翡翠の姫

明智 颯茄

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十六夜に会いましょう/7

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 魂の奥底に沈められた過去世の記憶は通常戻らない。颯茄にとっては何のことやらさっぱりで、何とかこの男が言っている意味をかなり強引に探してきた。

「いつかの? ん? いつか私が貴増参さんにおごるってことかな?」
「そういうことです」

 細かいことはどうでもいい。一緒に話をしたいのだ。その口実だ。

 時間軸が狂っていようが、颯茄も颯茄で適当に流して、素直にうなずいた。

「じゃあ、今日はお言葉に甘えて、ごちそうになります」

 貴増参はカバンを手に持って、今日は破壊されなかったドアの鍵を手にして、先に歩き出す。

「それでは、行きましょうか」
「はい!」

 ポシェットと紫のニットコートは嬉しそうに扉へ近づくと、貴増参はドアを押さえたまま、レディーファーストで譲った。

「さあ、どうぞ」

 あの雑な兄など先にどんどん歩いて行ってしまうのに、慣れない扱いに、

「あ、あぁ、ありがとうございます……」

 颯茄はかなり恐縮して頭を何度も小さく下げながら、ドアの前を通り過ぎた。

 いつも夜中まで電気がついている教授室は、今日は一番早く電気を消して終わりを迎えた。

 女子学生たちが大学の王子さまだと噂する教授が、女を連れて廊下を歩いてゆく。講義室から出てきた彼女たちが立ち止まって振り返っては、驚き声を上げ始めた。

「えっっ!? 彼女できた?」
「嘘っ!」
「先生なら、ずっと独身だと思ってたのに!」

 ふたりにとってはそんな言葉は聞こえず、貴増参の茶色の革靴はいつもよりゆっくりと歩きながら、あの高く澄んでいながら、芯の強い歌声をもう一度聴きたくなった。

「どんな歌を歌うんですか? 聞かせてください」
「はい……」

 人前で歌うことなど、シンガーソングライターにとっては朝飯前である。颯茄は息を大きく吸い、吐き出すと同時に歌い始めた。

 聞いたことのないメロディーだったが、あの心地よいスィングをするリズムだった。月明かりが廊下の窓から差し込むのを眺めながら、現代の巫女が歌う曲に耳を傾ける。

「♪ 窓からの秋風が 素肌をくすぐって
 遠く離れた あなたとつながるこの夜空

 十六夜に会いましょう 久しぶりに
 お酒を飲みながら これからのこと話して
 あなたと手をつなぐ
 約束よ 十六夜に会いましょう♪」

 今はもう同じ時代に生きている。存分に手を貸せる。もどかしさはもうどこにもない。

 歌詞のように一緒に話をして、少し欠けた月明かりの下で、恋をまた新しく、いや遠い昔から続いていたのを再び始めようと、貴増参は堅く決心するのだった。

「♪十六夜に会いましょう 二人きりで
 月影あびながら 今までのこと話して
 あなたと懐かしむ
 約束よ 十六夜に会いましょう♪」

 渡り廊下を歩き終え、長いアーチを通り抜けながら、歌は続いてゆく。

 茶色のスーツと紫のニットコートが遠ざかってゆくのを見送ると、柱の陰に隠れて様子をうかがっていた明引呼の唇の端でふっと笑い声がもれた。

 そして、画面はすうっと暗くなり、

 =CAST=

 貴増参 アルストン/貴増参
 明引呼 デュスターブ/明引呼
 リョウカ・颯茄 デュスターブ/颯茄
 シルレ/知礼

 =挿入歌=

 十六夜に会いましょう

 作詞/颯茄
 作曲/颯茄、光命

 白字も全て消え去った。fin――――



*楽曲聴けます。
https://youtu.be/vJcd19h7g48 
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