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9 - 初日
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「…………う、うぅん」
小さく声を漏らす。微睡むつもりだったのに、いつの間にか外はすっかり暗くなっていた。
俺は胎児のように丸まったままペット用のベッドに沈んでいたようだ。意外と寝心地は悪くなかった。
灯りの灯る部屋を見渡せば、未だカウチに腰を下ろしたダミアン様と視線が合う。俺が眠りに落ちた頃と同じ姿だ。
照明に反射するアクアマリンの瞳は、夢の余韻を掻き消すように鮮やかだった。
「ちょうど良かった。ご飯の時間だよ」
低く穏やかだけど、どこか支配的な響きで呼びかけられる。
俺は必死に目をこすり、体を起こした。
俺が寝ている間に、使用人たちは静かに準備を進めていたようだ。
使用人たちがテーブルに手際よく食事を並べていった。温かいパン、ハーブを添えたローストチキン、色とりどりの野菜──香ばしい匂いがゆっくりと漂い、腹の奥から自然と唾液が溢れる。使用人たちは忙しなくも落ち着いた動作で皿を並べ、トレーを持つ手の音、スプーンとフォークが触れ合うかすかな音が、部屋に静かなリズムを刻む。
忙しなく動く使用人たちをぼんやり見ていると、ダミアン様が本にしおりを挟みながらくすりと笑った。
テーブルの上に綺麗に並べられる大小さまざまな皿やカトラリー。
そしてその隣の床、にトン、と置かれたのは犬皿。
はは、と内心で笑いそうになる。ちょっと期待していたけれど、まさか本当に──。
ダミアン様が食卓につく。俺は彼の命令通り、その場から動かず「待て」を続ける。
彼は掌を胸元で組み、短く祈りの言葉をつぶやく。この国の貴族が行う食前の儀式で、13歳の少年とは思えぬ完璧な所作だ。祈りを終えると、ゆっくりと俺に目を向ける。
「来なさい」
俺は命じられなくとも、どうすればいいのかを知っていた。
本物の犬のように這いずりながら、ダミアン様の足元に跪く。俺が四つん這いで歩く度に、リードが床にずられる。
そうして辿り着いた先、目の前には犬皿。甘いミルクの香りが漂ってきた。
犬皿の中をそおっと覗けば、ミルク粥のようだ。湯気は立っていない。口に入れても熱くないよう、粗熱まで丁寧に取られているのが分かる。
──別にこれで火傷しそうなほど熱くても、楽しめるんだけど。
「どうぞ、おたべ」
「あ、ありがとうございます……」
声がかすかに震える。食べてみたら熱くて火傷したらどうしよう。怖い、でもドキドキする。
俺は当然のように、犬皿に盛られたご飯に食らいつく。手を使わずに。
俺はザコ貴族でもちゃんと祈りの作法だとか習ってたけど、今は違うから。ダミアン様のペットになったんだから、視線や礼儀を気にせずに食べるのだ。首輪の重みも相まって、秘め事でもするかのように胸がドキドキと高鳴る。
ひとくち含めば、濃厚なミルクの香りが鼻を通り、まろやかで優しい味が口内に広がる。辺境伯のお屋敷の料理は、さすがの完成度だ。 それに火傷しない温度になっていて、少し安堵する。
ダミアン様は微かに笑みを浮かべ、じっと俺を見守っていた。
「教えても無いのに……えらいね」
そう褒められた瞬間、胸の奥が熱くなった。俺の所作は、満足するものだったらしい。
皿の中のご飯を口に運ぶたび、俺の内心は甘く蕩ける。頭を動かす度に首輪がちゃか、と金属音を奏でる。俺が食べ進めるのに比例して、口周りはベタベタになり、それも相まって本物の犬のようだ。
綺麗な所作で食べるダミアン様とは比べものにならないほど、惨めたらしい姿に映るだろう。
じゅる、はぐ。
そのまま食べ進めて、皿の底が見えても、犬のように舌で掬って味わった。
ぺろり。
俺が舐め回したので、犬皿は新品のように輝いている。
「足りたかな?」
