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火龍の章 前編
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しおりを挟む2133年 バンコク
「サラマンダーを知っているかね?」
本部長が重々しい声でオレに言った。
「神話の、じゃなくて、サンショウウオの仲間の方ですよね?」
「それも外れだ。人間のだよ。今、巷で噂になっている連続強盗事件の犯人だ」
「ああ、聞いた事があります。昔の映画の怪盗みたいに、わざわざ予告を出してから事件を起こすんですよね。で、誰も姿を覚えてない」
「予告が来た。カイ・リーズ、君にはターゲットを護衛してもらいたい」
何でオレが……と、言いたかったが、また一言多いと言われるな。
「ソイツって人間なんでしょう? 警察の仕事では?」
「わからん。A・Hかもしれん。問題はターゲットだ。今回は金品では無く、G・A・N・P隊員の一人を盗む……いや誘拐するつもりらしい」
なんじゃそりゃ。
「誰が狙われてるんですか?」
「フェイ・キリシマだ」
「はいはい、そこどいて!」
先程ソファーにいて追い払われたので、今度はキッチンの椅子に座った瞬間またしても掃除機が襲ってきた。オレはルイを抱えてまた避難。
ここ、オレの部屋だぞ。
「もう、そこまでしなくても。オレだってちゃんと週に一度は掃除してるぞ」
「でも汚い。それに何? 洗濯物もいっぱい溜まってるし。まったくもう、これだから独身男って言うのは……」
お前は小うるさい世話焼きのおばさんかっ。
「なあフェイ、なんで突然そんなこと始めたワケ? まだ無理すんなよ」
「僕は散らかってるのが嫌なの。せめて自分が寝る所くらいはキレイにしておかないと」
……もしもし? 今ものすごい事が聞えましたけどぉ?
「あの、フェイさん、ここで泊るつもりですか?」
「うん。そうだよ」
即答で返って来た。いや、でも待て!
「ここ男の部屋。あなた、一応なりとも女なんじゃなかったですかね?」
「うん。でもこの前まで男だと思ってたんでしょ。気にしないで」
気にするわっ!
「わーい、ママとにいちゃんといっしょぉ~」
ルイ、喜んでる場合じゃないぞ。じょ、冗談じゃねえ!
「こんな狭い部屋のどこに二人も……ベッドも一つしか無いし」
「ルイもいるから三人だね。あ、僕はソファーでいいから」
フェイはそういうが、以前ならともかく、女の子だとわかっていてボロのソファーで寝かせられるか。
「なんでここ?」
「カイ聞いてないの? 本部長から外ではずっと一緒にいろって」
「聞いたけど……夜はお前の部屋の前で護衛しろって命令だったし」
「そんなの気の毒でしょ。だったら僕がここに来たほうが早いし安全じゃない」
「いや、そういう問題でなくて……」
オレの精神衛生上の話だよ!
この前裸を見てから、オレは更にフェイを意識するようになってしまった。もう普通に仕事上のパートナーとしてやっていた頃の感覚には戻れそうに無い。
本人にその気は無いのだろうが、フェイが首を傾げても、髪をかきあげても、オレはいちいちドキドキしてるんだぞ。あぁ、あの太もも。夢にまで見てしまうってのに、夜、実物に横にいられてみろ。拷問だぞ? くそぅ、今だってなんでそんなタンクトップに半ズボンなワケ? 肌を出すな肌を。
そんなオレの気も知らず、フェイはルイを味方につける気だ。
「ルイもにいちゃんとママと一緒におネンネしたいよね~?」
「うんっ」
そりゃオレだって一緒におネンネしたいわ。ルイ抜きで……。
しかし、なぜ有名な泥棒さんがこいつを狙うんだ?
