64 / 112
Karma-因果応報-/3
しおりを挟む
崇剛の心の湖は凪だったが、さらに質問を重ねた。故意に情報を渡さないようにしていないかと思って。
「そちらだけですか?」
「は、はい……。(あとは、疑われるからな)」
ここまで来ても、態度を変えない犯人を前にして、聖霊師はチェスという事情聴衆の盤上へ、犯人を強引に引きずり上げた。
まずは一手目――ポーンという疑問形を、優雅さは含むが非常に冷たい声で放った。
「なぜ、あなたは嘘をつかれるのですか?」
この男は改心するつもりはないのか――
元は落ち着きなく視線をあちこちへやった。
「え、え……? (ど、どうして、嘘だって知ってるんだ……?)」
前回訪問した時のことを、元は覚えていなかった。知るはずのない自分の夢の内容を、崇剛は当ててきたのだ。
優雅な聖霊師には嘘は通じないと、きちんと理解していなかった。
合理的に物事を進めるために、何の躊躇もなく容疑者に、メシア保有者であることをカミングアウトした。
「私には神から授かった千里眼という人の心や過去世、霊や天使などを見る力があります。ですから、あなたの見た夢は見えますし、思ったことは聞こえますよ」
元は尊敬に値しない人物だと判断し、崇剛の言葉遣いは敬うものから、丁寧語へレベルを引き下げられた。
「…………。(そ、それって……)」
嘘やごまかしだらけの人生を送ってきた、元は言葉をなくした。崇剛にはかまっている暇はなかった。
「時間がありません。あなたという原因を軸にして、たくさんの人が死ぬ可能性があるのです。一秒でも早く解決できる方法を選ぶ――そちらが犠牲者が出ない可能性が一番高いのです」
「…………」
壊れた機械みたいに、動きも思考も止まってしまった元。
今は優しさなどという感情を微塵も使う気のない、崇剛は相手の言葉を待たず、さらなる一手――基本の疑問形を打った。
「答えてください。なぜ、正直に全てを言わないのですか?」
「そ、それは……あ、あの……。(お、思ってることもバレる……ひゃあっ!)」
元を自分の手元を見たり、崇剛をうかがうを繰り返しながら、決断することもできず、自分のターンは終了してしまった。
このチェスはただのゲームではない。現実だ。ルールなど存在しない。ターン中に手を打たなくても、時間が来れば、相手のターンへ勝手に移ってしまう。
崇剛は組んでいた両手をとき、茶色のロングブーツの足を優雅に組み替えた。
待っていても時間の無駄であるという可能性が99.99%――
仕方がありませんね。
私から話を進めていきましょう。
崇剛の絶対優勢で、全て聖霊師のターンで診察は進んでゆくこととなった。
「宇田川家は加瀬幕府を治めていた武将の家名です。そちらへ、あなたは日本刀を献上しようとしたのではありませんか?」
神からの赦しが得られ、崇剛に元の前世の出来事も関わった人々も、何もかもが明らかになった。
冷静な頭脳に、次から次へと浮かんでは消えてゆく、百五十六人の犠牲者の名前、姿形。そうして、邪神界か正神界かの審神者が、瑠璃とラジュのふたりの共同作業で行われながら、表面上の会話は普通に展開してゆく。
崇剛は守護霊と天使から言われた情報を、冷静な頭脳というデータバンクに的確に整理していきながら、容疑者へ投げかけた質問の返事を待った。
しかし、元は言い淀むだけ、
「そ、それは……」
(確かに、宇田川家に献上するとか言ってた……)
言葉にならないことばかりの元。殺人犯の前世の情報が絶え間なく入り込んでくる、崇剛の中性的な唇から、完成したパズルの詳細が診療室に舞い始めた。
「あなたの前世は、今から三百六十三年から三百十二年前で、三百四十八年前から死ぬまで、鍛冶屋を営んでいました」
「あ、あぁ……」
戸惑い気味にうなずいた元は、鍛冶屋がどんな職業がきちんと理解していなかった。
(だから、鉄を打ってたのか。で、でも、何でそれが悪霊と関係するんだ?)
鍛冶屋が日本刀を振り回す、それが仕事となると、崇剛の中ではひとつの可能性が大きく浮上し、天使と守護霊によって、事実として確定された。
聖女は白いブーツを組み替え、天使は綺麗な手で金の髪をなでた。聖霊師は冷静な態度で、鍛冶屋の闇へじわりと迫った。
「辻斬りという行為は知っていますか? あなたが見たふたつの夢はそちらを指しています」
「い、いえ、知りません」
のんきにも首を横へ振った元。これから突きつけられる事実が重大かつ残忍極まりないこととも知らずに。
神経質な手はあごに当てられ、勉強不足の殺人犯のために、花冠国の歴史上で起きた犯罪のひとつを説明した。
「辻斬りとは、刀の切れ味を試すために、何の罪もない人を斬りつけ殺す行為を指します。ですから、夜の人気のない場所で、断末魔や悲鳴が上がった夢を見たのです」
「え、えぇっ!? お、俺が人を殺した!?」
元は驚いて、大きく目を見開いた。そんな態度などどうでもよく、聖霊師は容疑者へ罪状を静かに告げた。
「あなたは前世でそちらを行ったのです。殺した人数は百五十六名です」
転生しているから、健在意識では知らないが、犯した罪は消えない。殺人鬼をはるかに凌ぐ大量殺人だった。元は自分の手を信じられない顔で見るめる。
「……百五十六人、殺した……!?」
誘いを断るために神父を選んだ崇剛から、別の宗教の言葉が発せられた。
「因果応報……仏教用語です。原因としての善い行いをすれば、善い結果が得られ、悪い行いは悪い結果をもたらすという意味の言葉です。前世でのあなたの行いが、そのまま今世で返ってきた結果なのです。今まで起きたことも、これから起きることもです」
困惑している元を置き去りにしたまま、遊線が螺旋を描く優雅で芯のある声は診療室に舞い続ける。
「ですから、最初に見ていた夢で、あなた自身が斬られたのです。今回の夢の中で、言われた言葉『悲しめばいい……』などもそうです」
何とか意識が戻ってきた元は、言い訳という逃げ道を作ろうとしたが、
「で、でも……そ、その……辻斬りって、仕事ですよね? だから――」
甘い考えの容疑者の言葉をさえぎって、崇剛は珍しく真剣な顔つきになった。
「仕事だから人を殺していいという理由にはなりませんよ。どのような理由があろうとも……。人が人の人生を終わらせることは赦されていません。神にしか行えないのです、人を天に召すことは」
容疑者はさらに逃げようとした。
「で、でも……他の人もしてましたよね?」
(鍛冶屋は俺だけじゃないだろ? 他にしてたやつもいたよな)
同調という甘さ――。また逃げ道を作ろうとしている犯人の退路を、さっきから密かに打ち続けていた様々なコマで、冷静な頭脳の持ち主は着実に相手をチェックメイトへ陥れた。
「他の方が殺しているから、自身も殺していいという理由はどちらから来るのですか? あなたのそちらの言葉は言い訳ではないのですか?」
「え、え~っと……」
核心をつかれて、元はとうとう答えられなくなってしまった。水色の瞳は今や猛吹雪を感じさせるほど冷たく、チェックメイト次々に放った。
「あなたには自身の意思や決断はないのですか? 人を殺せと言われたら殺すのですか? しない――断るという術をあなたは持っていないのですか?」
証拠は全て出そろい、前世での悪行が明らかになった今。情に厚い国立とは違って、崇剛は冷酷で非道だった。
気が弱い元には、とてもではないが、崇剛の瞳を凝視することはできす、視線をそらし、落ち着きなく診療室を見渡した。
「…………。(じ、自分が決める?)」
一流の聖霊師であり、説教もする神父。チェックメイトをすれば、次のゲームは強制的に始まる。
最初の一手で崇剛は次々と元のキングの前に、ゲームのルールを無視してコマを置きチェックメイト。
「物事がうまくいかなかった時、誰かや物のせいにするために、あなたは自身で選ばず、責任を取らないで生きて来たのではありませんか? 自身で選択をすれば、己が責任を負わなくてはいけませんからね。ですが、どのような状況であろうとも、最後に決断を下したのはあなたです。断りたいのであれば、死ぬ気で断ればいいのです。従いたくないのであれば、死ぬ気で従わなければいいのです。ですから、今の状況へ陥ったのは、全てはあなたの責任なのです。違いますか?」