食べ終わったのを見計らって、低く落ち着いた声が頭の上から降りてくる
「はい……♡」
彼と俺は三歳差。ほんの数字にすれば小さな開きでも、こうして膝元にいると、体格も食事の量も全く異なる。ダミアン様はまだ食事を楽しむようだ。
「そのまま待ってなさい」
「はい。…………あ」
命令の響きに、反射的に背筋が伸びる。だがその時、視界の端に、床にこぼれたミルク粥が映った。
何も考えてなかった。
ぺろり。
理性より先に身体が動いていた。這いずり寄って、舌でそれをすくう。濃く甘い味が広がる。
視線を上げると、ダミアン様が呆然と俺を見下ろしていた。
──ヤバい。
褒めてもらえると思って、思わずダミアン様のお顔を見たんだけど、これは……。犬プレイに入り込んじゃって、ついついやってしまったが……普通に不衛生だし、これは流石に嫌われるかも。
そう不安に顔を真っ青にしていると──。
「よくやった」
短く、それでいて確かな言葉が落とされた。
胸の奥に、熱い水を流し込まれたような感覚が広がる。
足元がふわりと浮くような幸福感。それがエクスタシーのような快感を齎す。俺はほくほくと笑みを漏らし、床に手をつきながら、彼の足元に身体を沈める。
その感覚に酔いしれながら、耳に届くカトラリーの触れ合う音や、ダミアン様がパンを割る静かな音に耳を傾ける。
ここで静かに膝元にいると、彼が意外なほど食べる人だと分かる。
──なるほど、だからゲームではあんなにも背が高く、格好良く成長していたのか。
よく食べる男は、他の面でも……と、妙な期待が胸の奥で甘く膨らんでいく。
そうしてエリオットはひとり満足しているが、ダミアンは違った。
床に這いつくばり自らこぼれた食事を口にした子供の姿が、彼の脳裏に焼き付いて離れないのだ。
良家に育った彼にとってそれは衝撃的で、そして抗えないほど目を奪うものだった。
新らしく芽生えたこの興奮の理由も知らず、それを振り切るように、ダミアンはナイフとフォークを忙しなく動かし続けた。
✦・┈┈┈┈┈┈┈┈ ・✦
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俺は胎児のように丸まったままペット用のベッドに沈んでいたようだ。意外と寝心地は悪くなかった。
灯りの灯る部屋を見渡せば、未だカウチに腰を下ろしたダミアン様と視線が合う。俺が眠りに落ちた頃と同じ姿だ。
照明に反射するアクアマリンの瞳は、夢の余韻を掻き消すように鮮やかだった。
「ちょうど良かった。ご飯の時間だよ」
低く穏やかだけど、どこか支配的な響きで呼びかけられる。
俺は必死に目をこすり、体を起こした。
俺が寝ている間に、使用人たちは静かに準備を進めていたようだ。
使用人たちがテーブルに手際よく食事を並べていった。温かいパン、ハーブを添えたローストチキン、色とりどりの野菜──香ばしい匂いがゆっくりと漂い、腹の奥から自然と唾液が溢れる。使用人たちは忙しなくも落ち着いた動作で皿を並べ、トレーを持つ手の音、スプーンとフォークが触れ合うかすかな音が、部屋に静かなリズムを刻む。
忙しなく動く使用人たちをぼんやり見ていると、ダミアン様が本にしおりを挟みながらくすりと笑った。
テーブルの上に綺麗に並べられる大小さまざまな皿やカトラリー。
そしてその隣の床、にトン、と置かれたのは犬皿。
はは、と内心で笑いそうになる。ちょっと期待していたけれど、まさか本当に──。
ダミアン様が食卓につく。俺は彼の命令通り、その場から動かず「待て」を続ける。
彼は掌を胸元で組み、短く祈りの言葉をつぶやく。この国の貴族が行う食前の儀式で、13歳の少年とは思えぬ完璧な所作だ。祈りを終えると、ゆっくりと俺に目を向ける。
「来なさい」
俺は命じられなくとも、どうすればいいのかを知っていた。
本物の犬のように這いずりながら、ダミアン様の足元に跪く。俺が四つん這いで歩く度に、リードが床にずられる。
