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長い気の迷い
③
しおりを挟む「父上の話は聞きたくない」
意外だった。お互い無関心な親子だとは思っていたが、ローシュの口からレイモンドの話題を拒否する言葉が出てくるとは思いもしなかった。エアルは「失礼いたしました」と形ばかりの詫びを入れた。
その後、湯殿には変な間が流れた。怒っているのだろうか。ローシュの口数が目に見えて減った。
気まずさを感じているわけではないが、このままあの晩の続きを促していいのか迷う。この調子だと、ローシュが乗り気じゃないことは明らかだ。
「夜伽の手ほどきですが、今日はどうされますか? 私は今からでも、次回に持ち越すのでも、どちらでもよいのですが」
「今日は気分じゃない」
ローシュが即答する。
「では後日にいたしましょう。ご希望の日時などはございますか?」
本当に今だけ気分ではないのだろう。エアルの質問に、ローシュは「明日の夜なら」と代わりの日を示した。
「申し訳ございませんが、明日の夜は王の寝室に参らねばなりませんので」
せっかく提示してくれたのに悪いが、明日の夜はレイモンド王に呼び出されている。もちろん夜の相手として。
「くっ……。じゃあ明後日の夜は」
「申し訳ございません。明後日の夜も王に」
こう考えると、最近はほぼ毎日だ。ちなみに明々後日の夜も空けておけと命じられている。ローシュに希望日を訊くより、こちらが空いている日を提示した方がよかったかもしれない。
ローシュの眉が険しく歪む。長めのため息を吐く。
「父上との逢瀬はその……昔からなのか?」
沈んだ声が問う。
たった今、レイモンドの話はしたくないと拒絶したのはローシュだ。まさか向こうから話題を振ってくるとは思わず、エアルは変な声が出そうになった。
ローシュがまだ子どもだった頃は、レイモンドとの逢瀬で何が行われているか答えることは憚られた。だがローシュも二年後には成年王族の仲間入りをする。夜のまぐわいも経験したし、この様子だと薄々……いや、父親と自分が夜な夜な何をしているのか気づいているのだろう。もはや隠す理由も必要もない。
「そうですね。王が今のローシュ様と同じご年齢の頃から今日まで――王の命があったときに、夜のお相手をさせていただいております」
「……っ」
ローシュがギリッと奥歯を噛む音が響いた。
「やはりお気付きでしたか」
「この城の人間で知らぬ者などいない」
ローシュは歯を食いしばり、みるみるうちに目を充血させていった。気持ちを寄せている相手が、自分の父親と寝ていると知ればさぞかし悔しいだろうなと思う。
だが、人を愛したことのないエアルにとって、ローシュの怒りや悔しさはあくまで後天的に汲み取ることができるものだった。自分には感じたことのない気持ちだ。頭では同情することができても、気持ちに寄り添うことはできない。
それでも、悔しさから目を真っ赤にさせて涙ぐむローシュを見ると、少しだけ申し訳ない気持ちになった。自分の意に反して溢れる涙に、本人もどうしていいかわかっていないようだった。ゴシゴシと腕で目を擦るせいで、ローシュの目の周りは赤く腫れ上がっている。
明々後日の翌日――つまり四日後の夜は、まだ何もないはずだ。といっても、連日レイモンドから呼び出される可能性もなくはない。だが、三日連続で呼び出された翌日も呼び出されることは、今までの経験上少ない。
四日後なら、ローシュのために時間を作ることができるはずだ。
湯殿の隅に置かれているタオルを取り、ローシュの肩にそっとかけた。
「四日後はいかがでしょうか」
四日後、とローシュが繰り返しながら顔を上げた。
「その日でしたら、夜通しローシュ様のご寝室にいられます」
夜通しという言葉が良かったのか、ローシュの目に光が戻る。
「本当かっ?」
表情の変わりように驚く。エアルは「え、ええ」と頷いた。
「でも約束してください。今回の手ほどきはあくまで生誕日にお教えできなかった内容を補填するものです。ちゃんと性技の訓練として励んでいただくと」
「わかってる」
ローシュはさっきまで引きつっていた顔で笑顔を作った。ぎこちない笑顔を見せられた直後、胃の上がキリッと痛んだ。
人間の笑顔を見たあとに、そんな場所が痛むのは初めてだった。あれと思ったが、ローシュによって与えられたストレスで胃痛がするだけだろう。たいしたことはない。エアルは痛みに気づかない振りをして、「そんなに先なのか」と肩を落とす男に「四日なんてあっという間ですよ」と返した。
「エアルにとっては短くても、俺にとっては長いんだよ」
時間のことだろうか。
「人間とフリューゲルでは、時間の流れを感じる速度が違いますからね」
淡々と真実を伝えると、ローシュは何か言いたさげに目を細めて笑った。そして、
「俺と会えない時間が、いつかエアルにも長いと感じるときが来たらいいのに」
独り言を口にしたあと、顔を隠すようにタオルを頭から被り直した。
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