茶色のロングブーツは優雅に組み替えられるが、氷柱のような視線は元からはずさないままだった。
「え、あ、あの……」
人が死ぬかもしれない危険性がある限り、一秒でも引き延ばせない。相手が言い淀もうと、さらに新しいゲームは始まり、崇剛は元を早々とチェックメイトした。
「年齢は四十二歳――四十二年間、学ぶ機会はたくさんあったはずです。ですが、あなたは全て見ないふりをして、今まで生きてきたみたいです。何を今までしてきたのですか?」
「…………」
「年齢を重ねるほど、魂のレベルの差が大きく出てきます。何もしなかった人、努力し続けてきた人……。小さな積み重ねが大きなものに変わるのです。何か知恵をつけていかないと、ただ年老いてゆくだけです」
「…………」
自分自身の人生の内容を問われているのに、四十年も生きてきた元は何も答えられなかった。
(言っている意味がわからない)
ラジュは崇剛と元を見比べて思う。
ふたりには霊層という大きな壁があります。
崇剛は準天使に迫る五段。
恩田 元は四百九十五段です。
値が小さくなるほど、高くなります。
つまり、魂が澄んでいます。
人は同じレベル同士でしか出会うことはできません。
崇剛の話している内容は、恩田 元には理解できません。
できるとすれば、彼の魂の透明度はすでに上がっています。
低い者に、高い者が合わせる必要はないんです。
合わせるのは、低い者のほうです。
それが神の御心です――
邪悪なサファイアブルーの瞳の中で、崇剛は後れ毛を耳にかけた。
「百五十六人も殺したあなたは当然、死後、地獄行きとなりました」
「で、でも、生まれ変わってるから、罪は償ったんですよね?」
理論のりの字も知ろうともしない犯人の悪あがきは続く。崇剛の中性的な整った顔は横へゆっくりと揺れた。
「いいえ、償ってはいませんよ。ですから、あなたに恨みを持つ者があなたを狙っているのではないのですか?」
さっきから、ちっとも自分の思う通りに話が通じないのを我慢していたが、元はイラついて、とうとう大声で喚き散らした。
「それは、おかしいじゃないですか!」
崇剛はどこまでも冷静で、心の水面に波紋など一切描かれない。犯人の激怒という熱の感情を、一瞬にして凍結させてしまうほどの威力のある声で言った。
「償わなくても、地獄を出る方法があるのです」
「ど、どんな方法ですか? (償わなくてもいい方法があるのか)」
淡い期待をして、身を乗り出したは殺人犯へ、崇剛のひどく冷たい声が、舌鋒鋭く現実を告げた。
「方法はただひとつです。そちらは邪神界――悪に魂を売り飛ばすことなのです。地獄には柵などがありません。ですから、邪神界の者が悪へ引きずり込もうと、地獄にいる者に声をかけ、連れ出すのです」
「えっ!? あ、悪……じ、自分が!?」
元の顔は驚愕に染まった。
心霊刑事の心遣いで、事実はひた隠しにされてきたが、容疑者自ら足をつ込んでしまった。
聖霊師の冷酷な神託はまだまだ続く。
「あなたは地獄の辛さに耐えられず、悪に魂を売り飛ばし逃げ出した邪神界の者なのです」
元が現実を受けいられる階段を、崇剛は示したが、心の内では非常に厳しいものだった。
あなたが悪だと受け入られるという可能性は12.57%――
元は顔を真っ赤にして、椅子からガバッと立ち上がった。
「う、嘘だっ!」
国立が心配していた通りになってしまった。
相手が怒ろうが暴れようが、恐れという激情を、冷静な頭脳で抑え込める崇剛は、無風空間でただ優雅に佇んでいた。
「なぜ、私があなたに嘘をつく必要があるのですか? 他の方のせいにしても、何も変わりませんよ」
「そ、それは……」
(こいつが俺に嘘ついて、何の得があるんだ?)
元の怒りは、崇剛によって瞬間凍結され、椅子の上にストンと体が落ちた。聖霊師は肘掛で頬杖をつく。
「水道から血が出てきた時に聞こえてきた笑い声は、真里さん、霧子さん、涼子さんのものではありませんでしたか?」
彼女たちの生まれ変わった理由から、崇剛は100%に近い予測がついていた。疑問形だと警戒せずに、元は目を大きく見開いただけだった。
「えっ!?」
違うとも言わない。
なぜそれを聞くのかと質問しない。
その言動はすなわち――
崇剛は優雅に微笑み返した。
「やはり、そうなのですね?」
「ど、どうして、それを……」
(まだ、言っても思ってもないのに……な、何で知ってるんだ?)
自分しか知らない声色だ。元でさえ、重なり合った三つの声を聞き分けるのは困難だったというのに、この目の前にいる優雅な男は、ピタリと当ててきたのだ。
「そちらだけですか?」
「は、はい……。(あとは、疑われるからな)」
ここまで来ても、態度を変えない犯人を前にして、聖霊師はチェスという事情聴衆の盤上へ、犯人を強引に引きずり上げた。
まずは一手目――ポーンという疑問形を、優雅さは含むが非常に冷たい声で放った。
「なぜ、あなたは嘘をつかれるのですか?」
この男は改心するつもりはないのか――
元は落ち着きなく視線をあちこちへやった。
「え、え……? (ど、どうして、嘘だって知ってるんだ……?)」
前回訪問した時のことを、元は覚えていなかった。知るはずのない自分の夢の内容を、崇剛は当ててきたのだ。
優雅な聖霊師には嘘は通じないと、きちんと理解していなかった。
合理的に物事を進めるために、何の躊躇もなく容疑者に、メシア保有者であることをカミングアウトした。
「私には神から授かった千里眼という人の心や過去世、霊や天使などを見る力があります。ですから、あなたの見た夢は見えますし、思ったことは聞こえますよ」
元は尊敬に値しない人物だと判断し、崇剛の言葉遣いは敬うものから、丁寧語へレベルを引き下げられた。
「…………。(そ、それって……)」
嘘やごまかしだらけの人生を送ってきた、元は言葉をなくした。崇剛にはかまっている暇はなかった。
「時間がありません。あなたという原因を軸にして、たくさんの人が死ぬ可能性があるのです。一秒でも早く解決できる方法を選ぶ――そちらが犠牲者が出ない可能性が一番高いのです」
「…………」
壊れた機械みたいに、動きも思考も止まってしまった元。
今は優しさなどという感情を微塵も使う気のない、崇剛は相手の言葉を待たず、さらなる一手――基本の疑問形を打った。
「答えてください。なぜ、正直に全てを言わないのですか?」
「そ、それは……あ、あの……。(お、思ってることもバレる……ひゃあっ!)」
元を自分の手元を見たり、崇剛をうかがうを繰り返しながら、決断することもできず、自分のターンは終了してしまった。
このチェスはただのゲームではない。現実だ。ルールなど存在しない。ターン中に手を打たなくても、時間が来れば、相手のターンへ勝手に移ってしまう。
崇剛は組んでいた両手をとき、茶色のロングブーツの足を優雅に組み替えた。
待っていても時間の無駄であるという可能性が99.99%――
仕方がありませんね。
私から話を進めていきましょう。
崇剛の絶対優勢で、全て聖霊師のターンで診察は進んでゆくこととなった。
「宇田川家は加瀬幕府を治めていた武将の家名です。そちらへ、あなたは日本刀を献上しようとしたのではありませんか?」
神からの赦しが得られ、崇剛に元の前世の出来事も関わった人々も、何もかもが明らかになった。
冷静な頭脳に、次から次へと浮かんでは消えてゆく、百五十六人の犠牲者の名前、姿形。そうして、邪神界か正神界かの審神者が、瑠璃とラジュのふたりの共同作業で行われながら、表面上の会話は普通に展開してゆく。
崇剛は守護霊と天使から言われた情報を、冷静な頭脳というデータバンクに的確に整理していきながら、容疑者へ投げかけた質問の返事を待った。
しかし、元は言い淀むだけ、
「そ、それは……」
(確かに、宇田川家に献上するとか言ってた……)
言葉にならないことばかりの元。殺人犯の前世の情報が絶え間なく入り込んでくる、崇剛の中性的な唇から、完成したパズルの詳細が診療室に舞い始めた。
「あなたの前世は、今から三百六十三年から三百十二年前で、三百四十八年前から死ぬまで、鍛冶屋を営んでいました」
「あ、あぁ……」
戸惑い気味にうなずいた元は、鍛冶屋がどんな職業がきちんと理解していなかった。
(だから、鉄を打ってたのか。で、でも、何でそれが悪霊と関係するんだ?)
鍛冶屋が日本刀を振り回す、それが仕事となると、崇剛の中ではひとつの可能性が大きく浮上し、天使と守護霊によって、事実として確定された。
聖女は白いブーツを組み替え、天使は綺麗な手で金の髪をなでた。聖霊師は冷静な態度で、鍛冶屋の闇へじわりと迫った。
「辻斬りという行為は知っていますか? あなたが見たふたつの夢はそちらを指しています」
「い、いえ、知りません」
のんきにも首を横へ振った元。これから突きつけられる事実が重大かつ残忍極まりないこととも知らずに。
神経質な手はあごに当てられ、勉強不足の殺人犯のために、花冠国の歴史上で起きた犯罪のひとつを説明した。
「辻斬りとは、刀の切れ味を試すために、何の罪もない人を斬りつけ殺す行為を指します。ですから、夜の人気のない場所で、断末魔や悲鳴が上がった夢を見たのです」
「え、えぇっ!? お、俺が人を殺した!?」
元は驚いて、大きく目を見開いた。そんな態度などどうでもよく、聖霊師は容疑者へ罪状を静かに告げた。
「あなたは前世でそちらを行ったのです。殺した人数は百五十六名です」
転生しているから、健在意識では知らないが、犯した罪は消えない。殺人鬼をはるかに凌ぐ大量殺人だった。元は自分の手を信じられない顔で見るめる。
「……百五十六人、殺した……!?」
誘いを断るために神父を選んだ崇剛から、別の宗教の言葉が発せられた。
「因果応報……仏教用語です。原因としての善い行いをすれば、善い結果が得られ、悪い行いは悪い結果をもたらすという意味の言葉です。前世でのあなたの行いが、そのまま今世で返ってきた結果なのです。今まで起きたことも、これから起きることもです」
困惑している元を置き去りにしたまま、遊線が螺旋を描く優雅で芯のある声は診療室に舞い続ける。
「ですから、最初に見ていた夢で、あなた自身が斬られたのです。今回の夢の中で、言われた言葉『悲しめばいい……』などもそうです」
何とか意識が戻ってきた元は、言い訳という逃げ道を作ろうとしたが、
「で、でも……そ、その……辻斬りって、仕事ですよね? だから――」
甘い考えの容疑者の言葉をさえぎって、崇剛は珍しく真剣な顔つきになった。
「仕事だから人を殺していいという理由にはなりませんよ。どのような理由があろうとも……。人が人の人生を終わらせることは赦されていません。神にしか行えないのです、人を天に召すことは」
容疑者はさらに逃げようとした。
「で、でも……他の人もしてましたよね?」
(鍛冶屋は俺だけじゃないだろ? 他にしてたやつもいたよな)
同調という甘さ――。また逃げ道を作ろうとしている犯人の退路を、さっきから密かに打ち続けていた様々なコマで、冷静な頭脳の持ち主は着実に相手をチェックメイトへ陥れた。
「他の方が殺しているから、自身も殺していいという理由はどちらから来るのですか? あなたのそちらの言葉は言い訳ではないのですか?」
「え、え~っと……」
核心をつかれて、元はとうとう答えられなくなってしまった。水色の瞳は今や猛吹雪を感じさせるほど冷たく、チェックメイト次々に放った。
「あなたには自身の意思や決断はないのですか? 人を殺せと言われたら殺すのですか? しない――断るという術をあなたは持っていないのですか?」
証拠は全て出そろい、前世での悪行が明らかになった今。情に厚い国立とは違って、崇剛は冷酷で非道だった。
気が弱い元には、とてもではないが、崇剛の瞳を凝視することはできす、視線をそらし、落ち着きなく診療室を見渡した。
「…………。(じ、自分が決める?)」
一流の聖霊師であり、説教もする神父。チェックメイトをすれば、次のゲームは強制的に始まる。
最初の一手で崇剛は次々と元のキングの前に、ゲームのルールを無視してコマを置きチェックメイト。
「物事がうまくいかなかった時、誰かや物のせいにするために、あなたは自身で選ばず、責任を取らないで生きて来たのではありませんか? 自身で選択をすれば、己が責任を負わなくてはいけませんからね。ですが、どのような状況であろうとも、最後に決断を下したのはあなたです。断りたいのであれば、死ぬ気で断ればいいのです。従いたくないのであれば、死ぬ気で従わなければいいのです。ですから、今の状況へ陥ったのは、全てはあなたの責任なのです。違いますか?」
茶色のロングブーツは優雅に組み替えられるが、氷柱のような視線は元からはずさないままだった。
「え、あ、あの……」
人が死ぬかもしれない危険性がある限り、一秒でも引き延ばせない。相手が言い淀もうと、さらに新しいゲームは始まり、崇剛は元を早々とチェックメイトした。
「年齢は四十二歳――四十二年間、学ぶ機会はたくさんあったはずです。ですが、あなたは全て見ないふりをして、今まで生きてきたみたいです。何を今までしてきたのですか?」
「…………」
「年齢を重ねるほど、魂のレベルの差が大きく出てきます。何もしなかった人、努力し続けてきた人……。小さな積み重ねが大きなものに変わるのです。何か知恵をつけていかないと、ただ年老いてゆくだけです」
「…………」
自分自身の人生の内容を問われているのに、四十年も生きてきた元は何も答えられなかった。
(言っている意味がわからない)
ラジュは崇剛と元を見比べて思う。
ふたりには霊層という大きな壁があります。
崇剛は準天使に迫る五段。
恩田 元は四百九十五段です。
値が小さくなるほど、高くなります。
つまり、魂が澄んでいます。
人は同じレベル同士でしか出会うことはできません。
崇剛の話している内容は、恩田 元には理解できません。
できるとすれば、彼の魂の透明度はすでに上がっています。
低い者に、高い者が合わせる必要はないんです。
合わせるのは、低い者のほうです。
それが神の御心です――
邪悪なサファイアブルーの瞳の中で、崇剛は後れ毛を耳にかけた。
「百五十六人も殺したあなたは当然、死後、地獄行きとなりました」
「で、でも、生まれ変わってるから、罪は償ったんですよね?」
理論のりの字も知ろうともしない犯人の悪あがきは続く。崇剛の中性的な整った顔は横へゆっくりと揺れた。
「いいえ、償ってはいませんよ。ですから、あなたに恨みを持つ者があなたを狙っているのではないのですか?」
さっきから、ちっとも自分の思う通りに話が通じないのを我慢していたが、元はイラついて、とうとう大声で喚き散らした。
「それは、おかしいじゃないですか!」
崇剛はどこまでも冷静で、心の水面に波紋など一切描かれない。犯人の激怒という熱の感情を、一瞬にして凍結させてしまうほどの威力のある声で言った。
「償わなくても、地獄を出る方法があるのです」
「ど、どんな方法ですか? (償わなくてもいい方法があるのか)」
淡い期待をして、身を乗り出したは殺人犯へ、崇剛のひどく冷たい声が、舌鋒鋭く現実を告げた。
「方法はただひとつです。そちらは邪神界――悪に魂を売り飛ばすことなのです。地獄には柵などがありません。ですから、邪神界の者が悪へ引きずり込もうと、地獄にいる者に声をかけ、連れ出すのです」
「えっ!? あ、悪……じ、自分が!?」
元の顔は驚愕に染まった。
心霊刑事の心遣いで、事実はひた隠しにされてきたが、容疑者自ら足をつ込んでしまった。
聖霊師の冷酷な神託はまだまだ続く。
「あなたは地獄の辛さに耐えられず、悪に魂を売り飛ばし逃げ出した邪神界の者なのです」
元が現実を受けいられる階段を、崇剛は示したが、心の内では非常に厳しいものだった。
あなたが悪だと受け入られるという可能性は12.57%――
元は顔を真っ赤にして、椅子からガバッと立ち上がった。
「う、嘘だっ!」
国立が心配していた通りになってしまった。
相手が怒ろうが暴れようが、恐れという激情を、冷静な頭脳で抑え込める崇剛は、無風空間でただ優雅に佇んでいた。
「なぜ、私があなたに嘘をつく必要があるのですか? 他の方のせいにしても、何も変わりませんよ」
「そ、それは……」
(こいつが俺に嘘ついて、何の得があるんだ?)
元の怒りは、崇剛によって瞬間凍結され、椅子の上にストンと体が落ちた。聖霊師は肘掛で頬杖をつく。
「水道から血が出てきた時に聞こえてきた笑い声は、真里さん、霧子さん、涼子さんのものではありませんでしたか?」
彼女たちの生まれ変わった理由から、崇剛は100%に近い予測がついていた。疑問形だと警戒せずに、元は目を大きく見開いただけだった。
「えっ!?」
違うとも言わない。
なぜそれを聞くのかと質問しない。
その言動はすなわち――
崇剛は優雅に微笑み返した。
「やはり、そうなのですね?」
「ど、どうして、それを……」
(まだ、言っても思ってもないのに……な、何で知ってるんだ?)
自分しか知らない声色だ。元でさえ、重なり合った三つの声を聞き分けるのは困難だったというのに、この目の前にいる優雅な男は、ピタリと当ててきたのだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
6
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる