オメガ公子とアルファ王子の初恋婚姻譚

須宮りんこ

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 灼熱の熱が頭上から足元からと全身に襲いかかっている。まるで火山の淵にいるみたいだ。北にある祖国に比べたら暑いだろうとは予想していた。まさか風がひと吹きしただけで、砂埃とともに熱風が肌に纏わりつくほどとは。祖国のノアメット公国を出立する前までは、ユーリアスは少しも思っていなかった。

「顔色が優れないようだけど、もしかして緊張してる?」

 ユーリアスの顔を覗き込んできたのは、ここシャムスバハル王国に仕えているビリーだ。 ビリーとはこの国でいうメイドの総称らしい。

「緊張はしていないが、その、君たちは」

「はーい? なにか言ったぁ?」

「いや、なんでもない」

 暑くはないのか、と訊こうとしたが、灼熱の王国に使える人間に対して愚問だろう。喉についた砂を払うように、コホンと咳をする。

 ユーリアスの祖国・ノアメット公国にもメイドはいるが、腹を出し、長い布を巻きつけただけの服を着たメイドはいない。公族やその関係者を相手に、友達感覚で接するメイドも然りだ。

 ユーリアスはノアメット公国の第一公子だ。二十三歳になったこの年を最後に、祖国を捨て、シャムスバハルの大地に骨を埋める覚悟でやって来た。が、早速年中通して冷たいノアメットの風が恋しくなりそうだった。

 シャムスバハルで生活していけば、雪のように白い自分の肌も、いずれはここのビリーたちのような小麦色になっていくのだろうか。

 ユーリアスは後ろ襟が均等に揃えられたサラサラのブロンドヘアに紺碧の瞳という、いかにも北の大地で繁栄したノアメット人の見た目をしている。

 しかもオメガであるがゆえに、ノアメット人の中でも小柄な方だ。大きい目に小さくて薄い鼻と唇のせいで、幼顔に見えるのだろう。三つ離れた妹のセーラからは「なんだか兄さまを見てると『私が守らなくちゃ』って使命感に駆られるのよね」と言われる始末だ。

 こんな自分がノアメットとシャムスバハルの架け橋になるなんて、幼い頃の自分が知ったらたいそう驚くことだろう。しかも、幼馴染みであるこの国の王子・アディムと政略結婚をすることになるなんて知ったら、腰を抜かしてしまうかもしれない。

 先を歩いていたビリーが足を止めたのは、太い柱が等間隔で並ぶ廊下の突き当りだった。近くにあるらしい中庭の噴水の音が近かった。

「さあ、愛しの旦那様とのご対面よ。存分に楽しんで」

 ユーリアスにウインクを投げると、ビリーは金で装飾された豪奢な扉を開けた。

 扉が開けられた瞬間、スパイス系の香の匂いが鼻を刺激する。部屋の奥には、遠目でもわかるほど派手な刺繍が施された絨毯の上に、何者かが寝そべっていた。

 相手はすぐにユーリアスに気づいたようだ。

「ユーリアスかっ!?」

 飛び上がるようにして体を起こし、勢いよく走って近づいてきた。石ころのように小さく見えた男が、迫ってくるにつれて大きくなる。ユーリアスの前でビタッと立ち止まった際には、自分よりも頭一つ半ほど大きな体に視界を塞がれた。

「よく来たな! 元気だったか?」

 お互い子どもだった十二年前よりかなり声は低くなっているが、こちらの名前を呼ぶイントネーションや喋り方はあの頃のままだ。

「おかげさまでな。それよりアディム、おまえは何を食べたんだ? どうやったらそんなに大きくなれる?」

 アディムは十九歳だ。最後にアディムと会ったのはこちらが十一歳、アディムが七歳の頃だった。今とは違い、まだノアメットの大地が動植物で潤っていたあの頃、よく国王であるお互いの父親に連れられて、互いの国を行き来していた。当時は自分の方が大きく、アディムは会うたびにユーリアスの後ろについて回るような小さな子どもだった。

 あの頃の面影を探そうと、ユーリアスは男の頭から裸足の爪先まで見やる。

 褐色の肌と黄金の瞳は変わっていない。多少伸びたものの、太陽の光をすべて吸収してしまいそうなほど濃い黒のウェーブ髪も変わらない。

 ただ、首から下はどうだ。アディムは布を巻きつけただけのような民族衣装に身を纏っていて、あらわになった左片半分の胸板には、金の首輪や腕輪などの装飾品で彩られていた。

 大きな布を腰に巻いただけの下半身は想像するほかないが、こちらもおそらく無駄のない筋肉に覆われているのだろう。目のやり場に困るほどの成長っぷりだ。

「さあ? でも食いたいもんはひたすら食ったし、とにかくよく寝たな。あとはまあ、アルファだったっていうのもあるんだろうけど」

 アディムは顎に手をやり、うーんと考える素振りをする。


 あの小さかったアディムがバース診断によりアルファと診断された……ということは、父伝えに知っていた。そのはずなのに、アルファの体を前にすると、まだ発情期を一度も経験したことがないこの体でもゾクッとしてしまいそうだった。

 この世界には男女の他に、バースという第三の性別が存在する。心身ともに能力値が高く、王族や神官、医者や軍上部に多いとされるのがアディムの性であるアルファだ。人類の人口の二割ほどがこの性で、親兄弟が庶民でもアルファの子が生まれればその一族は三代先まで安泰とされるほど、誰もが子に望む性である。

 その一方、人類の七割を占めているのがベータだ。こちらの性は能力的にも心身的にも平均的で、どの国でも街中で行き交う人々のほとんどがベータといっても過言ではない。とユーリアスは子どもの頃から教わってきた。

 そして十代半ばのユーリアスに、バース診断で下った結果であり、人口で最も少ない性――それがオメガだ。

 オメガは三つの性の中で唯一男女ともに妊娠でき、またヒートと呼ばれる発情期にはアルファの性衝動を煽るフェロモンを放つという特殊な体質をもつ。そのためまともな職に就くことができず、その日暮らしで生きていく者が多い。

 これまでユーリアスが安穏と暮らしていけたのは、たまたまノアメット公国の公子だったからだ。何より二十三歳になった今でも、ヒートを迎えたことのない体だからだ。自分では、そう分析している。

「そんなことより父に早く会ってくれよ。ユーリアスが来るのを楽しみにしてたんだぜ。ああ、それと婚儀のことも話し合おう。婚儀用の衣装をたくさん小国から取り寄せたんだ。父に婚姻の挨拶を済ませたら、早速衣裳部屋に見に行こう」

 早く早くというように、アディムがこちらの手を引く。自分がこの国に来るのを、まるで楽しみにしていたみたいだ。アディムにとっては、自分と結婚することは子どもの頃の遊びの延長上にあるのかもしれない。そう思ったら、シャムスバハルの熱風にやられていた頭がスッと冷静になった。

 ユーリアスは男の大きな手から自身の手を抜いた。

「楽しんでいるところ悪いが、俺は祖国ノアメットのためにアディムと婚姻関係を結ぶことにした。お遊びで来たわけじゃない」

 きっぱり断言すると、アディムはポカンと口を開けた。

「おまえの父――シャムスバハル王への挨拶はしっかりさせてもらうが、婚儀の衣装についてはなんだっていい。任せる」

 離れたというのに、アディムの手はユーリアスの手を掴んだままの形を保っている。

「は……?」

 唇の端をヒクッとさせ、アディムは「冗談だろ?」と苦笑いを浮かべた。

「冗談? どういうことだ?」

「いやいやいや、確かにこの結婚は国のために親同士が決めたもんだけどさ。俺への気持ちが無きゃ、ユーリアスだって俺と結婚なんてしないだろ?」

「この結婚に気持ちが必要だとは思えないが」

「はぁっ!?」

「おまえがノアメットの公族の中から伴侶に俺に指名したのも、どうせ昔からの馴染みだったからなんだろう」

 初めはアディムと年齢の近いセーラを指名するものばかりだと思っていた。自分が指名されたと父から聞いた時、「なぜ自分が?」と首を横に傾げすぎて筋を痛めたほどだ。

「それに俺は公族唯一のオメガだからな。せっかくなら、夜も満たせるオメガを娶りたいという気持ちもあったはずだ」

 オメガが別名セクシャルバースと言われると知ったのは思春期――貴族学校の高等科に通っていた頃だ。アルファとオメガはその性質上、夜の相性もいいと聞く。アディムのような年頃のアルファがオメガを選ぶのも、当然だと思った。

「悪いが俺は一度もヒートを迎えたことがなくてな。夜の方を期待していたのなら、他を当たってくれ」

「は? 俺に不倫しろって言うのかよ」

 イライラしたような男の声。確かにアディムの期待に応えられないのは申し訳ないが、他で満たせることは他で満たしてもらいたいと思った。夫とは反対に、ユーリアスは淡々とした口調を返す。

「元々国のための婚姻だ。俺におまえとどうにかなる気はさらさらない」

 次の瞬間、対面直後のはしゃぎっぷりが嘘のように、アディムはげんなりとしたテンションで言った。

「なんだこのとてつもなく可愛くない生き物は……」

 と。





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