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満月のもと
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烈とした赫。金色の光と化して舞い踊る火の粉。わたしを包む焔。
今宵、罪無くしてわたしは焼かれる。両手は後ろ手に鎖で縛(いまし)められ、口には猿轡を咬まされて。
わたしは月世界の住人。物心ついた頃からそう呼ばれて育ち、これまでを生きて来た。それが真実であろうとなかろうとそんなことはどちらでもいい。
確かにわたしは、常のひととは違っていた。身の丈三寸の赤子として竹藪で翁に見つけられ、三月ばかりで一人前の女となった。わたしの見てくれ、陽の光に すら透けない丈なす黒髪、宙宇からさす月光の如き、冴え冴えとした白き肌。漢(おとこ)は皆、一目見るなりわたしに迷った。
けれどわたしは、人間だ。指先を切れば赤い血が滲み、満開の桜を見れば美しいと思う。そのわたしが人ならざる者だと最初に言い出したのは誰なのだろう。 わたしを見つけた翁、讃岐造(さぬきのみやつこ)か、それとも、わたしに「なよ竹のかぐや姫」という名を与えた御室戸斎部(みむろどいんべ)か。或いは、 わたしを妻にと望み果たせなかった石作皇子、車持皇子、それとも。いや、考えることはすまい。もはや、詮ないこと。いずれも愚かな、そして愛すべき地上の 人間たちだ。
そう、この地上の者たちは、愚か極まりない。皆、死を畏れている。不老不死を欲している。だからこそ、かれらはわたしに目を付けた。
それはわたしから見向きもされなかった求愛者たちの差し金。無理難題を吹っ掛け、詰まらぬ恋の駆け引きを諦めさせようとした五人の公達の報復。かれらは 無邪気な帝の耳に、まことしやかに囁いた。人外の者、月人を生きたまま焼き、その亡き骸を砕いて灰にしたものこそが不死の霊薬だと。それを服んだ者は、永 遠の命を得られるのだと。報復のため、或いは立身出世のため、かれらはわたしを利用することに決めたのだ。だからわたしはいま、ここにいる。表向きは、あ くまで入内という形式で。六衛府(近衛兵)まで担ぎ出し、二千人もの兵を送り込んでの嫁取りなど、前代未聞だ。それを考えただけでも、わたしは苦笑を禁じ 得ない。
刻は子の刻、今宵は宴。空には満月。雲一つなく、通う夜鳥の姿すら宿らせぬ。宴というのに、参列の殿方が盃を持つ手は鈍くて重く、侍(はべ)る女御は皆、俯いたまま。宴の主賓、中庭に引き摺りだされたわたしは、立てた棒杭に縛り付けられ、そして火を放たれる。
裾に、袖に火が移り、わたしは激しく身悶える。猿轡が外れ、絶叫する間もなく、入り込んで来た黒煙と炎とが、わたしの喉と肺臓を焦がした。声すら上げら れぬわたしの意識は、高く上昇した。九天をかがよい舞う鳥のように、わたしは召し出された屋敷の全貌を見下ろした。
厨(くりや)で酒肴の支度に忙しい下人、太刀を佩き、槍を手にした退屈そうな門兵。おや、突然、闇の中からまろび出たふたつの影が、門兵の足元に縋り付いたではないか。懐かしいかれらの姿を目にしたとき、初めてわたしは涙ぐんだ。
翁。媼。わたしを見つけ、育ててくれたあなたたちに恨みはない。あなたたちは悪人ではない、ただ、ほかの多くの人々と同じに、弱かっただけ。求婚者を素 気無くあしらうわたしに入内の話が持ち上がったとき、それに抗う術も気概も持たず、互いに目を見合わせ、それがかぐやの幸せよと、決して本心ではない言葉を囁き交わしただけ。それでも、二人して駈けつけて来たというのは、虫の知らせか、或いは、なけなしの良心の呵責か。
うちの大事な娘は何処(いずこ)?
