微弱な癒しの力しかない異世界人が、呪われ辺境伯に溺愛されるまでの物語

水月音子

文字の大きさ
20 / 33

19.ユリウス視点-レオシュの報告

しおりを挟む
 レオシュからの報告を受けたのは、ダーシャの話を聞いた日の夜だった。
 いつにも増して仕事に没頭し、自室へ戻ってからも幾つかの書簡に目を通していると、ふいに戸がノックされた。明かりが灯っているのを見てユリウスがまだ起きていると知ったのだろう。遅い時間にも関わらず戸口に現れたのはレオシュだった。
 通常の主従関係なら不敬だと言いかねない時間ではあったが、レオシュはユリウスにとって幼馴染であり親友でもあった。
 多くの者が寝静まったこの時間、人目もなく自室ということもあって、部屋に入って来たレオシュにユリウスは砕けた態度で自分のグラスを掲げ持ってみせた。

「お前も飲むか?」

 自室で夜着のまま机に向かって仕事をしていたユリウスに、年長者らしく「困ったお人だ」と言いたげにレオシュが息を吐く。

「こんな時間まで起きて、お仕事ですか?」

 ユリウスはレオシュの小言に肩をすくめただけで受け流し、グラスを持った手でソファを指示した。
 ソファの傍にあるローテーブルに、執事のロベルトが用意した酒瓶ともうひとつの空のグラスが置かれている。
 ユリウスが一人掛け用のソファにゆったり腰を下ろすと、レオシュも二人掛け用のソファに腰を下ろした。
 何も言わずユリウスはレオシュのための空のグラスに酒を注ぐと、自分のグラスにも継ぎ足して半分ほどを一気にあおる。
 レオシュも無言でグラスを手に取り、一口含んで喉を湿らせるようにゆっくり嚥下する。

「それで、何がわかった?」

 ユリウスは焦りともつかない感情を抑えつつも、単刀直入にそう尋ねた。途端、レオシュの表情が神妙に引き締まる。

「まず、俺がデルベイルに潜り込ませてる密偵から受けた報告をお伝えします。四ヶ月ほど前、デルベイルの王都で“召喚魔術”が行われたようです」

 最初の報告ですでにユリウスは驚愕に声を詰まらせた。

「召喚魔術など……伝説級の古代魔術だろう。よくそんなものを――」

 あのデルベイルができたな、という言葉は飲み込んだ。戦うための魔術と、古代魔術の研究とは分野が違いすぎる。
 相手の戦う術が拙いからといって、それが他の技術も劣っているという証拠にはならない。
 ろくに魔物と戦わない者たちだからといって侮ってはいけないと、ユリウスはすぐに考えを改めた。

「まったくです。ここ何十年どころか、何百年ですね。召喚魔術を行った国など、この周辺国では聞いたことがありません。完全に秘匿されていればわかりませんが」

 レオシュの言葉にユリウスも頷く。
 ユリウスもまた召喚魔術を行った最後の記録は『大昔の異国だった』程度の知識しかない。そして、秘匿されればわからないと言うレオシュに同調しつつも、本当に隠し通すことができるのかと疑問に思う。

「はじめ、三ヶ月ほどデルベイルの王はそれを公にはしていませんでしたが、三ヶ月を過ぎたあたりで公表したそうです。『異世界から我が国を救うため男女の救世主が現れた』と。三ヶ月空けたのは、彼らの生活や精神状態が安定したからでしょうね」
「異世界から男女の救世主――二人も召喚したのか」

 召喚魔術にどれだけの魔力を消費するのか知らないが、一人よりも二人を召喚する方がより消費は激しそうだ。
 ところが、そのユリウスの呟きにレオシュが首を振る。

「いえ、それが三人だったという話もありまして」
「三人? だった?」
「はい、公表されているのは二人です。ですが、どうも噂では三人目がいたが能力が劣るのでどこかへやったとか」

 ユリウスはつい呆然としてしまった。
 それが事実なのだとしたら、なんと浅はかな者たちだと思う。召喚魔術までできるような技術研究を重ねているような者たちが、そんな“神罰が下りそうなことを”なぜするのか、と。

(異なる世界に突然連れて来られて、言葉はともかくとして文明も生活習慣も何もかも異なるだろう。右も左もわからないだろうに……)

 どのような人物かもわからない三人目の異世界人に、ユリウスはそう同情したところではたと我に返る。

(右も左もわからない――きれい過ぎる発音――異国風の容貌)

「まさか」

 思わず漏らした呟きに、だがレオシュは頷きを返した。

「その“まさか”かと」
「そんな馬鹿なことを――。容姿は、二人の異世界人の容姿は確認したか?」
「遠目ではありますが、確認したと報告を受けてます。やはり異国風の顔立ちだと言っていました。顔の彫りは深くなく、目は黒かこげ茶、ですが髪は茶色のようだったと」
「茶色……」

 ユリウスは一旦口を閉じると思考を巡らせた。
 茶色の髪ならこの国でも隣国でもありふれた色なので、髪の色での判別は難しいようだ。
 ただ、異国風の容貌で彫りが深くなく目が黒なのだとしたら、それはやはり珍しいだろう。
 そして、捕虜した女も異国風の顔立ちに目は黒だった。その一致だけでも可能性はかなり高まる。

「まさか、彼女が三人目だと……」
「発音がきれいなことも考えれば、ほぼ間違いないかと」

 隣国が召喚魔術を行ったという事実。
 出自不明の遠い異国風の女の存在。
 その女の言葉はとても発音がきれいで逆に不審に思うほど。
 となれば、やはり捕虜した女は召喚魔術によって異世界より召喚されたのだろう、と考えるのが妥当だ。
 召喚魔術で人を召喚すると、召喚された者は会話をするぶんには言葉に不自由しなくなる、という情報が文献として残っている。
 その原因は、召喚魔術に組み込まれた技術だという説と、神の祝福によるものだという説があるが、今のところそれは定かではない。
 それほどに召喚魔術は不明瞭な部分の多い古代魔術であり、隣国ではどうか知らないがブローケシュではほぼ解明されていない。そもそも研究すらされていないのではないか。

「確かに、彼女の“きれい過ぎる”発音を考えれば間違いないだろうが――召喚された者だったとは気づかなかったな……」
「仕方ありません。王都の魔道士はどうかわかりませんが、我々は魔物との戦いのために魔術は研究していても、召喚魔術などという古代魔術の研究は考えもしなかったですからね」

 幼いころから師匠について魔力操作とともに魔術を教わってはいたが、召喚魔術は少し聞きかじった程度だった。
 その為に、“きれい過ぎる発音”と“召喚魔術によって召喚された者”が繋がらなかったのだ。

「神の祝福か……。デルベイルではそう考えられていない、ということか?」

 ブローケシュはデルベイルほど狂信的ではないが、神を信じ深く信仰心を持ち、日々神に祈りを捧げている。
 真実を明らかにしようとは思わないが、ユリウスは召喚者が言葉に不自由しないのは“神の祝福”によるものだと考えていた。
 そして彼女は微弱とはいえ人を癒す力があり、自らに受けた怪我はたちどころに治ってしまうという特異な体質を持っている。
 なぜかデルベイルは『使えない者』と判断したようだが、ユリウスから見ればそのような判断など過ち以外の何ものでもない。
 しかし、それは本当に彼女が三人目の異世界人であれば、の話ではあるが。

「ユリウス様、こうなっては我々だけで判断はできません」
「わかっている」

 彼女が本当に召喚魔術によって異世界から来た人物なら、安易に処罰はできないし、不当な扱いをしているらしいデルベイルに送り帰すことも躊躇われる。
 だが、その前に確かめなければならない。

「父上に話す前に、彼女が本当に異世界から来たのか本人に確かめたい」
「デルベイルでは不当な扱いを受けていたんですよ。言いたがらないかも知れません」
「不当な扱いを受けたからこそデルベイルには戻りたがらないだろう。こちらで保護すると言えば――」
「また利用されると思われるかも」
「そうならないようにする」
「ユリウス様、あなたは辺境伯を継いだばかりなんですよ。まだ経験も浅い、新参者です。約束できるんですか?」
「……」

 レオシュとの問答に、ついにユリウスは黙ってしまった。
 彼の言う通り『保護する』と言ったところで、自分にはそこまでの絶対的権限はないのだ。
 王都で公爵として王に仕える父親へ話を持って行けば、最悪拘束される恐れもあるし、「戦争の火種になるから」と問答無用でデルベイルに帰されてしまうかも知れない。
 それほどに彼女の存在は不安定なものなのだ。
 黙ってしまった主にレオシュがひとつ息を吐いた。

「随分と同情していらっしゃるようですが、ユリウス様はこの辺境伯領にとって大事なお方です。俺にとってもですが。なので、間違った判断はしないようにしてくださいね」

 レオシュに言われるまでもなくユリウスにとっても、この領地は大事なものだ。父親から受け継いだ領地と辺境伯という地位を、短期間で失うわけにはいかない。
 なのになぜか苦々しく思いつつユリウスは、絞り出すように「わかっている」と答えて、グラスに残った酒を一気にあおったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

襲われていた美男子を助けたら溺愛されました

茜菫
恋愛
伯爵令嬢でありながら公爵家に仕える女騎士イライザの元に縁談が舞い込んだ。 相手は五十歳を越え、すでに二度の結婚歴があるラーゼル侯爵。 イライザの実家であるラチェット伯爵家はラーゼル侯爵に多額の借金があり、縁談を突っぱねることができなかった。 なんとか破談にしようと苦慮したイライザは結婚において重要視される純潔を捨てようと考えた。 相手をどうしようかと悩んでいたイライザは町中で言い争う男女に出くわす。 イライザが女性につきまとわれて危機に陥っていた男ミケルを助けると、どうやら彼に気に入られたようで…… 「僕……リズのこと、好きになっちゃったんだ」 「……は?」 ムーンライトノベルズにも投稿しています。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】異世界転移した私、なぜか全員に溺愛されています!?

きゅちゃん
恋愛
残業続きのOL・佐藤美月(22歳)が突然異世界アルカディア王国に転移。彼女が持つ稀少な「癒しの魔力」により「聖女」として迎えられる。優しく知的な宮廷魔術師アルト、粗野だが誠実な護衛騎士カイル、クールな王子レオン、最初は敵視する女騎士エリアらが、美月の純粋さと癒しの力に次々と心を奪われていく。王国の危機を救いながら、美月は想像を絶する溺愛を受けることに。果たして美月は元の世界に帰るのか、それとも新たな愛を見つけるのか――。

ストーカーから逃げ切ったつもりが、今度はヤンデレ騎士団に追われています。

由汰のらん
恋愛
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。 しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。 さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。 そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。 「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」 やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった! しかしハルの血が特殊だと知った騎士はハルを連れ帰って? いっそ美味しい血と癒しを与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!

処理中です...