32 / 62
Perfume2.過去への疑問と子供の感情。
31. どうしてトウキョウに?
しおりを挟む
その日マコトは皆を家まで送っていった。
「今日は楽しかったです、ありがとうございました!」
そう言って深くお辞儀をし、マコトが車を発進させると顔を上げて手をひらひらと振るイオリ。
イオリに「良かったね」と声をかけて感謝を述べるが未だヒサシの体調を心配している様子のイノウエ。
ヒサシを心配して浮かない顔をしていたのが嘘のように元気を取り戻し、再びメープルシロップの瓶を見てうっとりとしているヒカル。
マコトは自宅へ帰ってからも今日の思い出とベッドに横たわるヒサシと彼らの別れるときの表情を思い返していた。
秋といえども外にいると汗をじわっとかくような微妙な季節。
マコトはこの季節が苦手で、不快感に耐え難く家に着いた途端風呂場へ向かう。
「そういえば服そのままだったな」
ヒカルの白いカットソーを脱ぎ、それを他の衣類とは分けておいて、後でネットに入れて色移りを防ごうと考えながら、次々と下着まで脱いでいく。
そして自らの何も纏っていない身体を鏡に写し、全身を眺め、ため息をついた。
翌朝、マコトは休みの予定ではあったが、ヒカルに服を返すためにクリニックへ向かう。
クリニックの前にはドアの札を“OPEN”の側に裏返している見慣れたヒカルの姿が見えた。
マコトの車に気が付き、手を振る。
きっとどこかへ買い物に行くと思っているのだろう。
クリニック裏の駐車場に車を停め戻ると、そこにはまだ立て看板を触るヒカルがいた。
「あれ、今日休日だったよね?」
「そうだけど、これ返しにきた。で、どうしてまだ外にいるんだ。もしかして、立て看板出し忘れたとか……」
「あーありがとう! 俺もマコトに借りた服取ってくる」
マコトは一瞬表情がびくりと固まったのを見逃さなかったが、ヒカルはすぐにクリニックへ入って行ってしまう。
なんでこんなにその仕事やってきたのに忘れるんだ……そう思いつつも1人でクリニックの前で手持ち無沙汰でいると、肩に手を置かれた。
患者かと思い振り返ると、大きなツバのついた帽子を被った女性が立っていた。
マコトより背が低く初めは誰かわからなかったが、ぱっと顔を上げたその女性と目が合って思わず叫ぶ。
「ミカゲさん⁉︎」
「ミカゲでええよ、もっと心開いてくれてもええやんか」
ミカゲはブイサインをしてウインクまでして見せた。この仕草は彼女の癖なのかよく見るように思える。
この日はノースリーブのカーキのニットに黒の膝下丈のタイトスカートを履いていた。
スタイルの良さが強調され、まるでモデルのようだ。
「どうしてトウキョウに?」
彼女はそれに答えずマコトの腕を意外と強い力で引っ張る。
まだヒカルの服を返していないので行くわけにいかないのだが、女性には抵抗できずクリニックからずいぶん遠ざかってしまう。
「ヒ、ヒカル!」
ちょうど彼の呼ぶ声が聞こえたようにヒカルがクリニックから出て来た。
こちらに気付くと走って追いかけ、笑顔で親指を立てて無言で服を交換して戻っていってしまう。
何の親指だ。
そう言いたいのは山々だったが、マコトは大人しくミカゲについていった。
クリニックの駐車場まで来ると、
「マコト君、車どれや」
と並んだ車を見回す。
俺が運転させられるのか、という言葉を飲み込んで、自分の水色の車へ真っ直ぐ歩いていく。
「髪色と同じ色なんや、水色大好きなん?」
「まあ、はい、そうですかね」
「なーんか歯切れ悪いなあ」
それにマコトはただ笑みを返した。そしてキーを回し、エンジンをかける。
「どうしてここに? あとどこへ行けば良いんです?」
そう問われた彼女は、ふふ、と意味ありげに笑ってマコトの頬を指でつついた。
「1つ目の質問はそこの大きな道を真っ直ぐ行ったところにあるカフェで答えるから、そこに行ってくれるかな」
「……はい」
彼女の言うカフェは駐車場から10分ほどの場所にあった。
途中、車で流れるロック調の音楽を聴いて「お洒落やなあ」など感想を述べていたが、マコトは当たり障りのない言葉を発していた。
早足で店内へ入っていった彼女は暖簾《のれん》で仕切られた半個室とでもいうような席を選ぶ。暖簾の奥へ入ると帽子を脱いで髪を整える。
小腹が空いたというミカゲは豆腐サラダに決め、マコトは朝食を摂ったばかりなのでコーヒーに決めた。
それらが運ばれるまで彼らは他愛のない話のみをし続けた。
ミカゲはまだ本題に入りたくはなさそうだったのでマコトもそれに合わせた形である。
それらはあまり手のかからないものであるからか比較的早く来た。
コーヒーをゆっくりと香りから味わうマコトを見て、サラダに味噌ドレッシングをかけながら彼女は、
「ヒカルとコーヒーの飲み方似てるね」
と言った。
「むしろヒカルが俺の飲み方を真似した、というか、俺がヒカルに教えたので」
「ほお、コーヒーの飲み方を教えるなんてやっぱりマコト君かっこええわあ」
うっとりとして、マコトの顔をじっと見たままレタスと豆腐を口に入れる。そしてその一口を飲み込み水を一口だけ含むと、彼女はフォークを置いて真面目な顔付きになった。
