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最後の恋は神さまとでした
ルナスマジック/4
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夕闇が広がり始めたカフェで、男二人は向かい合って、約束通りのお茶をしていた。明引呼が城で働く知り合いから聞いてきた、月主命のヤバイ噂を話し終え、ニヤリとした。
「――って、聞いたぜ」
エスプレッソの小さなカップに添えられていた手は上品に止めれ、人差し指をこめかみに当て、ルナスマジックを放つ男は珍しく表情を曇らせた。
「そちらは僕も少々困っているんです~。僕は彼女たちと話したことも会ったこともなければ、特別な感情を抱いてもいません。ですがなぜか、彼女たちが勝手に結婚したいと言っているみたいなんです~」
ウサギと踊るわ、カエルは被るわで、シリアスシーンを次々になぎ倒してゆく、三百億年も生きている男。そんな彼を前にして、明引呼はふっと鼻で笑う。
「からよ、てめえに近寄っと危ねえんだろ。それからよ、女気絶させたって聞いたぜ」
地獄の扉のように開いたまぶたから、ヴァイオレットの瞳が姿を現した。凛とした澄んだ女性的な声なのに、地をえぐり取るようなほど低かった。
「君も人聞きが悪いですね。僕はただ城の廊下を歩いていただけなんですが、七人もの女性が通り過ぎたあと倒れたんです~。なぜ、このようなことになるんでしょうか~?」
「ピアノ線張ってるとか、罠仕掛けてんじゃねえだろうな?」
「こちらの出来事に関しては、僕は何もしていませんよ~」
明引呼はブランデー入りの紅茶を一口飲み、言葉は違っても、ネタバラシをしてくる月主命にさらに面白みを覚えた。
「っつうことは普通は罠仕掛けるってか?」
「うふふふっ」
小学生の前ではあんなに模範的な優しい先生なのに、大人たちには鞭を振るような極悪非道という言葉が、悪がなくなったはずのこの世界でまかり通りそうな月主命だった。
「マジでヤバい話だぜ」
カップから節々のはっきりした手が離れると、太いシルバーリングがかちゃかちゃとかすれる音を、店のBGMににじませた。
家路へと急ぐ人が通り過ぎるカフェの窓を眺めながら、女みたいな頭のいい男は軽いため息をつく。
「あちらのことも関係しているのかもしれませんね」
「他にも何かあるってか?」
ジーパンの長い足はテーブルの下で組み直された。それとは対照的に茶色のロングブーツのかかとは座った時からずっと、行儀よくそろえられたまま。
「違うかもしれませんが……」
「話してみろや」
「――僕は失敗することをしてみたいんです~」
この男はやはり面白いと、明引呼は思う。こうやって、自分が突っ込むことをさせるようなことを、次々に言ってくるのだから。
「ドMだろ」
ニコニコのまぶたから、ヴァイオレットの瞳は解禁された。十分暖かいカフェの中なのに、なぜか寒気がする。
「僕はマゾではありません。成功することはみなさんがします。ですから、他の方がしない失敗することをして、どのようになるのか知りたいんです~」
「研究者みてえな発想だな」
明引呼は椅子の背もたれにもたれて、両腕を頭の後ろに回した。黄昏た気持ちで、彼は空を見上げる。
その場から動くこともできず、人間に手を貸すこともできない月日の中で、自分の長所など知ることもなかった。
統治者が代わり、とりあえずできるものをと、ついた人間界にもある研究職。その組織の中で、研究肌の他の人間が言っていた言葉が今身にしみてわかった。
そして、同時に自分は研究職に向いていないという輪郭がまた深く刻まれた気がする。
シリアスな場面なのに、それをまたなぎ倒すように、月主命の話はどんどんおかしくなってゆく。
「どのようすれば実行できるのかを考えていると、必ず代わりにやってくださるという方がいらっしゃるんです~」
「あぁ?」
明引呼が我に返って真正面に顔を戻すと、ヴァイオレットの瞳はまたニコニコのまぶたに隠れていた。
「ですが、会ったこともない方なんです~。しかし、好意を無駄にしてはいけませんから、お言葉に甘えてお願いするんです~」
「で、どうなんだよ?」
失敗したい人の計画。実行する人が別の人になるだけ。物質界では、時と場合によっては失敗は死を意味する。
それなのに、永遠の世界で生きて、死の恐怖を知らない月主命は、どこまでも残酷に不気味な含み笑いをした。
「うふふふっ、やはり失敗してしましたか~、になるんです~」
明引呼はテーブルの足に、ガツンと蹴りを入れた。
「このドS野郎! てめぇは痛い目に合わずに、結果だけ手に入るってか。マジでルナスマジックだな」
マゼンダの長い髪を背中でなびかせ、両手でカップを大切に包み込むように持って、月のように澄んだ女性的な肌で嬉しそうに微笑む。
「それから、道端を歩いていると、いつも見ず知らずの方が金品を譲ってくれるんです~。世の中親切な方がたくさんいらっしゃいますね~?」
悪意が存在しない神さまだけの世界で、三百億年も生きてきた人の価値観と境遇は、ついこの間まで明引呼が見ていた地上とはまったく違っていた。
「――って、聞いたぜ」
エスプレッソの小さなカップに添えられていた手は上品に止めれ、人差し指をこめかみに当て、ルナスマジックを放つ男は珍しく表情を曇らせた。
「そちらは僕も少々困っているんです~。僕は彼女たちと話したことも会ったこともなければ、特別な感情を抱いてもいません。ですがなぜか、彼女たちが勝手に結婚したいと言っているみたいなんです~」
ウサギと踊るわ、カエルは被るわで、シリアスシーンを次々になぎ倒してゆく、三百億年も生きている男。そんな彼を前にして、明引呼はふっと鼻で笑う。
「からよ、てめえに近寄っと危ねえんだろ。それからよ、女気絶させたって聞いたぜ」
地獄の扉のように開いたまぶたから、ヴァイオレットの瞳が姿を現した。凛とした澄んだ女性的な声なのに、地をえぐり取るようなほど低かった。
「君も人聞きが悪いですね。僕はただ城の廊下を歩いていただけなんですが、七人もの女性が通り過ぎたあと倒れたんです~。なぜ、このようなことになるんでしょうか~?」
「ピアノ線張ってるとか、罠仕掛けてんじゃねえだろうな?」
「こちらの出来事に関しては、僕は何もしていませんよ~」
明引呼はブランデー入りの紅茶を一口飲み、言葉は違っても、ネタバラシをしてくる月主命にさらに面白みを覚えた。
「っつうことは普通は罠仕掛けるってか?」
「うふふふっ」
小学生の前ではあんなに模範的な優しい先生なのに、大人たちには鞭を振るような極悪非道という言葉が、悪がなくなったはずのこの世界でまかり通りそうな月主命だった。
「マジでヤバい話だぜ」
カップから節々のはっきりした手が離れると、太いシルバーリングがかちゃかちゃとかすれる音を、店のBGMににじませた。
家路へと急ぐ人が通り過ぎるカフェの窓を眺めながら、女みたいな頭のいい男は軽いため息をつく。
「あちらのことも関係しているのかもしれませんね」
「他にも何かあるってか?」
ジーパンの長い足はテーブルの下で組み直された。それとは対照的に茶色のロングブーツのかかとは座った時からずっと、行儀よくそろえられたまま。
「違うかもしれませんが……」
「話してみろや」
「――僕は失敗することをしてみたいんです~」
この男はやはり面白いと、明引呼は思う。こうやって、自分が突っ込むことをさせるようなことを、次々に言ってくるのだから。
「ドMだろ」
ニコニコのまぶたから、ヴァイオレットの瞳は解禁された。十分暖かいカフェの中なのに、なぜか寒気がする。
「僕はマゾではありません。成功することはみなさんがします。ですから、他の方がしない失敗することをして、どのようになるのか知りたいんです~」
「研究者みてえな発想だな」
明引呼は椅子の背もたれにもたれて、両腕を頭の後ろに回した。黄昏た気持ちで、彼は空を見上げる。
その場から動くこともできず、人間に手を貸すこともできない月日の中で、自分の長所など知ることもなかった。
統治者が代わり、とりあえずできるものをと、ついた人間界にもある研究職。その組織の中で、研究肌の他の人間が言っていた言葉が今身にしみてわかった。
そして、同時に自分は研究職に向いていないという輪郭がまた深く刻まれた気がする。
シリアスな場面なのに、それをまたなぎ倒すように、月主命の話はどんどんおかしくなってゆく。
「どのようすれば実行できるのかを考えていると、必ず代わりにやってくださるという方がいらっしゃるんです~」
「あぁ?」
明引呼が我に返って真正面に顔を戻すと、ヴァイオレットの瞳はまたニコニコのまぶたに隠れていた。
「ですが、会ったこともない方なんです~。しかし、好意を無駄にしてはいけませんから、お言葉に甘えてお願いするんです~」
「で、どうなんだよ?」
失敗したい人の計画。実行する人が別の人になるだけ。物質界では、時と場合によっては失敗は死を意味する。
それなのに、永遠の世界で生きて、死の恐怖を知らない月主命は、どこまでも残酷に不気味な含み笑いをした。
「うふふふっ、やはり失敗してしましたか~、になるんです~」
明引呼はテーブルの足に、ガツンと蹴りを入れた。
「このドS野郎! てめぇは痛い目に合わずに、結果だけ手に入るってか。マジでルナスマジックだな」
マゼンダの長い髪を背中でなびかせ、両手でカップを大切に包み込むように持って、月のように澄んだ女性的な肌で嬉しそうに微笑む。
「それから、道端を歩いていると、いつも見ず知らずの方が金品を譲ってくれるんです~。世の中親切な方がたくさんいらっしゃいますね~?」
悪意が存在しない神さまだけの世界で、三百億年も生きてきた人の価値観と境遇は、ついこの間まで明引呼が見ていた地上とはまったく違っていた。
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