いつもは大富豪の家や悪どい事やって儲けている奴だけを標的に、犯行予告を出す気障な真似をし、しっかりお宝を頂戴しては顔を覚えられもせずに逃げるってんで、ちょっとした英雄扱いだ。別に盗った金で誰かの役に立ってるってワケでも無いのにさ。男か女かもわからない謎の怪盗。
サラマンダー。恐ろしげな名前だよ。
そもそも、本当の英雄なら人様の物を盗ったりはしないだろ。ま、誰も傷つけずに盗っていく手口は大したもんだとは思うけど。
その上、今度はG・A・N・P宛に犯行予告が来たってんで、オレ達の方が世間的に悪者みたいに言われてんのがムカつく。
まあ確かに、あのキリシマ博士の最高傑作と言われているフェイはお宝と言えるかもしれない。だがナマモノだぞ? 生きてるぞ? 換金出来ない……いや出来るか。マニアか闇市場あたりに売れば、相当の値がつくかもな。
……と思った時、ふとオレが気が付いたことがあったので、フェイに声を掛ける。
「そういや、ここ何ヶ月か大きな事件で闇市場の名前聞かないよな」
「そうだね。ルーが出て来ていたところをみたら、中枢部で何かあったんじゃない?」
そこで、フェイとオレは思わず顔を合わせた。それから揃ってルイを見る。
「ルイって、考えてみたら闇市場から……」
「オレ達ってニブ過ぎねぇ?」
はぁ。思わず二人でため息をつく。その場は無理だったとしても、何週間も経ってから気がつくなんて遅すぎるわな。
「なになに~?」
結構な出生のくせに、のどかな顔してんな、チビ。
フェイがルイに尋ねてみる。
「この前のロンってお兄さん、ルイ知ってる?」
「パパにお顔にた人でしょ?ボクしらない」
やっぱ聞いても無駄かな、そう思った時、ルイが奇妙なことを言う。
「でも、ロンって、ちっちゃいのだったらしってる」
はぁ? 言ってる意味がさっぱりわかんねぇ。
「何だ? ちっちゃいのって?」
「赤ちゃん。かわいいけど、あたましっぱいだったからうごかないんだって」
……一瞬、昔起きた成長を驚異的に早める薬の事件が過ったが、失敗作だってんなら違うな。どう見ても頭の良さそうな完璧によく出来たA・Hだった。
いくら歳より口も達者で頭がいいとはいえ、幼児に難しい事を聞いてもわからんわな。
あまり掘り下げても、ルーの話になってしまうかもしれない。やっとルイがこの生活に慣れてきたのに、本当の母親を思い出させてもな。
オレは話題を切り替えることにした。
「ま、脅したわりにアイツも大人しくしてる事だし、今の問題はサラマンダーだ」
「なんで僕?」
フェイも納得がいかない様子。
「ママがカワイイからでしょ~」
ルイ、ナイスだなそれ。先に言われたけどな。
「ルイったらやだなぁ」
フェイがルイをぎゅっと抱きしめてほっぺスリスリ。幼児相手にちょいジェラシー。
「つーか、フェイ。狙われてるわりに、お前あんまり緊張感が無いな」
「だって。カイがちゃんと守ってくれるんでしょ?」
う……! そんな可愛い事言われたら、オレが違う意味で盗みたいわっ。
とにかく、サラマンダーは予告が出て三日以内にいつも現れる。明後日まではフェイとずっと一緒にいるか。
考えてみたらこれって、案外嬉しい状況なのかも。一つ屋根の下で一緒に過ごせるチャンスなんてそう無いもんな。
「ううっ……」
やっぱフェイにはお帰り願ったほうが良かった……。
この行き場のない感情をどうしてくれよう。
くそぅ、オレのベッドで無防備な格好で寝やがって。あーもう、ルイ邪魔っ。
フェイがとんでもなく料理オンチだったのはまあ許せる。オレとルイで晩飯を作り直して、それなりに楽しい晩餐だった。ルイとフェイで一緒にシャワーを浴びたのも許そう。相手は幼児だ。そしてルイはさっさとおねむだ。だがその後がいけない。
「どう? 少しは治ったかな?」
背中の傷はどう? って訊いたオレもいけなかったけど、思いきり上脱いで見せなくてもいいだろ? フェイ。後ろ向きとはいえ、髪持ち上げてうなじ見せるってもうっ……!
「ゴメンな。けっこう跡残ったな」
「カイも頬、跡残ったね。でも男らしくてカッコいいかも」
……そんなこと言われて平静でいられるか? 誘ってるみたいにしか思えないんですけど? そこまで盛り上げといてさっさと寝やがって。
ちくしょーっ。
オレはソファーに爪をたてて気を紛らわす。こうやってボロになってくんだな、このソファー。
今夜は眠れそうにないな。ま、いっか。どうせ警護が仕事なんだし。
何時間経っただろう。色々考えてたらあっという間に時間が過ぎた。もうすぐ夜が明けるな。
そーっと近づいて、間近でフェイの寝顔を覗いてみる。まだ暗いけど、オレはほぼ暗闇でも見えるので苦にはならない。べつに寝こみを襲う気は無いけどさ。
「う……ん……」
何だよ、その色っぽい声は。起こした? いや、寝返っただけで眠ってはいるみたいだ。夢でも見てるのかな? しかしよく見ると、ホント綺麗な顔してんな、コイツ。ピアスしてたんだ、全然知らなかった。何、その唇。細い肩も、ちょっと乱れた髪も……あれ?
こいつ、泣いてる? 涙が―――。
思わず拭ってやろうと手を伸ばしかけたが、オレはやめた。
「ディーン……」
小さな呟き。
「……」
そっか。そうだな。
ここに、手の届くところにいるのに。息遣いも感じるほど傍にいるのに。
その心には決してオレの手は届かないんだ。魂までも守ってやることは出来ないんだ……。
なんだか寂しくて虚しくなって、段々と青く変わってく窓の色をオレはただ見ていた。
サラマンダーはまだ現れなかった。
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