その顔をマコトのほうにぐいと近付ける。
「今日は楽しかったです、ありがとうございました!」
そう言って深くお辞儀をし、マコトが車を発進させると顔を上げて手をひらひらと振るイオリ。
イオリに「良かったね」と声をかけて感謝を述べるが未だヒサシの体調を心配している様子のイノウエ。
ヒサシを心配して浮かない顔をしていたのが嘘のように元気を取り戻し、再びメープルシロップの瓶を見てうっとりとしているヒカル。
マコトは自宅へ帰ってからも今日の思い出とベッドに横たわるヒサシと彼らの別れるときの表情を思い返していた。
秋といえども外にいると汗をじわっとかくような微妙な季節。
マコトはこの季節が苦手で、不快感に耐え難く家に着いた途端風呂場へ向かう。
「そういえば服そのままだったな」
ヒカルの白いカットソーを脱ぎ、それを他の衣類とは分けておいて、後でネットに入れて色移りを防ごうと考えながら、次々と下着まで脱いでいく。
そして自らの何も纏っていない身体を鏡に写し、全身を眺め、ため息をついた。
翌朝、マコトは休みの予定ではあったが、ヒカルに服を返すためにクリニックへ向かう。
クリニックの前にはドアの札を“OPEN”の側に裏返している見慣れたヒカルの姿が見えた。
マコトの車に気が付き、手を振る。
きっとどこかへ買い物に行くと思っているのだろう。
クリニック裏の駐車場に車を停め戻ると、そこにはまだ立て看板を触るヒカルがいた。
「あれ、今日休日だったよね?」
「そうだけど、これ返しにきた。で、どうしてまだ外にいるんだ。もしかして、立て看板出し忘れたとか……」
「あーありがとう! 俺もマコトに借りた服取ってくる」
マコトは一瞬表情がびくりと固まったのを見逃さなかったが、ヒカルはすぐにクリニックへ入って行ってしまう。
なんでこんなにその仕事やってきたのに忘れるんだ……そう思いつつも1人でクリニックの前で手持ち無沙汰でいると、肩に手を置かれた。
患者かと思い振り返ると、大きなツバのついた帽子を被った女性が立っていた。
マコトより背が低く初めは誰かわからなかったが、ぱっと顔を上げたその女性と目が合って思わず叫ぶ。
「ミカゲさん⁉︎」
「ミカゲでええよ、もっと心開いてくれてもええやんか」
ミカゲはブイサインをしてウインクまでして見せた。この仕草は彼女の癖なのかよく見るように思える。
この日はノースリーブのカーキのニットに黒の膝下丈のタイトスカートを履いていた。
スタイルの良さが強調され、まるでモデルのようだ。
「どうしてトウキョウに?」
彼女はそれに答えずマコトの腕を意外と強い力で引っ張る。
まだヒカルの服を返していないので行くわけにいかないのだが、女性には抵抗できずクリニックからずいぶん遠ざかってしまう。
「ヒ、ヒカル!」
ちょうど彼の呼ぶ声が聞こえたようにヒカルがクリニックから出て来た。
こちらに気付くと走って追いかけ、笑顔で親指を立てて無言で服を交換して戻っていってしまう。
何の親指だ。
そう言いたいのは山々だったが、マコトは大人しくミカゲについていった。
クリニックの駐車場まで来ると、
「マコト君、車どれや」
と並んだ車を見回す。
俺が運転させられるのか、という言葉を飲み込んで、自分の水色の車へ真っ直ぐ歩いていく。
「髪色と同じ色なんや、水色大好きなん?」
「まあ、はい、そうですかね」
「なーんか歯切れ悪いなあ」
それにマコトはただ笑みを返した。そしてキーを回し、エンジンをかける。
「どうしてここに? あとどこへ行けば良いんです?」
そう問われた彼女は、ふふ、と意味ありげに笑ってマコトの頬を指でつついた。
「1つ目の質問はそこの大きな道を真っ直ぐ行ったところにあるカフェで答えるから、そこに行ってくれるかな」
「……はい」
彼女の言うカフェは駐車場から10分ほどの場所にあった。
途中、車で流れるロック調の音楽を聴いて「お洒落やなあ」など感想を述べていたが、マコトは当たり障りのない言葉を発していた。
早足で店内へ入っていった彼女は暖簾《のれん》で仕切られた半個室とでもいうような席を選ぶ。暖簾の奥へ入ると帽子を脱いで髪を整える。
小腹が空いたというミカゲは豆腐サラダに決め、マコトは朝食を摂ったばかりなのでコーヒーに決めた。
それらが運ばれるまで彼らは他愛のない話のみをし続けた。
ミカゲはまだ本題に入りたくはなさそうだったのでマコトもそれに合わせた形である。
それらはあまり手のかからないものであるからか比較的早く来た。
コーヒーをゆっくりと香りから味わうマコトを見て、サラダに味噌ドレッシングをかけながら彼女は、
「ヒカルとコーヒーの飲み方似てるね」
と言った。
「むしろヒカルが俺の飲み方を真似した、というか、俺がヒカルに教えたので」
「ほお、コーヒーの飲み方を教えるなんてやっぱりマコト君かっこええわあ」
うっとりとして、マコトの顔をじっと見たままレタスと豆腐を口に入れる。そしてその一口を飲み込み水を一口だけ含むと、彼女はフォークを置いて真面目な顔付きになった。
その顔をマコトのほうにぐいと近付ける。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる