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4 思い出すのは②
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心臓がドキドキと騒がしくなっていく。
こんなに近くにアルバールを感じるのは初めてだった。
(アルバール様の優しさは、セドリック様を支える仲間に対しての物よ。勘違いしたらだめよ。意識したらだめ)
頭の中に響く心臓の音と共に顔に熱が集まっていた。勝手に期待を始める自分を慌てて否定する。
俯きながら涙が止まった事を伝えようと、体を離した時、アルバールが支えていた腕に力を込めた。
「もう、いいの?……少し残念だ」
ゆっくりと緩められていく腕の圧迫感とは反対に、ドクドクと音を立てるカトリーヌの胸の痛みは強くなっていく。
「じゃあ、いこうか」
「え?」
「リリア様の所だよ。私もセドリック殿下を迎えに行くところだからね。ちょうど良かったよ」
歩き出したアルバールに、カトリーヌは小さく首をふる。
「通していただけません。許可証を貰ってまいります」
「君がリリア様の専属侍女だと知らないような者の言葉は忘れていい」
「アルバール様?」
「君が専属になってどれだけ経ったと思っている。リリア様と一緒にこの場所を通る事だってあっただろ? なのに、まだ君の顔も覚えていないのは寝所を守る者としては不向きだ」
カトリーヌの手を引きながら、歩き出したアルバールは、笑顔を崩さぬまま、件の騎士の前を歩いていく。カトリーヌもその後に続く。
前を通り過ぎる時に、無意識に体に力が入ってしまったらしい。無事に通り過ぎたあと、ホッと小さな息がでた。
アルバールと共にいる今、もちろん何も言われることは無かった。
「ああ。そこの君」
歩みを止めて振り返ったアルバールが兵士に向かって笑顔のまま声をかける。
「北はもうすぐ雪が降るらしい。温かくしていくといいよ」
何を言われているのか分からない騎士は「はい……」と返事をしている。
アルバールがカトリーヌの肩をそっと抱き、「いこうか」と穏やかに微笑んだ。
当の本人はまだ、理解していないようだが、これは実質、左遷勧告だ。
北部の国境付近は高い山に囲まれ、雪が早く積もり始める寒冷地だ。一度、そこに配属されて中央に戻ってくる事は無いと言われている。
王宮内を守るような貴族の身分を持つ者が行く場所では基本的にはないが、公になっていない事はいくらでもある。
問題を起こした貴族を受け入れる代わりに、北部をおさめる辺境伯に支援が贈られ、なかった事になるのだ。
アルバールは、侯爵家という大貴族の一員だ。その上、王太子の側近であり、護衛騎士という役割も持っている。そんな彼からの北部への異動勧告は、覆る事はない。
衛士が真意に気づく頃には、荷物と一緒に送られているだろう。
きっと、あの騎士にもう会う事はない。
少しの罪悪感と安堵がカトリーヌの胸に広がる。そして、アルバールがカトリーヌの為に怒り、動いてくれているという事が嬉しかった。
背中に感じるアルバールの大きな手が、緊張して強張っていた体を優しく撫でた。
(アルバール様には助けられてばかりだわ)
横を歩くアルバールをチラリと盗み見た。見上げるほど高い背と、騎士らしい鍛えられた体格をしている。
それに加えて、侯爵家特有の黒髪と、金に近い瞳が特徴的な、整った顔立ちをしている。黙っていると近寄りがたさを感じる容姿だ。
始めはカトリーヌも、その姿と、醸し出される高位貴族の雰囲気に、顔を見る事もできなかった。
だが、アルバールは、カトリーヌの実家の爵位が低かろうと、態度を変えることは無かった。初めからリリアの専属侍女として、敬意を持って接してくれた。
周囲から好奇の目で見られていたカトリーヌにとって、アルバールの信頼の目は心の拠り所になっていた。
今では、セドリックとリリアを支える一番近い仲間のような気軽ささえある。
カトリーヌの視線に気がついたアルバールが首を少しだけ傾けて、柔らかく瞳を細めた。
「さぁ、リリア様のところへ行こう。お待たせしては申し訳ないからね」
「あの……。助けていただいてありがとうございました」
ドッと心臓の音が体に響く。少し硬さのある表情から、この柔らかな笑顔に変わる瞬間がカトリーヌは好きだった。
側にいる事を許されているような温かな空気に包まれる。
(アルバール様でも、リリア様を見つめていたセドリック殿下のようにあんなに情熱的なお顔をされる事があるのでしょうか……)
ふと、図書室での出来事を思い出し、浮かんでしまった疑問に、ズキリと胸が痛んだ。歩くスピードを下げて、少しだけ後ろを歩く。
(そうだわ。私が隣を歩いて良い人では無かったのだわ)
いつの間にかアルバールの隣を歩く事が普通になってしまっていたが、同じ従者という立場でも、カトリーヌとアルバールは身分の差がある。いくら、アルバールが気を許してくれていても、許された側のカトリーヌがわきまえなければならない。
(仕事を認めてもらえるだけでありがたい事なのよ。それ以上を少しでも想像するなんて失礼だわ)
少しだけ顔を出してしまった欲にすぐに蓋をする。
(私も、他に好きな人がいれば、アルバール様の優しさを勘違いしそうになったりしないのかしら……)
リリアの専属侍女になってから、少しでも長くリリアの側にいるために、すべての時間をリリアにの為に使ってきた。
男女で参加するパーティはセドリックとリリアの侍女として参加し、基本的にリリアの近くで控えている。
(夜会に出るようなパートナーを探してみようかしら……。そうしたらこんな雑念なくなるはずだわ)
小さく頷いて、胸に渦巻いていたモヤモヤとしていたものを振り払う。
(さあ、今日のお召し物は何色にしようかしら? 午前中は来客は無いはずだからゆったりとした形のドレスで、午後はセドリック様と視察に……)
スッキリとした気持ちで、小さな決意をしたカトリーヌは、もう、リリア事で頭がいっぱいだった。
少し前を歩いていたはずのアルバールが、自分の真横を歩いている事に、気づく事は無かった。
こんなに近くにアルバールを感じるのは初めてだった。
(アルバール様の優しさは、セドリック様を支える仲間に対しての物よ。勘違いしたらだめよ。意識したらだめ)
頭の中に響く心臓の音と共に顔に熱が集まっていた。勝手に期待を始める自分を慌てて否定する。
俯きながら涙が止まった事を伝えようと、体を離した時、アルバールが支えていた腕に力を込めた。
「もう、いいの?……少し残念だ」
ゆっくりと緩められていく腕の圧迫感とは反対に、ドクドクと音を立てるカトリーヌの胸の痛みは強くなっていく。
「じゃあ、いこうか」
「え?」
「リリア様の所だよ。私もセドリック殿下を迎えに行くところだからね。ちょうど良かったよ」
歩き出したアルバールに、カトリーヌは小さく首をふる。
「通していただけません。許可証を貰ってまいります」
「君がリリア様の専属侍女だと知らないような者の言葉は忘れていい」
「アルバール様?」
「君が専属になってどれだけ経ったと思っている。リリア様と一緒にこの場所を通る事だってあっただろ? なのに、まだ君の顔も覚えていないのは寝所を守る者としては不向きだ」
カトリーヌの手を引きながら、歩き出したアルバールは、笑顔を崩さぬまま、件の騎士の前を歩いていく。カトリーヌもその後に続く。
前を通り過ぎる時に、無意識に体に力が入ってしまったらしい。無事に通り過ぎたあと、ホッと小さな息がでた。
アルバールと共にいる今、もちろん何も言われることは無かった。
「ああ。そこの君」
歩みを止めて振り返ったアルバールが兵士に向かって笑顔のまま声をかける。
「北はもうすぐ雪が降るらしい。温かくしていくといいよ」
何を言われているのか分からない騎士は「はい……」と返事をしている。
アルバールがカトリーヌの肩をそっと抱き、「いこうか」と穏やかに微笑んだ。