そうして辿り着いた先、目の前には犬皿。甘いミルクの香りが漂ってきた。
犬皿の中をそおっと覗けば、ミルク粥のようだ。湯気は立っていない。口に入れても熱くないよう、粗熱まで丁寧に取られているのが分かる。
──別にこれで火傷しそうなほど熱くても、楽しめるんだけど。
「どうぞ、おたべ」
「あ、ありがとうございます……」
声がかすかに震える。食べてみたら熱くて火傷したらどうしよう。怖い、でもドキドキする。
俺は当然のように、犬皿に盛られたご飯に食らいつく。手を使わずに。
俺はザコ貴族でもちゃんと祈りの作法だとか習ってたけど、今は違うから。ダミアン様のペットになったんだから、視線や礼儀を気にせずに食べるのだ。首輪の重みも相まって、秘め事でもするかのように胸がドキドキと高鳴る。
ひとくち含めば、濃厚なミルクの香りが鼻を通り、まろやかで優しい味が口内に広がる。辺境伯のお屋敷の料理は、さすがの完成度だ。 それに火傷しない温度になっていて、少し安堵する。
ダミアン様は微かに笑みを浮かべ、じっと俺を見守っていた。
「教えても無いのに……えらいね」
そう褒められた瞬間、胸の奥が熱くなった。俺の所作は、満足するものだったらしい。
皿の中のご飯を口に運ぶたび、俺の内心は甘く蕩ける。頭を動かす度に首輪がちゃか、と金属音を奏でる。俺が食べ進めるのに比例して、口周りはベタベタになり、それも相まって本物の犬のようだ。
綺麗な所作で食べるダミアン様とは比べものにならないほど、惨めたらしい姿に映るだろう。
じゅる、はぐ。
そのまま食べ進めて、皿の底が見えても、犬のように舌で掬って味わった。
ぺろり。
俺が舐め回したので、犬皿は新品のように輝いている。
「足りたかな?」
食べ終わったのを見計らって、低く落ち着いた声が頭の上から降りてくる
「はい……♡」
彼と俺は三歳差。ほんの数字にすれば小さな開きでも、こうして膝元にいると、体格も食事の量も全く異なる。ダミアン様はまだ食事を楽しむようだ。
「そのまま待ってなさい」
「はい。…………あ」
命令の響きに、反射的に背筋が伸びる。だがその時、視界の端に、床にこぼれたミルク粥が映った。
何も考えてなかった。
ぺろり。
理性より先に身体が動いていた。這いずり寄って、舌でそれをすくう。濃く甘い味が広がる。
視線を上げると、ダミアン様が呆然と俺を見下ろしていた。
──ヤバい。
褒めてもらえると思って、思わずダミアン様のお顔を見たんだけど、これは……。犬プレイに入り込んじゃって、ついついやってしまったが……普通に不衛生だし、これは流石に嫌われるかも。
そう不安に顔を真っ青にしていると──。
「よくやった」
短く、それでいて確かな言葉が落とされた。
胸の奥に、熱い水を流し込まれたような感覚が広がる。
足元がふわりと浮くような幸福感。それがエクスタシーのような快感を齎す。俺はほくほくと笑みを漏らし、床に手をつきながら、彼の足元に身体を沈める。
その感覚に酔いしれながら、耳に届くカトラリーの触れ合う音や、ダミアン様がパンを割る静かな音に耳を傾ける。
ここで静かに膝元にいると、彼が意外なほど食べる人だと分かる。
──なるほど、だからゲームではあんなにも背が高く、格好良く成長していたのか。
よく食べる男は、他の面でも……と、妙な期待が胸の奥で甘く膨らんでいく。
そうしてエリオットはひとり満足しているが、ダミアンは違った。
床に這いつくばり自らこぼれた食事を口にした子供の姿が、彼の脳裏に焼き付いて離れないのだ。
良家に育った彼にとってそれは衝撃的で、そして抗えないほど目を奪うものだった。
新らしく芽生えたこの興奮の理由も知らず、それを振り切るように、ダミアンはナイフとフォークを忙しなく動かし続けた。
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