最後の恋は神さまとでしたR

明智 颯茄

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光を失ったピアニスト/5

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 家でじっとしていることがない光命。彼の社交場は色々とあった。乗馬クラブ、カジノ、社交ダンス、高級ラウンジ、クラシックコンサートなどなど……。

 夜は特に家にいることがないほど、早秋津家の長男は大人の世界を満喫していた。

 壮大なクラシック音楽を車内で楽しんでいると、広く少し長めの階段の前に、黒塗りのリムジンは止まった。

 運転手がドアを開けるとすぐに、黒のショートブーツが石畳を踏んだ。

「ありがとうございます」

 光命が頭を下げながら立ち上がると、甘くスパイシーな香水が春の夜に漂った。長い階段を上がり、神殿のような柱の間にある入り口へ向かってゆく。

 あちこちから、タキシードとドレスを着た人々が集まってくるダンスパーティ会場。本日は月に一度のイベントの日。今日を楽しみにしてきた人々に、光命は混じりながら中へと入った。

 どこかの城の廊下かと勘違いするほど豪華な通路。真紅の絨毯が敷かれ、子供の入場が禁止されている完全な大人の世界。

 そんな華やかな世界に見劣らない絶美な男が優雅に通り過ぎるたび、人々は振り返ってぼうっとする。

 自惚れることなく、ただの事実――データとして頭に仕舞い込み、光命はメインホールへと足早に進んでいた。

「あぁ~! 光~、久しぶり~!」
「元気してた~!」

 若さあふれるキャピキャピとした女の声が背後からかけられた。振り返るとそこには、やり直しをした時のクラスメイトの女子がふたり、ドレスを着て笑顔を見せていた。

 心の闇は隠して、光命は優雅に「えぇ」とうなずいて、最低限の挨拶をした。

「あなたたちも元気そうで何よりです」

 十八歳とはいえ、つい最近生まれたばかりの同級生は、テンションが高めで夢中で話し出す。

「この子さ、今度結婚するんだって」

 人族の男性と、健全たる交際をしていたのが、光命の全てを記憶する頭脳にはきちんと残っていた。

「高校の時から付き合っていた方とですか?」
「そう。やっと仕事も落ち着いてきたからね」

 あれから時はずいぶんと流れ、社会人として生きている同級生たちは順調に人生を乗り切っている。

 それに比べて、仕事は暗礁に乗り上げ、愛してはいけない人を愛し、何度もあきらめようとしては失敗を繰り返す日々。

 足元がぐらぐらと揺れ、真っ暗な底なし沼へ落ちてゆくような感覚に囚われる光命の前で、同級生の女の子たちはまだまだ元気に話を続けている。

「光も結婚し――」
「お嬢さんたち?」

 深みのある低い男の声が、身を包み込むように広がった。

「はい?」

 全員が振り返ると、幅の十分ある廊下はその人でいっぱいになっていた。緑色をしたひげに、銀のウロコで顔も体も覆われている。牙の見える大きなワニのような口が何度か動いた。

「一緒に踊りませんか?」

 光命が以前から親しくさせてもらっている、気品のある龍だった。女の子たちは目を輝かせる。

「龍族の人とダンスなんて、異種族交流で素敵だね?」
「踊っちゃおう!」

 彼女たちは話していたことも忘れて、光命から遠ざかっていった。彼は近くのドアから使われていない部屋へ入り、薄暗い空間で一人壁に寄りかかる。

 焦点が合ったり合わなかったりを繰り返す瞳で、しっかりと床を見つめる。意識がどこかへ飛んでしまわないようにと。
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