14 / 62
Perfume2.過去への疑問と子供の感情。
13. お友達になった?
しおりを挟む
火事から数日後、クリニックの外来診療も再開し、火傷の程度の低い患者8名はその後も通院するという条件付きで退院した。
しかし未だ2名が入院している。
そのうち1人は消防士として消火に当たっていた川村《かわむら》という屈強な男性、もう1人は火事のあった建物に取り残された5歳の拓海《たくみ》という男児だ。
ヒカルがガーゼを取り替えるためにカワムラの病室に入ると、隣の病室のタクミの状態について聞きたがった。
彼の皮膚もまだ完治にはほど遠いくらいめくれている部分が目立ったが、痛がる様子は見せなかった。
「俺も3歳になる息子がいるから可哀想で可哀想で……親御さんは頻繁に来てるかい?」
ヒカルは言葉を濁して微笑む。
実際、タクミの母親は入院してから1度しか、それも火事の2日後にしかきていなかった。
入院などの手続きは、母親の妹、すなわちタクミから見たら叔母が代わりに行った。
とは言ってもその叔母もタクミに愛情を持っている様子はなく、事務的に、クリニックから連絡して呼び出したときにしか訪れない。
タクミは日々窓の外を眺めて過ごしていた。
シングルマザーで正社員として働く母親が来られないのも無理はなかったし、タクミもそれについては仕方ないと言っていた。
しかしどうしてもヒカルは、そう言ったときのタクミの顔に浮かぶ悲しみの影を見逃すことができずにいた。
ヒカルが浮かない顔をしていることにカワムラは気付いていた。
もしかして親御さんはあまり来ていないのではないか、と口に出す前に、個室のドアがノックされる。
カラカラと音を立てて開いたドアからカワムラの妻と息子が現れた。
いつも髪をひとつに結って柔らかな色合いのカーディガンを羽織っている妻と、彼女と手を繋いで人見知りなのかいつも恥ずかしそうに目をきょろきょろさせている息子、そしてその2人を見て嬉しそうに微笑むカワムラは絵に描いたような幸せな家族だ。
息子は彼の母親と手を繋いだまま父親に駆け寄る。
「パパ、身体大丈夫? まだ痛い?」
「まだ痛いや、見ないほうがいい。皮が……べろべろーん! ってなってるからね」
「あはは、べろべろーん!」
息子は白目を剥いて舌を思い切り出して上下に動かすカワムラを見てゲラゲラと笑いながら彼の真似をした。
皮がべろべろーん! はあながち間違いではないな、とそのときヒカルは思っていたが、息子はもちろんそれは冗談だと思っている。
興奮気味に起きた順に学校でのことや友達のことなどを伝える息子の話の時系列は現在に近付いていた。
「このお部屋に入る前、隣のお部屋の子とお話したんだ」
「そうそう、タクミくんって言ってね、あなたと同じ火事で……」
「知ってるよ。爽《そう》、タクミくんとお友達になった?」
「ううん、挨拶して、それから名前教えて、すぐタクミくん呼ばれてどこか行っちゃった。仲良くなりたかったな」
ヒカルが時計を確認する。
たしかにタクミが検査室で検査を受ける時間だ。
しかしそろそろ終わる頃だろう。
ヒカルはソウの肩に手を置いて、
「タクミくんそろそろ戻ってくるよ。もっとおしゃべりする?」
「うん!」
ソウは初めてヒカルに笑顔を見せた。
彼はタクミと話せる喜びから、ヒカルがほぼ初対面だということを忘れているようだ。
ヒカルはソウに手を振って病室を出た。
部屋にはもうすでにタクミが戻っていた。
例に漏れず窓の外を見つめている。
ヒカルが入ると、嬉しそうな顔をした。
本人はそんなつもりはないはずだが。
「タクミくん、ソウくんとおしゃべりしない?」
「ソウくんって隣の部屋にお見舞いに来てた男の子?」
うん、と頷くと、返事の代わりにさらに嬉しそうな表情を見せた。
「じゃあ呼んでくるね」
立ち去ろうとするヒカルのエプロンの裾をタクミは皮の剥けた赤い腕で掴んだ。
咄嗟にそちらの腕を使ってしまったようで少し痛みに顔を歪めるが、すぐに平然とした表情に戻る。
「僕がお隣の病室に行っちゃだめかな」
ああこの子は同年代のソウだけでなく、親と同じくらいの年齢の大人たちとも話したいのか。
ヒカルはそう思って、「もちろんいいよ」と答える。
