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Perfume1.アロマセラピストは幸せ?
1. 初夏の匂いがする。
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チリンチリン……ドアの鈴の音とともに、広瀬《ひろせ》光琉《ひかる》の目に太陽の強い光線が刺激を与えた。
その刺激に慣れてくるにつれて、雲ひとつない真っ青な空の景色が視界に現れてくる。
鳥も遠くで機嫌良さそうに鳴いていた。
「今日もすごく良い天気だ!」
大きく伸びをして、そのまま爪先を軸にくるっと180°回転し、ドアに“OPEN”の札をかける。
銅でできた鈍い茶色のドアノブについた鳥の足跡を指で拭ってから再び建物内に戻っていった。
入ってすぐのところにある受付台の奥から、制服であるエプロンの後ろ紐を結んでいる最中の牧浦《まきうら》真琴《まこと》が低い声で言った。
「……看板出した?」
「うん、ちゃんとクローズからオープンにしたよ」
ピースサインを見せるヒカルを、彼はじっと見つめ、より一層低い声で、
「それは札。俺が言ってるのは立てる看板のこと」
と言った。
その瞬間、あっ、と小さく声を出したヒカルを、マコトは水色に染めたさらさらの前髪の奥から睨み付ける。
ヒカルは彼の真っ黒な瞳に鋭い光が宿ったように見えて、慌ててまた外へ飛び出した。
外に出たとき、院の前にいた女性とヒカルの目が合った。
女性が笑顔で会釈する。
「おはようございます」
「おはようございます! 田中《たなか》さん、体調はいかがですか?」
「最近特に良くて無事にこの子も産まれたんです」
タナカさん……それは、頻繁に腹痛を訴えて来院する若い女性である。
彼女は幸せを顔に表して、腕に抱いた赤ちゃんをヒカルに見せた。
ヒカルが指先で赤ちゃんの小さな手を撫でてみると、赤ちゃんは案外強い力で彼の指を握った。
きっとまだ目は見えていないのであろうが、安心したようににっこりと笑った。
「んんーかわいい!」
ヒカルが赤ちゃんにつられて笑顔になっていると、背後から鈴のなる音がした。
ヒカルははっとして、振り返った。
「牧浦《まきうら》さんも、おはようございます」
「おはようございます。……ヒカル、開院時間」
「ええ、もうそんな時間?」
マコトは慣れたのか、仕事中にコミニュケーションを取りすぎてしまうヒカルに何も言わず、自分の腕時計を人差し指でトントンと2回叩いた。
ヒカルも自分の腕を見たが、腕時計をするのを忘れていて、そこには自分の色白な腕しかない。
マコトの腕時計を覗き込むと、たしかに開院時間まであと少しだった。
タナカさんに向き直って、
「ではタナカさん、お身体に気を付けてくださいね。赤ちゃんも、バイバーイ」
と手を振って見送りながら言った。
名残惜しさを感じるヒカルと対照的に、赤ちゃんはあっさりと彼の指から離れ、お母さん、つまりタナカさんの指を握ってまた笑い始めた。
マコトは“そういえば赤ちゃんの名前聞かなかったな”と考えているヒカルの横で黙々と立て看板を出している。
「ねえマコト、なんだか初夏の匂いがするね」
「もう6月だからな。ただ、俺はお前ほど鼻が利かないから、季節の匂いまでは感じ取れない」
ヒカルは両手を大きく広げて、目を瞑り、胸に空気を行き届かせるように、ゆっくりと深くまで空気を吸い上げる。
「初めは若葉が目覚めた香りと梅雨の湿っぽい匂いが強いけど、息をこう深く吸うと、強い紫外線の匂いと熱い空気が胸に流れ込んでくるんだ。俺は夏好きだから嬉しい。マコトはどの季節が好き?」
そうかそうか、どの季節だろうな、とぶっきらぼうにマコトは相槌を打って、ヒカルの腕を引いて院内へ戻った。
クリニックのエアコンの効いた部屋に入って初めて、ヒカルは自分の額に汗が浮いていることに気が付いた。
軽い素材の白いTシャツの袖で、汗を拭った。
その刺激に慣れてくるにつれて、雲ひとつない真っ青な空の景色が視界に現れてくる。
鳥も遠くで機嫌良さそうに鳴いていた。
「今日もすごく良い天気だ!」
大きく伸びをして、そのまま爪先を軸にくるっと180°回転し、ドアに“OPEN”の札をかける。
銅でできた鈍い茶色のドアノブについた鳥の足跡を指で拭ってから再び建物内に戻っていった。
入ってすぐのところにある受付台の奥から、制服であるエプロンの後ろ紐を結んでいる最中の牧浦《まきうら》真琴《まこと》が低い声で言った。
「……看板出した?」
「うん、ちゃんとクローズからオープンにしたよ」
ピースサインを見せるヒカルを、彼はじっと見つめ、より一層低い声で、
「それは札。俺が言ってるのは立てる看板のこと」
と言った。
その瞬間、あっ、と小さく声を出したヒカルを、マコトは水色に染めたさらさらの前髪の奥から睨み付ける。
ヒカルは彼の真っ黒な瞳に鋭い光が宿ったように見えて、慌ててまた外へ飛び出した。
外に出たとき、院の前にいた女性とヒカルの目が合った。
女性が笑顔で会釈する。
「おはようございます」
「おはようございます! 田中《たなか》さん、体調はいかがですか?」
「最近特に良くて無事にこの子も産まれたんです」
タナカさん……それは、頻繁に腹痛を訴えて来院する若い女性である。
彼女は幸せを顔に表して、腕に抱いた赤ちゃんをヒカルに見せた。
ヒカルが指先で赤ちゃんの小さな手を撫でてみると、赤ちゃんは案外強い力で彼の指を握った。
きっとまだ目は見えていないのであろうが、安心したようににっこりと笑った。
「んんーかわいい!」
ヒカルが赤ちゃんにつられて笑顔になっていると、背後から鈴のなる音がした。
ヒカルははっとして、振り返った。
「牧浦《まきうら》さんも、おはようございます」
「おはようございます。……ヒカル、開院時間」
「ええ、もうそんな時間?」
マコトは慣れたのか、仕事中にコミニュケーションを取りすぎてしまうヒカルに何も言わず、自分の腕時計を人差し指でトントンと2回叩いた。
ヒカルも自分の腕を見たが、腕時計をするのを忘れていて、そこには自分の色白な腕しかない。
マコトの腕時計を覗き込むと、たしかに開院時間まであと少しだった。
タナカさんに向き直って、
「ではタナカさん、お身体に気を付けてくださいね。赤ちゃんも、バイバーイ」
と手を振って見送りながら言った。
名残惜しさを感じるヒカルと対照的に、赤ちゃんはあっさりと彼の指から離れ、お母さん、つまりタナカさんの指を握ってまた笑い始めた。
マコトは“そういえば赤ちゃんの名前聞かなかったな”と考えているヒカルの横で黙々と立て看板を出している。
「ねえマコト、なんだか初夏の匂いがするね」
「もう6月だからな。ただ、俺はお前ほど鼻が利かないから、季節の匂いまでは感じ取れない」
ヒカルは両手を大きく広げて、目を瞑り、胸に空気を行き届かせるように、ゆっくりと深くまで空気を吸い上げる。
「初めは若葉が目覚めた香りと梅雨の湿っぽい匂いが強いけど、息をこう深く吸うと、強い紫外線の匂いと熱い空気が胸に流れ込んでくるんだ。俺は夏好きだから嬉しい。マコトはどの季節が好き?」
そうかそうか、どの季節だろうな、とぶっきらぼうにマコトは相槌を打って、ヒカルの腕を引いて院内へ戻った。
クリニックのエアコンの効いた部屋に入って初めて、ヒカルは自分の額に汗が浮いていることに気が付いた。
軽い素材の白いTシャツの袖で、汗を拭った。
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