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ペンギンの回り道

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魔術師が依頼受け付けます

溜まりに溜まってep4

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 何も入っていなかった写真立てに破壊の魔術を掛けたら、その写真立てを守っていた膜だけが破壊された。その瞬間、僕でも分かるほどの悪い気、瘴気が写真立てから溢れ出してきた。思わず調さんの方を見る。調さんは冷や汗をかいていた。

「これ、どう考えてもヤバいだろ。ぶっ壊さないと」
「僕もそう思うでも多分壊せないよ、これ」

 先程まで何もは入っていなかった写真立てには三人の人が映っていた。一人は小さな女の子。しかし、その女の子は泣いている。その横には両親と思われる人がその子を抱きしめている。誰が撮ったのか、そこに写っているのが誰なのかも分からないが、ただの家族写真だった。
 ただ、その家族が生きている時に撮られた写真ではないだけの家族写真。中心にいる女の子以外の、両親と思われる男女は死んでいる。死んでいてもなお、女の子を抱きしめている。泣いている我が子を慈しむように、あやす様に。その事に女の子は気付いて喜び泣いているのか、気付かず悲しんで泣いているのか。

 要するにこれは心霊写真だった。心霊写真は怨念などを伝えるために写真に写り込むと言われる。そうすることで、その怨念を認識してどんどん力を増していく。ただ、この心霊写真からは悪い気を感じない。つまり、溢れ出るほどとの瘴気を出しているのは写真立てそのものだろう。
 さっきまで感じなかった瘴気を急に感じるようになった、そのきっかけは僕が写真立てに掛けられていた何かを壊したから。掛けられていた何かは写真立ての瘴気を守っていたものなのかもしれない。それは、簡易的な結界であった。いくら結界があるとは言え、瘴気を纏った物が霊脈の上にある。その事が力の流れを悪くしていた原因だった。そもそも結界とは特定の場所を区切って、災いなどが起こらないようにする境界線。その境界線を写真立てと外の世界で張っていた物を僕が壊してしまったのだ。

「やっちゃったな……。これ壊さないほうがよかった」
「もしかして壊したのがトリガーだったのか?どうするよこれ」

 今尚、瘴気が漏れ出ている写真立て。持ってみるとそれに使われている木の種類が分かる。これはたぶん桜の木。桜の木には様々な謂れがある。綺麗な桜の木の下には死体が埋まっていると言うことを謳うような梶井基次郎の小説があり、桜がこんなに綺麗なのは下に死体が埋まっていてその養分を吸っているから、と。それに桜は散り際が美しいと言われたり桜は死に関連付けられることも少なくない。そのような言われのある植物で作られた写真立ての中に心霊写真が入っている。桜の写真立てが心霊写真の霊的要素を吸い、霊的な力を蓄えてしまい、それが長い年月で瘴気となったのだろう。

「それでこれどうする?もう時間もないけど」
「とりあえず持って帰るか」
「そうしよっか」

 僕は準備で持ってきていた『I(イサ(停止))』の文字が刻まれた石とともに写真立てを袋に入れ、バッグに入れた。バックの中から瘴気が少し溢れ出しているが、瘴気の流れ事態を停止させているため暫くは問題ないだろう。バッグに入れた直後『お時間になりました。お忘れ物等ないようご確認の上退室してください。本日はご利用ありがとうございました』と従業員の人に矢継ぎ早に言われ、追い出されるようにして『ストレス発散場』をあとにした。



 今日から営業を再開しているゲティの占いのお店に並んでいる人に会釈をし、そしてそのまま事務所まで二人で戻った。
 先ほどの写真のことを思い出す。写真立てではなく、泣いている少女と、その両親が映っていた写真自体を。今さらになって僕は自分の両親の存在を思い出していた。僕が物心ついた時には両親はおらず、親戚の家に住んでいた。親戚には両親は死んだと言われそういう物だと納得していた。先生の元へ行くまでの数年間親戚には世話になったが他人は他人。思入れも深くは沸かなかった。思い出したのは両親の存在。僕にも両親という存在がいた、と言う至極当然の事実を思い出していた。僕をこの世に産み落とし名を授けてくれた両親。それ以上、僕に残さなかった両親。写真の彼女は死んだ両親を思い悲しんで泣いていたのだろうか。その感覚が僕には分からない。
 事務所に入り、バッグは開かずに、机の上に置く。バックからはやはり嫌な気配が漏れ出ていた。ルーン文字で抑制できるレベルを超えていたらしい。バックの置かれた机を挟むように置かれたソファに、僕たちは対面で座った。そして二人で顔を見合わせる。

「それじゃこれをどうするか、考えるか」

 口火を切ったのは調さん。僕が声を出そうと思っていたタイミングだったのでどちらが話し始めようが等でもよかった。大事なのはこれをどうするかと言うこと。

「多分僕が壊したのはこの写真立てに張られていた結界。結界があっても龍脈に影響が出てたんだ。この事務所に置いてたら不味い。結界も壊しちゃったし」
 
 この中央通りに構えた事務所に置いておくのは、先ほどの『ストレス発散場』に置いておくのと大差がない。ただ場所が少し変わっただけだ。問題は何も解決していない。
 調さんは『ちょっと待ってろ、部屋から取ってくる』といい事務所を出ていった。待つこと数十秒、調さんは事務所にタブレットを持って帰ってきた。タブレットを操作して、その画面を僕に見せる。その画面にはメモ帳のようなところに箇条書きで文章が書かれている。

「軽くまとめた。案を出していこうと思う。一つ目、これを霊脈関係ない遠くに捨ててくるっていうのはどうだ?」
「どう考えてもだめでしょ。置かれた土地がどうなるのか分からない。その置いた土地の土地神様が怒ったら僕たちみんな終わりだよ」

 今回は運良く、ここの土地神様が怒らなかっただけである。他の土地を守る神様に厄介事の種を押し付けるなんてことをしたらその土地神様からの報復を食らうかもしれない。土地神様とは土地を守るもの。逆に言えば土地に仇なす者を絶対に許さないのだ。人間の尺度で測れるようなものでもないため、どのくらいまでなら怒らないかなどを考えるだけ無駄である。木を一本切るだけでも祟られる事があるくらいだ。
 つまり、他の土地にこの厄ダネを捨ててくるという案は却下となる。

「二つ、お前が壊すか」
「壊せないよ。基本的に僕は物に危害を加えるような魔術は殆ど使えないって朝説明したよね?」

 僕は自分を守るためにしか魔術を使わないし、使えない。そういう自分の中のルールを作ることで魔術を使っている。

「結界は壊せたじゃねーか」
「正直僕はあの写真立てが普通の物だと思ってたんだよ。アレを壊すことで物事が解決して、自分の運命を守れる、そう考えたから壊せたんだ。この写真立てを壊そうとした時、自分で自分を守れるイメージが出来ない。つまり、僕にはこれは壊せない」

 自分の運命を手繰り寄せるというのは自分が生存していることが大前提。長く霊力を吸ったこの写真立てを砕いた時に何が起こるか分からない以上、壊した時に何かが起こる悪いイメージが先行していまう。そのイメージによって僕にとって壊さないほうがいい運命ばかりが感じられてしまい、壊す魔術が使えないのである。壊さないのが一番自分を守れるのだ。

「なんか武器とかに魔術付与すれば使えるとかないのか?」

 調さんの疑問は尤もなものである。先生は、家自体に守護のルーン文字を刻んだり、報酬の文字を掘った斧で木を切ったり動物を狩ったりしていた。家は壊れたりすることがなく、斧で切った木や飼った動物は何故か高値で取引された。
 つまり、調さんの言うことは正しくできるのだ。

「それなら出来ると思うよ。やったことはないけど。やりたくない。僕の魔術は誰かに危害を与えることは自分の運命を曲げること。できることなら危害を加える道具に対しての魔術の付与は"やりたくない"」

 先生に『魔術は無駄に人や物を傷付けるものじゃない。自分が生きるために使うもの』と教えられている。先生が課したルールでもある。ルールというのは制約と同時に自分を形作る枠組みである。僕が僕として魔術を使うために、ルールは犯せないのだ。多分ゲティや他の魔術師もそうだろう。僕たち契約というルールに縛られている。
 
 それに武器に付与してそれで誰かを傷つけてしまったら、多分人間として終わりだ。

「あと、壊したら一気に溢れ出てきそう」
「奇遇だな俺もそう思う」

 最初から二つ目の選択肢を選ぶ可能性は0だった。

「……三つ目は無いの?」
「思いつかねぇ」

 調さんはタブレットを机に置き、ソファに背中を預けるそのまま両手をあげて降参のポーズをとる。

「お手上げ、だね」
「あいつがいればなぁ……。呪術系詳しいしなんとか連絡つかねーの?」

 調さんの言う、あいつとは今はいない社員の子。うちは小規模な会社だから現状ゲティ、調さん、バイトの空穂ちゃんと来栖さん。そして今いない子と社長の僕の六人で回している。そもそも人材が居ないのだ。魔術師など裏世界で動ける者はそれぞれ個人で仕事をしている。態々、会社などに所属する必要はないのだ。ゲティも調さんもあの子もただただ善意があって所属しているだけ。
 そう言えばあの子、今どこにいるんだろうか。タロットカードでこの事務所の扉を隠してくれたのはあの子。

「無理、あの子連絡手段持ってないし」
「今どきヤバすぎるだろあの女……」

 僕より若いのにも関わらず電子機器が苦手という理由でスマホは疎か、ガラケーすらも持っていない。向こうからの連絡は公衆電話などから来るがこちらから連絡する手段は無いのだ。

「一方的に送られては来るんだけどね、ほらあれ」

 それは事務所の隅に積み上げられた小さな段ボールたち。アレはあの子が送ってきたもの。宛先は事務所になっているためあの子の荷物だろうから開けずに置いてある。多分なんかヤバいものだろうから触らぬ物に祟り無しと言ったところだ。『やっぱりやべー女』と調さんはつぶやく。

 僕達だけでは写真立ての件は解決しようにない。なら、もう一人巻き込んでしまえばいいのだ。三人寄れば文殊の知恵。文殊とは菩薩のことで、僕達は全然仏教に関わってないけど何とかなるだろう。

「じゃ、ゲティに相談しよう」
「あいつ、怖いの苦手じゃなかったか?」

 そう言えば『てけてけ』の時に滅茶苦茶ビビっていた。調さんはそれ以前から知っていたようだ。多分、ビビっていたのは実際に見たから。つまり、見えなければ多分怖がることはない、と思う。

「言わなきゃバレないって。終わってから言えばいいし」
「どうなっても知らねーぞ」

 会話を終わらせ、僕たちは写真立ての入ったバックを持ち、ゲティの元へ向かった。
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