最後の恋は神さまとでしたR

明智 颯茄

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月にウサギはいない/2

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 ウサギだった男たちは肩に手を当て、腕をグルグルと疲れを取るように回す。

「いや~、五千年間は長かったですな」
「しかし、みんなで歌って踊って過ごしただけあって、何とか乗り切れましたな」

 神さまの心は強かった。どんな暗い世の中でも、歌って踊って楽しく過ごしてしまうのだから。

 自由を取り戻せた人々は、ガヤガヤと新しい生活を模索する。

「このあとどうしますか?」
「私は家族の元へ戻ります」
「あなたは?」

 収穫祭か何かで出会った村民の密かな楽しみのおしゃべりみたいに、月の表面は今やなっていた。

「いや~、孫が実はいましてな。今頃大きくなってるかもしれません」
「そりゃ、ぜひ会いに行かなくては」
「お世話になりました」

 マゼンダ色の長い髪を持つ男に、次々にウサギだった人々は頭を下げて、瞬間移動で去っていこうとする。

「いいえ、こちらこそ、お世話になりました」

 おかしな因果だったが、五千年という短い時でも一緒に過ごすこととなった人々に、男はにっこりと微笑み、上品に手を振った。ウサギたちだった男たちが一人一人頭を下げてゆく。

「それじゃ、お元気で」

 さっききた陛下の一言で、人々が幸せへと飛び立ってゆく姿を男は眺めながら、凛とした澄んだ女性的な声が途中で言いよどみ、

「えぇ……」

 何かを思いついて、珍しく声を張り上げた。

「みなさん! 待っていただけませんか?」
「はい?」

 ウサギ役だった人々は帰るのをやめて、唯一人の姿のままだった男に振り返った。

    *

 一瞬のブラックアウトのあと、ヴァイオレットの瞳は大きな工場のある場所へときていた。遠くには自分が暮らしていた月が金の光を反射している。

 人影もない地表。大きな建物で影ができていて、人探しをするには不向きだった。

「風の噂で、離れ離れの間に、兄は結婚したと聞きました。太陽に今は住んでいるとうかがったんですが、どちらに……」

 工場のはずれにまできた時、金色の草原に立っているの人を見つけた。何千年たとうと見間違うはずがない、男は大きな声で呼びかけて、

兄上あにうえ!」

 走り寄ってゆくのではなく、瞬間移動した。いきなりそばに人が立った、兄と呼ばれた人は振り返り、

「ん?」

 そこで見たマゼンダの長い髪とヴァイオレットの瞳を見つけて、すぐさま懐かしさいっぱいの笑顔に変わった。

「おう! 元気だったか?」

 月からきた男は感慨深く言って、抱擁するように両手を兄に伸ばしたが、

「兄上……っ!」

 頬をつねるようにつかんで、左右へ思いっきり引っ張った。弟の悪ふざけに兄の表情が歪む。

「くっ!」

 兄の変顔に弟は耐えられなくなって吹き出した。

「ぷ、ぷぷぷぷっ!」
「お前やったな」

 弟の手を振り払って、兄も同じようにしようとするが、子供の追いかけっこみたいなものが始まった。

「あははははっ!」

 走って追いかけるのではなく、瞬間移動をして、近くの地面に弟が現れては、兄がすぐにその場所へ飛んでを繰り返す。

「いくつになったんだ? こんな子供の頃の遊びをするなんて」
「兄上はいくつになっても僕の兄上です。僕はいくつになっても弟です」

 しばらく兄弟は再会を心の底から喜び、遊んでいたが、兄はふと動きと止めた。

「言葉遣いも変わらなくて――そうだ、変わらないといえば、俺は名前を変えたぞ」
「今は何と言うんですか?」

 弟のヴァイオレットの瞳がのぞき込んできて、正義感が強く、好青年の雰囲気を漂わせた兄は、男らしく新しい名を告げる。

太陽海神こーすとしんだ。太陽らしくていいだろう?」
天照大神あまてらすおおみかみの娘さんのところに婿に行ったと聞きましたが、兄上は太陽が気に入ったんですね」

 離れ離れなのは寂しかったが、兄が幸せなら、弟にはこれ以上にめでたいことはなかった。太陽海神は自分とはまったく違う容姿の弟の長い髪を眺める。

「お前の名前は昔のままか?」
「僕は月主命るなすのみことと改名しました」

 兄はさわやかに微笑んで、弟の肩を軽くこずいた。

「お前だって、月が気に入ってるんじゃないのか?」

 弟は不気味な含み笑いをする。

「うふふふっ。子供は生まれたんですか?」

 太陽海神は急に真剣な面差しに変わって、悪政の世を生きてきた人々の意見を代表して述べた。

「いや、あのご時世じゃ、子供が大変な思いをするだけだ。生まれてすぐに、成長させられて、仕事をさせられるなど、親として見てることは辛いだろう」
「そうですね……」

 月主命は儚げな声でうなずいた。今日生まれたものが、大人としてやっていかなくてはいけない。それは本人にとってどれほどの負担だったのだろう。自分たちは平和な時代に生まれた。だから、本当に理解はできないが、潰れそうな心のまま生きてきた人もいるかもしれないと、月主命は思った。

 ぼんやりしていた弟の耳に、兄のはつらつとした声が問いかけた。

「お前はまだ、結婚に興味がないのか?」

 弟はゆっくり首を横に振る。

「いいえ、僕は放浪の旅へ出て、様々な家族と出会いました。素敵だと思い、この宇宙へ戻って結婚するつもりでしたが、邪神界ができてしまい、僕は月に五千年間縛られたままでした。ですから、これからお嫁さんを見つけます」

 月のように透き通った綺麗な頬は、小さい頃から変わらず、ニコニコしたまぶたにほどんと隠れているヴァイオレットの瞳も相変わらずだった。

 ただひとつ違ったのは、結婚に興味を持ったと言う。それを聞くのが、だいぶ遅れてしまった。だが、世界は永遠だ。今からまた始めればいい、兄はそう思って大きくうなずく。

「そうか。見つかったら教えろよ。そうだ。お前仕事はどうするんだ?」
「仕事……?」

 思ってもみなかったをこと聞かれ、月主命はただ繰り返した。放浪の旅のあとは、ウサギと月で踊って歌う毎日だった。働くことなどどこか遠い世界の出来事。
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