ある日、僕は全知全能になった。

暁月ライト

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全知全能と体育

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 まだ朝日が差す教室の中で、僕はボーっと教室の入り口辺りを眺めていた。別に、そこに何がある訳でも無い。寧ろ、誰も居ないからそこに視線を向けていただけだった。

「どうしたんだ、治。ボーっとしてるぞ」

「そうだよ。僕は今、ボーっとしてるんだ」

 話しかけて来た善斗に、僕はオウム返しの如くそう答えた。昨日、助けた人達のことが、あの出来事が漠然と頭に残っていた。それを今、思い出していたという訳でも無いけど、それが原因でボーっとしていたのには違いない。

「何でだよ。眠いのか?」

「いや、眠い……言われてみれば、眠いかも」

 そういえば、昨日はあんまり眠れなかった。精神的にショックを受けた訳じゃないけど、単純に興奮冷めやらぬという奴だろう。

「んだそれ……眠いなら顔洗ってきたらどうだ?」

「んー、大丈夫」

 僕は首を振り、そして入り口から担任の教師が入って来るのを見た。

「っと、来たか。授業で寝んなよ」

「勿論」

 善斗は去り際も怪訝そうにこちらを見ていたが、僕は気付かないフリをして黒板の方に視線を戻した。

「おーい、お前ら座れよー」

 担任の教師が手を叩いて声をかけると、駄弁っていた生徒たちは席に着き始めた。そして、今日もまた日常が始まるのだった。



 ♢



 時は流れて、四時間目。体育の授業を迎えた僕はルールも碌に理解し切れていないサッカーをやらされていた。

「へい、パスパス!」

「マイボマイボマイボ!」

 サッカー語を叫ぶクラスメイト達を引いて見ながら、僕はゴールから左側に行った隅っこの辺りで立っていた。サッカーのルールは未だに良く分かっていない。オフサイドとか、一体何の話やらといった感じだ。

「宇尾根ー、全然動いてないじゃん? 体育なんだから、きびきび動かないとでしょ」

 そんな僕の下に、黒崎さんが寄って来てそう言った。余計なお世話だと言いたい気分だったが、僕は愛想笑いを浮かべておいた。

「あはは、そうだね」

「そうだね、じゃなくて……ほら、行くよー?」

「……わかったよ」

「ぷっ、なんか不服そうじゃん。さては宇尾根、サボり魔だねー?」

 僕は渋々動き出し、ボールのやり取りをしている敵のゴール側に向かおうとして……

「あッ」

「ん?」

 こちらを向いたままの黒崎さんに飛来したボールに気付いた。だけど、黒崎さんは気付いていない。このまま進めば頭に当たって怪我をする。何度かの戦闘を経験した僕は、流れる時の中で素早くそう結論付けた。

 弾け。

 僕は手を伸ばし、黒崎さんに向かって行くボールに手を触れた。無理をして触れに行った僕の手は、本当ならボールの勢いに負けて黒崎さんの顔にぶつかっていたところだったけど、ボールが僕の手に触れた瞬間に魔法のように弾かれたお陰でそうはならなかった。

「う、宇尾根……ありがと」

 黒崎さんは息を呑んでいたが、平静を取り戻すと照れたようにそう言った。

「ハンドって、どうなるんだっけ……」

 しかし、僕は全く別の心配をしていた。今、僕は間違いなく手でボールを弾いてしまった。サッカーのルールを碌に知らない僕ですら知っている、ハンドである。でも、ハンドをするとどうなるのかは知らない。

「一点入ったりするのかな……」

「いや、ここだとフリーキックだと思うけど……宇尾根のせいじゃないよ、私がボール見てなかったのが悪いし」

 黒崎さんはそう言うと、こっちに寄って来ていたクラスメイト達の方に歩いて行った。

「ハンドー! ハンドやろ今の?」

「うん、ごめん。私がボーっとしてたから宇尾根君が……」

 黒崎さんが代わりに説明してくれているのを見て、僕はひっそりと静かに気配を消した。

「宇尾根ー! さっきのハンド、無しにしてくれるって!」

 そして、気配を消していた僕の下に駆け寄って来た黒崎さんがそう嬉しそうに叫んだ。

「……黒崎さんは凄いなぁ」

 僕が話に行ったら、絶対に冷たい目で見られてフリーキックが確定していただろう。フリーキックが何なのかもちゃんとは分かってないけど。

「凄いのは宇尾根だよ! 何か、ボールも凄い勢いで吹っ飛んでいったし……もしかして、宇尾根って運動神経良かったりする?」

「しないよ……いや、するかも?」

「ぷふっ、何それ?」

 思わず否定した僕だったが、その言い訳である程度誤魔化していく必要があるかと考えて意見を翻した。でも、よく考えたらそんな誤魔化し通用する筈がない。結構、色んな無様を僕はクラスメイトに見せて来た自信がある。

「いや、やっぱりしないね。前の体力テストも、僕は軒並み平均以下だったんだ」

「確かに、それは良くないかも……あ、でも隠されたセンスとかあるんじゃない!?」

 無いよ。いや、あるけど。全知全能っていう圧倒的な隠されたセンスが。

「ふーん……ありがと」

「さっき聞いたよ、それ」

 僕は素気無く感謝を切り捨て、僅かに赤くなってしまっているであろう顔を見せぬように今度こそサッカーボールを追いかけた。
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