な?」
「……うん」
その後、無言で川沿いを並んで歩いた。いくらチビとはいえ、ずっと抱いているのも重いだろうと、フェイからオレがルイを引き取ろうと思った時。
「君がカイ・リーズかな?」
後ろから声を掛けられ、振り返ると一人の男が立っていた。
「えっ?」
首に貝殻の連なったネックレスを掛けているのがまず目を引いた。細身だが百九十センチはありそうな長身。黒い長髪に、この暑いのに漆黒のロングコート。
その白い貌、鋭い光を放つ淡いブルーの瞳に見覚えがあった。
「ウォレスさん……?」
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