【R18】壁の花は愛されたい

ToRa

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7 扉の奥の秘め事②

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 流れる涙に気づいたアルバールは、解きかけていたリボンを掴んだままピタリと動きを止めた。数秒の間、目を閉じ軽く息を吐いた後、ゆっくりと手を下ろした。
 
 拭う事も出来ない涙が頬を伝っている。安心と同時に、カトリーヌは離れた体温を少し寂しく思っている自分に気づいた。

「……すまない」

 ハンカチで頬を伝わる涙を優しく拭われる。そのまま後ろから包まれるように抱きしめられた。

 ビクッとカトリーヌの体が揺れる。すぐに、アルバールの腕が少し弱まり、そっと触れるか触れないか程度の強さになった。
 
 アルバールの頭はカトリーヌの肩に乗せられ、柔らかな黒髪が頬をくすぐる。
 
「……カトリーヌ。好きだ。私を選んで欲しい」

 許しを請うような、祈るような囁きが肩口から聞こえる。

「リリア王女の侍女として懸命に働く君を守りたくて、同志のような存在に甘んじていた。それなのに……急に婚約だと聞かされ……っ」

 アルバールの握り込まれた拳が小さく震えている。
 
「婚約の話をした時、思い出したのは何だ? そのドレスを贈った男に何を言われた? どんな事をされた? そいつを思い出しながら真っ赤になって恥ずかしがる君を見て、気が狂いそうだった」
 
 強く握られた拳はさらに固さを増していく。抑えられない感情がカトリーヌにも伝わってくる。だが、肩に頭を置いたアルバールの表情は見えない。
 
「家の力で婚約を迫る事もできたが、君はそういったやり方を望まないだろう。セドリックとリリア王女の様なお互い思い合う関係に憧れている。だから時間をかけて見守っていたんだ。ーーだが……」
 
 ゆっくりと顔を上げ、カトリーヌの前に立ったアルバールは、いつもの穏やかさは無く、悔しそうな、余裕が見られない表情でカトリーヌを見つめる。

「君に何も告げず、怒りに我を忘れた事は謝ろう。怖い思いをさせて申し訳なかった」
 
 アルバールが頭を下げるが、カトリーヌは何も答える事が出来ない。

 ドレスのせいで軽く扱われたのでは無い事に安堵したのと同時に、今まで押し込んできた自分の気持ちに向き合う事に不安を覚える。
 
 下級貴族であるカトリーヌが、アルバールと結ばれる事は無いと思ってきた。

 王宮騎士達はカトリーヌの事を遊び相手としてしか捉えていない。それは明確な身分の差があるからだ。

 だから、どんなに優しくされても、どんなに一緒にいても、私を選ばないアルバールを好きになる事は、苦しい結果になると自制してきた。

 同志でいい。側にいて優しく穏やかに接してもらえるだけでいい。そうやって、気持ちに蓋をしてきた。
 
 だがあの日、図書室での出来事は、カトリーヌに大きな衝撃を与えた。

 幸せだと微笑むリリアを見て、堂々と相手を好きだと言える恋がしたいと強く憧れた。

 リリアのように愛されたい。セドリックの様に自分を大事にしてくれる相手に求めて欲しい。

 そんな相手に出会いたい。ーーたとえそれがアルバールでなくとも。


 そんな時に丁度よく舞い込んできた婚約話だったのだ。同格の貴族男性とする気兼ねない会話や、やり取りにカトリーヌが浮かれていたのは間違いない。

 自分の為に選ばれたドレスなら、自信を持って王宮の夜会にも参加する事ができる、アルバールの隣にも堂々と立つ事ができる、そう思ってしまうほどだった。


 カトリーヌは、アルバールを見つめながらゆっくりと口を開いた。

「私みたいな下級貴族が、アルバール様を好きになってもいいのですか? アルバール様の優しい眼差しを私だけに向けて欲しいと願ってもいいのですか……?」

 今まで抑えて来た気持ちを言葉にするのは、とても不安だった。

 出してしまった心の声は、戻すことができない。次から次へと蓋をしてきた感情が溢れ、涙が頬をつたう。拭いたばかりの頬を濡らしていく。
 
「…っ。カトリーヌ。きみをだけを愛してるよ。安心して君が思うように私を好きになってくれ」

 いつもの優しい笑みを浮かべたアルバールに、ぎゅっと抱きしめられる。
 
「好きです。好きですっアルバール様……! 私だけにその優しい目を向けて欲しい。見つめて欲しい。それから……っ」

 今まで言えなかった願いが、ボロボロと言葉になって溢れるが、すぐに、アルバールによって塞がれそれ以上言葉を発する事ができなくなった。

 唇を舐められ、同じようにアルバールの唇を舐め返した。舌を絡めあい、唾液が溢れるのも気にならないほど、深くキスを受け入れる。
 
「っあっん……はっ ふっぁ」

 うまく息もできず、漏れ出るのは声にならない吐息だけだった。夢中になり、何も考えられなくなった時、アルバールの唇がちゅっと音を立てて離れていく。
 
 離された濡れた唇に名残惜しさを感じ、手を伸ばそうとしたところ、それまで抱えていたピッチャーが手から滑り落ちた。

 すぐに、パシッとピッチャーを受け止めたアルバールはカトリーヌを見てニヤリと目を細める。
 
「落とさないでって言ったのに。悪い子だ」
 
 その瞳はあの日みたセドリックの様に熱をもってカトリーヌだけを映していた。
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