ある日、僕は全知全能になった。

暁月ライト

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全知全能とお嬢様

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 料理が運ばれてくるより先に、安堂さんが帰って来た。

「お待たせしてしまい、誠に申し訳ございません」

「あ、大丈夫ですよ。ドリンクバー行ってただけなんで」

 流麗な動きで軽く腰を折って頭を下げた安堂さんに、僕は寧ろ弁明するように返した。

「そう言っていただけると助かります……ただ、重ねて申し訳ないのですが、もう一つよろしいでしょうか」

 僕が首を傾げると、安堂さんは席に座ることなく僅かに視線を下げた。

「実は、ですね……事の顛末を報告したところ、お嬢様がどうしてもこちらにおいでになりたいと仰せでございまして」

「あー、なるほど……」

 どうしよう、結構逃げたいような気持ちもある。でも、子供相手だし断るのもちょっと可哀想だ。

「分かり、ました」

「申し訳ございません……何度か、私からもお止め申し上げたのですが」

「あはは、いやいや、大丈夫ですよ」

「ご迷惑をおかけいたします」

 僕がひらひらと手を振って愛想笑いを返している間、ユモンは熱心にメニューを読み込んでいた。こいつ、さてはまだ頼む気だな。間違いない。知ってたけどさ。

「次はこのマルゲリータだな!」

「うん……」

 僕は机に備えられている注文用のタブレットを操作し、マルゲリータをカートに入れておいた。これで、後は注文を押すだけである。

「あ、でも……お嬢様の住んでる家って、遠くないんですか?」

 確か、全知全能情報によるところ中央区に住んでるって話だった筈だ。別に来れないって言うほど遠い訳では無いけど、ここら辺までは車でも二十分くらいはかかる場所だった筈だ。

「近くはありませんが……お嬢様は、この辺りの支配者で御座いますので」

 安堂さんの言葉と同時に、店の扉が開くのが見えた。そこから入って来るのは、凄まじい存在感を放つ黒紫色のドレスを身に纏った少女だった。小柄で華奢、端正な顔立ちに美しい黒の髪。そして、吸い込まれるような黒紫色の目。
 このファミレスには似つかわしくない、どこからどう見てもお嬢様……とかの次元を超えてる少女は、店員が声をかけることも躊躇っている間にカツカツと靴の音を立てて僕らの方に歩いて来た。

「待ったかしら? 私が紫苑よ」

 短く、しかし堂々とその少女は僕らに告げた。

「……あ、はい。えっと、宇尾根です」

「ウオネ? 変な名前、クリオネみたいね」

「は、はい……」

「お嬢様。失礼ですよ」

 若干のショックを受けている僕を見て、安堂さんはお嬢様に目を細めて叱った。が、当の本人は堪えている様子も無いようだった。

「宇尾根、私のカラスからどうやって指輪を取り戻したの? 教えなさい」

「えっと、あの……指輪の機能、みたいな感じで。ね?」

「んぁ? あァ」

 未だにメニューを読み込んでいるユモンに振ると、ユモンはただ気の無い返事を返した。おい、契約相手様が困ってるんだぞ、助けてよ!

「ふーん、指輪の機能ね……」

「あ、あはは……」

 じっと、僕の指に嵌められている黄金の指輪を見つめて来るお嬢様。僕、こういう女王様タイプみたいな、気の強い女の人苦手なんだよね……僕が気が弱いからだろうけどさ。

「ねぇ、指輪はどこにあるの?」

 じっと、黒紫色の目が僕に圧をかける。僕はそのプレッシャーに、思わず安堂さんの方に視線を逸らした。

「私が預かっております。もう、装着なされますか?」

「ふん、先ずは見せて貰うわ」

「承知致しました。こちらになります」

 到底ファミレスで行われているものとは思えないような会話を横目に、僕は隣でユモンが覗き込んでいるメニューを一緒に覗き込んだ。

「お、これとか美味しいよ。僕も何回か食べたことあるけど、めっちゃおススメ」

「何だよ急に。まァ、そこまで言うなら後で頼むけどよ」

 僕の作った指輪を査定される瞬間を見ないように、僕はユモンと話している風を装った。でも、大丈夫。そのドリアが美味しかったのは本当だから。

「な、なにこれ……!?」

 お嬢様の声に、僕はチラリと視線を向ける。そこには、銀色の指輪を手に持って驚愕の表情で目を見開いている紫苑ちゃんの姿があった。

「こ、これはなに!?  ど、どこで手に入れたの!? どうやったら、こんな物が……作られたもの? いや、だとしても現代の技術じゃ絶対無いし……な、なんなのこれ!? ありえない、ありえない……こんな物が存在してるなんて……ッ、しかもこの保護機能、魔術的なものじゃないよ!?」

「お嬢様、店内で御座いますのでお静かに」

「ん……」

 紫苑ちゃんは僅かに眉を顰めた後に、無詠唱で魔術を発動した。その身が影に覆われたような錯覚と共に、存在感がこの世界から薄れた。すると、途端に集中していた視線が散り始める。僕も魔術を扱えなければ、周りの人と同じように紫苑ちゃんの存在を忘れていただろう。

「ねぇ、あの……これ、本当にくれるの?」

「は、はい」

 しかし、紫苑ちゃんの目からその圧力は消えていなかった。僕は頷きながら視線を逸らした。

「ッ、なんでさっきからビビってるのよ」

「いや、あの……僕、気が弱いんで……」

 それと、完全に魔術士として上を行かれていることに気付いたというのもある。凄い魔術士には嫌な思い出があるからね。図書館で覗いた時には凄く怖い思いをした。アレは僕が悪いんだけどさ。

「指輪を渡してご飯食べたら直ぐ消えるんで……」

「ッ!」

 ピシリと、罅が入るような音が聞こえた。

「うぅ……そんなに怯えなくても、良いじゃん……!」

「ち、ちがっ、ごめん。怯えて無いよ。全然、ビビってないから。僕、最強だから!」

 闇に染め上げられた魔力が、不安定に溢れ始めた。マズい、まだ指輪は嵌められていない。所有者の登録が済んでいない状態で、効果は発揮されない。そういう風に僕が作ったからだ。

「ッ、お嬢様……!」

「ユモンッ!!」

「んァ、はいはい」

 僕は視線をユモンに向けた。このままじゃ、不味い。店ごと吹き飛んだっておかしくない。そんな危険な、魔力の高まりだった。

「落ち着けよ、お嬢ちゃん」

 ユモンが肩に手を置き、紫苑ちゃんの目を覗き込む。すると、絡まっていた紫苑ちゃんの感情の糸が解けたように、高まっていた魔力は何事も無く収まっていく。

「ぁ……」

「大丈夫だ。落ち着けば、なんてことねェ。だろ?」

 紫苑ちゃんは糸が切れたように席に座り込み、ボーっとユモンを見上げていた。
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