僕は人々が嗅覚を奪われた世界で、アロマセラピストをしています。

梅屋さくら

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Perfume2.過去への疑問と子供の感情。

15. ハヤブサのくちばし。

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 タクミの様子を見るためにカワムラの病室に行こうとすると、クリニックの窓から半泣き顔でこちらに向かって手を振るマコトが見えた。
口をぱくぱくと動かしている……た・す・け・て?
 クリニックから出るとそこには、手紙をくちばしに咥《くわ》えたハヤブサと、綱引きならぬ手紙引きをしているマコトがいた。
両手で引っ張ってはいるものの取れていない。
そればかりか突然引く力を弱められたり左右に振り回されたりして遊ばれているようにも見える。

「破れる破れる!」

 ヒカルが駆け寄ってハヤブサのくちばしを指先で付け根から先に向けて2回撫でると、ハヤブサはすぐにくちばしを開けた。
くちばしとマコトの指の跡がはっきりと付いた手紙はしわしわだったが、幸い読むのに苦労はなさそうだ。
 散々苦戦していたのにあっという間に手紙を取り返したヒカルを、マコトは呆然と見ていた。

「ハヤブサはこうやってくちばしを撫でれば優しく手紙を渡してくれるんだよ」
「“渡してくれるんだよ”……じゃないよ! 先言え!」
「ハヤブサ使いのセラピスト多いからスクールで習ったかなと思って言わなかったんだけど」

 習ったかな、と記憶を探るマコトを、彼は笑いを堪えて見ていた。
ハヤブサの扱いなんてスクールでは習わない。
大体ハヤブサ使いから直接教えてもらうものだ。
 言い忘れたことが知られたら怒られるに決まっているからと咄嗟に嘘をついてみたものの、ここまで信じてくれるとは思っていなかった。
 にやけ顔を見て気付かれる前に、ヒカルはハヤブサを1度その場に留めておき、すぐにクリニックへ戻った。
手紙は閉院後に読もうと、奥に置いておく。

 カワムラの病室の前に来たとき、中から笑い声が聞こえた。
タクミのあの寂しそうな表情が頭に浮かぶ。
ノックをする前にヒカルは1人微笑んだ。
 病室に入ると、椅子に座ったタクミとソウと目が合った。
その顔には笑みの名残があって、そういえばタクミの年相応な表情を見たのは初めてかもしれない、と思った。
 ベッドに横たわるカワムラがその2人の様子を見ている。
タクミたちは会話を再開し、ヒカルはカワムラに近付いて小声で話しかけた。

「どうですか、お友達になれました?」

 するとカワムラはにっこり笑った。
血色が良い大きい口が、さらに大きく開かれる。

「ソウはまるでお兄ちゃんが出来たみたいに喜んでいるよ。同世代の子と話す機会は少ないから本当に嬉しそう」

 ヒカルもカワムラと同じようににっこり笑って、ベッドの側でタクミたちを見た。
 カワムラが「先生」と小さい声で呼んだ。
ヒカルは“先生”と呼ばれるのを好んでおらず、「ヒカルで良いです」と言っているのだが、カワムラは消防士という職業ゆえか“先生”と呼び続けていた。

「タクミくんはいつ頃退院の予定ですか?」
「順調にいけば、カワムラさんと同じくらい……そうですね、来週の木曜日あたりでしょうか」

 カワムラは顎に生えた髭を指で触った。

「あと1週間くらいですか。それまでに1度くらい、母親がお見舞いに来てくれると良いね……」

 最後の方の言葉は、ヒカルに向けて放った言葉というよりも、つい感情が漏れ出したかのようだった。
ヒカルも相槌を打ちつつ、あることに思考を巡らせていた。

 閉院後、手紙を開くとそこにはミカゲが予約したホテルの場所や時間、さらにはご丁寧に電車の乗り換えについても説明が書いてあった。
ヒカルは返事が少し遅くなったことのお詫びも書いて返信した。
手紙をくちばしに挟んで戻るように指示すると、ハヤブサはふわりと宙に浮かび、その翼を広げて物凄いスピードで遠ざかって行った。
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