病室を出る前にガーゼを交換し、ヒカルはタクミの手を引いて移動した。
しかし未だ2名が入院している。
そのうち1人は消防士として消火に当たっていた川村《かわむら》という屈強な男性、もう1人は火事のあった建物に取り残された5歳の拓海《たくみ》という男児だ。
ヒカルがガーゼを取り替えるためにカワムラの病室に入ると、隣の病室のタクミの状態について聞きたがった。
彼の皮膚もまだ完治にはほど遠いくらいめくれている部分が目立ったが、痛がる様子は見せなかった。
「俺も3歳になる息子がいるから可哀想で可哀想で……親御さんは頻繁に来てるかい?」
ヒカルは言葉を濁して微笑む。
実際、タクミの母親は入院してから1度しか、それも火事の2日後にしかきていなかった。
入院などの手続きは、母親の妹、すなわちタクミから見たら叔母が代わりに行った。
とは言ってもその叔母もタクミに愛情を持っている様子はなく、事務的に、クリニックから連絡して呼び出したときにしか訪れない。
タクミは日々窓の外を眺めて過ごしていた。
シングルマザーで正社員として働く母親が来られないのも無理はなかったし、タクミもそれについては仕方ないと言っていた。
しかしどうしてもヒカルは、そう言ったときのタクミの顔に浮かぶ悲しみの影を見逃すことができずにいた。
ヒカルが浮かない顔をしていることにカワムラは気付いていた。
もしかして親御さんはあまり来ていないのではないか、と口に出す前に、個室のドアがノックされる。
カラカラと音を立てて開いたドアからカワムラの妻と息子が現れた。
いつも髪をひとつに結って柔らかな色合いのカーディガンを羽織っている妻と、彼女と手を繋いで人見知りなのかいつも恥ずかしそうに目をきょろきょろさせている息子、そしてその2人を見て嬉しそうに微笑むカワムラは絵に描いたような幸せな家族だ。
息子は彼の母親と手を繋いだまま父親に駆け寄る。
「パパ、身体大丈夫? まだ痛い?」
「まだ痛いや、見ないほうがいい。皮が……べろべろーん! ってなってるからね」
「あはは、べろべろーん!」
息子は白目を剥いて舌を思い切り出して上下に動かすカワムラを見てゲラゲラと笑いながら彼の真似をした。
皮がべろべろーん! はあながち間違いではないな、とそのときヒカルは思っていたが、息子はもちろんそれは冗談だと思っている。
興奮気味に起きた順に学校でのことや友達のことなどを伝える息子の話の時系列は現在に近付いていた。
「このお部屋に入る前、隣のお部屋の子とお話したんだ」
「そうそう、タクミくんって言ってね、あなたと同じ火事で……」
「知ってるよ。爽《そう》、タクミくんとお友達になった?」
「ううん、挨拶して、それから名前教えて、すぐタクミくん呼ばれてどこか行っちゃった。仲良くなりたかったな」
ヒカルが時計を確認する。
たしかにタクミが検査室で検査を受ける時間だ。
しかしそろそろ終わる頃だろう。
ヒカルはソウの肩に手を置いて、
「タクミくんそろそろ戻ってくるよ。もっとおしゃべりする?」
「うん!」
ソウは初めてヒカルに笑顔を見せた。
彼はタクミと話せる喜びから、ヒカルがほぼ初対面だということを忘れているようだ。
ヒカルはソウに手を振って病室を出た。
部屋にはもうすでにタクミが戻っていた。
例に漏れず窓の外を見つめている。
ヒカルが入ると、嬉しそうな顔をした。
本人はそんなつもりはないはずだが。
「タクミくん、ソウくんとおしゃべりしない?」
「ソウくんって隣の部屋にお見舞いに来てた男の子?」
うん、と頷くと、返事の代わりにさらに嬉しそうな表情を見せた。
「じゃあ呼んでくるね」
立ち去ろうとするヒカルのエプロンの裾をタクミは皮の剥けた赤い腕で掴んだ。
咄嗟にそちらの腕を使ってしまったようで少し痛みに顔を歪めるが、すぐに平然とした表情に戻る。
「僕がお隣の病室に行っちゃだめかな」
ああこの子は同年代のソウだけでなく、親と同じくらいの年齢の大人たちとも話したいのか。
ヒカルはそう思って、「もちろんいいよ」と答える。
病室を出る前にガーゼを交換し、ヒカルはタクミの手を引いて移動した。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる