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年上の男
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その日を境に、エアルはローシュから何かしらプレゼントされる機会が増えた。
庭師に見繕わせた花束や、諸外国から取り寄せた菓子や茶、銀食器などである。しかも執事や侍女を通してではなく、ローシュ本人の手から直接渡されるのだ。
渡してくる場所もエアルの住まいである小屋はもちろんのこと、城内で行われる自身の魔法訓練後だったり、カリオと庭園で野鳥の図鑑を広げて雑談しているときだったり。
よく城に遊びに来る貴族で、幼なじみの令嬢・サラが訪ねてきたときは、さすがに目に余るものだった。ちょうど通りかかっただけのエアルを呼び止め、サラからもらった手土産の布生地を本人の前でエアルに譲ろうとしたのだ。
ローシュより一つ下のサラは、幼い頃からローシュのことを兄のように慕っていた。昔は親に連れて来られるだけだったが、ここ一、二年は一人でもフットマンや侍女を引き連れて遊びに来るようになっていた。
ショートカットだった金髪を伸ばして巻いてみたり、来訪時には毎回卸したてとわかるドレスを着てきたり、城に来るなり「ローシュ様はどちらに?」と使用人に訊いてきたりと、目当ての相手は誰がどう見てもローシュだった。
端正な顔立ちに、騎士のような無駄のない紳士感や、王子然とした堂々たる所作から、ローシュは立場を越えて国中の、そして諸外国からの女性人気が高い。
そんなザウシュビーク王国の第一王子に目を掛けた王族貴族の娘たちが、わかりやすくアプローチを仕掛けている場面をこの城で働く者なら一度や二度は見ているはずだ。サラもその一人だった。好意に気づかないローシュに対して、ヤキモキしながらも躍起になっているように見えた。
だが今回は、さすがのサラもローシュの無神経な行動に対しておかんむり状態。
「なんて酷い人なの。信じられないわ!」
顔を真っ赤にさせて、ローシュの腕から自身が持ってきた高級布のロールを奪い返していた。
周りに誰がいようがいまいが、ローシュはエアルを見つけると条件反射のように駆け寄ってくる。そして夜伽の続きを――あの夜の約束を取り付けるわけでもなく、ただ大なり小なりプレゼントをエアルに贈ってくるのだった。
エアルの住まいに置いてある小さな棚は、ここ数日の間にローシュからもらった物に占領されている。エアルに価値はわからないし、場所を取る贈り物たちは邪魔でしかない。
あくまで王族からもらった物だ。勝手に捨てたり横流ししたりすることもできなかった。
狭くなった小屋の中、エアルは無造作に棚に置いたいくつもの菓子や茶、枯れかけた花を見てため息をつく。贈り物の山に背を向けた体勢でベッドに横たわる。せめて宝石が装飾されたネックレスだけは返したいと思いつつ、その機会を窺うこと自体が億劫だった。
木の縁で囲まれた窓から、枕元に夜風が流れ込んでくる。ローシュの気配が少しずつ自分の領域に侵食してくるようで気分が重たい。近ごろは唯一心が休まるはずのこの空間でさえ、居心地が悪く感じる。
気付けば眠っていたようだ。ふと目を覚ますと、外はさらに夜が深まっていた。月明かりがゆっくりと流れる雲に隠れ、視界が悪くなる。
エアルは右手の人差し指に魔力を込め、指先からポッと小さな炎を発した。小さな炎が指先で揺れる。枕元にあったランタンに火を灯す。暗がりだった小屋の中を、暖かみのあるオレンジ色の明かりが照らした。
人の気配を感じたのは、明かりをつけた直後だ。
小屋の外に顔を出す。小屋の隣にそびえ立つ大木の根元に、毛並みのいい黒馬が停まっている。ローシュの愛馬のゼリオスだ。
ゼリオスはエアルの手にあるランタンの明かりに気づくと、ブルル……と鼻を鳴らしながら、大木の根元に寄りかかって眠る主の顔に鼻を近づけた。
愛馬の鼻息による目覚ましは効いたようだ。腕を組んで眠っていたローシュが目を開ける。
「こんな夜更けに何用でしょうか?」
起きたばかりの男に、エアルは容赦なく声を張った。
「いくらここが城の敷地内とはいえ、あまり夜遅くに一人城を抜けるのはどうかと。城の者が心配しますよ」
ローシュは膝を支えに立ち上がり、小屋の下まで歩くとエアルを見上げて足を止めた。
「誰にも言わないで出てきたわけじゃないし、それぐらい俺にも自由があったっていいだろ」
自分の前で自由を語るなと言いたくなったが、ぬるま湯のような今の状況に満足している自分にも、自由を語る権利は無いような気がした。
エアルは背後を振り返った。ローシュからもらったプレゼントで溢れた棚の中から、移動魔法を使ってサファイアのネックレスを手に移動させた。ローシュの誕生日に訪れた来賓に配られたもので、先日城でローシュ本人から直接手渡されたものだ。
「お受け取りください」
エアルはネックレスを小屋の下に落とした。魔法によりゆっくりと落下していくそれは、まるで羽根のようだった。受け皿となった手のひらに、ネックレスが沈む。
「これは……」
「先日あなたからいただいたものですが、お返しいたします」
「気に入らなかったのか」
「そうではありません」
ローシュは「ならどうして」とネックレスからエアルに目線を上げた。困惑した瞳が揺れている。
「私には身に着けて行く場所も、置いておく場所もございません。今後は高価な物はもちろんのこと、花や菓子も不要です」
きっぱりと贈り物を拒否する。厚意を突っぱねるのも心苦しいが、要らない物をどんどん送られて、こちらも迷惑しているのだ。
ローシュは自嘲気味に肩を落とした。
「やっぱりエアルには効かなかったか」
「……どういうことでしょうか?」
「侍女たちに訊いたんだ。気になる相手を振り向かせるためには、どうしたらいいのか」
は、と思った。振り向かせる? 誰が誰を? エアルは自分の耳を疑った。
その日を境に、エアルはローシュから何かしらプレゼントされる機会が増えた。
庭師に見繕わせた花束や、諸外国から取り寄せた菓子や茶、銀食器などである。しかも執事や侍女を通してではなく、ローシュ本人の手から直接渡されるのだ。
渡してくる場所もエアルの住まいである小屋はもちろんのこと、城内で行われる自身の魔法訓練後だったり、カリオと庭園で野鳥の図鑑を広げて雑談しているときだったり。
よく城に遊びに来る貴族で、幼なじみの令嬢・サラが訪ねてきたときは、さすがに目に余るものだった。ちょうど通りかかっただけのエアルを呼び止め、サラからもらった手土産の布生地を本人の前でエアルに譲ろうとしたのだ。
ローシュより一つ下のサラは、幼い頃からローシュのことを兄のように慕っていた。昔は親に連れて来られるだけだったが、ここ一、二年は一人でもフットマンや侍女を引き連れて遊びに来るようになっていた。
ショートカットだった金髪を伸ばして巻いてみたり、来訪時には毎回卸したてとわかるドレスを着てきたり、城に来るなり「ローシュ様はどちらに?」と使用人に訊いてきたりと、目当ての相手は誰がどう見てもローシュだった。
端正な顔立ちに、騎士のような無駄のない紳士感や、王子然とした堂々たる所作から、ローシュは立場を越えて国中の、そして諸外国からの女性人気が高い。
そんなザウシュビーク王国の第一王子に目を掛けた王族貴族の娘たちが、わかりやすくアプローチを仕掛けている場面をこの城で働く者なら一度や二度は見ているはずだ。サラもその一人だった。好意に気づかないローシュに対して、ヤキモキしながらも躍起になっているように見えた。
だが今回は、さすがのサラもローシュの無神経な行動に対しておかんむり状態。
「なんて酷い人なの。信じられないわ!」
顔を真っ赤にさせて、ローシュの腕から自身が持ってきた高級布のロールを奪い返していた。
周りに誰がいようがいまいが、ローシュはエアルを見つけると条件反射のように駆け寄ってくる。そして夜伽の続きを――あの夜の約束を取り付けるわけでもなく、ただ大なり小なりプレゼントをエアルに贈ってくるのだった。
エアルの住まいに置いてある小さな棚は、ここ数日の間にローシュからもらった物に占領されている。エアルに価値はわからないし、場所を取る贈り物たちは邪魔でしかない。
あくまで王族からもらった物だ。勝手に捨てたり横流ししたりすることもできなかった。
狭くなった小屋の中、エアルは無造作に棚に置いたいくつもの菓子や茶、枯れかけた花を見てため息をつく。贈り物の山に背を向けた体勢でベッドに横たわる。せめて宝石が装飾されたネックレスだけは返したいと思いつつ、その機会を窺うこと自体が億劫だった。
木の縁で囲まれた窓から、枕元に夜風が流れ込んでくる。ローシュの気配が少しずつ自分の領域に侵食してくるようで気分が重たい。近ごろは唯一心が休まるはずのこの空間でさえ、居心地が悪く感じる。
気付けば眠っていたようだ。ふと目を覚ますと、外はさらに夜が深まっていた。月明かりがゆっくりと流れる雲に隠れ、視界が悪くなる。
エアルは右手の人差し指に魔力を込め、指先からポッと小さな炎を発した。小さな炎が指先で揺れる。枕元にあったランタンに火を灯す。暗がりだった小屋の中を、暖かみのあるオレンジ色の明かりが照らした。
人の気配を感じたのは、明かりをつけた直後だ。
小屋の外に顔を出す。小屋の隣にそびえ立つ大木の根元に、毛並みのいい黒馬が停まっている。ローシュの愛馬のゼリオスだ。
ゼリオスはエアルの手にあるランタンの明かりに気づくと、ブルル……と鼻を鳴らしながら、大木の根元に寄りかかって眠る主の顔に鼻を近づけた。
愛馬の鼻息による目覚ましは効いたようだ。腕を組んで眠っていたローシュが目を開ける。
「こんな夜更けに何用でしょうか?」
起きたばかりの男に、エアルは容赦なく声を張った。
「いくらここが城の敷地内とはいえ、あまり夜遅くに一人城を抜けるのはどうかと。城の者が心配しますよ」
ローシュは膝を支えに立ち上がり、小屋の下まで歩くとエアルを見上げて足を止めた。
「誰にも言わないで出てきたわけじゃないし、それぐらい俺にも自由があったっていいだろ」
自分の前で自由を語るなと言いたくなったが、ぬるま湯のような今の状況に満足している自分にも、自由を語る権利は無いような気がした。
エアルは背後を振り返った。ローシュからもらったプレゼントで溢れた棚の中から、移動魔法を使ってサファイアのネックレスを手に移動させた。ローシュの誕生日に訪れた来賓に配られたもので、先日城でローシュ本人から直接手渡されたものだ。
「お受け取りください」
エアルはネックレスを小屋の下に落とした。魔法によりゆっくりと落下していくそれは、まるで羽根のようだった。受け皿となった手のひらに、ネックレスが沈む。
「これは……」
「先日あなたからいただいたものですが、お返しいたします」
「気に入らなかったのか」
「そうではありません」
ローシュは「ならどうして」とネックレスからエアルに目線を上げた。困惑した瞳が揺れている。
「私には身に着けて行く場所も、置いておく場所もございません。今後は高価な物はもちろんのこと、花や菓子も不要です」
きっぱりと贈り物を拒否する。厚意を突っぱねるのも心苦しいが、要らない物をどんどん送られて、こちらも迷惑しているのだ。
ローシュは自嘲気味に肩を落とした。
「やっぱりエアルには効かなかったか」
「……どういうことでしょうか?」
「侍女たちに訊いたんだ。気になる相手を振り向かせるためには、どうしたらいいのか」
は、と思った。振り向かせる? 誰が誰を? エアルは自分の耳を疑った。
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