地味な雑草は眼鏡を外すと美しき薔薇だった。

梅屋さくら

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Episode4.ライバルだった。

0からのスタートである。

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しばし泣いていたが、少し落ち着いてきたのを見計らって深呼吸をさせた。

「はい、吸って~……吐いて~……吸って~……吐いて~……」
「すぅーはぁー、すぅーはぁー」

時々咳をする茜は苦しそうで、元から涙でびしゃびしゃになっていた瞳にはさらに涙が蓄えられてしまっていた。
過呼吸になってしまう前にどうにかその息を整えることができた。

落ち着いた茜は、過呼吸になるような激しい感情的な涙ではなく、今の自分の周りにある状況を客観的に見て自然と溢れ出す涙を流していた。
今も笑顔を見せているものの、先ほどまでの無理した辛そうな笑顔ではなく、素直に晶子さんとの思い出話を私に語ってくれていた。

「あのとき泣いてた僕に、おばあちゃんはお味噌汁をくれたんです。
家帰ってからじゃないんです、その公園でいつも使っていたお椀に入ったじゃがいもとわかめのお味噌汁飲んだんですよ。
なんでここで泣いてるって分かってお味噌汁持ってきたのって聞いたら……」

晶子さんははははっと豪快に笑ってこう言ったという。

「『あんたがどこでどうしてるかなんておばあちゃんにはすぐに分かるよ。
だって大事な大事な私の孫だもの』って。
それ聞いたとき、なにそれって言いながらすごく嬉しかったのを覚えています」

今まで見たことのないくらい嬉しそうな笑顔。
普通だったら忘れている年齢のことでも、茜はおばあちゃんと~した、おばあちゃんに~と言われたということは鮮明に覚えているらしい。

ずっとそこで茜の話を聞いていたら、小さく晶子さんが呻いた。
みんな同時にばっと晶子さんのほうを見る。
すると彼女の目はぱちっと開き、自分になにが起きているのかわからないとでも言うかのように目をぱちくりさせた。

「私は……どうしたんだい……?」

苦しそうにその体を起こし、頭を押さえて悩む。
そしていきなりふらっと後ろに倒れてしまった。
きっと久々に起き上がったせいでめまいがしたのだろう。
大丈夫、おばあちゃん。
そう言って慌てて体を支えた茜をじっと見つめて、

「ありがとうねぇ。あなた……お名前を教えておくれ……?」
「名前? なに言ってるの、おばあちゃん。僕だよ、茜」
「茜くんって言うのかい……? 優しい子だねぇ、どうしてここにいるんだい?」
「そりゃあもちろんおばあちゃんの様子を見に来たんだよ?」
「おばあちゃん……そうかい、さぞかし素敵なおばあさんなんだろうねぇ。
私みたいな老人は放っておいて、そのおばあさんのお見舞いに行って来たら……」

ずっとおばあさんのところにお見舞いに行ったほうが良いのではないか、茜くんは優しいね、茜くんはどこから来たの?
そうやって茜にたくさんの質問を浴びせた。
それは明らかに初対面の子供への対応であり、自分の孫だという認識がまったくされていないように感じる。
……晶子さんは茜のことをすべて忘れている?

「僕の名前は? 誕生日は? 好きな食べ物は? ……好きなお味噌汁の具は?」
「茜くん、なんでしょう? さっき自分で言ってたじゃない……」
「僕との想い出、おばあちゃん……いや、晶子さんの中にはないの?
そんなわけ、ないよね!? そうでしょう、おばあちゃん!」
「なんで茜くんは泣いているんだい……?」

頬に手を添えて愛おしそうに撫でた後、本当になにもわからないような顔で聞く。
誰かにいじめられたのかい、そんな言葉は茜にとって痛みにしかならない。

「いえ、なんでもありません。
僕最近、身長伸びないなぁって悩んでいて……なにか晶子さんおすすめの身長伸ばす食事とかないですか?」
「そうだねぇ、じゃがいもとわかめのお味噌汁かもしれないねぇ。
思えば昔、知ってる誰かがそのお味噌汁を大好きって言ってくれたっけねぇ」
「晶子さんのお味噌汁、僕にも飲ませてください。
その大好きって言っていた人の喜ぶ顔が見える気がします……」
「だったらすぐに作るよ、また会った時にでも、ね」

じゃあそれを楽しみにしてます、また来ますね、失礼しました。
そう言って足早にこの病室を出て行った。
若干下を向いたまま晶子さんのほうを振り向くこともなく出て行く。
乱暴に力を入れられたドアは、ガチャンという音とともに閉まった。

「では、俺たちも失礼します」

そう言いつつ私たちもこの胸の中は苦しみでいっぱいになっていた。

茜が出て行ったという方向に走って向かうと、公園のブランコに座る茜がいた。
名前を呼んで私はもう1つのブランコに、梓はこのブランコの前にある鉄の柵に腰掛けた。

そのまましばし誰もなにも話さない状況が続いたが、茜が一点をぼーっと見つめたまま話し出した。

「さっきなんで泣いてるのって聞かれたとき、正直におばあちゃん、僕だよ、あなたの孫なんだよって言おうって思ったんです。
でも、どうしても……言えなかった」

こういうときこそ泣くことができない。
人間とはなぜ変なときにだけ涙が出てしまうのだろうか。

「僕が無理矢理孫なんだって言っても、それは押し付けただけになってしまうので。
おばあちゃんと僕の出会いは今日、これからまた想い出を作っていかなきゃだめなんだって気付いたので隠しちゃいました。
いつかまた笑顔でじゃがいもとわかめのお味噌汁を差し出して『茜、今日も学校楽しかったのかい?』そんなおばあちゃんが見られるようにしたいんです。
焦らずゆっくりと、おばあちゃんの記憶を取り戻していきます」

そう語った茜の表情はいつもの可愛らしい表情とはぜんぜん違い、しっかり未来を見つめ、決心した強い意志を持った表情だった。
その瞳は、めらめらと燃えていた。
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