門を護る兵士は大男。手にした槍がたとえなくとも、それ以上詰め寄ることなど、老いたふたりに出来よう筈もない。
わたしは裂けた唇に薄い笑みを刷く。
さあ、此方(こちら)へおいでなさい。わたしは御殿の中庭にいる。そこで皆の晒し者になっている。勇気があらば此処(ここ)へ来て、焔のなかを覗いて御覧。そこに、燃えゆくわたしが見えるから。
翁と媼は項垂れて、互いの肩を寄せ合い、踵を返す。あの娘は月へ還ったのだ、自らを慰めるようなそんな呟きを言い聞かせあいながら。そう、それでいい。わたしは月へ還るのだから。
わたしの意識は、再びもとの肉体へ戻る。この地上に縛り付けられた、煤と化そうとしている形骸(むくろ)。焼け爛れた瞼をおろすことも叶わぬまま、御縁のうえの帝の姿を目に映す。なんという、清らかで無邪気でそして愚かな男。永遠の命、尽きぬ生、そんなものが本当に欲しいのだろうか。それ程恐ろしい呪いな ど、この世の何処にもないというのに。
そうだ、これは呪い。わたしの肉が、骨が、わたしの全てが燃え尽きて灰に、塵になったとしても、この呪いは消えることはない。決して終わることはない。 永遠を望む者たち、そしてその後胤たちよ、呪われてあれ。今宵、わたしは燃えて尽きる。だが、わたしの骸へ手を延ばしたこの時代のすべての者のうえに、こ の呪いは降りかかる。眠りも安らぎも、解放も約束されぬ世界に堕ちるがいい。
わたしは炎の衣をまとう。この焔こそが、天の羽衣。すべての憂いを消し去る妙薬。翁、媼、あなたたちへの未練も思慕も、生への執着も、胸の痛みもすべてを洗い流してくれる。
見上げれば、頭上に血色の月。この地上の出来事には無関心な、冷たい満つ月。だから、わたしは謡う。天へ立ちのぼる煙にも似た、誰にも聞こえぬか細い声で。
嗚呼、今宵はなんと美しい、幸せな夜だろう。
《了》
今宵、罪無くしてわたしは焼かれる。両手は後ろ手に鎖で縛(いまし)められ、口には猿轡を咬まされて。
わたしは月世界の住人。物心ついた頃からそう呼ばれて育ち、これまでを生きて来た。それが真実であろうとなかろうとそんなことはどちらでもいい。
確かにわたしは、常のひととは違っていた。身の丈三寸の赤子として竹藪で翁に見つけられ、三月ばかりで一人前の女となった。わたしの見てくれ、陽の光に すら透けない丈なす黒髪、宙宇からさす月光の如き、冴え冴えとした白き肌。漢(おとこ)は皆、一目見るなりわたしに迷った。
けれどわたしは、人間だ。指先を切れば赤い血が滲み、満開の桜を見れば美しいと思う。そのわたしが人ならざる者だと最初に言い出したのは誰なのだろう。 わたしを見つけた翁、讃岐造(さぬきのみやつこ)か、それとも、わたしに「なよ竹のかぐや姫」という名を与えた御室戸斎部(みむろどいんべ)か。或いは、 わたしを妻にと望み果たせなかった石作皇子、車持皇子、それとも。いや、考えることはすまい。もはや、詮ないこと。いずれも愚かな、そして愛すべき地上の 人間たちだ。
そう、この地上の者たちは、愚か極まりない。皆、死を畏れている。不老不死を欲している。だからこそ、かれらはわたしに目を付けた。
それはわたしから見向きもされなかった求愛者たちの差し金。無理難題を吹っ掛け、詰まらぬ恋の駆け引きを諦めさせようとした五人の公達の報復。かれらは 無邪気な帝の耳に、まことしやかに囁いた。人外の者、月人を生きたまま焼き、その亡き骸を砕いて灰にしたものこそが不死の霊薬だと。それを服んだ者は、永 遠の命を得られるのだと。報復のため、或いは立身出世のため、かれらはわたしを利用することに決めたのだ。だからわたしはいま、ここにいる。表向きは、あ くまで入内という形式で。六衛府(近衛兵)まで担ぎ出し、二千人もの兵を送り込んでの嫁取りなど、前代未聞だ。それを考えただけでも、わたしは苦笑を禁じ 得ない。
刻は子の刻、今宵は宴。空には満月。雲一つなく、通う夜鳥の姿すら宿らせぬ。宴というのに、参列の殿方が盃を持つ手は鈍くて重く、侍(はべ)る女御は皆、俯いたまま。宴の主賓、中庭に引き摺りだされたわたしは、立てた棒杭に縛り付けられ、そして火を放たれる。
裾に、袖に火が移り、わたしは激しく身悶える。猿轡が外れ、絶叫する間もなく、入り込んで来た黒煙と炎とが、わたしの喉と肺臓を焦がした。声すら上げら れぬわたしの意識は、高く上昇した。九天をかがよい舞う鳥のように、わたしは召し出された屋敷の全貌を見下ろした。
厨(くりや)で酒肴の支度に忙しい下人、太刀を佩き、槍を手にした退屈そうな門兵。おや、突然、闇の中からまろび出たふたつの影が、門兵の足元に縋り付いたではないか。懐かしいかれらの姿を目にしたとき、初めてわたしは涙ぐんだ。
翁。媼。わたしを見つけ、育ててくれたあなたたちに恨みはない。あなたたちは悪人ではない、ただ、ほかの多くの人々と同じに、弱かっただけ。求婚者を素 気無くあしらうわたしに入内の話が持ち上がったとき、それに抗う術も気概も持たず、互いに目を見合わせ、それがかぐやの幸せよと、決して本心ではない言葉を囁き交わしただけ。それでも、二人して駈けつけて来たというのは、虫の知らせか、或いは、なけなしの良心の呵責か。
うちの大事な娘は何処(いずこ)?
門を護る兵士は大男。手にした槍がたとえなくとも、それ以上詰め寄ることなど、老いたふたりに出来よう筈もない。
わたしは裂けた唇に薄い笑みを刷く。
さあ、此方(こちら)へおいでなさい。わたしは御殿の中庭にいる。そこで皆の晒し者になっている。勇気があらば此処(ここ)へ来て、焔のなかを覗いて御覧。そこに、燃えゆくわたしが見えるから。
翁と媼は項垂れて、互いの肩を寄せ合い、踵を返す。あの娘は月へ還ったのだ、自らを慰めるようなそんな呟きを言い聞かせあいながら。そう、それでいい。わたしは月へ還るのだから。
わたしの意識は、再びもとの肉体へ戻る。この地上に縛り付けられた、煤と化そうとしている形骸(むくろ)。焼け爛れた瞼をおろすことも叶わぬまま、御縁のうえの帝の姿を目に映す。なんという、清らかで無邪気でそして愚かな男。永遠の命、尽きぬ生、そんなものが本当に欲しいのだろうか。それ程恐ろしい呪いな ど、この世の何処にもないというのに。
そうだ、これは呪い。わたしの肉が、骨が、わたしの全てが燃え尽きて灰に、塵になったとしても、この呪いは消えることはない。決して終わることはない。 永遠を望む者たち、そしてその後胤たちよ、呪われてあれ。今宵、わたしは燃えて尽きる。だが、わたしの骸へ手を延ばしたこの時代のすべての者のうえに、こ の呪いは降りかかる。眠りも安らぎも、解放も約束されぬ世界に堕ちるがいい。
わたしは炎の衣をまとう。この焔こそが、天の羽衣。すべての憂いを消し去る妙薬。翁、媼、あなたたちへの未練も思慕も、生への執着も、胸の痛みもすべてを洗い流してくれる。
見上げれば、頭上に血色の月。この地上の出来事には無関心な、冷たい満つ月。だから、わたしは謡う。天へ立ちのぼる煙にも似た、誰にも聞こえぬか細い声で。
嗚呼、今宵はなんと美しい、幸せな夜だろう。
《了》
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