当の本人はまだ、理解していないようだが、これは実質、左遷勧告だ。
北部の国境付近は高い山に囲まれ、雪が早く積もり始める寒冷地だ。一度、そこに配属されて中央に戻ってくる事は無いと言われている。
王宮内を守るような貴族の身分を持つ者が行く場所では基本的にはないが、公になっていない事はいくらでもある。
問題を起こした貴族を受け入れる代わりに、北部をおさめる辺境伯に支援が贈られ、なかった事になるのだ。
アルバールは、侯爵家という大貴族の一員だ。その上、王太子の側近であり、護衛騎士という役割も持っている。そんな彼からの北部への異動勧告は、覆る事はない。
衛士が真意に気づく頃には、荷物と一緒に送られているだろう。
きっと、あの騎士にもう会う事はない。
少しの罪悪感と安堵がカトリーヌの胸に広がる。そして、アルバールがカトリーヌの為に怒り、動いてくれているという事が嬉しかった。
背中に感じるアルバールの大きな手が、緊張して強張っていた体を優しく撫でた。
(アルバール様には助けられてばかりだわ)
横を歩くアルバールをチラリと盗み見た。見上げるほど高い背と、騎士らしい鍛えられた体格をしている。
それに加えて、侯爵家特有の黒髪と、金に近い瞳が特徴的な、整った顔立ちをしている。黙っていると近寄りがたさを感じる容姿だ。
始めはカトリーヌも、その姿と、醸し出される高位貴族の雰囲気に、顔を見る事もできなかった。
だが、アルバールは、カトリーヌの実家の爵位が低かろうと、態度を変えることは無かった。初めからリリアの専属侍女として、敬意を持って接してくれた。
周囲から好奇の目で見られていたカトリーヌにとって、アルバールの信頼の目は心の拠り所になっていた。
今では、セドリックとリリアを支える一番近い仲間のような気軽ささえある。
カトリーヌの視線に気がついたアルバールが首を少しだけ傾けて、柔らかく瞳を細めた。
「さぁ、リリア様のところへ行こう。お待たせしては申し訳ないからね」
「あの……。助けていただいてありがとうございました」
ドッと心臓の音が体に響く。少し硬さのある表情から、この柔らかな笑顔に変わる瞬間がカトリーヌは好きだった。
側にいる事を許されているような温かな空気に包まれる。
(アルバール様でも、リリア様を見つめていたセドリック殿下のようにあんなに情熱的なお顔をされる事があるのでしょうか……)
ふと、図書室での出来事を思い出し、浮かんでしまった疑問に、ズキリと胸が痛んだ。歩くスピードを下げて、少しだけ後ろを歩く。
(そうだわ。私が隣を歩いて良い人では無かったのだわ)
いつの間にかアルバールの隣を歩く事が普通になってしまっていたが、同じ従者という立場でも、カトリーヌとアルバールは身分の差がある。いくら、アルバールが気を許してくれていても、許された側のカトリーヌがわきまえなければならない。
(仕事を認めてもらえるだけでありがたい事なのよ。それ以上を少しでも想像するなんて失礼だわ)
少しだけ顔を出してしまった欲にすぐに蓋をする。
(私も、他に好きな人がいれば、アルバール様の優しさを勘違いしそうになったりしないのかしら……)
リリアの専属侍女になってから、少しでも長くリリアの側にいるために、すべての時間をリリアにの為に使ってきた。
男女で参加するパーティはセドリックとリリアの侍女として参加し、基本的にリリアの近くで控えている。
(夜会に出るようなパートナーを探してみようかしら……。そうしたらこんな雑念なくなるはずだわ)
小さく頷いて、胸に渦巻いていたモヤモヤとしていたものを振り払う。
(さあ、今日のお召し物は何色にしようかしら? 午前中は来客は無いはずだからゆったりとした形のドレスで、午後はセドリック様と視察に……)
スッキリとした気持ちで、小さな決意をしたカトリーヌは、もう、リリア事で頭がいっぱいだった。
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