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3 思い出すのは
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「はぁ~……」
いつものように、リリアが住む王族専用の宮へと続く廊下を歩いていた。
気を抜くと、リリアの艶かしい声と、「幸せよ」微笑んだ美しい顔が思い出され、身体中に駆け上がる熱が顔に集まるという事を繰り返していた。
(あんなに、幸せそうな、美しいリリア様ですもの。セドリック殿下が止まらないのも仕方ないのかも……)
もともと、リリアを侍女として仕える主人という関係以上に、崇拝しているカトリーヌだったが、息を呑むほど美しい姿に女性として憧れを抱いた。
(私もリリア様のように、誰かに愛されたら、あんなに風に美しく見えるのかしら)
ふと、抱いた感情だった。
ーーリリアのように誰かに愛されてみたい
自分にもあんなに夢中になれる相手は出会えるのだろうか。もちろん今すぐに誰かと恋愛がしたい訳ではない。仕事が生き甲斐だし、リリアの側に侍ることを誇りに思っている。
ただ、いつか自分もあんな風に幸せに微笑んでみたいという気持ちは日に日に強くなっている。
それなら相手はーー
すぐに思い浮かんだのは、優しそうに笑うアルバールの顔だった。だが、すぐに首をふってその想像を打ち消した。
(アルバール様は侯爵家の方。そんな大貴族が私を相手にするはずないじゃない)
爵位を理由に、カトリーヌに対して横柄な態度をとる王宮騎士が多い中、アルバールはカトリーヌを侍女として認め、セドリックやリリアと共にいる事を何の疑いもなく受け入れてくれた。
アルバールに、浮ついた気持ちが少しでもある事を知られる訳にはいかなかった。仲間として認めてくれている相手に、一瞬でも夢見てしまった自分が酷く恥ずかしく思える。
(現実を見るのよ。築いてきた信頼を壊してはいけないわ)
気持ちを振り切るように、急ぎ歩みを進めると、王族専用の宮の入り口に一人の騎士が立っているのが見えた。王宮の入り口の警備のため、騎士の中でも位が高い者がしている事が多い。
カトリーヌはここを一人で通るのがとても苦手だった。
「おい。止まれ」
「……私はリリア様の専属侍女のカトリーヌ・ディルバーです。お通しください」
ニヤニヤと笑いながらカトリーヌの前に手を広げた兵士が立つ。
「名前も知らぬ侍女が、王族の寝所に入れるわけがないだろ。伯爵筋である私でさえ、入り口止まりなんだぞ。どうしても入るなら侍女長に言って身分証を書いてもらってこい」
「それではリリア様のお支度に間に合いませんっ」
何度も出入りをしているし、顔も知っているはずなのだが、毎回、カトリーヌ一人の時は、名を名乗れと言われてきた。子爵令嬢の顔など覚える気もないと言わんばかりだった。
ニヤニヤとカトリーヌの反応をみてて笑い続けている騎士は、上から下までカトリーヌを舐め回すように視線を動かした。
次は何を言われるのか恐怖に体が勝手に震えている。
リリアの侍女になったばかりの頃は嫌がらせは日常茶飯事だったが、最近減ってきていたので油断をしていた。王宮付きの他の侍女と共に向かえばよかったのだが、考え事に夢中になってしまい、フワフワした気持ちのまま来てしまったのが失敗となった。
「あぁ……。一つ約束したらこのまま通してやってもいい」
「それは……?」
「今夜、俺に付き合え。殿下まで籠絡した体、なかなか楽しめそうだ」
「っ……!」
「子種はやらないからな。子爵家と婚姻を結ぶ気はないんだ」
あまりの言いぐさに怒りで目眩がする。
セドリックの一存でリリアの専属侍女になったカトリーヌは、子爵令嬢という身分からの抜擢に、当時、一部の高位貴族達からセドリックのお手つきなのではないかという噂をたてられていた。
もちろん、リリアに誓ってそんな事実はないのだが、いまだに疑っている人がいるのも気づいてはいた。だが、こんなにも直接的に言われたのは初めてだった。
「……身分証を申請してまいります」
「なんだつまらんな」
こんな人が貴族で、しかも、王宮を守っているだなんて信じられなかった。セドリックに対しても不敬にあたるため、報告してもいいのだが、騒いでリリアの耳に入るのは避けたかった。
小さく息を吐いて、進んできた廊下を戻ろうと、振り返った時、自分の頬に涙が落ちていることに気がついた。
ここで涙を拭くと、後ろの騎士に泣いていることがバレてしまいそうで、涙はそのままにして歩いていく。
傷ついているなんて思われなく無かった。
(あの角まで、しっかり歩くのよ)
しゃくりあげそうになる呼吸を必死に整えてやっと騎士から見えなくなる場所まで足を動かす。
もう力を抜いてもいいと思った瞬間に、固い何かにぶつかった。
「カトリーヌ嬢」
「……っ!」
すぐ、目の前に騎士隊服の胸元が見え、アルバールの低い声が耳に響いた。
顔を上げる事はできなかったが、ピクリと体が震えた拍子にポタポタッと涙が足元に落ちてしまった。
「どうした?」
心配そうなアルバールの声に、更に視界が歪むが、こんな情けない姿を見せたくなかった。
「なっんでもありません。目が痛むので少し侍女長のところまで行ってまいります」
下を向きながら、顔を上げる事なく、その場を立ち去ろうとしたとき、アルバールの大きな手がカトリーヌの頭を優しく引き寄せた。
目の前にあった隊服が一気に視界いっぱいに広がり、頬に上質な隊服の生地が触れる。
「私が、君の涙を見逃す訳ないだろ」
片腕に抱きかかえられるようにして、胸に顔を埋めている体勢と、耳元に聞こえる低い声に思わず叫び出しそうになった。
「アっアルバール様! ほんとうに……っ!」
「ダメだよ。そのまま行かせないよ」
アルバールの優しい声と、髪に触れる手がカトリーヌを包み込んだ。
「私を頼ってはもらえないのかな?」
「アルバール様の手を煩わせる程の事ではないのです」
「泣いているじゃないか」
「これは……」
アルバールとの距離の近さに、何も考えることができなくなってしまったカトリーヌは、上手い言い訳や言い逃れは何も浮かばなかった。
「……君が元気がないとリリア様が心配するよ。そうするとセドリック殿下まで騒ぎだすからね。隠し事は良くないよ。そっちの方が後々、大事になる」
「っ……それは……」
「ちゃんと話すまで、このままでいるよ」
しっかりと、抱き寄せられ、本当に話すまで、離してはもらえなそうだと悟った。
アルバールの胸に顔を埋めながら、寝所に続く扉を通してもらう事ができなかったと搾り出す様な音量でボソリと伝えた。
侍女長に身分証を書いてもらう為に引き返すところであったと続けて説明する。
話をしながら、優しいアルバールの「そうか」という頷きに、我慢し続けていた涙が決壊するようにボロボロと溢れ、目の前の隊服を濡らしていく。
「無理矢理聞き出してすまない。その涙が落ち着くまでこのままでいて」
アルバールの声が更に優しくなった。髪を撫でていた手は肩を抱き、今は体ごと抱きしめられているようだった。
騎士から相手をしろと言われた事はさすがに言えなかったが、その嫌悪感もアルバールによって打ち消されていくようだった。
いつものように、リリアが住む王族専用の宮へと続く廊下を歩いていた。
気を抜くと、リリアの艶かしい声と、「幸せよ」微笑んだ美しい顔が思い出され、身体中に駆け上がる熱が顔に集まるという事を繰り返していた。
(あんなに、幸せそうな、美しいリリア様ですもの。セドリック殿下が止まらないのも仕方ないのかも……)
もともと、リリアを侍女として仕える主人という関係以上に、崇拝しているカトリーヌだったが、息を呑むほど美しい姿に女性として憧れを抱いた。
(私もリリア様のように、誰かに愛されたら、あんなに風に美しく見えるのかしら)
ふと、抱いた感情だった。
ーーリリアのように誰かに愛されてみたい
自分にもあんなに夢中になれる相手は出会えるのだろうか。もちろん今すぐに誰かと恋愛がしたい訳ではない。仕事が生き甲斐だし、リリアの側に侍ることを誇りに思っている。
ただ、いつか自分もあんな風に幸せに微笑んでみたいという気持ちは日に日に強くなっている。
それなら相手はーー
すぐに思い浮かんだのは、優しそうに笑うアルバールの顔だった。だが、すぐに首をふってその想像を打ち消した。
(アルバール様は侯爵家の方。そんな大貴族が私を相手にするはずないじゃない)
爵位を理由に、カトリーヌに対して横柄な態度をとる王宮騎士が多い中、アルバールはカトリーヌを侍女として認め、セドリックやリリアと共にいる事を何の疑いもなく受け入れてくれた。
アルバールに、浮ついた気持ちが少しでもある事を知られる訳にはいかなかった。仲間として認めてくれている相手に、一瞬でも夢見てしまった自分が酷く恥ずかしく思える。
(現実を見るのよ。築いてきた信頼を壊してはいけないわ)
気持ちを振り切るように、急ぎ歩みを進めると、王族専用の宮の入り口に一人の騎士が立っているのが見えた。王宮の入り口の警備のため、騎士の中でも位が高い者がしている事が多い。
カトリーヌはここを一人で通るのがとても苦手だった。
「おい。止まれ」
「……私はリリア様の専属侍女のカトリーヌ・ディルバーです。お通しください」
ニヤニヤと笑いながらカトリーヌの前に手を広げた兵士が立つ。
「名前も知らぬ侍女が、王族の寝所に入れるわけがないだろ。伯爵筋である私でさえ、入り口止まりなんだぞ。どうしても入るなら侍女長に言って身分証を書いてもらってこい」
「それではリリア様のお支度に間に合いませんっ」
何度も出入りをしているし、顔も知っているはずなのだが、毎回、カトリーヌ一人の時は、名を名乗れと言われてきた。子爵令嬢の顔など覚える気もないと言わんばかりだった。
ニヤニヤとカトリーヌの反応をみてて笑い続けている騎士は、上から下までカトリーヌを舐め回すように視線を動かした。
次は何を言われるのか恐怖に体が勝手に震えている。
リリアの侍女になったばかりの頃は嫌がらせは日常茶飯事だったが、最近減ってきていたので油断をしていた。王宮付きの他の侍女と共に向かえばよかったのだが、考え事に夢中になってしまい、フワフワした気持ちのまま来てしまったのが失敗となった。
「あぁ……。一つ約束したらこのまま通してやってもいい」
「それは……?」
「今夜、俺に付き合え。殿下まで籠絡した体、なかなか楽しめそうだ」
「っ……!」
「子種はやらないからな。子爵家と婚姻を結ぶ気はないんだ」
あまりの言いぐさに怒りで目眩がする。
セドリックの一存でリリアの専属侍女になったカトリーヌは、子爵令嬢という身分からの抜擢に、当時、一部の高位貴族達からセドリックのお手つきなのではないかという噂をたてられていた。
もちろん、リリアに誓ってそんな事実はないのだが、いまだに疑っている人がいるのも気づいてはいた。だが、こんなにも直接的に言われたのは初めてだった。
「……身分証を申請してまいります」
「なんだつまらんな」
こんな人が貴族で、しかも、王宮を守っているだなんて信じられなかった。セドリックに対しても不敬にあたるため、報告してもいいのだが、騒いでリリアの耳に入るのは避けたかった。
小さく息を吐いて、進んできた廊下を戻ろうと、振り返った時、自分の頬に涙が落ちていることに気がついた。
ここで涙を拭くと、後ろの騎士に泣いていることがバレてしまいそうで、涙はそのままにして歩いていく。
傷ついているなんて思われなく無かった。
(あの角まで、しっかり歩くのよ)
しゃくりあげそうになる呼吸を必死に整えてやっと騎士から見えなくなる場所まで足を動かす。
もう力を抜いてもいいと思った瞬間に、固い何かにぶつかった。
「カトリーヌ嬢」
「……っ!」
すぐ、目の前に騎士隊服の胸元が見え、アルバールの低い声が耳に響いた。
顔を上げる事はできなかったが、ピクリと体が震えた拍子にポタポタッと涙が足元に落ちてしまった。
「どうした?」
心配そうなアルバールの声に、更に視界が歪むが、こんな情けない姿を見せたくなかった。
「なっんでもありません。目が痛むので少し侍女長のところまで行ってまいります」
下を向きながら、顔を上げる事なく、その場を立ち去ろうとしたとき、アルバールの大きな手がカトリーヌの頭を優しく引き寄せた。
目の前にあった隊服が一気に視界いっぱいに広がり、頬に上質な隊服の生地が触れる。
「私が、君の涙を見逃す訳ないだろ」
片腕に抱きかかえられるようにして、胸に顔を埋めている体勢と、耳元に聞こえる低い声に思わず叫び出しそうになった。
「アっアルバール様! ほんとうに……っ!」
「ダメだよ。そのまま行かせないよ」
アルバールの優しい声と、髪に触れる手がカトリーヌを包み込んだ。
「私を頼ってはもらえないのかな?」
「アルバール様の手を煩わせる程の事ではないのです」
「泣いているじゃないか」
「これは……」
アルバールとの距離の近さに、何も考えることができなくなってしまったカトリーヌは、上手い言い訳や言い逃れは何も浮かばなかった。
「……君が元気がないとリリア様が心配するよ。そうするとセドリック殿下まで騒ぎだすからね。隠し事は良くないよ。そっちの方が後々、大事になる」
「っ……それは……」
「ちゃんと話すまで、このままでいるよ」
しっかりと、抱き寄せられ、本当に話すまで、離してはもらえなそうだと悟った。
アルバールの胸に顔を埋めながら、寝所に続く扉を通してもらう事ができなかったと搾り出す様な音量でボソリと伝えた。
侍女長に身分証を書いてもらう為に引き返すところであったと続けて説明する。
話をしながら、優しいアルバールの「そうか」という頷きに、我慢し続けていた涙が決壊するようにボロボロと溢れ、目の前の隊服を濡らしていく。
「無理矢理聞き出してすまない。その涙が落ち着くまでこのままでいて」
アルバールの声が更に優しくなった。髪を撫でていた手は肩を抱き、今は体ごと抱きしめられているようだった。
騎士から相手をしろと言われた事はさすがに言えなかったが、その嫌悪感もアルバールによって打ち消されていくようだった。
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