地味な雑草は眼鏡を外すと美しき薔薇だった。

梅屋さくら

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Episode3.距離だった。

ジンクスである。

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イルミネーションが始まる、そう言われたものの信じられない。
だってここは大樹の前でもおしゃれな建造物の前でもなく、ただのビル群に囲まれた狭い路地に見えたから。

腕時計を見ていた梓は、

「5、4、3……」

そう数え出した。
ゼロ。その途端私はつい口に出していた。

「わぁ……! 綺麗……」

目の前に広がるのは電球が連なった意図的な光ではなく、このビルの中の部屋の光たちや店の看板の明かりが一斉に点いた偶然の光の集まりだった。
なぜ一斉に点くのかと聞いてみたら、

「この地域な、この時間からビルの電気点けて良くなるんだよ。
それまではあんまぎらぎらさせると景観が悪くなるから……って禁止されてるっていうちょっと面倒なルールがあるんだ」
「それを梓さんはなぜ知っているのですか」
「んーまー、ちょっとね」

ちょっとね、と言って苦笑する梓。
明らかに今なにか隠したよね?

「なぜ私に隠し事するんですか」
「隠し事ってなんのこと? なんの話?
……とか言っても無駄か、葵ちゃん頭良いしね……」

頭良いとか言っているが、確実に彼の方が頭は良い。
それなのに私に言うのも嫌味かと思ったものの、たぶんなんの悪意もないまま言ってしまった言葉だったので無視した。

「ここ前東京に住んでた彼女とたまたま歩いてて見つけた。
別に今はその彼女としっかり別れたからな!? 本当に!」
「……? はい」

なんで元の彼女さんとここを歩いて見つけたって言うだけで謝られるのか。
梓は悪いことはしていないはずなのに。

なんで……そう問おうとしてやめておいた。
先ほどから質問ばかりしていると気が付いたから。
不思議そうにどうした? と言われたが、なんでもないですとだけ言って反対側を向いて目を逸らした。

じっとその自然の明かりを見つめていたが、ふっとビルの明かりが消えた。
すべてではなく、1部だけ消えている。
そこで仕事が終わったのかなと思ったが、梓がつぶやいた。

「アイシテル……」

指をさされて明かりを良く見てみる。
客観的に見るんだよ、とのアドバイスをもとに、ぼーっと眺めた。

「ケッコンシヨウ、なんですね」

そう言ったのは私だった。
ビルの明かりを良く見ると、それはカタカナで書かれたメッセージの形になっていた。
後ろにいたカップルが目を輝かせる。

「今日噂の恋の日ってやつじゃない!? 毎月1日は、01で無理矢理恋って!
調べて来たけど、本当に見られると思わなかったぁ、ね、あっくん」
「そうだな、これの始まりから見た男女は永遠に続くっていう」

なにそれ。
梓のほうを見ると、すぐスマホで検索していた。

「本当だ、ここの有名なジンクスってやつか」

画面には、『毎月1日は恋の日! ビルの明かりが点く瞬間から見ていた男女はずっと愛し合える……』と書いてあった。
観覧車の1番上でキスすると、などのありがちなジンクスなら聞いたことはあったが、こんなところでそんなジンクスがあると思わなかった。

「まじで知らなかったわ……でも俺らもずっと続く……あ、ごめん」

嬉しそうに言っていたが、私は横目で睨んだ。
すぐに怯えた梓は謝ってきた。
そしてなにかに気が付いたように焦り出し、早口でこう言った。

「元カノとは1日には来てないから! 安心して!」
「安心……?」

今日の梓はなにかおかしい。
元カノの話になった途端別人のように慌てるのだ。

不思議に思いつつ、この幻想的な風景を目に焼き付けていた。
写真を撮ろうとしていた梓は残念そうに言った。

「だめだ、光が上手く写らない。
……なあ、これ綺麗だなって思ってる?」
「はい、とても綺麗です。この自然の綺麗さが」
「今日俺とデートして楽しいって思ってくれた?」
「はい、楽しかったです」

本当に即答するほど綺麗で、楽しい日……デート? だった。
すると、少し間をおいて言いづらそうにまた聞かれた。

「……また俺とデートしたい?」
「したいです。普通じゃ行けないくらいおしゃれなところに行けたので」
「そういうことじゃなくて、さ。
俺と2人でいたいとかそういう……あーもーいいわ、なんでもない!」

顔を全力で背けられ、意味がわからず呆然とする。

「なにを言おうとしていたのですか」
「聞かないで良いから! うん、ね?
あ、あれだよ、葵ちゃんには関係ない話!」

怪しい。
でもまあわざわざ聞く話でもなさそうだと勝手に判断したので無視した。

こことの別れは名残惜しく感じた。
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