35 / 62
Perfume2.過去への疑問と子供の感情。
34. 頑張りすぎです。
しおりを挟む
マコトは家に入るやいなや新品のバスタオルを持ってミカゲに風呂に入るよう言った。
「着替えは適当に綺麗なの出しておきます」
「一緒に入ってもええよ?」
「いいから、早く入って来て」
彼の語気の強い言葉にびくりとしてすぐに風呂へと向かう。その背中は寂しそうだった。
あれ本気だったのか?
マコトは女性は難しいななどと思いながらも、とりあえず服をすべて着替えた。
髪をタオルで軽く拭いて、そのタオルを頭に乗せたままクローゼットに手を入れて小さめのスウェットを取り出す。
灰色のいかにもスウェットなそれは彼女が着るにはださいように思えたが仕方ない。
彼はそれを脱衣所に置いて、次に湯を多めに沸かし始めた。
「これはかなり苦いから、こっち多めかな」
2つの袋を見比べ、ピンク色のパッケージの袋から多めに、青色のパッケージの袋から少なめにコーヒー豆を出す。
挽いていくにつれて豆の深い香りが立ち上る。
渦巻く香りが複雑に絡み合い、そのまま彼までその中に取り込んでしまうような。
挽き終えた豆の欠片に沸いた湯を注ぎ、ゆっくりと時間をかけて黒く色付いた液体を落としていく。
彼はその液体を眺めて、「艶のある素敵な輝きだ……」とひとりつぶやいた。
「本当にコーヒー好きなんやなあ」
はっとして後ろを振り向く。
そこに灰色のスウェットを着たミカゲが立っていた。あんなに洒落ていない服だというのに彼女が着ると最先端のお洒落のように思える。
声をかけられるまでコーヒーの香りに夢中で彼女の存在にまったく気が付かなかった。
彼女の濡れた髪から一粒の水が滴り落ちそうになるが、それはすぐにバスタオルに吸い込まれる。
「コーヒー飲まれます?」
「うん、ありがとう。……ねえマコト君」
マコトはカップを2つ並べ、棚から角砂糖とミルクの入った瓶を取り出した。
彼がコーヒーを淹れながら何だかもじもじし始めたミカゲを見る。
「私のタバコの匂い、嫌やない? ごめんね、何も気を遣わずに車とか乗っちゃって」
彼女は自分のタバコの匂いを嫌がっているようだった。たしかに風呂に入ってもその匂いはまったく消えていないほど強い。
「分かると思いますが俺喫煙者なので全然平気ですよ」
「でも君は少なくともリビングでは吸ってへんよねえ」
「うーん、鋭いですね」
マコトは苦笑して瞼をぽりぽりと掻く。
実際彼はせっかくのコーヒーの芳しい香りをタバコの香りで損なうことのないように、毎回外に出て吸っていた。
ミカゲの不安そうな顔とその綺麗な瞳を見て嘘をついても仕方ないと悟り事実を話す。
「せやな、タバコの匂い強いもんな……」
さらに落ち込んだ彼女にコーヒーを差し出した。
「でも良いんです、ミカゲさんのタバコの匂いは俺好きですよ」
そう言ってマコトは彼女の肩にぽんと手を置いてすれ違い、彼のお気に入りの映画を観始める。
そんな彼の後をついて横に座り、熱いコーヒーを一口啜って「マコト君って天然たらし?」と彼には聞こえないくらい小さい声でつぶやいた。
その映画を半分くらい観たところでマコトはコーヒーを飲み終えた。
熱いときにゆっくり飲み、ぬるくなってからもあえてゆっくり飲み、冷めきってからは一気に飲む。彼が小さい頃から研究し続けてやっと発見した最も楽しめる飲み方だ。
カップをテーブルに置いて、
「風呂に入って来ますね」
と言った。
今映画、すごく良いところやで? ととっくに飲み終えたミカゲが引き止めたが、
「もう何度も観ていて台詞も暗記してるくらいなので平気です」
と笑って風呂場へ行ってしまった。
彼が風呂から上がると、そこには開いた歴史書に突っ伏して寝るミカゲの姿があった。
いかにも疲れ果てて力が抜けたような寝方だ。
「あなたは頑張りすぎですよ」
ずいぶんぐっすり眠っているようなので肩をそっと掴んでソファにそのまま寝かせてやる。そして薄手のタオルケットをかけた。
ベッドで寝かせてやったほうが良いかと考えていたが、彼女を起こすのは可哀想だ。
静かに寝る用意をしてベッドに横たわり消灯した。
翌朝ミカゲは思い切り起き上がった。悪い夢に起こされてしまった。
マコトはまだ夢と現実の間にいるような彼女に「おはようございます」と挨拶する。
ミカゲは自分がソファで寝ていたことに気付いたが、思いの外快適な目覚めだ。このソファいくらくらいするんだろう、なんてことを考えつつ挨拶を返す。
「焼き魚、食べます?」
「マコト君、料理も出来るなんて本当に完璧……! というかせっかくお泊まりしたのに何もしなかったやん、もったいないことしたわ」
「何もしませんよ、何言ってるんですか」
呆れ顔で焦げる寸前の焼き魚をグリルから取り出す。
「昨日髪乾かしてないし歯も磨いてない、マコト君に不潔な女って思われちゃうよやだよう」
「歯ブラシ、出しておいたので使ってください。でもヘアセット用品あまり持っていないです、すみません」
いろいろ言っていたが、ミカゲは元よりストレートヘアなのできっちりとポニーテールに結い上げる。
2人で焼き魚を食べ終わってから、ミカゲは感謝を繰り返し述べてこの家を去っていった。
彼女の香りはその後もずっと残っていた。
「着替えは適当に綺麗なの出しておきます」
「一緒に入ってもええよ?」
「いいから、早く入って来て」
彼の語気の強い言葉にびくりとしてすぐに風呂へと向かう。その背中は寂しそうだった。
あれ本気だったのか?
マコトは女性は難しいななどと思いながらも、とりあえず服をすべて着替えた。
髪をタオルで軽く拭いて、そのタオルを頭に乗せたままクローゼットに手を入れて小さめのスウェットを取り出す。
灰色のいかにもスウェットなそれは彼女が着るにはださいように思えたが仕方ない。
彼はそれを脱衣所に置いて、次に湯を多めに沸かし始めた。
「これはかなり苦いから、こっち多めかな」
2つの袋を見比べ、ピンク色のパッケージの袋から多めに、青色のパッケージの袋から少なめにコーヒー豆を出す。
挽いていくにつれて豆の深い香りが立ち上る。
渦巻く香りが複雑に絡み合い、そのまま彼までその中に取り込んでしまうような。
挽き終えた豆の欠片に沸いた湯を注ぎ、ゆっくりと時間をかけて黒く色付いた液体を落としていく。
彼はその液体を眺めて、「艶のある素敵な輝きだ……」とひとりつぶやいた。
「本当にコーヒー好きなんやなあ」
はっとして後ろを振り向く。
そこに灰色のスウェットを着たミカゲが立っていた。あんなに洒落ていない服だというのに彼女が着ると最先端のお洒落のように思える。
声をかけられるまでコーヒーの香りに夢中で彼女の存在にまったく気が付かなかった。
彼女の濡れた髪から一粒の水が滴り落ちそうになるが、それはすぐにバスタオルに吸い込まれる。
「コーヒー飲まれます?」
「うん、ありがとう。……ねえマコト君」
マコトはカップを2つ並べ、棚から角砂糖とミルクの入った瓶を取り出した。
彼がコーヒーを淹れながら何だかもじもじし始めたミカゲを見る。
「私のタバコの匂い、嫌やない? ごめんね、何も気を遣わずに車とか乗っちゃって」
彼女は自分のタバコの匂いを嫌がっているようだった。たしかに風呂に入ってもその匂いはまったく消えていないほど強い。
「分かると思いますが俺喫煙者なので全然平気ですよ」
「でも君は少なくともリビングでは吸ってへんよねえ」
「うーん、鋭いですね」
マコトは苦笑して瞼をぽりぽりと掻く。
実際彼はせっかくのコーヒーの芳しい香りをタバコの香りで損なうことのないように、毎回外に出て吸っていた。
ミカゲの不安そうな顔とその綺麗な瞳を見て嘘をついても仕方ないと悟り事実を話す。
「せやな、タバコの匂い強いもんな……」
さらに落ち込んだ彼女にコーヒーを差し出した。
「でも良いんです、ミカゲさんのタバコの匂いは俺好きですよ」
そう言ってマコトは彼女の肩にぽんと手を置いてすれ違い、彼のお気に入りの映画を観始める。
そんな彼の後をついて横に座り、熱いコーヒーを一口啜って「マコト君って天然たらし?」と彼には聞こえないくらい小さい声でつぶやいた。
その映画を半分くらい観たところでマコトはコーヒーを飲み終えた。
熱いときにゆっくり飲み、ぬるくなってからもあえてゆっくり飲み、冷めきってからは一気に飲む。彼が小さい頃から研究し続けてやっと発見した最も楽しめる飲み方だ。
カップをテーブルに置いて、
「風呂に入って来ますね」
と言った。
今映画、すごく良いところやで? ととっくに飲み終えたミカゲが引き止めたが、
「もう何度も観ていて台詞も暗記してるくらいなので平気です」
と笑って風呂場へ行ってしまった。
彼が風呂から上がると、そこには開いた歴史書に突っ伏して寝るミカゲの姿があった。
いかにも疲れ果てて力が抜けたような寝方だ。
「あなたは頑張りすぎですよ」
ずいぶんぐっすり眠っているようなので肩をそっと掴んでソファにそのまま寝かせてやる。そして薄手のタオルケットをかけた。
ベッドで寝かせてやったほうが良いかと考えていたが、彼女を起こすのは可哀想だ。
静かに寝る用意をしてベッドに横たわり消灯した。
翌朝ミカゲは思い切り起き上がった。悪い夢に起こされてしまった。
マコトはまだ夢と現実の間にいるような彼女に「おはようございます」と挨拶する。
ミカゲは自分がソファで寝ていたことに気付いたが、思いの外快適な目覚めだ。このソファいくらくらいするんだろう、なんてことを考えつつ挨拶を返す。
「焼き魚、食べます?」
「マコト君、料理も出来るなんて本当に完璧……! というかせっかくお泊まりしたのに何もしなかったやん、もったいないことしたわ」
「何もしませんよ、何言ってるんですか」
呆れ顔で焦げる寸前の焼き魚をグリルから取り出す。
「昨日髪乾かしてないし歯も磨いてない、マコト君に不潔な女って思われちゃうよやだよう」
「歯ブラシ、出しておいたので使ってください。でもヘアセット用品あまり持っていないです、すみません」
いろいろ言っていたが、ミカゲは元よりストレートヘアなのできっちりとポニーテールに結い上げる。
2人で焼き魚を食べ終わってから、ミカゲは感謝を繰り返し述べてこの家を去っていった。
彼女の香りはその後もずっと残っていた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる