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翼蛇の章 後編
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オレ達が本部に帰った頃には、もうすっかり日も暮れていた。
小さな子をこんな長時間連れて歩くなんて、やっぱり可哀想な気もする。それでも、本人はいたってご機嫌だった。
「ルイ、腹減っただろ。待ってろ、報告を済ませたら何か食べさせてやる」
「おにくぅ」
オペレーションルームに向かう途中、思いがけない人物が待っていた。
「おかえり」
「フェイ……」
ちょっと疲れた顔をしていものの、フェイは微笑んでルイを抱き上げた。
「カイ、早く本部長に報告してきて。ルイはママとここで待ってようね」
「うん。にぃちゃんほうこくおねがい~」
……フェイ、今、自分でママって言ったよな。
ツッコミを入れるのも何なので、オレはそのままオペレーションルームに向かった。
「……なるほど。考えられるな」
オレは帰りのヘリの中で考えた事を本部長に報告した。出来れば違って欲しいんだけどな。
「至近距離からの超音波に反応する……か」
「人間は二万Hz位までしか聞えませんし、イヌ・ネコでもせいぜい六万Hz。だから気がつかなかった。でもイルカやコウモリは二十万Hzくらいまで聞く事が出来、障害物を認識するのに十二万Hzくらいの音を出します。超高周波の振動にだけ反応するよう指向性を持たせてあるなら……今日調べた被害者の共通点が、いずれもごく至近距離にコウモリないしイルカがいたこと。かなり特殊な状況といえます。それなら普通の生活をしている者に被害が出ないのが頷けます。ま、あくまで仮定ですし、個人的にはそうであって欲しくないんですけどね」
これが、少ない共通点と状況からオレなりに導き出した答えだったのだ。
オレが違って欲しいと思う理由を、気の回る本部長は察したようだ。
「ふむ、では考えたくは無いが、トーキョーとウォレス君の件は……」
「ルイかもしれませんね。無意識に反響測定で超音波を出していたのだとすれば。メイファの時、離れて探す時には反応しなかった。でも至近距離で頭を撫でた直後だった。ウォレスさんは抱き上げようとしてあと三十センチくらいまで近づいた時だった」
「……事故とはいえ、そうだとすればあまりに皮肉だな」
「ええ。でもまだ仮定の域を出ません。なぜなら……」
オレは今日のホンさんの一件を付け足した。ホンさんは至近距離でルイに触れても無事だった。
それについて、本部長が鋭い意見を出す。
「視力が補われたことから、反響測定の必要が無かったのでは?」
あ、そうか。でも、たしかあの日も眼鏡を掛けてたはず……。
「引き続き他の件も監視、調査をする。今日はご苦労だった」
報告を済ませて廊下に出ると、フェイとルイが待っていた。
「おまたせ。さ、メシ行こう。フェイも行く?」
「うん……」
「おなかすいた~!」
チビさんは待ちきれない様子だな。それを見て、フェイが微笑みながら言う。
「ルイ、お肉が食べたいんだって」
「いいねぇ。今日は初任務だからな。御馳走でお祝いしなきゃな」
そう言ってからしまった、と思った。フェイの前でお祝いってのもな。
「そうだね、一緒にお祝いしようね」
そう言って笑ったフェイに、ルイがぎゅっと抱きつく。
「ママ大好き」
こうやってると、絶対親子に見えるよ。ってか遺伝子的にも親子だもんな。
報告の内容は二人には内緒にしておいた。まだ確定では無いとしても、父親をあんな目に遭わせた原因が、この子かもしれないなんて言えないもんな。
一緒に街に食事に出て、面白い事があった。
余程お腹が空いてたんだろう。ステーキに一心不乱に食らいついてるルイを見ていると、
「これ、お子さんにどうぞ」
ウエイトレスの女の子が、小さなキャンディをフェイに渡した。
「旦那様のお皿、もうお下げしてよろしいですか?」
お子さんに旦那様……。
「オレ達って家族連れだと思われてるみたいだぞ」
「カイは嫌?」
いや、正直嬉しい、でもなんかちょい複雑。
「フェイ、出てきて良かったのか?」
「……今は少し安定してるから。傍にいても何も出来るわけじゃないし。それに……ルイの面倒をみてくれって……」
「先生が?」
「ううん、ディーンがそう言った気がしたの」
「……そっか」
きっとそう言うだろうな、彼なら。たとえ今喋れなくても意識が無くても、きっとフェイには伝わるんだ。
「ディーンはいい父親になりたいって言ってた。だから、せめて僕はいい母親替わりになろうと思う。本当の子じゃなくても、全く同じ血が流れているんだから」
覚悟を決めたようなフェイの顔は、以前よりも女っぽく見えた。
また、胸の奥がちくちくする気がした。オレ……。
「そうだ。ねえカイ、ルイのおでこどうしたの?」
「あ、たんこぶと擦り傷?今朝、遊んでておもいっきり柱にぶつかったんだ」
「泣かなかったも~ん」
「偉かったね。いい子。痛いのが治るおまじないだよ」
絆創膏のおでこにちゅっとキスされて、ルイがきゃっと可愛い声を上げた。
あ、今のちょっと羨ましいかも……。
『ごっちんこしちゃったから、音だせないよ』
「あっ!」
そうだ……! ホンさんがなんとも無かったわけがわかったぞ。超音波を出さなかったんじゃない、出せなかったんだ!
「カイ、どうしたの?」
「いや何でも」
「そうだ、ママ、これ~」
ルイがポケットから船長にもらった貝殻を取り出した。
「綺麗だね」
「パパにあげてね」
ルイの無邪気な笑顔。そうだな、この子に悪意は無かったんだ。でも……。
その貝殻は死んだ青年の形見なのは内緒にしておこう。縁起が良くない。
「……というわけなんで、そういう仕掛けを作れないかと」
「案外簡単に出来そうですね。早急に考えてみます」
食事を終えて外に出てから、オレはこっそり研究部の知り合いに連絡を入れた。
夜景が綺麗な海の近くの遊歩道を、フェイとルイが手を繋いで歩いている。少し離れてその様子を見ていて、オレはやっぱりまた痛みに似たものが心を覆うのを感じた。
こいつらを本気で守ってやりたい、大切だと思う。涙を流したり苦しむ姿を見たくない。
でも……どこまでいっても、オレは第三者でしかない。所詮他人でしかありえないんだ。そう思うと、酷く寂しくて、微かに疎外感すら感じる。傍目にはオレ達、幸せそうな家族に見えてるってのにさ。
『カイは昔から貧乏くじばかりひかされるな』
そうだな、本当にそうかもな。すまないと思うんなら目を覚ませよ。二人は自分のものだって言ってくれよ。そしたら諦めもつくってもんだ。
「に~ちゃ~ん! はやくぅ」
ルイが笑顔で手を振ってる。フェイも。
「おう、今行く」
オレはネコ。ポーカーフェイスは得意だよ。
小さな子をこんな長時間連れて歩くなんて、やっぱり可哀想な気もする。それでも、本人はいたってご機嫌だった。
「ルイ、腹減っただろ。待ってろ、報告を済ませたら何か食べさせてやる」
「おにくぅ」
オペレーションルームに向かう途中、思いがけない人物が待っていた。
「おかえり」
「フェイ……」
ちょっと疲れた顔をしていものの、フェイは微笑んでルイを抱き上げた。
「カイ、早く本部長に報告してきて。ルイはママとここで待ってようね」
「うん。にぃちゃんほうこくおねがい~」
……フェイ、今、自分でママって言ったよな。
ツッコミを入れるのも何なので、オレはそのままオペレーションルームに向かった。
「……なるほど。考えられるな」
オレは帰りのヘリの中で考えた事を本部長に報告した。出来れば違って欲しいんだけどな。
「至近距離からの超音波に反応する……か」
「人間は二万Hz位までしか聞えませんし、イヌ・ネコでもせいぜい六万Hz。だから気がつかなかった。でもイルカやコウモリは二十万Hzくらいまで聞く事が出来、障害物を認識するのに十二万Hzくらいの音を出します。超高周波の振動にだけ反応するよう指向性を持たせてあるなら……今日調べた被害者の共通点が、いずれもごく至近距離にコウモリないしイルカがいたこと。かなり特殊な状況といえます。それなら普通の生活をしている者に被害が出ないのが頷けます。ま、あくまで仮定ですし、個人的にはそうであって欲しくないんですけどね」
これが、少ない共通点と状況からオレなりに導き出した答えだったのだ。
オレが違って欲しいと思う理由を、気の回る本部長は察したようだ。
「ふむ、では考えたくは無いが、トーキョーとウォレス君の件は……」
「ルイかもしれませんね。無意識に反響測定で超音波を出していたのだとすれば。メイファの時、離れて探す時には反応しなかった。でも至近距離で頭を撫でた直後だった。ウォレスさんは抱き上げようとしてあと三十センチくらいまで近づいた時だった」
「……事故とはいえ、そうだとすればあまりに皮肉だな」
「ええ。でもまだ仮定の域を出ません。なぜなら……」
オレは今日のホンさんの一件を付け足した。ホンさんは至近距離でルイに触れても無事だった。
それについて、本部長が鋭い意見を出す。
「視力が補われたことから、反響測定の必要が無かったのでは?」
あ、そうか。でも、たしかあの日も眼鏡を掛けてたはず……。
「引き続き他の件も監視、調査をする。今日はご苦労だった」
報告を済ませて廊下に出ると、フェイとルイが待っていた。
「おまたせ。さ、メシ行こう。フェイも行く?」
「うん……」
「おなかすいた~!」
チビさんは待ちきれない様子だな。それを見て、フェイが微笑みながら言う。
「ルイ、お肉が食べたいんだって」
「いいねぇ。今日は初任務だからな。御馳走でお祝いしなきゃな」
そう言ってからしまった、と思った。フェイの前でお祝いってのもな。
「そうだね、一緒にお祝いしようね」
そう言って笑ったフェイに、ルイがぎゅっと抱きつく。
「ママ大好き」
こうやってると、絶対親子に見えるよ。ってか遺伝子的にも親子だもんな。
報告の内容は二人には内緒にしておいた。まだ確定では無いとしても、父親をあんな目に遭わせた原因が、この子かもしれないなんて言えないもんな。
一緒に街に食事に出て、面白い事があった。
余程お腹が空いてたんだろう。ステーキに一心不乱に食らいついてるルイを見ていると、
「これ、お子さんにどうぞ」
ウエイトレスの女の子が、小さなキャンディをフェイに渡した。
「旦那様のお皿、もうお下げしてよろしいですか?」
お子さんに旦那様……。
「オレ達って家族連れだと思われてるみたいだぞ」
「カイは嫌?」
いや、正直嬉しい、でもなんかちょい複雑。
「フェイ、出てきて良かったのか?」
「……今は少し安定してるから。傍にいても何も出来るわけじゃないし。それに……ルイの面倒をみてくれって……」
「先生が?」
「ううん、ディーンがそう言った気がしたの」
「……そっか」
きっとそう言うだろうな、彼なら。たとえ今喋れなくても意識が無くても、きっとフェイには伝わるんだ。
「ディーンはいい父親になりたいって言ってた。だから、せめて僕はいい母親替わりになろうと思う。本当の子じゃなくても、全く同じ血が流れているんだから」
覚悟を決めたようなフェイの顔は、以前よりも女っぽく見えた。
また、胸の奥がちくちくする気がした。オレ……。
「そうだ。ねえカイ、ルイのおでこどうしたの?」
「あ、たんこぶと擦り傷?今朝、遊んでておもいっきり柱にぶつかったんだ」
「泣かなかったも~ん」
「偉かったね。いい子。痛いのが治るおまじないだよ」
絆創膏のおでこにちゅっとキスされて、ルイがきゃっと可愛い声を上げた。
あ、今のちょっと羨ましいかも……。
『ごっちんこしちゃったから、音だせないよ』
「あっ!」
そうだ……! ホンさんがなんとも無かったわけがわかったぞ。超音波を出さなかったんじゃない、出せなかったんだ!
「カイ、どうしたの?」
「いや何でも」
「そうだ、ママ、これ~」
ルイがポケットから船長にもらった貝殻を取り出した。
「綺麗だね」
「パパにあげてね」
ルイの無邪気な笑顔。そうだな、この子に悪意は無かったんだ。でも……。
その貝殻は死んだ青年の形見なのは内緒にしておこう。縁起が良くない。
「……というわけなんで、そういう仕掛けを作れないかと」
「案外簡単に出来そうですね。早急に考えてみます」
食事を終えて外に出てから、オレはこっそり研究部の知り合いに連絡を入れた。
夜景が綺麗な海の近くの遊歩道を、フェイとルイが手を繋いで歩いている。少し離れてその様子を見ていて、オレはやっぱりまた痛みに似たものが心を覆うのを感じた。
こいつらを本気で守ってやりたい、大切だと思う。涙を流したり苦しむ姿を見たくない。
でも……どこまでいっても、オレは第三者でしかない。所詮他人でしかありえないんだ。そう思うと、酷く寂しくて、微かに疎外感すら感じる。傍目にはオレ達、幸せそうな家族に見えてるってのにさ。
『カイは昔から貧乏くじばかりひかされるな』
そうだな、本当にそうかもな。すまないと思うんなら目を覚ませよ。二人は自分のものだって言ってくれよ。そしたら諦めもつくってもんだ。
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