明智さんちの旦那さんたち

明智 颯茄

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ラブストーリーしよう

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 ――――按兵不動あんぺいふどう虎視眈眈こしたんたん

 食後のデザート。パンナコッタの白に三種のベリーソースが、崩した山肌をとろりと落ちてゆく。妻はスプーンをガラスのうつわに何気なく置いた。

 どこかずれているクルミ色の瞳は、九人の夫たちをそうっとうかがう。顔は動かさず、視線だけで。

 誰も妻を見ていない。ある意味悲しいことだが、今はいいだろう。OUT OF 眼中。切ないことだが、今はいいだろう。

 あのデジタル頭脳の持ち主、光命ひかりのみこと焉貴これたか月命るなすのみこと孔明こうめいも気づいていない。それぞれ話をしたり、お茶をまったりと飲んでいる。

 倫礼ははやる気持ちを抑えつつ、両手を上げて、みんなを注目させた。

「はいはい!」

 一斉にこっちへ向く、夫たちの視線が。いや違う。イケメンたちの視線が。何て、素晴らしい眺めなのだろう。

「何?」
「どうしたんだ?」
「何だ?」

 10P妄想に落ちる前に言わなくてはいけない。今日はほうけている場合ではない。妻も実はできる、物に瞬間移動をかけるだ。自室から呼び寄せた紙袋を、テーブルの上にドサっと置いた。

「この間のかくれんぼのお礼と思ってですね。いい企画を持ってきました」
「企画?」

 夫たちが全員声をそろえた。倫礼は紙袋の中から、薄い本のようなものを取り出しながら、

「はい。ラブストーリーをみんなで演じようというものです」

 妻の書き下ろしたシナリオが登場。結婚しているのに、今さらながら恋愛ものをやるという。暴走以外の何物でもない話。

 文句が出るかと思いきや、夫たちはスプーンをそれぞれ手から離して、

「戦隊ものじゃないならいい……」
「それは全員に却下されたので、入れてません。安心してください」

 九人も夫がいるのに、全会一致で拒絶されたジャンル。妻は未だに諦めてはおらず、紙袋を下げながらため息をつく。

「レッドとかブルーとかで、必殺技の名前言ってポーズ取って、やりたかったんだけどなぁ~。宇宙の平和をみんなで守っ――」
「いいから、先に進ませろ」

 妻の言葉をさえぎって、夫たちからマキが入った。倫礼は数冊の本を大切に抱え込み、夢見がちに微笑む。

「え~っとですね。旦那さま一人を主役として、私が恋人役で、恋愛をするという話の流れです」

 夫と妻でラブストーリー。ニヤケが止まらない倫礼に、夫たちから同じ問題点が何度も突きつけられる。

 焉貴のまだら模様の声が即行、皇帝みたいな威圧感で飛んできた。

「お前がやんの?」
「恋愛もの、できるのか?」

 独健どっけんが心配そうな顔をしている隣で、孔明が小首をかしげる。

「倫ちゃん、また失敗しちゃった~?」
「明日、世界は崩壊するかもしれませんね――」

 線の細い銀の伊達メガネをかけていた光命が、ティーカップをソーサーへ置いた。あんな大恋愛の末に結婚したのに、こんな言葉を言われるとは切ないを通り越して、サディスティックである。倫礼は力なくテーブルクロスに突っ伏した。

天地てんちがひっくり返るじゃなくて、世界がなくなる……」
「てめぇ、恋愛仕様じゃねぇだろ」

 明引呼あきひこの手が倫礼のブラウスの腕をパシンと叩き、貴増参たかふみの羽布団みたいな柔らかな声が綺麗にしめくくった。

「初恋が最近だった、我が家の恋愛鈍感姫です」

 見事に撃沈。明智さんちの三女。恋愛などしなくても、生きていけると思っているほどなのである。

 だがこれは、素晴らしい企画なのだ。俳優など顔負けの、我が家のイケメン夫たち。どうか演じていただきたい!

 倫礼はおのれを奮い立たせ、沈んだリングから、ガバッと起き上がった。

「とにかくですね! 九つストーリーを考えたので、ぜひやってください!」

 焉貴がテーブルに肘をつくと、はだけたシャツの隙間から、鎖骨が顔をのぞかせ、

「それって……」
「はい」
「お前が今まで考えた案を、俺たちで消化するってことでしょ?」
「――ギクッ!」

 持っていた台本を思わず崩し、パンナコッタの入った器にカランとぶつかった。夫たちは盛大にため息をつく。

「図星だ……」
「それって、使い回しなのか?」

 ミサンガをつけた手で、麦茶のグラスを置きながら言ってきた、独健を燭台の向こうにして、倫礼は視線をそらした。

「ん~? どうだったかなぁ~?」
「使い回しだ……」

 相変わらずわかりやすい妻のまわりで、夫たちの九人のため息がもれ出た。

 だが、ここで諦めてなるものか。結婚する前に書きためたものだ。夫たち用に手を加えてきたのだ。

 倫礼は構想を練るたび、頭が煮詰まりに煮詰まって、そこには結局何もなかったという。自分の脳みそのなさ加減と常に対峙し続けた奮闘の日々。だからこそ、実現をしなくては、その想いに駆られて、倫礼は出来るだけ大声で叫んだ。

「使い回しはあまりないです! 新しく書いたのもあります!」
「いくつ?」

 焉貴に問われ、倫礼は勢いをなくし、ボソボソとつぶやく。

「……ひとつです」
「配役変えたってこと~?」

 孔明の間延びした声が食卓に降り積もった。それも確かにあるが違う。そんな単純なものではない。

 倫礼は親指を立てて、バッチリですと言うように大きくうなずく。

「そのままのもあります!」

 十五年前から知っているのだ。みんなのことは。会ったことはなかったが、どんな人物かはリサーチ済み。やりたかったのだ、ずっと前から。

 夢の共演である。結婚すると思っていなかった、当時のものも混ざっているのだから。

「お前、あとで、それ報告!」

 高校教師に放課後の呼び出しである。

「はい! 焉貴先生」

 ということで、本来の配役があるものは、最後にご披露となった。

 無事にゴーサインが出た。倫礼は崩れていた台本を指先でそろえる。

「それでですね、脇役に旦那さまをもう一人入れます」
「っつうことは、旦那チーム全員がふたつずつやるってか?」

 鋭いアッシュグレーの瞳には、ジェットライターの炎が浮かび上がっていた。ミニシガリロの青白い煙が上がると同時に、倫礼は右隣へ向き、

「はい、そうです。ですが、妻は出づっぱりです!」
「自分が出たいんだろう!」

 またツッコミを受けた妻を置いて、焉貴の宝石のように異様に輝く黄緑色の瞳には、三人の夫たちが映った。

「お前たちはいいの? さっきから何も言ってないけど」
「僕はいいですよ~。完成したら生徒に見せます~」

 湯のみから上がる緑茶の香りを楽しんでいた、月命はニコニコ微笑んだ。

「小学生に見せられる内容なの?」

 倫礼はシャンデリアを見上げて、ソラで台本をさらう。

「え~っと……一応R17じゃないです」
「夕霧と蓮は?」

 倫礼はすぐ左の席に座っている夕霧命の顔を見上げる。すると、そこには妖艶なラインが描かれていた、頬からあごにかけて。

「俺は構わん」

 地鳴りのような低い声のあとに、

「いい。許可してやる、ありがたく思え」

 俺さまな蓮の発言に、妻は食いついた。

「許しはうてない」

 そうして、ちょっとしたイザコザ、いやどんぐりの背比べが始まる。蓮は鼻でバカしにしたように、「ふんっ!」と笑い、

「そうか。なら、俺はやらない。お前らだけでやれ」

 負けてなるものか。倫礼は台本をパラパラとめくり、わざとらしく言う。

「残念だなぁ。焉貴さんとペアだったんだけどなぁ~」
「そう。俺と蓮が共演ね」

 まだら模様の声が食卓の上に舞うと、全員の視線が銀の長い前髪に集中した。

「………………………………」

 鋭利なスミレ色の瞳はあちこち落ち着きなく向いていたが、やがて、

「……いい、やってやる、ありがたく思え」

 一歩前進。喜びをダンスで表現したいところだが、ここはぐっとこらえて、倫礼はルールの説明を続ける。

「それでですね。妻チームも今回はがんばろうということで、女性の脇役は固定で、知礼しるれさんに演じてもらいます」

 すぐに物言いがつく。焉貴が両手で、山吹色のボブ髪を大きくかき上げた。

「お前と知礼じゃ、ボケとツッコミだけで話終了するね」

 あのとぼけた妻。光命が悪戯するのに最適であると選んだ女。ボケさせないように、話すのが大変なのである。みんな。

「恋愛じゃなくて、お笑いだ……」

 モデルがいる以上、その人の特徴を拾うわけで。倫礼と知礼では、本当にそれだけで終わってしまうのである。だが、そこらへんは、妻はきちんと心得ていた。

「ならないようにしました。まぁ、保険みたいなものです。旦那さんとの恋愛が破局を迎えた時には、私と知礼さんが恋愛をして、ラブラブになってキスをして、ラブストーリーはハッピーエンド! という結末にします」

 ガールズラブがいよいよ登場。

「お前、知礼とキスしたことあんの?」

 まさかこんなことを聞かれると思っていたなかった、妻。いや違う。焉貴の無意識の直感――策略にやられたのだった。

「え……?」

 もともとノーマルだった倫礼には耐性がなく、驚いて固まった。光命と知礼と結婚してから、バイセクシャルになったのである。

「知礼ちゃんと倫ちゃんのチュ~?」

 孔明は漆黒の髪を、つーっと指ですいてゆく。

「見てみたいな」

 同じノーマルだった独健の鼻声が耳から入り込んできた。いつもまぶたに隠れているはずの、邪悪なヴァイオレットの瞳が姿を現し、

「僕が婿に来てからは見たことがありませんが……」

 身震いをした倫礼は、とりあえす言葉を口にしたが、

「知礼さんとですか……。どうだったかな~?」

 ごまかした。そこへ、遊線ゆうせん螺旋らせんを描く優雅で芯のある声が追い打ちをかけた。

「ありますよ。私は見たことがあります」
「あぁ、ひかりさんが代わりに答えちゃって……」

 燭台の向こうにある、メガネの奥にある冷静な水色の瞳を、倫礼は恨めしげに見つめた。

 これは策略だ。だからこそ、矢継ぎ早に質問が飛んでくる。

「知礼のことどう思ってんの?」
「それは聞きたい」

 焉貴をはじめとして、夫たちの視線が一斉に向いた。妻は正直に答える。

「友達よりも仲のいい女の人です。初めての妻ですから、大切な人です」

 仕事先からでも心配して、電話をかけてくるような女。それが、知礼。だが、妻も一人ではない。焉貴から別の名前が告げられた。

覚師かくしは出てこないの?」

 彼女は危険である、色々と。倫礼は慌てて首をプルプルと振った。

「女三人で三角関係になってしまうので……。覚師さんは今回はなしです」
「そう。で、覚師とはしたことあんの?」

 これは策なのだ。あの粋で、いるだけで男を悩殺するような色気のある妻。小学校の歴史教諭。だからこそ、面倒見がいい。あの女の物の言い方が、倫礼の頭を駆けめぐる。

「え……?」

 二番目の妻。覚師に、どれだけ助けられたのだろう。いいことばかりの結婚生活ではなかった。それでもみんなで支えあって、今があるのである。

 倫礼が感慨深く浸っていると、焉貴のどこかいってしまっている黄緑色の瞳は、的確に情報を返してくれる夫に向かった。

「どう? 光」
「ありますよ」
「あぁ、また光さんが代わりに答えちゃって……」

 妻に発言権はないのだった。どんどん話が深くなってゆく。

「セックスもしたことあんでしょ?」

 焉貴だけではなく、スパーエロ二号の孔明も乗ってきた。

「彼女だったらそうかも~?」

 倫礼の脳裏にフラッシュバックする。覚師のあの指先が、自分の性器を弄ぶ時の感触を。

「ど、どうだったかなぁ~?」
「ありますよ」
「あぁ、光さんがまた答えて……」

 色気妻から王子夫へと情報は共有され、光命の神経質な指先が同じエクスタシーの波間へと落とした、あの夜――

 だが、話がそれているのである。今は、ラブストーリーなのだ。倫礼は色から抜けて、平常を取り戻した。

「まあ、覚師さんは攻めに攻めてくるタイプなので、気をつけないと狙われます」
「そうね」
「そうかも~?」

 焉貴と孔明が同意。妻は単純に気になった。

「ちなみに、狙われた人、手を上げてください」

 全員の手が上がったのを見て、最初の夫、夕霧命が珍しく噛みしめるように笑った。

「くくく……」

 それでも、あっけらかんとしている覚師の話はひとまず終了。倫礼は重ねてあった台本のタイトルを見ながら、それぞれへ配り出した。

「で、主役と脇役の台本が二冊いきます。二週間で覚えていただいて、カメラの前で演じていただきます」

 結構な強行軍。光命がメガネの奥から上目遣いで見てくる。

「私たちの恋愛はないのですか?」
「え……? 旦那さん同士の恋愛?」

 倫礼の手が止まった隣で、明引呼のしゃがれた声が響いた。

「考えてなかったてか?」
「ふんっ! お前の頭はネジが一本もないんだな。こんな簡単なことにも気づかないとはな」

 夕霧命を間に挟んで座っている蓮を、斜め後ろからにらんでやった。

「かちんと来るな」

 あってもおかしくはない。複数婚しているのだから。焉貴がまた無意識の直感をする。

「どうなの?」
「BL……ですよね?」

 妻は腐女子ではない。だが、夫たちも同性愛者ではないのだ。

「BLじゃないの、俺たち。バイセクシャルだから。はい、略しちゃってください!」
「BS……」
「どっかのテレビ局みたいになっちゃったね」
「あははははっ……!」

 笑い声が一気に上がった。とにかくである。妻は反省にしつつ、

「BSはまた、次回以降です!」

 そうすると、やけにガッカリした声が全員から上がった。

「そうか……」
「え……? 何ですか?」

 この時、妻は夫たちの気持ちを理解していなかったのである。これがのちに大変なことになるとも知らず。

「いいから、先いっちゃってください」

 焉貴に促されて、違和感を持ちながらも、倫礼は話を進める。

「全て役名にすると、混乱が生じると思うので、ファーストネームだけは本名をそのまま使ってます。ただ、世界観によっては漢字ではなく、カタカナということもあります」

 こういうことだ。
 倫礼の場合――〇〇 倫礼。もしくは、リンレイ 〇〇。となるというルール。

 独健の鼻声が突如響き渡った。

「ちょっと待った!」
「え?」

 意外な人から意見が起きて、苦渋の色をにじませている若草色の瞳を、倫礼は素早く見た。

「俺はどっちも同じやつとペアなんだが、これは間違いなのか?」
「あれ? 主役と脇役が逆になっただけだった?」

 慌てて、独健が出ている二冊の台本を開いて、どこかずれているクルミ色の瞳に、出演者の名前がダブっているのが映った。

「あぁ、本当だ」
「それ、変えんの?」

 焉貴から聞かれたが、これは、モデルがいる以上、簡単に入れ替えはできないのである。

「いや、セリフから何から全部書き直しになるので、そのままのキャスティングでお願いします」
「オッケー」

 独健はまた台本を読み始めた。デジタル頭脳の人たちは、見た先からセリフを全て記録させてゆく。孔明は登場人物を、聡明な瑠璃紺色の瞳で捉える。

「エキストラどうするの~?」

 待っていましたとばかり、倫礼は得意げに微笑んだが、内容は他力本願だった。

「それはですね。るなすさんに門の外に立ってもらうんです。そうすると、『エキストラなら、ぜひやります!』っていう人が集まってくるので……」
「あははははっ……!」

 絶対にある話である。

「お前、ルナスマジック利用するね」

 焉貴の隣で、のんびり緑茶を飲んでいた、マゼンダ色の長い髪の持ち主を、倫礼はうかがった。

「月さんがいいと言えばですが……」
「えぇ、構いませんよ~。小一時間ほどで集まるんではないんですか~?」

 恐るべし、ルナスマジック。どうやったら、人々を自分の思う通りに動かせるのだろうか、ここまで。今日は女装していない夫に、倫礼は丁寧に頭を下げた。

「ありがとうございます」

 最後の言葉である。

「撮影期間は二週間です。なので、四週間後に鑑賞会ということです。それでは、よろしくお願いしま~す!」

 こうして、食堂で夫婦たちは一緒に顔を合わせるが、鑑賞会のために、それぞれの進行状況やストーリーは内緒にされたまま、日が昇っては暮れてを繰り返していった。


 そして、四週間後――

 食堂に、夫婦十人集合。プロジェクターもスクリーンもない。だが、最新の技術で、意識下でつながる携帯電話から、空中に映像が直接映し出される。それは、三百六十度どこから見ても、同じように見えるものだ。

 ということで、席はいつも通り。細長い四角のテーブルを囲む。倫礼の左隣から、夕霧命、貴増参、月命、蓮、光命、孔明、焉貴、独健、明引呼で、再び妻に戻ってきている。

 テーブルの中央には、銀や色とりどりの包み紙に包まれたものが、山積みにされていた。全ての物語のデータが入っている携帯電話を、倫礼は嬉しそうに握りしめながら、

「はい、やってきました!」
「きたね」

 焉貴が言う左隣で、孔明が間延びした声で聞く。

「駄菓子~?」
「はい、買ってきました! これを食べながら、みんなで見ようということです」
「俺、お菓子食べないよ。っていうか、フルーツしか口にしないから」

 妻は夫のことはわかっているのである。

「大丈夫です。ちゃんと入ってます」

 埋もれていたマスカットを、斜め前にいる焉貴にすっと差し出し、ついでに、倫礼は何かのメニュー表もテーブルの中央へ乗せる。

「で、飲み物はカクテルです!」

 チョコレートならまだしも、ミスマッチもいいところである。孔明と焉貴からほぼ同時に質問がやってくる。

「どうして~? お酒なの?」
「お前が飲みたいだけでしょ?」

 倫礼は待っていましたと言わんばかりに、即答。

「はい、グリーン アラスカをぜひ飲みた――」
「却下!」

 夫たち全員が阻止した。倫礼はびっくりして、椅子から思わず立ち上がった。

「何でですか!」
「お前、それ、あちこちの店でやらかしてんでしょ?」

 ジンのショット数杯ぐらいでは酔わない倫礼が、手を出してしまったカクテル。そんな彼女の姿を、密かにいつも見てきた光命は、

「店からオーダー拒否されていたではありませんか?」

 出しませんと言われてしまう始末なのである。細長いゼリーに手を伸ばした独健は不思議そうな顔をする。

「グリーン アラスカって何だ?」

 野郎どもとよく飲みにいく明引呼は、もちろん知っていた。

「五十五パーのリキュールとジンを、ただシャイカーで振っただけの酒だ」

 甘く魅惑的な酒。アルコールの匂いがしない危険な代物。酒しか入っていないカクテル。ラムネを取った貴増参は、みんなを見渡す。

「アルコール度数は何パーセントなんでしょう?」
「四十八パーセントです~」

 左の誕生日席に座っていた、月命の凜とした澄んだ儚げな声が響き渡った。

 そういうわけで、倫礼はいつもノックアウトされているのである。マスカットをシャクっとかじった夫から交換条件が提示され、

「それ以外なら、いいよ」

 他の夫たちが頭痛いみたいな顔をし、

「焉貴に酒を飲ませると……」
「ボクも飲みたい」

 夫たちから吐息がテーブルの上に降り積もった。

「孔明に飲ませると……」

 倫礼も交じって、ぼやきが入る。

「さらにハイテンションになって、大変なことになる!」

 凜とした澄んだ女性的な響きだったが、月命の声は有無を言わせない口調だった。

「お酒は却下ですっ! ジュースです~」

 それぞれの席に、自動的に配達されてくる飲み物が店から届けられ、倫礼はお菓子にさっそく手を伸ばした。

「んん~♪」

 食べクズを口のまわりにつけたまま、もぐもぐと幸せそうに味わう。誰も話す人がいない食卓。マスカットを食べながら、メロンジュースを飲んでいる。フルーツだらけの焉貴から、妻に注意がやってきた。

「何、食べてんの? お前が話すんでしょ?」
「うまい◯のチーズ味に目がなくて……」
「お前、お菓子好きだよね?」
「大好きです!」
「いいから、進めちゃって」

 手でお菓子のクズを払って、倫礼は夫たちを見渡す。

「どうでしたか? みなさん」
「非現実的だった……」

 この世界の大人は全員浮遊するのだ。瞬間移動するのだ。それを上回ることをしないと、面白くないのである。

「とりあえず一人ずつ、作品の内容に触れない程度で、前評価をしてください」

 ノリノリの倫礼とは打って変わって、夫たちからは返事が返ってこなかった。

「…………」

 誰も言ってこない。孔明はヨーグルトを小さなスプーンですくい上げていたのをやめて、左隣にいる、チョコレートを食べている人に話を振った。

「あれ~? 光、いつも最初に話すのに、どうしたの~?」
「今回限りにしていただきたいです――」

 遊線が螺旋を描く声は優雅さはなく、衝撃の内容だった。滅多にまっすぐ断ってこない光命。

「お前、光に何したの?」

 椅子の上で両膝を抱えた焉貴に問い詰められ、倫礼は両手を前で急いで横に振った。

「いやいや! 何もしてないですよ! ただ、年齢設定を若干下げたんです」
「詳しく言わねぇってことは、十八より下にしただろ?」

 右隣で、みかんを食べていた明引呼の言葉。光命の十八歳未満はいけないのである。解禁しては。だが、妻も負けていなかった。

「もともと、そういう設定だったんです!」

 昔に書いたものなのだ、光命が演じたのは。夫たちが一斉にあきれた顔をした。

「優雅な王子じゃないな……」

 もう撮ったのだ、何を言われようがいいのである。倫礼は右の誕生日席にいる夫に問いかける。

「独健さんは?」
「俺も今回限りにしてほしいな」

 同じ内容が返ってきてしまった。

「お前、独健に何したの?」
「いやいや! だから、何もしてないですよ! ただ、他の人がやるはずだった役をお願いしたんです」

 これも昔に書いたのだ。ただ、役どころを入れ替えただけである。惨敗中の倫礼は、鋭いアッシュグレーの眼光に迫った。

「明引呼さんは?」
「野郎どもが何て言うかだな……」

 色よい返事ではなかった。

「お前、アッキーに何してんの?」
「アイテムをひとつ出しただけですよ」

 これは新作なのだ。ただ、ちょっと笑いを取りにいっただけであって、本人が絶対にしないことを入れてしまったのである。

 焉貴はマスカットの香りのする手で、右隣にいる人の腕をトントンと叩いた。

「で? 孔明は?」
「ボク~? ジャンル間違ってたかも~?」

 断然否定である。

「お前、何やらしたの?」
「いやいや! だから、何もしてないですよ! ただ、他の人がやるはずだった役をお願いしたんです」

 これも昔書いたのだ。ただ、孔明の頭の良さについていけなかった倫礼は、彼をモデルにした作品は持っていなかったのである。

 手厳しい評価を受け続ける倫礼。めげずに、夕霧命を間に挟んだ、左隣にいるカーキ色のくせ毛を持つ夫に問いかけた。

「貴増参さんは?」
「僕は機会があるのなら、またぜひ演じたいです」

 ここも配役が違うが、受け入れてくれる人もいるのである。ふ菓子を綿あめでも食べるようにしている、ニコニコの笑みの人を、倫礼は見た。

るなすさんは?」
「僕ですか~? 衣装を――」
「やめてください~! そこは内容に触れるので、禁止です」

 失敗すること大好き。危うくネタバレになるところであった。倫礼は隣に座っている姿勢がピンと張りつめた人に問いかけた。

「夕霧さんは?」
「いい修業になった」

 切れ長なはしばみ色の瞳で見下ろされ、妻は身体中が幸せ色に染まる。だが、夫たちから修業バカが告げられた。

「全て、そこへとつなげる……」

 倫礼は気にせず、再びお菓子に手を伸ばす。

「蓮は、どうだった?」

 彼の天使のように綺麗な顔は怒りで一気に歪み、

「お前、俺はあんな言い方は――」
「それも内容に触れるから禁止!」

 危うくネタバレである。倫礼が言ってるそばで、孔明が最後の一人に顔を向けた。

「焉貴はどう~?」
「俺? 事務的に終了」

 そこにどんな意味があるのかわからない、アンドロイドみたいな無機質な響き。

「相変わらず感情がない……」

 かたわらに置いてある携帯電話に、どこかずれているクルミ色の瞳が向けられると、動かしもしていないのに、勝手に起動する。

「波乱も含んでますが、最初の作品にいきましょう! タイトルは……」

 食堂の明かりが意識化センサーで、一気に薄暗くなり、倫礼は意気揚々と言い放った。

「――閉鎖病棟のかい!」

 血のような赤で書かれた、おどろおどろしい文字が画面に浮かび上がった。即行、夫たちから待ったの声がかかり、

「これ、ホラーだろう!」

 明かりがさっと元に戻った。

「違いますよ! ラブストーリーです!」

 倫礼が書いたのだ。本人がそう言えば、そうなのである。再び、日が落ちるようにすっと照明が暗くなり、

「はい、もう一度仕切り直しです。閉鎖病棟の怪、どうぞ!」

 全員の視線が空中スクリーンに集中した――――
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